ただ一つの清らかなる理想郷
私とグレイくんは、建造中の『赤き月』へ護送されることになった。
取り調べが終わり、『神威魔術学徒天秤派』への協力を申し出たドラシュリアさんも一緒に、月軌道へと向かうシャトルへと乗り込む。
乗り込む前に見上げると、織物のように重ねられ、束ねられた黒いレールが虚空へと吸い込まれている。これは宇宙まで届く、軌道エレベータの支柱なのだろう。
魔法の世界とはいっても完全に超未来のSFの舞台だ。
魔法と科学のたどり着く先は、同じなのか。
あるいは、可能性の一つを見ているに過ぎないのかもしれない。魔法の発展と科学の発展の先、進んでゆく未来の可能性は、無限に分岐している気がした。
シャトルは巨大な水晶の結晶そっくりだった。ハッチから中に乗り込むと、中は小型の飛行機の客席のように、小さな座席が二列、全部で十席ほど並んでいる。監視役らしい神問官たちと一緒に座席に座り、シートベルトで固定される。
『―――――宇宙、脳波、伝達、可能性』
となりの席のグレイくんから思念が伝わってきた。宇宙に出れば助けを呼べるかもしれない、という事だろうか。
考えてみればここは数千年前の世界。
滅んでしまう前の、グレイくんの母星も健在だろう。でも、何百か、何万か、光の速度でもそれぐらいかかる距離を飛び越えて、助けに来てもらえるだろうか。でも、せめてグレイくんだけでも助けてあげられないだろうか……。
不安だらけの旅立ちに、私はそんなことを考えていた。
緊張の中で悶々と考えていると、不思議な液体のような物質で船内が満たされた。
「ごぼごぼ……!?」
でも、息もできるし浮力で身体が軽い。温度もぬるま湯の中のようで心地よい。
「これは擬似的な魔法の羊水です。衝撃や気圧の変化から乗員を保護します」
神問官が説明してくれた。彼らは色々な階級や職種があるらしく、それぞれの役割を淡々とこなしている印象だ。
平等で平和な世界を、という謳い文句通り。私たちには親切かつ丁寧に接してくれる。
「すまないな。君らは本来、無関係なのに」
ドラシュリアさんが座席に身を沈めながら言った。
「いえ。私たちこそ、みての通り怪しい者ですし」
明るく自嘲ぎみに答えると、ドラシュリアさんがフッと微笑んだ。
私はすっかり吹っ切れていた。
魔法の世界だけじゃなく、夢にまでみた時間旅行を経験してしまった。そして今度は宇宙旅行。あまりにも様々なことを経験しすぎて感覚が麻痺して、現実感が薄れてきたせいもある。
『発進します。天空への旅をお楽しみください』
軽い振動と共にシャトルが動き出した。
最初は地面と平行だったシャトルはジェットコースターのように上を向き上昇しはじめた。
浮遊する大地に、水晶のような輝く都市。天空に向かう一本の道は衛星軌道までシャトルを加速させる魔法のリニアだ。
夢にまで見た――というよりも、今が夢の中そのものでは?
という疑念さえ湧いてくる。
そもそも現実とは何で、何時で、何処だったのか。
私は、いったい何処から来たのか。そんな認識さえ危うくなりかけている。
一気に上昇し雲を突き抜ける。
更に加速すると、目まぐるしく景色が変わってゆく。緑と土色の大地があっという間に遥か後方に過ぎ去ると、見える景色は青一色になった。やがて群青色、そして黒く変わってゆく。
「宇宙空間だ!」
液体のお陰か、加速も無重力も何も感じない。傍らのグレイ君をみると、穏やかな表情をしていた。
意思の疎通はできるようになったけれど、瞑想しているように目をつぶる時間が増え、反応が弱くなってくのが気がかりだ。
シャトルは骨組みだけのメロンを思わせる、赤い月へと向かう。魔法の力で建造されている人造の月。
近づくにつれて子細が見えた。
赤いのは中心部で何か、結晶体が輝いているからだ。
外側の骨組み部分は、それを押さえるための何か檻のようにも見える。中心部の赤いコアに向けて無数の氷柱が向かっているみたいな構造をしていた。
「うっ……!」
「ドラシュリアさん!? 大丈夫ですか」
突然、ドラシュリアさんが苦痛の表情を浮かべ、こめかみに指を置く。
「大丈夫だ。声が……聞こえてきた」
「声?」
「仲間たちの……魔法使いたちの、悲鳴……。来るな……と」
「それって……まさか」
どんどん近づく月の赤い光に、嫌な予感はますます高まる。
『到着予定は12時50分。レッドムーン建造ステーションです』
座席の上にモニターがあり、現在位置や月と地球、ステーションとの相対位置関係がわかる。
どうやら直接月に向かうのではなく、静止衛星軌道――地表からおよそ高度5万キロメルの軌道上に存在する建設用のステーションへと行くらしい。
赤い月を作るための建造の足場、工場だろうか。
驚くべきことに、それは大地をロールケーキのように丸めた形をしていた。円筒形になった大地。その内側には人工の太陽を思わせる輝きがあり、遠心力で外側に擬似的な重力を生み出しているように見えた。
