時を越える少女たち
「ジャガリコ食べるひと」
「ポッキーあるよ」
「飴もおたべ」
「オバちゃんか!」
きゃはは、と明るい笑い声が響く。
オカルト研究会の部室はまるで女子会だ。
会議が紛糾しては、小休止のお菓子とお茶の時間へ。
壁際の『エイリアン侵略対策委員会』と書かれたホワイトボードは、隙間のないほどびっしりと文字で埋め尽くされている。
時計を見ると午後4時をまわり、西日が黄色味を帯びはじめていた。校庭からサッカー部員の元気なかけ声と、ボールを蹴る音が聞こえてくる。
家と学校を往復する毎日に、華を添えてくれたのは部活。
図書委員のお仕事は好きな本と接していられるから。将来もできればそういう仕事につきたいな、なんて夢も持ち始めていた。
今は景色が少しだけ違って見える。
ううん、気が付かなかっただけで、景色はいつも少しずつ変わっていた。まるで季節が巡るように少しずつ。
これは――私の中の夢なんだ。
赤い月の中で、石になって見ている夢。
わかってはいる。
けれど、まどろみの中で見る夢は心地よく、ずっとこのままでいたい。
紅茶を飲み下し、ほっと一息つく。
「モリター、紅茶おかわり」
「はい、会長」
オカ研の会長、小鈴さんと専属執事のような森田くん。
「いい主従ねー。調教もバッチリ」
私をここに導いてくれたトキちゃん。明るくて、皆の人気者。感謝してもしきれない大切な友達。
「この侵略宇宙人、SF好きとしては不本意ながら、情状酌量の余地なし、だね」
SFを愛する乙女、天野さん。ポッキーをバリバリと噛み砕き、鋭く目を光らせる。彼女の言いたいことは即ち、やっつけていい悪い宇宙人の分類なのだろう。
「エイリアンが運用する円盤や兵器が科学文明に属することは明白です。対して魔法文明は精神的なエネルギーを支えにする。価値観も法則も違う二つの文明の衝突……。この決着はは、どちらかの土俵でつけなばならないでしょう」
ミリタリー同好会の姫乃さんは、穏やかな口調で審判を下す。
「魔法の世界を踏みにじった、報いを」
小鈴さんがジャガリコの残りをカップから口に流し込んだ。
と、ドアがこんこんこん、とノックされた。
「はい? どうぞー」
静かにドアが開く。
皆が息を飲む様子が伝わってきた。
銀色のさらさら髪に透けるような白い肌。瞳は大きくて黒い。ロシア人と日本人のハーフのような、小柄な女の子が立っていた。
制服は私達と同じで、一年生のリボンをつけている。
「――――ユマ」
入り口から中を覗き、私を見つけて黒目がちな瞳を開く。
「ごめんみんな。そろそろ時間みたい」
「ユマ? その子……」
トキちゃんが少し不思議そうに小首をかしげる。彼女の記憶の中にはないのだから無理もないけれど。
転校生? と森田くんが言うと小鈴さんが「そうかも」と返す。
「紹介するね、グレイく……さん。遠いところから来たんだ」
「――――ミナサン、コンニチハ」
「「「こっ、こんにちは!」」」
可愛い、綺麗、お人形さんみたい! ざわつく部室。
「ユマっち、どこにいくの?」
「用事があるの。今日はここまでで、ごめんね」
私はすこし謝ってから入口に向かって歩き、グレイちゃんと挨拶を交わすように、指先を絡めあった。
「……ユマっち?」
一度振り返り、部室の中のみんなに笑顔を向ける。
「トキちゃん、みんなも。ありがとう。またね……!」
――また、この部室で。
入口から眩い光が押し寄せてきた。
真っ白な輝きに、全てが昇華してゆく。
「いこうか」
「――――ウン」
決着をつけに。
◇
◇
◇
僕としたことが。
なんてことだ。
ユマを一人、地上に残してくるなんて……!
ユマとの魔法通信が途絶えた。
今すぐにでも助けに行きたい。だけど、地上基地は数十体の三脚蟲に襲撃され完全に破壊されたという。絶望的な状況下、救いにいくこともさえ出来ない。
なぜなら、ここは空中戦艦の中だ。
けたたましく鳴り響く警報、明滅する赤い警告灯。人類最後の希望、抵抗の砦。飛空艇艦隊旗艦にして最強戦艦、轟雷天主号はすでに満身創痍の状態だった。
赤い熱戦砲がかすめ、外で爆発音が響く。
「カレルレンさま……」
「大丈夫だ、サクラ」
揺れる艦内でサクラと支え合う。
もはや地上の敵は倒しきれない。三脚蟲は既に推定で千体を超え、地上に降下強襲し続けている。王都防衛は不可能だった。いまや世界中が燃えている。
エイリアンの侵略は容赦も情けも何もない。
拠点を潰し、抵抗の芽を潰す。
単純に執拗にそれを繰り返している。圧倒的物量に、無敵の兵器。僕らにはもう、抵抗するすべは残っていない。
「エイリアンのクソ野郎共、やられっぱなしってのは性にあわねぇ! 一発ぶん殴らせてもらうぜ!」
ユーグヘイムが叫び指示を下すと、乗員たちが一斉に様々なレバーを引いた。ガコガコンと音が連続して響き、轟雷天主は破壊された装甲や武装区画を次々と切り離してゆく。
気密区画と魔導機関だけの姿になった艦は反転、ゆっくりと艦首を空へと向けた。
「総員下船! 後は俺一人でやる。……どうした!?」
乗員たちは誰一人として持ち場から離れようとしなかった。無言で最後まで闘う、抗うと、決意に燃える瞳が訴えている。
「ちっ、大馬鹿野郎どもが……! なら、いくぜ! 魔導機関、最大出力で垂直上昇ッ! 奴らの母船を目指す」
ユーグヘイムは不敵に笑うと拳を振り上げた。士気は最高潮に達している。
船は垂直に上昇していく。
魔導推進機関と乗員が乗る機密中枢だけの身軽な姿で、宇宙空間に浮かぶ三角形の巨大な、敵の母船に挑もうというのだ。
正確には玉砕覚悟の特攻。
人類が手にした最大にして最凶の破壊兵器。
魔法の誤った進化の果てに生まれた怪物。焦熱魔素融合反応弾ごと相手につっこもうというのだから。
「僕も付き合うよ」
「カレルレン、悪ぃな」
「どのみち地上にチャンスは無いさ」
チャンス……か。
僕は、ユマからいろいろなヒントと知恵をもらい、チャンスを掴んだはずじゃなかったのだろうか。
幾度も挑んだ。
けれど結果は変えられない。
世界が燃え、人類が敗北する運命を回避できない。
なぜなんだ。
何故?
