表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/41

科学の子

 さながら地獄のようだった。

 赤き月の中心核(コア)は、まるでブラックホール。超高密度に圧縮された魔力は、木星の大赤斑を連想させる赤黒い渦となり、表面を埋め尽くしている。

 振り返ると、聖剣戦艦たちが追撃を止めて減速していた。私たちが(コア)に吸い込まれるのを見届けるつもりなのだ。

 濃縮された魔力の海は煮えたぎるマグマのようで、落ちたら最後、何人たりとも助からないように思えた。

 脱出も叶わない高密度の領域は、死が約束されているのか。

 ――もう……ダメ。

 諦めの境地に達していた私は、最後にせめて宇宙をこの目に焼き付けてやろうと考えた。

 目を凝らすと、聖剣戦艦たちの向こう側に大きな青い星が見えた。

 地球だった。

 

 ――すごく綺麗。


 生命を育んだ母なる星。その美しさに目を奪われる。

 水の惑星、太陽系の第三惑星。岩石型、ハビタブルゾーンに位置する、奇跡の、恵まれた星。

 エイリアンが欲しがるのも頷ける。


『ユマ、グレイ、歯を食いしばれッ!』

 ドラシュリアさんが叫んだ次の瞬間、私たちは境界面に衝突した。私は声も悲鳴も出なかった。


 衝撃は、荒れ狂う海に叩きつけられた感覚に近かった。

 必死で抱き抱えてくれていたドラシュリアさんの、巨大なドラゴンは瞬時に消滅。視界のすべてが光で満ちた。白一色に染まった視界の中、何が起こったかわからないまま、意識さえ消えそうになる。


「…っ!? …………あれ?」

 覚悟していた痛みや苦痛は無かった。

 熱さや冷たさ、あらゆる感覚が消えていた。

 苦痛を感じる(いとま)さえ無く、一瞬で原子か素粒子に分解された……のだろうか?


 無音の何も見えない空間の中、次々に浮かぶ疑問、そして好奇心だけが脈動していた。

 まるで心臓の鼓動のように、なぜ? どうして? と繰り返しながら私の意識を保ち続けさせている。

 自分が今、目を開けているのか閉じているのかさえわからない。上下の感覚もなく泡のように浮かんでいる。

 体の感覚は消え、何も感じられない。抱いていたはずの、グレイくんの姿も見えなくなっていた。


 認識できるのは、ただ光に満ちた真っ白な場所だということだ。

 音もなく、静かな、虚無の世界。


 ここが赤き月の中心核。

 境界面の……内側なのだろうか?


 身体が消え、感覚も無い。

 でも、こうして考え続ける意識だけが残っている。

 魔法、魔法の世界、魔力の渦、圧縮された魔力。

 中心核は物理法則の届かない領域だ、とドラシュリアさんは言っていた。ならば「ここ」は何処で、私の体と意識は一体どうなってしまったのだろう。


 死んだのなら、元の時代、二十一世紀の地球の、日本の、平和な、あの学校の図書館に戻るはず。なのに帰れない。

 不安と焦りが次第に大きくなってゆく。

 足掻こうにも、どうすることもできない。

 デッドエンドよりも辛い、すべてが静止した袋小路。

 魔法の世界と時間軸が同じ世界なら、せめてカレルレンの元に戻りたい。

 その両方が叶わぬまま、真っ白な場所に、何もない虚無に囚われてしまうなんて、嫌。


 カレルレンの横顔が浮かぶ。最後の別れ、間際の悲しげに揺れる表情が。


 ――カレルレン


 もう一度、会いたい。

 何の役にもたてなかったけれど。

 私は魔法使いでもなんでもない、普通の女の子だった。友達の力と知恵で、おお立ち回りを演じるほど、主人公の属性だって持っていなかった。

 世界なんて救えない。

 でも、このまま終わるなんて悲しすぎる。

 死ぬことさえできず、消えてしまう事もできず、ただ漂うだけなんて、あまるにも辛すぎる。

 白く塗りつぶされた無の領域は、まるで無限地獄だ。


『――――――』


「……?」

 かすかな声が、感覚が伝わった気がした。


『――――――マ』

「グレイ……くん?」


『―――ユマ』

「グレイくんなのね!?」


 声が聞こえた。

 グレイくんの心の声だ。

 超感覚、超能力、そんな脳に直接響く声。

 まだグレイくんは生きている……!

 生きて、存在している!


「グレイくんっ! どこ? 何も見えないの」

 姿も形も見えないけれど、何かふわふわした空気の抵抗のような何か、存在を感じる。


『閉鎖領域、多次元、余剰次元、外側、特異点(・・・)


 外側? 特異点?

 なんの事? グレイくんは何をいっているの?


『魔法、上位次元ノエネルギー放射、状態遷移、文明系ト異ナル』


 何を言っているの……?

