真の魔法を継ぐものたち
宇宙の彼方から襲来した三脚蟲――異形の死神は世界を地獄に変えた。
王都に程近い商業都市ミレアクリフ。ここにも死が、黒く巨大な怪物が迫っていた。
鐘塔よりも遥かに大きい三脚蟲たちが、丘の向こうからユラユラと姿を見せた。王都が焼け落ちたとの報告を、半信半疑で聞いていた街の人々は、それが現実だと思い知らされることになった。
三脚蟲の群れは一斉に侵攻を開始。不気味な角笛を思わせる駆動音を響かせながら、石壁さえも溶かす灼熱の光線で城壁を破壊。唯一の防御手段を失った街に雪崩れ込むや、破壊と殺戮の限りを尽くした。
逃げ惑う人々は頭上から降り注ぐ建物の破片に押しつぶされ、あるいは熱線を浴び消し炭になった。
燃えあがる家々の炎で照らされ、ヌラヌラと赤黒く輝く異様な姿は、人々の悲鳴と血に恍惚とする悪魔そのものだった。
歴史と伝統に彩られた美しい街並みは焼かれ、今にも陥落しようとしていた。
抵抗できた者は殆どいなかった。
僅かに駐屯していた王国の戦士や、魔法使いたち、自由冒険者たちが挑んだが、戦いにさえならなかった。
アレクサット王国へ異星からの侵略者が侵攻を開始してから、僅か二十時間後。
王都ニューズアーク近郊を中心に降下、強襲した三脚蟲およそ百数十体は、王国の防衛機能をほぼ無力化していた。
世界に冠たる飛空艇艦隊、航空魔導船団は奮戦、序盤こそ十数体を撃破したが、やがて損耗し壊滅した。
陸戦の要たる王国正規軍主力――全高十メルを誇る石像ゴーレム百体を擁する精鋭部隊――は防御陣地を構築したが、三脚蟲の熱線砲の的でしかなかった。
王国騎士団の魔法騎士たちは飛竜で上空から、更に伝説の魔剣を持つ勇者、量産型の簡易宝剣を手にした者たちも結束し、決死の覚悟で挑んだ。腕に覚えのある騎士や戦士たちが三脚蟲に地上から肉薄する。シールドの殆ど無い(!)足元からゲリラ的に攻撃を試みるも、巨大な侵略兵器から見れば、人間の抵抗など取るに足らないものだった。
結果的に有効なダメージは皆無に等しかった。
エイリアンはこの段階で人類が組織的な抵抗力を失ったと判断。三脚蟲は更なる増援部隊と合流しつつ、十数機規模の中隊に分かれ、周辺の街や村へと散った。
各地の街や村にいる戦士や魔法使いたちも、最悪の状況に変わりはなかった。
魔獣を一撃で仕留める実力を持つ上級魔法使いでさえ、三脚蟲に対して何のダメージも与えられない。
噂通り魔法が通用しないのだ。
超強固な防御シールドが、あらゆる攻撃を無効化する。
運良くシールドの間隙を突き、本体に攻撃が達したところで、未知の金属で構成されたボディには傷さえ付けられない。
状況は絶望的。
侵略者を止められる者は誰もいなかった。
魔法使いや魔法戦士たちは、人々を逃がすために時間稼ぎをするのが関の山だった。
『逃げて、お姉ちゃん! 無理だよ、もう……』
「フォルリアは皆と馬車で、遠くへ逃げて!」
魔法の通信ウィンドゥを通じ妹に叫ぶ。
アムネシスは、街では名の知れた上位の魔女だった。王国が発注する難易度の高いクエストを、仲間たちとこなしてきた。
だが信頼すべき仲間たちは倒れた。魔法剣士のザックは瀕死の重症、治癒術師のナオは魔法力が尽き倒れた。妹のフォルリアは防御術が得意だが、見習い魔女程度ではどうすることもできない。
悪夢だ。こんなことになるなんて。
せめて時間を稼がねば。
「螺旋貫通式・火焔矢砲ッ!」
最上級の火焔魔法を残り少ない魔力で放つ。
一撃で魔獣を仕留めたことのある必殺の魔法の矢。炎が螺旋を描きながら矢となり、百メル先の三脚蟲に向かって一直線に飛翔する。
だが魔法の矢は命中する直前で霧散。空間に薄い膜を張ったような波紋が広がる。信じられない程に強固なシールドに弾かれる。
だが、それでもいい。
「ちきしょう、止まれ、こっちを見ろ!」
アムネシアはもう一度火焔の矢を励起する。
時間を稼がねば。
唯一の肉親、まだ駆け出しの、魔女見習いの妹だけでも逃がさねば。
ゴォン、ゴゴンと三本の脚を不器用に動かしていた三脚蟲が減速しながら、上半身を捻る。
こちらを認識した。
僅かでも注意を引くことはできた。
屋根の上にいるちっぽけな抵抗者を。蛇のような左腕を持ちあげると、建物の屋根に接触しガラガラと崩れた。
先端を双葉のように開き、中心に赤い光が瞬いた。
熱線砲――!
