漂流のユマ
太古の世界に来てわかったこと。
それは、カレルレンが暮らしていた時代――つまりここからずっと先の未来――は、『真の魔法』を失っていた、という事実だった。
輝かしい栄華を誇った超魔法文明。ここで使われている魔法の数々は想像を超えていた。巨大な大地を空中に浮かせ、宇宙空間を自在に航行できる船を建造できる。聞くところによれば生命の創造も自由自在であり、まさに神話の時代なのだ。
賢者級の魔法使い、ドラシュリアさんの話によれば、魔法は想像力と大いなる意思と対話する力だという。
すなわち精神力と意志の力を源として、宇宙の理を司どる上位存在にアクセス。無限の力と可能性を借り受けるのだという。
魔法に関しては専門ではない私は、正直ピンとこなかった。
とにかく才能で魔法を開花させた者は、魔法使いと呼ばれ尊敬されるらしい。
「確かに『真の魔法』は人を選ぶ。全員が使えるわけじゃない。才能を持つものが、さらに努力を重ねる中で会得するものだ。だが連中は、それを良しとしなかった」
ドラシュリアさんは窓辺から、昼間の空に浮かぶ、建造中の月に視線を向ける。
私は医務室の寝台の上で身を起こした。頭はすこしくらくらするけれど、かなり良くなった。隣ではグレイくんがまだ眠っていた。
「……全員が平等に魔法を使えるって、良いことのようにも思えますけれど。違うんですか?」
「足の引っ張りあいになんの意味がある。『神威魔術学徒天秤派』は元々は魔術師ギルドつまり、魔法使いになりきれず、技工に特化した準魔法使いの組織から発展した。嘆かわしいことに『真の魔法』を使いこなせる魔法使いはそう多くない。連中のほうが何十倍もいるんだからな」
「そんなに? つまり魔法使いになるのはすごく難しい……ってことなんですね」
「まぁな」
魔法学園にいるのは皆、エリートの卵なんだ。
太古の世界には一部のエリート魔法使いと、大勢の準魔法使いたちが対立する構図があるらしい。
でも、考えてみればどんな世界にも似たような事はある。
スポーツや文化活動、部活の話にそっくり。少数の天才は全国やプロを目指す。他はみんな横並びで、ほどほどに楽しむか、それなりで満足する。
対立とは呼べなくても、才能に対する妬み、自分への怒りや無力感、モヤモヤした気持ちは誰にだって芽生える。
それが対立に繋がらないと誰が言えるだろう。
「高度な魔法を使えないが故に、連中は数百年の時をかけて、単純な魔法を組み合わせ、複雑で精巧な魔法のカラクリを作り上げることに特化した。すなわち、魔術師の誕生だ。俺たち魔法使いが気合いと才能でやってのけることを、魔術師たちは金属と水晶に封じ込めた技巧で再現している」
「技巧で、空とぶ船や月さえも作っているってことですか」
それはそれで凄い。魔法文明から機械文明に分岐して発展したみたいな話だ。
「そのとおりだ。まぁ凄いことは認めるよ。俺たちは古くさいのかもしれん。実際、誰でも平等に使える魔法の道具は便利だし、正直俺だって使っている」
「だったらいがみ合わなくても……」
「問題の本質は、魔法を平等に使う権利がある! という連中の主張、錦の御旗のもと、世界の支配構造や国の仕組みを変えようとしはじめたってことだな」
重苦しい沈黙が支配する。
ドラシュリアさんは自分を「忌み嫌われている」と言っていた。おそらく『神威魔術学徒天秤派』たちとは正反対の考えを持っているのだろう。もし世界の九割の人たちに妬まれたら、そんな気持ちになるかもしれない。
魔法学園の生徒たちは皆エリートで、真の魔法を使いこなせる可能性のある、才能に溢れた子たちなのだろう。
話を聞いているうちに、段々と頭が冴えてきた。
私はどちらにも賛同出来ないし、どちらが正しいとも言えない。
助けてもらった恩はあるけれど、今の私にとってこの世界の対立はどうすることもできない。
私の暮らしていた二十一世紀でも国と国、組織と組織、あらゆる階層や思想、ネットの中でさえ対立の構図があった。