何か間違っているのか。
僕が考えている方法が。
いや、もしかすると……私達全てが、魔法の使い方を誤っているのではないか?
焦熱魔素融合反応弾という究極の魔導破壊兵器。あれは、正しい道だったのだろうか。
確かユマは「核兵器みたい」と言っていた。世界を何度も滅ぼすほど、沢山つくってしまって、向こうの世界でも滅亡と隣り合わせだ、とも。
でも、検証している時間は無かった。
僕は賢者と呼ばれながら、なにもわからない。
わからずじまいだ。
幾度となく繰り返す絶望のループ。
抜け出すことも出来ず、次第にその環は狭まっている。
せめてもう一度、ユマに会いたい。
叶うなら、謝りたい。
辛い思いをさせてしまったことを。
こんなことに巻き込んでしまったことを。
咎められてもいい。非難されようとも、嫌われようとも、ユマをもう一度、ここへ呼べないだろうか?
もしかすると地下の基地でユマは生きている可能性もある。
ならば、簡易的な魔法円でも呼び寄せることができるかもしれない。
「サクラ、魔法円を描く。血をわけてもらえるかな」
「はい、構いません」
指先を躊躇いもなくかじり、血を床に垂らす。
「ありがとう、サクラ」
細い指先を口に含み、治癒を施す。
まだ温かい血で魔法円を描き、召喚する。
もし、チャンスがあるなら。ユマをもう一度ここに――。
『焦熱魔素融合反応弾、起爆シークエンス!』
アナウンスが響いた。轟雷天主は加速する。
「やべぇ、連中に気づかれた! 迎撃しにきやがる!」
カレルレン達の動きに気がついたのか、緑色の光が向かって来るのが見えた。流れ星の一つ一つが、三脚蟲を運ぶ円筒形の船だ。
「みろ、蒼き月と赤き月の間に!」
「あれだ。あの黒い三角形の巨大な船が母船だ」
「大きい。なんて大きさだ!」
黒い壁が見えた。
近くなればなるほど、途方も無い大きさだとわかる。十キロメル? いや、数百キロメルはあるだろうか。まるで月そのものだ。
恐ろしい地獄の門のような三角形の黒い月。
それが、天空にひときわ大きく見える『赤き月』を遮るかのように、ゆっくりと移動している。
「わたしが出て時間を稼ぎますー!」
「お嬢ちゃん何を!? 無茶だ、カレルレン、止めろ!」
「……頼むよサクラ」
サクラにそっとキスをする。
封印解除、全魔力開放。
「大好きですよ、カレルレン」
「僕も。愛しているよ、サクラ」
サクラちゃんの瞳に赤い光が宿る。稀有な竜の血が活性化し、その身体を竜に変える。
その昔、神話の時代。
争っていた二つの勢力のうち『真の魔法』を使う一派が生み出したといわれる、究極の竜化魔法。
ドラゴンを超えた超竜にはなれないけれど。サクラはそれを目指して創った人造生命体だ。
「任せてくださいですー」
サクラはエアロックから真空に近い外へと飛び出した。次の瞬間、光に包まれて竜化魔法を励起。赤い鱗に覆われた巨竜へとその姿を変えた。
「サクラ……!」
迎撃しようと接近してくる緑色の流星に向け、光のブレスを放つ。
軌道を変えられた緑色の流星は大気圏で燃え尽きてバラバラになった。竜化したサクラは次々と緑の流星を迎撃、艦の進む血路を開く。
「直撃コースだ、避けられねぇ!」
次の瞬間、サクラが流星に体当たりをする。羽が折れ、別の流星が軌道を変えて迫ってきた。
『行くです――!』
「起爆するぜ、喰らいやがれ、エイリアン!」
次の瞬間、魔法円が輝いた。
つながった。
この状況下で召喚魔法が励起した。
いや、勝手に?
まるで門が向こうから押し開けられるように。
それに光に包まれながら魔法円から出現したのは、二人だった。同じ制服に身を包んだ黒髪の少女と、銀髪の少女が手を取り合いながら飛び出してきた。
「カレルレン!」
「ユマ!?」
ユマはスカートを翻しながら、僕の腕の中に飛び込んできた。細く柔らかい身体を抱きとめると、鳶色の瞳が僕をしっかり捉えた。
「よかった、また逢えた……! カレルレン!」
「まさか、まさか、奇跡だこんな」
こんな事が起こるなんて。
ぎゅっと強く互いに抱きしめ合う。
「――――起爆、中止」
気がつくと、もうひとりの銀色の少女がユーグヘイムの手を掴んでいた。
「って、おま……グレイ!?」
<つづく>




