重力井戸の底へ
――超・竜化魔法!
ドラシュリアさんは古代の魔法によって、信じがたいほど巨大なドラゴンへと姿を変えた。
『滅びよッ!』
凄まじい咆哮と共に大顎から眩い光を放った。青い輝きは銀河のような渦を成すと一瞬で収束、鋭い一条の輝きとなった。そして。真正面にあった黒く巨大な構造物を一瞬で貫通、そのまま真横一文字に切り裂いた。
「きゃッ!?」
まるで強力なビーム砲だ。カレルレンの時代、ドラゴンたちが放った火炎の吐息とは威力の次元が違う。
黒曜石に似た色合いの建物は、真っ赤に溶けて内側から膨れ上がるや大爆発を起こした。衝撃がスペースコロニー全体を揺らす。
『あれは仲間たちを……赤い水晶に変換する工場だったんだ! 忌々しい赤い月の為に、こんなッ』
ドラシュリアさんの嘆きと苦しみ、怒りが直接伝わってきた。
黒い墓標を思わせる建物は、不規則に赤い稲妻を発しながら粉々に消し飛んでゆく。コロニー全体に警報が鳴り響いた。
『――緊急警報! 素体変成工場が爆破された!』
『停泊中の駆逐艦は緊急発進! アラートレベル4、反逆分子に対する発砲を許可する! 繰り返す――』
『許さぬッ!』
ドラシュリアさんは逆上し、再び光線を放った。狙いはスペースコロニーの入り口付近から緊急発進し、向かって来る聖剣戦艦だ。三隻の先頭にいた一隻に命中すると、叩き折るように爆沈させる。
青白く鋭いブレスの光は、美しい剣のような魔法の戦艦さえも一撃で噛み砕く威力があるのだ。
『聖剣戦艦ベラトリックス轟沈……ッ!』
『くそっ、生身のくせに主砲並みの威力だと!』
『魔力障壁を前面に集中展開! 急げ! 仇討ちだ、あのクソ竜を叩き落とせ!』
更に別の聖剣戦艦が二隻、僚艦の破片を突破して向かってきた。そして機関砲のような、無数の光の弾丸を此方に向けて放ってきた。
「ゴガァッ!」
ドラシュリアさんが変化したドラゴンは、強力な魔法のシールドで守られていた。聖剣戦艦の攻撃は命中することなく、次々と目の前で花火のように弾けてゆく。
巨竜は旋回し反撃に転じる。互いの放った光と光が交錯し、コロニーの内壁で続けざまに爆発、被害が拡大してゆく。
――もう、やめて……!
気がつくと私は叫んでいた。
グレイくんを必死で抱き抱えながら、頭上のドラゴンに向かって。仲間たちに酷い事をされた事に怒るのは理解できる。でも、コロニーの中には、無関係の人だっているはず。
『――だがッ……! このままでは我々は殺されていたのだぞ』
「なら、逃げようよ! 水晶にされた人を助ける方法だって、何かあるかもしれない!」
『ユマ……ぐうっ!?』
激しい爆発がドラゴンの側面で炸裂、ドラシュリアさんが苦痛の声をあげた。
『対空誘導弾命中! 本部へ、主砲の使用許可を!』
『――馬鹿者、コロニーの外壁をブチ抜く気か! プラント崩壊で軌道がずれている。これ以上のダメージではコロニーごと崩壊しかねん……! いいか、奴をコロニーの外に叩き出すんだ!』
『了解!』
いっそう激しい攻撃が加えられた。
ミサイルのような武器が次々に飛んできて、ドラシュリアさんに命中。シールドでは防げないのだ。
『おのれ……!』
憎しみと悲しみの連鎖、互いに牙を立て傷つけあう。
連続する衝撃と爆発、鳴り止まない警報で、自分の意識を保つことさえ難しくなっていた。
ドラシュリアさんの巨竜はコロニーの外へと出た。
激しい攻撃に堪らず、内側から外の宇宙空間へと。
『くっ……!』
太陽の輝きがジリジリと刺すように痛い。影になった側は一瞬で白く凍りついてゆく。宇宙は過酷な死の世界だった。
視界に飛び込んできたのは巨大な構造物。建造中の赤い月だった。中心で怪しく輝くのは、巨大な人柱――真の魔法使いたちのなれの果て。赤い水晶の集積体だ。
『――結界の生命維持は、長くはもたん……!』
振り返ると円筒形のスペースコロニーから二隻の聖剣戦艦が、血眼で追いかけてきていた。
その時だった。太陽からの光を遮るように、巨大な船体が私たちの頭上へと滑り込んできた。
