ローズ・ウェルの墜落事件 ~未来からの警告
◇
「どうぞー、なのです」
こぽこぽとカップにお茶を注ぎ、私の前にカップを差し出してくれたのは、小さな女の子だった。ピンク色の長い髪に、ちょっと尖った耳。ぱっちりとした大きな目に、緋色の瞳。とても可愛い十歳ぐらいの女の子。
淡い水色のシンプルなフリル付きのドレスに、白いエプロン姿。メイド風の衣装は異世界共通なのかと呆れてしまう。
「あ、ありがとう」
突然召喚されてた私。
混乱する頭を落ち着けようと、白いカップを持ち上げて、お茶を一口。紅茶に似たお茶は甘くて、ハーブティのような爽やかな香りがした。
「美味しい……」
ようやく、ほっと一息ついた気がした。
「それはよかったですねー、お客人……ふんっ」
あれ?
ふくれっ面でぷいっと向こうを向いてしまった。なんだか歓迎されていない感じが。私、嫌われているのかな……?
私が召喚された部屋の一つ下の階は、カレルレンの居住スペースらしかった。
魔法の儀式を行う最上階とはちがって、キッチンにテーブル、大きなベッドやソファ、それに本棚がいくつも丸い部屋の壁に沿って配置されている。観葉植物も飾ってあったり、壁に服が掛かっていたりと、意外と生活感があることに驚く。
部屋の直径は三十メートルもあるだろうか。大きな窓は木枠で一枚ガラスが使われている。これだけでも高度な文明だとわかる。スライドするサッシが開いていて、薄手のカーテンが風に揺れている。窓の向こうには最上階から眺めていた風景と同じ、西洋風の赤い瓦屋根を載せた街並みが見えた。
何か見慣れない乗り物が空を飛び、ドラゴンのような生きものの背中に鞍を着けて飛んでいく人がいる。まさにザ・ファンタジーな光景に目を奪われる。
この建物は街の中でも一際高いのか、塔のような場所らしい。例えるなら高層マンションの最上階、広大なワンルームのような。
「こら、ユマに失礼だろうサクラ」
カレルレンが優しく叱る。丸いテーブルの向かい側の席に腰掛けていた彼は、柔和な表情のままサクラを抱き寄せた。
「だってー。女の子を連れてくるなんて。もう、カレルの節操なしー」
甘えたような声で、お盆をカレルレンに押し付ける。
「節操なしって……はは、まいったなぁ。誤解だよ」
カレルレンは少し困った顔で、サクラと呼んだ女の子の頭を優しく撫でた。
サクラちゃんは「ほにゃっ」と柔らかい顔つきになって、何故か勝ち誇ったような表情を私に向けてきた。何故にマウントされているのか。
「ごめんねユマ、きっとヤキモチを焼いているんだよ」
「……えっ?」
「そんなわけあるかー! あ、あんな黒髪のちんちくりんメガネに」
顔を赤くしながら、私に向かって「あっかんべー」をするサクラちゃん。その仕草が、あざといぐらいに可愛い。
「うぐ」
とはいえ、ちんちくりんメガネとは。
コンプレックスをピンポイントで射抜かれて、思わず唸ってしまう私。
メガネは高校入学を機にコンタクトにしようかと思ったけれど、どうしても眼球に指を突っ込めず断念した。あれは怖い、無理。やっぱりガネ最高。図書室で本を読むならメガネのほうが都合がいいし。
ちんちくりん、という点ではたしかにそのとおり。背の高さは確かに、サクラちゃんと大差ない気がする。おまけに胸もいい勝負か。
「なんてこと言うんだいサクラは」
「痛いれふー」
カレルレンはぐにっとサクラちゃんのほっぺたをつまんだ。お餅みたいに伸びるほっぺ。私もつまんでみたい。
「この子……サクラは人造生命体なんだ」
「ホムンクルス……!? すごい」
サクラちゃんはどこからどうみても人間だ。
ホムンクルスというのは錬金術的な呼び方だけれど、SFの世界ならクローンや人造人間みたいなものだろう。
この世界の魔術のレベルが垣間見える。ファンタジー世界の魔法と、科学は発展すると見分けがつかないと言うけれど、高度に発展した魔法文明の世界なんだ。
「僕が魔法でつくった戦闘用、でも普段は娘、みたいなものかな」
「えへへー」
ぎゅっとカレルレンに抱きつくサクラちゃん。
戦闘用という単語も気になったけれど、名前の由来が気になった。
「サクラって良い名前ですけど、もしかして」
「あぁ、日本語だよ、僕は君たちの文明に多少なりとも縁があるからね」
「そうなんですか」
「うん。日本から何度か人間を召喚させてもらったからね」
大賢者カレルレンはそう言うと、すっとお茶を口にした。
この世界に召喚した人間は私以外にも何人かいた、ということなんだ。選ばれた、と言ってくれたカレルレンの言葉に浮足立っていたけれど、特別じゃないという事にすこしガッカリしてしまう。逆にそれなら安心かも、と複雑な気持ちが交錯する。でも、気になることも。