実際、何の力も持たない私には、どうすることも出来ない。どちらかといえばドラシュリアさんが連中と呼ぶ魔術師にも及ばない。言わば「その他大勢」の庶民であり、魔法さえろくに使えない私は、取るに足らない存在ということになる。
おそらく、ここに長居は出来ない。
まず私の立つべき、軸足を確かめる。
大事なのは、カレルレンの待っている遥か未来。
即ち私の暮らしていた地球の裏側の、もう一つの世界。
エイリアンに滅ぼされる、絶望的な窮状を打破する何か、鍵を見つけること。
太古の世界と、エイリアンに侵略される未来は繋がっている。数千年の時を隔てて、確実に。
これだけの魔法文明があるのなら、エイリアンにも対抗する術があるはず。
ドラシュリアさんたち『真の魔法派』にしろ、『神威魔術学徒天秤派』にしろ、凄いことに変わりはないのだから。
鍵を――。
未来に持ち帰れるなにか、鍵を見つけないと。
「あの……すみません。『赤き月』が完成するとどうなるんですか?」
私の問いかけに、近くにいた生徒たちや、ドラシュリアさんは少し困ったような、悲しげな表情を浮かべた。
「正直なところ、わからん。月からの魔力波動を受け取るため、改変したナノサイズの魔素を希望者に接種……つまり体内に入れるつもりらしい。そうすれば、魔法をある程度誰でも使えるようになる。実際、多くの人の役に立つだろうし、幸せになる人間もいるだろう」
「マナ……」
そんな秘密があっただなんて。カレルレンが聞いたら驚くだろうな。
「当然、魔法の使用には上限、制限がかかるらしい。全員が使える代わりに完全に管理されるってことになる。使用状況や目的を監視され、自由は消える。魔法はその瞬間、魔法本来の意味を失う。すなわち……自由ではなくなるんだ」
「自由を失う?」
私は息を飲んだ。
「真の魔法と呼ぶ力の源は、自由な精神なんだ。管理され、均一化されて配られる魔法はもう、単なる技術、魔術に過ぎない。それに魔法は剣と同じだ。身を守る武器にもなれば、他人を傷つける凶器にもなる。自由に使えるとなれば、まず喜ぶのは軍隊であり、支配者たちだろう」
「世界に、災いが起こります」
「赤き月は災いを生むんだ!」
「私たちの力を否定されちゃうなんて嫌」
生徒の何人かが嘆く。
考えの違い、思想の対立。それこそが、災いの元なのではないだろうか?
そんなことを考えつつも、口には出せなかった。
私はそれから眠り、しばらくの時間を学園の生徒達と過ごした。
翌日にはグレイも元気になった。
相変わらず意思の疎通は難しいけれど、確かな絆のようなものが生まれた気がする。グレイに性別らしいものはないけれど、多分……女の子だと思う。
やがて、三日、一週間と時が過ぎた。
私は自然と空を見上げる時間が多くなった。
赤い月は確実に建造が進んでゆく。
宇宙空間の彼方、小惑星帯から鉱物の豊富な小惑星を牽引し、衛星軌道上の工場で精製しているらしい。すべてが魔法の力で行われ、二十一世紀の地球よりも遥かに進んでいる。
月が建造されてゆく様子は、さながら壮大なスペースオペラ、SF作品のいち場面のようだった。
私は校舎の屋上で、しばし時が過ぎるのも忘れて、その光景に見入っていた。
私はどこへも行けなかった。
何もできず、時間だけが過ぎてゆく。
漂流し、成す術もなく漂う小舟のよう。
もし、命を絶てば私はどこへ戻るのだろうか?
カレルレンのいる異世界の未来?
それとも懐かしい図書館?
「あれ……?」
記憶がぼんやりしていることに気がついた。
カレルレンの顔を思い出せない。
それに図書館って……何処だっけ?
と、なんだか学園が騒がしくなった。
「ユマ! 大変だ、学園長が!」
「ドラシュリアさんがどうかしたの?」
生徒の一人が慌てて駆け込んできた。
「拘束された! 神聖王国の神問官が、反逆の疑いがあるって難癖をつけて……!」
「えっ!?」
<つづく>




