『月は出ているか?』
◇
「魔法円はまだ完成していなかった。なのに君は来てくれた。どうして……?」
流石の大賢者カレルレンも驚きと戸惑いを隠せないでいる。
私の知る彼はいつも沈着冷静で思慮深い瞳が印象的。でも、こうして慌てる様子は年相応で、可愛いとさえ思ってしまう。
「喚んでくれるって、信じていたからです」
「ユマ君は、一体……?」
カレルレンの瞳に混乱と困惑の色が浮かぶ。
知っている私じゃない、と直感したのだろう。確かに私は超時空を旅してきた。夢と現を飛び越えて、ここへ戻ってきた。
「私はグレイくんの円盤で、地下基地から脱出しました。そのまま数千年前の過去に飛んで、そこで、えぇと、あれやこれや。なんやかんやの末に、あの『赤き月』の中心で数千年間眠っていたんです。また呼ばれるタイミングを夢見ながら」
地上で見るよりも何倍も大きい赤い月に視線を向けて、再びカレルレンを見つめる。
信じてもらえるだろうか。
「え、えぇ……っ?」
詳しく手短に説明したつもりが、かえって混乱させてしまっただろうか。私はいま『赤き月』の放つ魔力の一部とつながっている。
だからこうして呼び出しに応じることが出来た。
目覚めて、グレイくんと一緒にここへ跳躍できる。それなら、魔力を通じて意思も伝わるかも。
「月の中で夢を見ている間、私の願いが無意識のうちに溢れ出すって。大昔の大賢者様が言っていました」
「大昔の大賢者って?」
「大賢者ウィキードというおじいさんです」
カレルレンは名前を聞いた途端、瞳を見開いた。
「その名前をどうして君が!? 失われた神話にのみ登場する名前なんだ。あの『赤き月』に存在する万物の知恵の宝物庫……永劫図書館に触れることの出来るのは僕ら賢者だけのはず。いや、ということは。ユマの話してくれた事は本当で、目の前にいる君は数千年を旅してきた……ということなら確かに、全ての辻褄が合う」
私と、姿を変えたグレイくんを見て、ついに確信した様子だった。
顔を両手で覆い、天を仰ぎ全身から溢れ出る驚きと興奮もそのままに、私の手を再び取る。
「すごい! ユマ」
「えぇ、えへへ」
その時、ドォンと爆発音がして艦――だいぶスリムになった頼りない感じになっている――が大きく揺れた。
「お二人さんよ! 感動の再会中悪ぃが、もう限界だぜ!」
外ではサクラちゃんが変身したドラゴンが孤軍奮闘。円筒形の突進をブレス攻撃で逸らし、なんとか耐えている状況だった。
「この可愛子ちゃんは、焦熱魔素融合反応弾を起爆するなって言ってきかねぇし、艦の魔力も無くなっちまう。魔導推進機関が停止すりゃ、このまま終いだぜ!」
揺れる艦内でユーグヘイムさんが叫んだ。
彼の腰には私と同じ制服を着た銀髪の少女――グレイちゃんがしがみついている。
外ではサクラちゃんのドラゴンめがけ、数機の円筒形物体がミサイルみたいに迫っていた。緑色の流星のような光を放ちながら。
「いけない、サクラ戻るんだ!」
『でもッ、あたしが、守らないと』
「――ユマ、開放、月ノ魔力」
「うんっ!」
私はグレイちゃんの言葉に『赤き月』に向けて手を、拳を向けた。
『赤き月』の中心核に直結した私の意思なら、あの扉を開ける。幾重にも重なった魔法円、結界と封印の扉をこじ開ける。
厳重に、慎重に、大切に、封印され続けていた魔力の源を開放する。数千年間、節約モードで小出しにし、蓄えられていた魔力を――
「全ッ……開放!」
ばっ、と手を開く。
次の瞬間、天空に輝きが出現した。
