真(まこと)の魔法使いと、赤き月の呪い
「赤き月の建造計画って……、月を造っているんですか!?」
「そうだ。狂った連中がな」
ドラシュリアさんは吐き捨てるように言った。天空にかかる半透明の、骨組みだけの月を見上げながら。
「なんてこと……」
私は思わず、空を見上げて口をぽかんと開けてしまった。
ここは――カレルレンが暮らしていた魔法の世界で間違いない。でも遥かな過去なのだ。カレルレンは「かつて太古に超魔法文明が存在し、赤き月を創ったと云われている」と言っていた。それが今、目の前で行われているなんて。
信じられないことに、私とグレイは時間跳躍に成功した。幸運にも過去の方に飛んだことになる。けれど想像もしていなかった程の大昔、神話の時代まで一気に遡ってしまった。
状況はなんとか飲み込めてきたけれど、目の前にいるドラシュリアと名乗る魔法使いさんは、どうも「赤き月」の建造がお気に召さないらしい。
「お嬢ちゃん、そんなことより相当弱っている自覚はあるか? 灰色小人の相棒と同じぐらいにな。俺んとこの魔法学園に戻って治療しよう。実験台に丁度いい」
グレイを抱きかかえながら話を聞いているうちに、血の気が引いて目眩がした。パチンとドラシュリアさんが指を鳴らした。
「わっ、きゃっ?」
馬車の中から飛び出してきた「マネキンに服を着せたようなゴーレム」に、私はあっという間に抱きかかえられた。グレイくんも別のゴーレムが担ぎ上げて馬車に運び込んでゆく。
「ちょっ、待ってください……アカデミーって?」
それに実験台に丁度いいとかなんとか、不穏な単語が聞こえた気が。
「俺は『真なる魔法使い派』の学園長もやっているんでな。弟子たちがわんさかいるぜ。治癒術士を目指す生徒らは、怪我人と病人に飢えてるんだ」
なんだかヤバめな笑みを浮かべると、ドラシュリアさんは馬車の御者席へ。あっというまに白馬が牽く馬車は空中に舞い上がった。
水面に白い航跡が残り、湖面にキラキラと太陽光が反射する。
カレルレンと空飛ぶ馬車で降り立った湖は、乾いた塩の大地だった。それが今は満ちた水と豊かな自然に囲まれている。
上空で旋回しぐんぐんと速度を上げてゆく。
すると、遥か遠くの空中に巨大な何かが浮いていた。一瞬、それが何かわからなかった。けれど窓越しに目を凝らすと、それら空中に浮かぶ岩の上に建てられたお屋敷だとわかった。
「家が空に浮かんでいる!?」
「何を驚いているんだいお嬢ちゃん。ありゃぁ地方領主、リジュリハス卿の小さな別荘だぜ。今、中古物件でバーゲン中らしい」
さも当たり前のように、軽い調子でいう。
驚いていると更に遥か彼方に、もっと巨大な大地が浮かんでいる。上にはお屋敷どころか街があった。
――街が浮かんでいる……!?
影を落とす本当の大地、木々の大きさから推測すると浮遊する大地は1キロ四方はあるだろうか。見回すと、あちらこちらに同じような浮遊する大地が点在している。
それら空中に浮かぶ巨大な大陸の脇をかすめ、キラキラと光るものが浮上してゆく。
それは宇宙戦艦のような飛行物体だった。
継ぎ目のない船体は、眩いばかりの銀色の輝いている。まるで剣のような鋭いシルエットの巨大な船。それが三隻、きれいな隊列を組んでゆく。
「剣が飛んでます!」
「あれは神聖・ジ・オ・メタノシュリウス皇国軍の『聖剣戦艦』だな。量産型の巡洋艦クラスかな」
「すっ…………!」
――凄い!
本当に、ここは超高度な魔法文明なんだ!