この場所では避けられない。
死を覚悟した、その時だった。
不意に、魔法通信を通じて声が飛び込んできた。
『――僕は賢者カレルレン! これが聞こえたすべての魔法使いたち! 空を、空を見上げるんだ!』
切迫した声が、魔法使いたちに訴えかけている。
全世界に向けた共通の魔力波動、緊急通知だった。
「緊急の全魔法通信?」
発信主は賢者カレルレン。魔法に関わる者なら知らない人間などいない。未来を予見できる稀有な魔法使いにして、十二賢者の一人。
思い出した。賢者カレルレンは数年前から訴えていた。天空からの脅威が迫っていると。しかし平和を謳歌していたに人々は耳を貸さなかった。夏に雹でも降るのかと嘲笑する貴族さえいた。
その結果が、これか。
アムネシスは賢者の予言が正しかったことを嫌というほど思い知らされた。目の前は地獄の光景が広がっている。
人々の悲鳴、燃えて崩れてゆく街。
しかし仮に賢者様の予言を信じ、準備を整えたところで防ぐことができただろうか。あの黒く巨大な怪物に、抵抗しうる術があるというのだろうか。
『――月は出ているか?』
カレルレンは生き残りの魔法使いに呼び掛けた。
絶体絶命の状況にありながら、若き賢者の透き通った声に導かれ、アムネシスは夜空を見上げる。
夜風が、青く長い髪をなびかせた。
「月……?」
確かに月はそこあった。
夜空に浮かぶ青い月と、大きな赤き月。
魔法使いにとって大切なのは『赤き月』だ。太古より、魔法を使うものに恩恵をもたらすと云われている。
「月は出ているわ」
冴えた月の光は、いつにも増して赤く輝いていた。
いや、違う。
何かが……いつもと違う。
夜空の天頂にさしかかっていた赤き月は、花弁に差した光を思わせる、透明で明るい色合いで輝いている。
赤き月の光が、瞳の奥に届く。
ドクン――――!
「な……?」
魂の奥底で、魔法の源が脈動する。
魔法力が溢れ出した。
「う、うぉおお……!? こ、これは」
波動が、月から魔力の波動が押し寄せている。
魔力が満ち、熱い血潮のように全身を駆け巡った。
赤き月が、無限の魔力を与えてくれている!?