「その人たちは、どうなったんですか?」
「残念ながら、先ほど言ったとおりだよ。僕は恩恵を授ける女神でもなければ、チートとやらを与える神様でもないからね」
「役に立たなかった……、ってことですか」
「うん。ある子は『スマートフォン』で検索すればなんとかなる、みたいな子もいたけれど、ダメだった」
「スマホって」
確かに検索したらいろいろ出てくるだけろうけれど、この世界に電波が届いているとは思えない。無用の長物だ。ポケットから取り出してみたけれど案の定「圏外」だった。
それにカメラ機能や音楽再生でカレルレンを驚かせることも難しそう。
カレルレンは印を結ぶと、空中に半透明のウィンドゥを浮かび上がらせた。新聞紙を畳んだぐらいのサイズで、半分向こうが透けて見える。
「わ、ファンタジーっぽい!」
「魔法使いは大抵使えるんだ。君たちの世界の『すまほ』には負けるよ」
ホログラムのようにも見えるけれど、指先で触れる様子は実体があるようにも見える。
「いろいろ話が早くて助かるよ。ユマ。それで、どこまで話したっけ?」
「えぇと、別の星からの侵略者がどうとか……」
「うん。これを見てもらえるかな」
カレルレンは空中に浮かべた半透明のウィンドゥを此方に向けた。
パソコンのようにサブウィンドゥがいくつか重なり、やがて映像を映し出す。
それはなにかの記録映像のようだった。
岩場に激突した銀色の円盤が見えた。銀色の継ぎ目のない円盤状の物体は、かなり大きかった。地表に衝突したのか、片方が壊れ破片が周囲に散らばっている。
「これって、UFO……!?」
え、えぇ!?
異世界にUFO!? ファンタジー世界なのに。
「君たちは皆そう呼ぶね」
私の反応を半ば予測していたように、カレルレンは穏やかな様子で頷く。
映像には続きがあった。周囲には大勢の人たちがいる。軍人だろうか、馬にまたがった騎士や、剣をもった戦士らしい人間が見える。
やがて担架で布に包まれた遺体のようなものを運び出した。担架からだらりと垂れ下がる腕は、人間のものじゃなかった。灰色の細い、四本指。周囲の人達が恐れおののく様子がズームで映し出される。
「――アレクサット王国正暦947年7月。ここ、王都ニューズアークから東へ八百キロメルテ地点。ローズ・ウェルの村で墜落したものだよ」
ぞくりとする。
私だけでなく、現代人なら大抵は思い浮かぶはず。
リアルとオカルトとSFの交差する境界。誰でも知っているUFO墜落事件、1947年にアメリカのロズウェルであったと云われる円盤墜落事件を連想してしまう。
「これが……私を呼んだ理由?」
「そうともいえるけれど、これはきっかけに過ぎない。この二十年前の事件を皮切りに、見知らぬ世界からの探訪者が急増する。空を銀色の円盤が飛んでいた、森で見たことのない怪物に遭遇した、連れ去られたなどなどね」
「そんな……」
剣と魔法のファンタジー世界に、考えられないような何者かが忍び寄っている。
カレルレンはそう言っている。
「本題はここからだよ。この先……『彼ら』の侵略が始まり、世界は……人類は滅ぶ」
衝撃的な言葉が彼の口から紡がれる。
「えっ!?」
世界が滅ぶ。
まるで見てきたような言い方った。
いや、まさか――そんな。
カレルレンは真剣な眼差しを私に向ける。
テーブルに置いた指先がかすかに震えている。ぎゅっと握り拳を作ると意を決したように話を続ける。、
「信じられないかも知れないけれど……いや、君なら信じて、理解してくれると思うから話すけれど」
「カレル……レン」
「僕は――。今より先の未来から来た。世界の運命を変えるために」
「未来から、来た」
驚くけれど、あぁそうか。と、すべての話を受け入れ、納得し理解しはじめている自分がいた。
SFや様々な物語など「架空の」世界の話として。知識として、知っている。受け入れる素地があるからこそ、荒唐無稽と言い切れない。
そして、この状況。笑い飛ばすことなんて出来なかった。
「人類が全滅する前、残った者たちが僕をこの時代に送り込んでくれた。正確には……記憶と精神だけをね。魔法で時間の摂理を破るしか、この事実を知らせる手立てが……なかったんだ」
強い決意を秘めた瞳。悲しみと絶望、どれほどの想いを背負って、カレルレンは時間を跳躍しこの世界に来たのだろう。それでも剣と魔法の世界では「宇宙からの侵略者」の話なんて、誰が取り合うだろうか。きっと信じてもらえない。私の世界でさえ、笑い飛ばされてしまうだろう。
「何が……出来ますか」
「ユマ?」
「私に、出来ることはなんですか!?」
思わず私は立ち上がっていた。
<つづく>