「聖剣……戦艦!?」
コロニーの中にいた聖剣戦艦とは比べ物にならないほど、巨大な船だった。形は似ているけれど武装が満載されている。
『主系列艦か……!』
パッと、三本の光の柱が目の前に出現した。それが巨大な聖剣戦艦が発射した主砲だと理解した時、一本がドラシュリアさんを射ぬいていた。
『ぐあっ!』
「きゃあっ……!」
衝撃と同時に結界が揺らぎ、苦痛が全身を締め付ける。
『やった、さすがは主系列級、聖剣戦艦十二柱のアルデバランだぜ!』
『コロニーに駐留していたんだよ、クソ竜も運が悪かったな』
『よし、竜にとどめを……!』
『――全艦、砲撃やめ。赤き月が射線軸上にある』
空気が失われて息が苦しい。凍えるように寒い。私は必死でグレイくんを抱いた。
と、その時だった。
『――――残存、生命維持、全解放』
急に息が楽になった。気がつくと周囲に虹色の光が展開していた。魔法? 違う、グレイくんがやったんだ。スーツの腕の部分を何か操作している。
私だけじゃない、満身創痍のドラシュリアさんまでもが光の膜に包まれていた。
「グ……グレイくん、ありがとう……。でも、エネルギーが無くなったら……」
スーツの腕の部分の輝きは僅かに残るばかりだった。母星への通信を行うため、残していたであろう最後のエネルギー。それを今使っているのだ。
『――――ユマ』
「そんな……グレイくん。帰れなくなっちゃうよ」
『――――謝恩』
表情の無いグレイくんが微笑んだ気がした。
僅かばかり命が延びただけかもしれない。でも、最後の覚悟を決める時間が貰えただけでもありがたい。
ドラシュリアさんは必死に逃げの一手にまで追い詰められていた。攻撃されない赤い月へと向かうしかなかった。
『――月面へ落とせ』
無慈悲で冷たい声。それは威圧するように追い込みをかける巨大な聖剣戦艦、アルデバランからのものだった。
『――じきに対消滅魔力反応炉は臨界となる。ヤツも仲間と共に溶けて消えてもらう』
ドラシュリアさんの巨竜は、私とグレイくんを抱いたままぐんぐんと赤き月に引き寄せられていた。
建造中の骨組みの隙間を抜ける。巨大な、とてつもない構造は、岩か金属を溶かして固めた、檻のようだった。
周囲には何隻もの作業船がいたけれど、助けてくれるわけもなかった。
船たちは潮が引くように避け、道を開ける。
背後からは聖剣戦艦が一定の距離をとって追いかけてくる。弱い攻撃で威嚇しながら、追撃の手を緩めない。
気がつくと私たちは追い込まれていた。
月の中心部への衝突コース、赤く輝く炉のような部分に向かって。
――月に落ちる!
『これまでのようだ。全魔力を……対衝撃防御に回す。せめて君たちだけでも』
「もういいよ……」
グレイくんの生命を維持している銀色のスーツ。そのエネルギーさえ尽きかけていた。私たちを守るために使い果たしてしまっては、グレイくんが死んでしまう。
もうダメだ――。
赤いマグマのような、煮え立った中心核が見えてきた。遠くから眺めたときは水晶の結晶が集まっているように思えた。けれど、底からにじみ出る光が液体のように渦を巻き、海のように滞留している。
『あれは……超高密度の魔力か! 圧縮され臨界寸前まで濃縮され、まるで海みたいになってやがる。だから重力を発して引き寄せる地獄の井戸みたいに』
「重力井戸……!」
聞いたことがある。星や恒星を指していう言葉。質量によって空間が歪んでいることを比喩している。
『くっ……! あそこの領域を越えると別の法則が支配する世界、事象の境界だ。魔法の法則も、物理法則もわからねぇ未知の領域、特異点ってやつだ』
「私たちどうなっちゃうんですか」
『一瞬で素粒子レベルまで分解か、よくてぐちゃぐちゃのスープ状か。せめて苦しまねぇ事を祈るか』
「……あはは」
私はもう諦めの境地、超絶体験を前に吹っ切れて、軽い興奮さえ覚えていた。宇宙の中心、ブラックホールへ突入する探検家の気分だ。
引き寄せられて落ちてゆく。
私たちはあっという間に光の渦に飲み込まれた。
<つづく>