それは『赤き月』の内側から放たれる光だった。
赤い月は光度を増し、夕焼けのような血の色合いから、桜色へと色を変える。
「こ、これはっ!?」
「魔力が……艦の魔力が回復していく!」
カレルレンとユーグヘイムさんが叫んだ。
ギュィイイと艦の魔導機関が再び唸りを上げ始めた。
外にいるサクラちゃんのドラゴンが、桜色の光を浴びて傷が癒え、鱗の赤い輝きが戻ってゆく。
『なんだか分かりませんがーッ!』
しゅごぉおお、と宇宙空間で魔力を吸い、胸を膨らませる。
サクラちゃんは一気に口から灼熱のブレスを吐いた。無重力で膨らんだ火球は、オレンジ色から黄色、そして白へ一気に変化。
『いっく、でーすッ!』
恒星を思わせる火球の中心から、収束した白い光線を放つ。鋭い光は迫りくる円筒形物体を貫通、真っ二つに切り裂いた。
「サクラのブレスの出力が上がった!? 十倍、いや百倍……」
『たりゃぁッ!』
そのままブレスの光を真横に薙ぎ払う。そして、数十個の円筒形物体を次々に切り裂くと、赤い花火へと変えてゆく。
パッ、パパパッと弾ける赤い爆発は、反撃の狼煙を思わせた。
「すげぇ!?」
「ユマ、君は……何を」
「『赤き月』の魔力を開放したんです。何千年も『制限モード』だったんですよ」
「そ、そうなのか」
カレルレンはきょとん、としつつも納得した様子だった。
「魔法使いはみんな、暫くの間凄い力を出せるはずです」
「――反撃、オ任セ」
私とグレイちゃんはパチン、と手を打ち鳴らした。ここから先は、専門家、魔法のプロたちにお任せ。
「魔力倍増の合言葉は『月は出ているか?』です」
「なるほど、月からの魔力放射を浴びられる者なら、地上にいる魔法使いも」
「そうです」
「オーケーだぜお嬢ちゃんたち! これだけ魔力がありゃぁ、復元……いや、強化さえできらぁな! いくぞ野郎ども」
「「「おぉおお!」」」
艦の乗員たちが気勢を上げた。
ユーグヘイムさんが周囲に幾重にも魔法円を浮かびあがらせる。青白い輝きがボロボロの船体を包み、光の粒子が集まり形を成してゆく。
「ずぅりゃぁあああッ! 超魔法、再構築魔導戦艦ッ!」
気合一閃。
艦の外側に装甲が生じ、次々に折り重なり、巨大化してゆく。
裸のロケットのような見た目だった艦は、あっというまにドラゴン飛行形態を思わる、重厚長大な超弩級戦艦へと姿を変えていた。
武装がハリネズミのように全体から突き出す。
「みたかぁああッ! 超竜級魔法戦艦、新・轟雷天主号だ!」
「えぇええ、すごっ!」
構成する金属元素は何処から来る、なんて理屈を無視した超復元。こういうのはSFには無理な、魔法の領分だとあらためて思う。
「目標、敵母艦! 行くぜ! エイリアンのクソ野郎ども」
ユーグヘイムさんが吠えるのに呼応して、魔導機関が唸りを上げた。サクラちゃんのドラゴンを甲板に乗せ、艦首を黒いショートケーキのような母艦に向ける。
「よーし、僕も」
カレルレンが魔法円を展開。無数のウィンドゥを空中に浮かび上がらせると、全世界の魔法使いたちに向けて通信回路を開いてゆく。
「聞こえるかい? 僕は賢者カレルレン。生き残っているかい? 賢者たち。それに王国の誇り高い魔法使いたち! 魔法騎士に魔法剣士たちも! 見習いの魔法使いでも魔術師でも誰でもいい!」
ポン、ポポンと魔法の通信が『接続』したことを示す青に変わる。
「聞こえているなら、月を見上げて!」
そして叫ぶんだ。
「――『月は出ているか?』と」
<つづく>




