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神威魔術学徒天秤派(カムイアルテミアス)の理想郷


 ドラシュリアさんは思想犯(・・・)として拘束された。

 神聖皇国の神問官が「危険な魔法原理主義者」と難癖をつけたのだという。


 私にはそれがどういう意味か、すぐには理解できなかった。

 ただ、ドラシュリアさんを慕う生徒たちは戸惑い、嘆き、中には怒って「取り返そう」と叫ぶ者もいた。けれど事態は目まぐるしく展開してゆく。


「――世界は今、一丸となって平等な理想社会の建設に邁進しています。絶対的な魔法の力で人々の上に君臨し圧政を敷いていた旧支配者……すなわち『真なる魔法使い派(マギアスタ)』の思想は危険な存在なのです」


 やがて魔法学園に神問官と衛兵がやってきて、生徒と残っていた数名の教師たちを前に、そう言い放った。

 神問官は神官であり、行政の偉い人であり、皇帝の代理人のようなイメージだった。白地に不思議な赤い紋様の描かれた法衣を纏い、自信に満ちた表情を湛えながら、穏やかな語り口でみんなに語りかけた。

 生徒たちは不安がっていたし、一部の先鋭的な生徒とは一触即発の睨み合いになった。

 けれど、暴力沙汰は起きなかった。


 魔法学園はしばらく閉園。運営体制を見直すことになると神問官は説明した。ドラシュリアさんの魔法学園は事実上の閉鎖を宣告されたも同然だった。


 親の居る子は親元へと一時的に帰されることになり、親の居ない子は神聖皇国の貴族たちが、引受先となると約束した。


 私とグレイくんは魔法使いでも生徒でもない。

 明らかに異邦人である私達は、取り調べのため保護されることになった。


 空を飛ぶ美しい馬車に乗せられ、私とグレイくんは学園を後にした。直径五百メルほどもある浮遊する人造の大地。その上にあった魔法学園に別れを告げる。


 これから向かう先は聖都アファール・クリスタニアという場所らしい。


 馬車の客室(キャビン)で向かい合って座っているのは若い女性の神問官だ。

 赤い髪に鋭い瞳。白い法衣に円筒形の帽子を被り、静かに私達の様子を窺っている。特にグレイからは目を離さない。


「あの……。ドラシュリアさんは大丈夫なんでしょうか?」


 沈黙に耐えきれず、質問を口にする。彼女から見れば人種も違い、魔法使いでもない私達は、聖都に連行されどんな仕打ちを受けるのだろう。


「それは彼次第です。生徒たちに危険で古臭い思想を植え付け、世界の秩序を乱そうと企てていたのなら、厳正な裁きを受けることになるでしょう」


 事務的な答えが返ってきた。


「危険って、そんな……」

「あの学園にいて、何かを感じませんでしたか?」

「私は……命を救われて、一週間お世話になりました。でも、みんな真面目に魔法の授業をしていた印象でした。危険な思想だなんて感じませんでした」


 精一杯の弁護をする。私に出来ることはこれくらいだった。


「そうですか。では、彼が神聖(アーク)・ジ・オ・メタノシュリウス皇国をはじめとした世界連合(・・・・)に協力の意思を示せば、事態は穏やかに収束するでしょう」


 神問官は表情を変えずに言った。


「協力の意思?」


「そうです。世界連合の掲げる、平和で平等な理想社会の建設。そのために私たち『神威魔術学徒天秤派(カムイアルテミアス)』に力を貸して頂ければよろしいのです。すなわち、レッドムーン計画への賛同と協力を」


 赤き月の建造計画!

 最も嫌がっていた、魔法使いを否定する計画だ。ドラシュリアさんが黙って従うだろうか?

 私は嫌な予感がした。


「既に多くの魔法使いの皆様が快く(・・)協力をしてくださっています。元は『真なる魔法使い派(マギアスタ)』に属していた者たちは、レッドムーンの建設には無くてはならない存在です」


「……!」


 ――結局、あなた達『神威魔術学徒天秤派(カムイアルテミアス)』も、『真なる魔法使い派(マギアスタ)』の力を利用しているんじゃない!