「内径は五百メル、全長ニキロメルの軌道ステーションです」
モニターに無機質な説明が浮かぶ。
完全にスペースコロニーだった。
円筒形の入り口付近には、巨大な剣のような形をした聖剣戦艦が、何隻も停泊している。
「凄い……!」
私は何度目かわからない驚きを口にする。
ちくわのような開口部は、何か魔法の力で封印されているらしく、透明なガラスのよう。でもシャトルはそれをあっさりと透過できた。
空中には同じ型のシャトルが飛び交っていた。
円筒形の内側の大地は、工場のような建物が大半を占めていた。居住区画らしい建物の群れ、他にも緑地や水場まであった。
やがて正面の一際大きくて黒い建物へと近づいてゆく。
「あれ? あの光は……」
真正面の黒い建物からシャトルが三隻飛びたった。何か赤い輝きを放つ物体を搬出、輸送していく。
赤い輝きは月の光に似ていた。よくみると、数十メルはあろうかという巨大なクリスタルを、三隻のシャトルが牽引している。
光の鎖で拘束された、まるで囚人のように。
「――なっ!? まさか、そんな……あれはッ!」
ドラシュリアさんが青ざめ、怒りに震える声をあげ立ち上がった。
「大人しくしなさい。もうすぐ到着する」
神問官二人が席から立ち上がり、ドラシュリアさんを制止する。
「貴様ら『神威魔術学徒天秤派』はなんてことをッ……! あれは……赤いクリスタルは、俺たち……魔法使いを結晶化したものだッ!」
嫌な予感が確信に変わる。
「ドラシュリアさん!?」
私も慌てて立ち上がろうとしたけれど、ベルトが外れない。拘束具のように縛り付けられている。
「あの月の輝き、コアは、赤き月の……巨大な対消滅魔導機関! その魔法力の源として、『真なる魔法使い派』の仲間たちを……ッ!」
ドラシュリアさんは手先に魔法力を集め、ベルトの金具に仕掛けられていた魔法を解除したらしい。同時に私とグレイくんの拘束も外れ、自由になる。
「おかしいぞ、この男……同意処置が不完全なのか!?」
「同意……処置?」
言葉の違和感。それは、魔法や薬か何かで強制的に同意させているのではという疑念を抱くには十分だった。
「そんなはずはない! マリエス上級神問官が対応されたのだぞ、今までこんなミスは……!」
――マリエスさん?
そうか、そういうことなんだ。
彼女はドラシュリアさんに託したのだ。
「同意して下さっているんです。みなさんは協力すると、快く」
「人造封印結晶は永遠の輝き。魂と魔力を封じ込めた巨大収束結晶体、すなわち、巨大な擬態霊魂の一部となって、永遠を生きるのです。そして地上を平等に照らす魔法の灯火となる。素晴らしいじゃありませんか」
「ふざけたことをぬかすな!」
「古き因習に縛られし、穢れた魔法使いは、魂を浄化されることになります。永遠の命をもつ結晶体となり、地上に魔法の恩恵を与え続ける。それこそが喜びであり、皆が平和に暮らせる……美しき、ただ一つの清らかなる理想郷への道なのですから!」
ついに穏やかな微笑みの仮面が剥がれ、狂喜と野望にギラついた顔が露になった。
「ようやく、正体を現しやがったな」
神問官たちは手に警棒のような武器を持ち、ドラシュリアさんを大人しくさせようを押し当てた。
「ぐっ……!」
薬か電撃か、身体が痙攣する。
「やめて、お願いっ」
私は一人の腰にタックルする。
「黙れ、邪魔をするな」
激しい痛みが背中を襲う。殴られて気が遠くなる。
「やめろ、その娘は関係ないッ!」
「ならば従うことです」
「従う、ものかぁああああッ!」
ドラシュリアさんが怒りに任せ、全身から魔法力を放った。でも、ブクブクと周囲が泡立つがなにも起こらない。
「ハハハ、無駄なことを!」
「魔力中和ベークライト溶液中では、魔法など使えぬ」
「ぐぅおおおああああッ!」
それでもドラシュリアさんは全身に力を漲らせる。額に青い輝きが収斂、周囲に満ちていた液体を沸騰させ吹き飛ばした。
「なっ!?」
「そんな馬鹿な! き、緊急事態だ……!」
「うぐぁおおおおお、貴様らぁああ!」
――超・竜化魔法、オーヴァー・ドラゴン!
魔法の叫びを私は聞いた。
次の瞬間、激しい閃光と衝撃でシャトルが爆発。私は空中に投げ出された。液体で満たされていたせいかダメージは無かった。でもスローモーションのように、円筒形の壁に向かって引き寄せられてゆく。
「グレイ……くんっ」
『――――ユマ』
私とグレイくんは空中で手をとりあった。次の瞬間、炎の中から、黒光りする巨大なドラゴンが出現。鱗に覆われた巨大な腕に、私たちは抱き抱えられた。
「わ……!」
辛うじて視界に捉えたのは、信じがたいほどに禍々しい姿だった。全身は鋭い刃のような鱗に覆われ、背中や顔から無数の角が突き出ている。地獄の底から出現したかのような、怒りを具現化したような姿に息を飲む。
『許さぬ、滅ぼしてくれるぞ、『神威魔術学徒天秤派』ッ!』
「ドラシュリア……さん」
<つづく>