私は興奮を抑えられなかった。
こんな魔法が使える時代なら、エイリアンなんかやっつけられるに違いない。
カレル……レン……に見せたかっ……。
体力はとっくに限界を超えていたらしい。
グレイくんの手を握ったまま、私はそこで意識が遠のいてしまった。
◇
次に気がつくと、見知らぬ天井があった。
「……はっ?」
「「「おぉー!」」」
歓声が起こってびっくりする。
「お前ら騒ぐんじゃねぇ。貴重な病人が起きちまっただろうが」
すみませーん、とまた大勢の声。
若い元気な声だ。
ここは何処? と考えるまでもなく、ドラシュリアさんが私の顔を覗き込んだ。周囲から続けて数人の同い年ぐらいの男女が私を覗き込む。
「な、なな……?」
「おお、若干の意識混濁に精神錯乱、この場合はどうする? ヘンダーソン」
「はい、自律神経を鎮静、安定系と誘う体内神経系支援魔法を調律します」
「オーケー。癒しの歌を、神経に奏でるのはいい案だ」
私と同い年ぐらいの女の子――明るいブラウンの髪に青い瞳。ドキリとするほどに可愛らしい――が細い指を私の額に寄せる。
すると、心地の良い歌のような、安心する旋律が心の中を満たし、すーっと混乱と不安が消えてゆく。
「……なんだか……楽になりました」
「いい感じだ」
ドラシュリアさんが満足げに頷く。確か、魔法学園の学園長だと言っていた。私はぼんやりした頭でそんなことを思い出した。
「そうだ……グレイくんは?」
「灰色のホムンクルスなら横の寝台にいるぜ。不思議な生き物だが心配ねぇ。異種族だろうがホムンクルスだろうが治癒の基本は同じ。生命力を司る大いなる流れを整えてやる事は、基本変わらんさ」
「大いなる流れ?」
「俺たち『真なる魔法使い派』は宇宙の意志、世界を満たすエーテル流体なんて呼んでいる。怪我も病気も、エーテルの流れを整えることで大抵は治せる。まぁ寿命と悪性の新生物はちょいとやっかいだが」
自信に満ちた光を宿し、エメラルドグリーンの瞳を細める。
周囲を見回すと、生徒と思われる少年少女が私とグレイくんの寝台を囲んで、メモをとったり、ドラシュリア先生の話に耳を傾けたりしている。
みんな同じ白い制服を身に着けた、学園の生徒なのだろう。
「で……何があったか聞かせてくれねぇか? もちろん、話したくなきゃそれでもいいが」
「でも信じてもらえるか……わかりません」
「ユマとかいったか? おまえさんのエーテルの匂いも、流れも。まるでこの世界とは質が違う。あの灰色の小人もだ。一体あんたらは何なんだ?」
「私たちは未来から来ました」
「な!?」
私はすこし躊躇った後、答えた。信じてもらえなければそれまで。いつのまにか自分でも驚くほど、大胆で思い切った決断を下せるようになっていた。
「おそらく、ここから何千年後か、ずっと先の未来です。そこには赤い月が普通に天空にありました」
「赤い月だって!?」
ドラシュリアさんが険しい顔で反応し、周囲の生徒たちが顔を見合わせた。
「……ごめんなさい。でも事実なんです」
「すまん、わかった。それで?」
「そこに宇宙から……別の星から侵略者が来たんです。私たちとは違う姿の、恐ろしい科学の武器を使う、エイリアンたちです」
部屋の中がざわつく。保健室のように薬品の瓶が並んだ棚と、明るい窓枠と。白く薄いカーテンが風に揺れている。
頭を打った病人の与太話と思われたかもしれない。生徒たちの動揺を抑えるように、ドラシュリアさんが小さく手を挙げた。
「魔法使いたちはどうした?」
「必死に戦いましたが、通用しませんでした。どんな炎も雷も、エイリアンのシールド……結界を破れなくて。次々とみんな……死んでしまって……」
私は無意識のうちに涙を流していた。
「まて、ユマさんよ。魔法はそんなもんじゃねぇハズだ。炎に雷……それは事象であって、魔法の本質じゃねぇ」
「ごめんなさい。私……魔法には詳しくないんです」
私の言葉に、ドラシュリアさんは愕然とした様子で眉を持ち上げた。
「俺たちには、その気になれば宇宙の法則を、理さえ曲げる力がある。お嬢ちゃんも見ただろう? 空に浮かぶ大地を。ここじゃ魔法が空間を捻じ曲げ、重力さえ操るんだ」
「先生、あまり興奮しないでください」
生徒の一人が進言すると、小さく咳払いをして、声を低めて話し続けた。
「それが俺たち『真なる魔法使い派』の魔法なんだ。それを使える魔法使いが、未来に一人も居ないなんて……そんな話が信じられるか」
「でも、そんなに凄い魔法は、あの時代に……無かったんだと思います」
私は絞り出すように答えた。
「無かった……だと」
ドラシュリアさんが呆然とする。
この時代とカレルレンが暮らしていた世界は同じようで違うのだと、私は理解した。
真の魔法とやらは失われてしまったのだ。
超古代の輝かしい魔法文明は滅び去った。
カレルレンたち賢者と呼ばれていた魔法使いたちでさえ、巨大な岩を浮かすことも、重力を制御することもできなくなっていた。
「これも『赤き月』のせいだ。あの月のせいで……未来に真の魔法が無くなっちまうんだ」
「先生は、新しい月の建造に反対しているんです」
生徒の一人が教えてくれた。
「一体、あの『赤い月』は何なんですか?」
カレルレンは確か体内にある魔素が『赤き月』から魔力放射を受けることで、魔法を使える……と教えてくれた。
「魔法の平等使用、平準化を目論む連中――『神威魔術学徒天秤派』の下らねぇ考えだよ」
「魔法の平等? カムイアルテ……」
「『神威魔術学徒天秤派』の連中は、全員が平等に、魔法を使える世界を実現するという大義を掲げて、世界政府を動かした。平和過ぎる世界では何か大義名分がないと纏まらん、というのは理解できるが……」
私は混乱しつつある。この世界にも複雑な事情が、対立の構図があるのだろう。それに魔法の平等利用、平準化って?
「つまりその、『赤き月』のせいで凄い魔法が使えなくなったということですか?」
「そうだ、そうなるだろうな」
「つまり未来の魔法は……本当の力を失っている」
「核心をついているぜ。恩恵、平等、耳障りの良い言葉の裏に隠された意志の正体。すなわち、魔法使いすべてに向けられた、呪いだよ」
<つづく>