 思わず叫びそうになったけれど堪えた。

 ぎゅっとスカートの裾を握りしめ、口をつぐむ。


 なんだかんだ言いながら、凄い力を持つ魔法使いが月の建造に携わっているのは間違いなさそうだ。

 もし……。生徒たちを事実上の人質にして、「協力しなければどうなるか、わかっているな?」と脅されたら、ドラシュリアさんも従うしかないだろう。


 事実はわからない。でも十分に考えられることだった。

 一部の魔法使いによる絶対的な力の支配。そこから開放されたという今の世界も、結局は同じ支配と管理の構図があるのだから。


 空を飛ぶ馬車が航路を変えて傾いた。

 日の陰り始めた西の空に、赤みを増した月が見えた。葉脈が透けた果実のようにじっと低い位置にある。


「私の名は、マリアス・アーカイム」

 黙りこくってしまった私に、神問官は微笑んだ。


「あ……はい、ユマといいます。この子はグレイです」


 ぎこちない挨拶を交わしていると、やがて聖都アファール・クリスタニアに着いた。


 そこは水晶の柱が林立した、輝く高層建築が立ち並ぶ都だった。美しく彩られた街は、さながら未来都市のよう。


「凄い! なんて綺麗な街!」


「聖都アファール・クリスタニアは、直径十数キロメル、世界最大の浮遊大地に築かれた新しい都です」

 マリアス神問官は誇らしげな視線を向ける。


「こんなに大きかったら、地上が夜になっちゃいますね」


「地上は元々汚く、暗く、害獣と蟲、魔物が跳梁跋扈(ちょうりょうぼっこ)する穢れた場所ですから構いませんよ」

 何の気なしに発したマリアス神問官の言葉に、私は違和感を覚えた。


「人は住んでいないんですか?」


「……人と呼べるのは、洗礼(・・)を受けた選ばれし者だけです。都に住めるのは誇らしく、素晴らしいことですよ」

 地表には視線を向けず、マリアス神問官は少し微笑んで、曖昧にはぐらかした。


 巨大な浮遊大地が落とす暗い影の境界線。そこに目を凝らすと、畑や牧草地が見えた。舗装されていない道の先に、粗末な家々や古い教会のような建物もある。

 そして、煙突から煙の立ち昇る家があった。


 ――人が暮らしている……!


 考えてみればわかることだった。


 空に浮かぶ美しい都に住めるのは、選ばれし者だけ。

 この世界の人口がどれくらいかはわからない。けれど浮遊大地の街で暮らせるのはごく一部なのだ。

 浮遊大地には綺麗に整備された公園や庭園はあったけれど、畑や牧草地というものは見かけなかった。つまり食糧生産は危険な地表で暮らす貧しい人々に任せ、選ばれし人間だけが安全で美しい空の街で暮らしている。

 そう考えると急に冷めた(・・・)気持ちになった。

 輝かしい都市も虚しいものに思えた。


 私は、それ以上訊くことをやめた。


 理想の世界なんてない。

 魔法の世界でさえ。

 『神威魔術学徒天秤派(カムイアルテミアス)』と『真なる魔法使い派(マギアスタ)』の対立も贅沢なことだ。

 結局は優れた力を持つ者同士のいざこざに過ぎないのだから。


 数百年後かわからないけれど、繁栄した魔法の世界は終わりを告げる。

 太古(この)の魔法文明は滅んでしまうのだ。


 そして、数千年後には宇宙からエイリアンも襲来する。


「うまく、従うふりを」

「え?」

 馬車がやがて着地すると、マリアスさんが耳打ちした。


「あなた達なら閉塞(へいそく)を打ち破れるかも」


「えっ……!?」


 私は息を飲んだ。まさか、マリアスさんは元『真なる魔法使い派(マギアスタ)』?


 大勢の兵士や神官たちが出迎え、私とグレイくんは丁重に案内された。

 煌びやかな水晶の塔。それが林立する聖都には、美しく着飾った人々が暮らしていた。麗しい見た目の男女や子供たちが、大勢街を歩いている。


 私とグレイくんは徹底的に調べられた。


 白く広い、清潔な部屋に上位神問官たちが次々にやってきて、調べてゆく。

 言葉を交わさずに、記憶を直接読み取る魔法の装置が使われた。


「未来から来た……?」

「ユマという娘は嘘をついていない」

「記憶を改竄(かいざん)された痕跡はありません」

「本当に時間旅行者……ということか」


「グレイは、一種の人造生命体(ホムンクルス)と思われます。ただ、体組織に使われている蛋白質、細胞構成、すべて未知のものです」

「一から生体部品(オブジェクト)を創造するとは考え難い。通常、ホムンクルスは既存の生体細胞を利用するのですから」

「となると、異星人という娘の説明にも合点がゆく」


記憶内(・・・)の情報から位置を特定。現地に飛んだ調査隊から、湖の底で球形物体を発見したとの報告が!」

「暫定分析では未知の金属が検出されています」


「未来から来た人間と、異星からきた生命体か」

「得られるものは大きいぞ」


 彼らは優しく接してくれる。

 けれど交わされている言葉と、向けられる視線が怖かった。


 私達は、一体どうなるのだろう。

 不安と心配を他所に、数時間後に事態が動き出した。


「ユマさん。明日、月へ行ってもらうことになります」

 マリアス神問官が告げた。

「つ、月!?」

 なんで、どうして?


「ドラシュリアさんが協力を承諾してくださいました。(こころよ)く」

 彼女は瞳の奥に揺らめく光を隠しながら、静かに口の端を持ち上げた。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拘束されたドラシュリアさんは思想犯ですか。 にも拘らず、赤き月を建造するためには彼らの協力が必要であるという。 色々と矛盾を孕んでいるようですが、ユマとグレイの処遇は!? 事が成った後には…
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