 わからない。でもグレイくんは必死で、何かを伝えようとしている。

 理解できる言葉を見つけて、伝えようとしている。


『科学――魔法』

 不意に言葉が、頭の中のスイッチを押した。稲妻に打たれたように閃きが溢れる。

 魔法は無限の可能性。人間の精神に呼応し、物理法則を無視した結果を生じさせる。それが、魔法。

 でも私が生きていた世界には魔法なんて無かった。

 あるのは科学。

 物理法則とエネルギー保存の法則に裏付けられた、確固たる文明。物質が持つ性質が生む、科学反応と、エネルギーと質量の法則がすべての。


「私は……!」

『魔法ニ、囚ワレルナ――』


「私とグレイくんはっ……科学の()なんだ!」


 そう認識した瞬間、白い光のなかにさざ波が生まれた。言葉が虚無の空間を穿(うが)ち、私とグレイくんの指先が触れる。

「グレイくん!」

 触れた指先は明確な輪郭と、形と、熱を持っていた。

 そこから波紋が広がるように、手に、腕に、そして身体へと衝撃が伝播してゆく。

 再構成されてゆく。

 私とグレイくんの身体が、存在そのものが。


『――自己認識(・・・・)、成功、存在、特定』

「そうね、私は……私達は、ここにいる!」


 強く手を握り、地球人と宇宙人、二人が白い世界に風穴を開けた。

 服も身につけていた物も全部もとに戻る。

 瞬きの合間に、足の下に重力が生まれた。地面に足の裏がつき、体重を支える。

 そこから一気に、天と地が生まれてゆく。

 まるで天地開闢のように。


「わああっ! 世界が……作られてゆく」

『認識、拡張、再構成、続行』

 白一色だった世界に、地平線が生まれ、空が広がってゆく。

 時間を早送りしたように草木が生え育ち、草原を成す。青い空に浮かぶ雲が、私たちを祝福するかのように広がり、太陽の光が燦々と降りそそいだ。


「わかったわ、グレイくん! 私たちは魔法の世界の外側から来た。科学の世界から来た、特別な存在」


 だから、この虚無の無限地獄を抜け出せた。


『魔法ノ罠、煉獄、破壊』


 魔法を煮詰めて、全てを詰め込んだ領域。そこに取り込まれた魔法も魔法使いも、溶けて無くなる。

 でも私達は違う。

 

 異物(イレギュラー)だったんだ。

 

 グレイくんは特異点と言っていた。

 魔法の世界にとっての異物。だからこそ魔法使いにとっては虚無にしか成り得ない領域で、私たちは意識を持ち、存在を再認識(・・・)できた。

 まるで、物語を本で読む読者のように。


「あっ、あれは……!?」

 天と大地が生まれた世界に、今度は次々と人影が浮かび上がった。空間に半透明の輪郭が生じ、やがて人の形となる。

 出現したのは老若男女、様々な人間たち。みんな一様に驚きの表情を浮かべ、自分の手を見たり、天を仰いだりしている。


 近くにドラシュリアさんが現れた。他にも数人の魔法使いらしき人たちが出現する。

「なっ、なんだ……これは!?」

「私たち、助かったの……?」

「虚無の地獄から、抜け出せたようじゃの……?」

「おぉあおおお!? 大賢者ウィキード! それにエクスプリア!」

 ドラシュリアさんが歓喜し抱きつく。

 大賢者っぽい風体の白ひげの老人や、紫の服を身にまとう妖艶な魔女。他にも大勢の魔法使いたちが、信じられないという面持ちで再会を喜び、涙を流している。


「ユマにグレイ、おまえたちが、これを?」

 ドラシュリアさんがやがて私たちに気がつき、駆け寄ってきた。


「えと……なんていうか、よくわかりません」

 私は途方に暮れた。

 グレイくんの声に導かれ、意識をしっかり持った。そこで自分を認識しただけなのに。世界が突然生まれたのだ。

 なんとか、言葉を選びながら、四苦八苦して経験したことを伝える。


「いやいや、まってくれ。これは、どえらいことだぞ。ユマは、赤き月の中心核(コア)の中で、別の世界(・・)を再構成しちまったんだぞ!?」


「フォフォ、どうやら、ここは赤き月の中心核(コア)の中に生じた泡のような場所、隔絶された小宇宙のようじゃな」

 大賢者ウィキードと呼ばれた白ひげの老人が、私達の近くに来て語りかけた。とりあえず挨拶を交わし、握手をする。


「まずはお礼を言わせておくれ、ユマさん」

 ドラシュリアさんが、魔女の中の魔女、エクスプリアだと紹介してくれた。妖艶な美女。でも何歳なのかまるでわからない。


「あたしら魔法使いでは絶対に破れない、無限の牢獄、魔術迷宮に封じられていたんだ。水晶にされて、永遠に魔力を絞り取られるだけの存在としてね」


「それを、この子らが破った。魔法力を放射させる、赤き月のコアシステムにされちまうところをな」


「いや、まだ状況は変わらぬぞ。我らは今、赤き月の中心にいることには変わらぬのじゃ。だが、どうやら『神威魔術学徒天秤派(カムイアルテミアス)』の連中は、まだ気がついてはおらぬようじゃ。ここに隠れ里、閉ざされた空間が生じたことにのぅ」


 大賢者ウィキードは白髭を撫でながら、空を見上げ目を細めた。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 何やら予想外の展開となっておりました。 ブラックボールに突入して、ホワイトホールから運よく脱出するのかと思いきや、赤い水晶の中に隔絶された世界を創ってしまうとは。 でも、これは科学の勝利な…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