視界の隅で、禍々しい光が放たれた。
それは赤と黒の稲妻を伴った、死を意味する熱線砲。
「しまッ!?」
刹那、アネムシスは妹の声を聞いた。
『光の加護・聖なる盾ッ!』
熱線砲が目前で軌道を変えた。瞬時に出現した七色の光の壁が、三脚蟲の放った熱線を捻じ曲げ、湾曲させたのだ。
「なにぃ!?」
輻射熱の痛みをジリジリと肌に感じつつも、アネムシス自身は無傷だ。消し炭になることも、立っていた建物の屋根が燃え上がることもない。
『やった、できたよお姉ちゃん……!』
「今のを本当にフォルリアが?」
石のゴーレムを一瞬で溶かす熱線砲。最上位の魔法使いの結界でも防げなかった、死の光。
指向性を持った超高熱のエネルギーの嵐は、魔法とは原理が根本的に異なると、十二賢者の一人は分析したという。
だが、魔法で悪魔の熱線を曲げ、防いだ。
それも見習いの魔女であるフォルリアが。
防御術は得意だが、まだ力は遠く姉に及ばない、守るべきはずの妹に助けられた事に対する驚きと、喜びを覚える。
「お姉ちゃんっ! 大丈夫!?」
「フォルリア!」
魔法通信ではなく、建物の壁際まで駆け寄ってきた妹に驚く。
「月の光が、力を貸してくれたの!」
赤き月に向けて両手を差し伸べ、ぴょんと跳ねる。
「そうか……!」
すべて理解した。
賢者カレルレンの言葉を。
赤き月を見上げろという意味を。
彼は、なんらかの方法で『赤き月』を通じて、魔法使いたちに力を、膨大な魔力を注ぎ込んでくれているのだ。
「ザックもチユが治してくれているよ! 魔法力が湧いてくるって、傷をすごい勢いで治癒して、再生してる!」
等しく治癒術師にも赤き月は恩恵を与えていた。
「わかった!」
原理や理屈はどうでもいい。
力が漲る。魔法力が無限に湧いてくる。
今までにないほどに全身を熱く駆け巡る。
今はただ、あれを倒すことだけを考える。
「ならば、私も……いくぞ化け物め!」
「やっちゃえお姉ちゃん!」
妹の声援を背に魔法力を集中、一気呵成に火炎魔法を励起する。
自分でも信じられないほどの熱量と大きさの火球が生まれた。魔法と意志の力で自在に操り、螺旋状の炎の矢を形成する。
狙うは、黒い死神――三脚蟲。
「超励起、螺旋貫通火焔矢砲ッ!」
炎の矢を放つ。目にも留まらぬ速さで飛翔した灼熱の矢は、空気を切り裂いた。しかし衝撃が空間を揺らす。
シールドだ。またもや炎の矢を直前で防いでいる。
「まだだ! いっけぇええッ!」
気合いもろとも魔法力を更に注ぎ込む。炎の矢は魔法力で繋がっている。溢れんばかりの魔力を、全力で叩きつける。
ビギッ……!
空間が歪み、シールドに亀裂が走った。三脚蟲の巨体が動揺したかのように一歩、後ずさる。
「貫けぇええっ!」
次の瞬間。凄まじい火炎がシールドを穿ち、三脚蟲の黒い体を直撃した。火焔は装甲を融解させ、ジェットとなって内側に侵入。隠れ潜むエイリアンどもを業火で焼き尽くした。一拍の間を置いて内側から膨れ上がった三脚蟲は大爆発を起こした。
黒い機体が粉々に砕け、盛大に吹き飛ぶ。折れた脚が地面で二度三度とバウンドし、家の屋根に突き刺さった。
「やった! ざまぁ……みやがれ!」
「凄い! お姉ちゃん!」
アネムシスは信じられない思いで自分の手のひらを見つめる。
魔法の力が、何十倍、いや百倍以上になっている。まるで神話時代に生きていた魔法使いになったかのようだった。
かつて『真の魔法』という至高の領域。それを自在に操ったという太古の魔法使いたち。
赤き月が彼らに匹敵する力を分け与えてくれている。
まだ戦いは終わっていない。
しかしこれだけの魔力があれば――!
仲間が倒された事に怒ったように、別の三脚蟲が向かってきていた。建物を蹴散らしながら、両腕を掲げ、熱線砲の赤い光を励起しつつある。
その時、巨大な怪物に立ちはだかるように、青い稲妻を伴った人影が躍り出た。
「おうおう、クソクラゲの化けもんがよ、よくもさっきは、やってくれたなぁ、あぁ!? コラっ!」
空中に舞い上がるや三脚蟲に銀色に輝く剣を向け、啖呵を切る。
燃えるような赤い髪の、血気盛んな駆け出しの勇者志望、
「飛翔魔法……! ザックか!?」
それは瀕死の重症を負っていたはずの魔法戦士、ザックだった。早々に三脚蟲に挑んで建物の瓦礫の下敷きになった、血気盛んなバカ。
「ふぇえ、治癒できちゃいましたぁ。月のおかげですぅ」
治癒術師のチユがよたよたとした足取りで、フォルリアと一緒にいた。
「ついでにバカも治せばよかったのに」
軽口を叩きつつも、仲間たちの無事な姿に思わず涙がこぼれそうになる。
ザックは黒い三脚の怪物の頭上まで跳ねあがると、高々と剣を掲げた。量産型の魔剣に、雷を纏わせる必殺剣。
三脚蟲の無機質な赤い単眼が、空中に浮かんだ人影を追う。
「しゃらぁあ! 全力、超絶フルパワー! 唸れ、俺の魔剣ッ! 轟雷空裂……斬ッ!」
ズシャァアっ! と剣に青い稲妻を滾らせて急降下。見えないシールドを切り裂くと、そのまま黒い本体に剣を叩きつけた。
鈍い、鐘を鳴らすような音が響き、三脚蟲が膝を折った。ドォン! と真下の地面に本体が落下、衝撃で三本の脚全てがくだけ散る。ザックはそのまま本体に剣を突き刺した。
内側に電撃を食らわせると、三脚蟲は爆発し、完全に沈黙した。
「見たかクソタコがぁああっ!」
アネムシスはやれやれ、とため息を吐きつつ、煌々と輝く赤き月を見上げた。
胸中にあるものは皆、同じだった。
「さぁ、ここから反撃だ!」
「うんっ」
取り戻そう。
あの平和で、穏やかで優しい世界を。
◇
賢者カレルレンの周囲に浮かぶ無数のウィンドゥ。不通を意味する赤から、通信成功の青に変わり、やがて魔法使いたちの声や、様子が届くようになった。
「成功だ、各地で反撃が始まった……!」
魔法使いたちが、魔法戦士たちが、赤き月からの魔力放射をうけ、膨大な魔法の力を得てゆく。
ユマが言うには、赤き月にかけられていた呪い。リミッターを解除したのだ。
全魔法の使用制限が、ユマの力で取り払われた。
あちこちの街や村で、覚醒した魔法使いたちが、反撃に転じていた。絶体絶命のピンチを切り抜け、仲間を守り、そして組織的反抗へとつながってゆく。
王国軍ではゴーレムの敗残部隊も動き出した。
誰もが不可能だと思っていた伝説の魔法、究極合体を試みようというのだ。
『えぇい、無理など承知、今やらねばいつやるのじゃ! 道理なぞ蹴散らせ! 我が王国の栄光を取り戻すのじゃ! ゆくぞな、究極ゴーレム合体ッ!』
傷つきボロボロのゴーレム数体が呼応、次々と再起動。変形しながら合体し、一体の巨大人型決戦ゴーレム兵器へと変わってゆく。神々しいばかりの動く石像の巨体が、荒れ果てた王都を背景に、ゆっくりと起立してゆく。
『うぉおっ! 刮目せよこの勇姿ッ、これが伝説の超魔導巨神合体じゃぁああっ!』
直後、三脚蟲の放った熱線を、足元から出現させた分厚い岩盤の壁で防ぐ。
『もう、効かぬ!』
地属性に属する魔法の究極体は、攻撃を避けるや地面を蹴った。まるで人間のようなしなやかな動きで疾駆し、黒い怪物に肉薄。渾身のパワーで石の拳を叩き込んだ。
ぐしゃり、と三脚蟲の顔面に拳がめりこんだ。
超重質量による問答無用の物理攻撃は、流石のシールドでも防げないのだ。勢いそのままに殴り倒された黒い怪物は、もんどりうって地面でバウンド。跳ね上がったところで大爆発を起こし木っ端微塵に砕け散った。
爆炎を突き破る巨神の勇姿が、魔法の窓の向こうに映し出された。
「みんな……! がんばれ」
普段は冷静沈着なカレルレンも、興奮を抑えきれなかった。
「もう負けません、きっと大丈夫」
ユマは揺るぎ無い瞳を向ける。
黒髪の儚げな印象だった少女は、いつしか成長していた。
「あぁ、ユマの言うとおりだ」
カレルレンでさえどういう経緯があったのかは分からない。ユマが太古の世界でどんな冒険を経験し、赤き月の中で眠るに至ったのか。
聞きたいことは山ほどある。
けれど今、確かに人類の反抗作戦が始まったのだ。
「カレルレン! 敵の母艦が目の前だぜ、最大戦速! 全砲門解放」
「頼んだよ、ユーグヘイム」
いよいよ決戦が迫っていた。
<つづく>




