渚にて
『――壊レタ箱舟、宇宙ノ空間座標、転移不可』
「でも、何処かには行けるってこと?」
『――肯定』
指先からグレイの意思が伝わる。
ハッキリとした言語ではなく、意思として、概念として。
私が魔法を使えるようになったことで、明確に宇宙人の意思を理解できるようになったのか、仕組みはよくわからない。
けれど今は私が考えて行動しなければいけない。カレルレンがいない今、私が彼の代わりに新しい運命を切り開く。いえ、そんな大げさなものじゃなくても、何かきっかけが掴めればいい。
それよりも何よりも、
「私達には時間が無いみたい」
ビチャ、ズチャッという不気味な音が近づいてきた。金属のぶつかる音と湿った嫌な音が無数に近づいてくるのがわかる。基地を破壊したエイリアンの群れが、暗闇の向こうから迫っている。
生き残った人間を狩ろうとしているのだろうか。
箱舟と呼ぶ白く光る円盤にたどり着くと、グレイが表面に手を添える。
『――認証、起動、残存エーテル集約……』
不思議な幾何学的な文様が表面にさざ波のように伝播し、息を吹き返したことが感じられる。破損箇所には乱れがあり、完全な状態でないことも。
「これに乗るの?」
肯定。
私はグレイの後に続いてタラップから中に乗り込む。中はかなり狭い。搭乗しながら後ろを振り返ると、エイリアンの群れが倉庫に到達したのがわかった。煙と炎の向こうから、黒い巨人のような怪物が何体も迫ってきた。肉体を強化する生体装甲服に身を包んだエイリアンだ。
「来た、きたぁっ!」
思わず叫ぶと同時に、背後のハッチが閉じた。外界の音が消え視界が白一色に染まる。やがて、壁に外の様子が映りはじめた。視線を向けたほうが透けて視える。外部の様子を表示する高度に進化した仕組みなのだろう。
暗いはずの格納庫の中も明瞭に、そして黒く不気味なエイリアンの群れも視える。衝撃に機体が揺れた。エイリアンが攻撃を仕掛けてきた。
「グレイ、そこまで来ているわ!」
丸い操縦席のような小部屋に椅子があり、グレイが身を沈めていた。曲線で構成された椅子に身を委ねながら、指先を動かしている。触れた部分が輝き、見慣れない文字や記号が浮かぶ。
『――転▲×▲破損、次元、防壁……エーテルリアクター稼働』
かなり具合が悪いのか、動きが緩慢で、辛そうだ。やがてヒュィイイ……ンと甲高い口笛のような音がして、機体の駆動音が高まってゆくのが分かった。
外には殺到した黒いエイリアンの群れが攻撃を繰り返している。ズン、と機体が揺れる。
「ちょ、跳躍ってどこへ!?」
『――選択肢2ツ、ランダム空間転移マタハ、空間座標固定ノ時間跳躍』
「に、二択!?」
荒い息遣いでグレイが瞳を私に向けた。
頭に送り込まれてきたグレイの言葉のイメージを整理する。
空間跳躍か時間跳躍という言葉が理解できた。でもそれぞれ条件めいた単語がついている。
『ランダムな場所に空間跳躍』
『場所固定のままで時間跳躍』
そのどちらかを選べ、というのだ。二つ同時に行えるのが本来の円盤の機能なのだろう。
気がつくと手元の図形がどんどん小さくなってゆく。エーテルと呼んだエネルギーが尽きかけているのだろうか。それにグレイも衰弱が進んでいる。かなり無理をしているのだ。
「グレイくん、しっかり」
チャンスは一度きり。
考えろ考えろ、かんがえるんだ私。
ランダムな空間跳躍。
つまりこの世界の何処か別の場所へ行ける。。でも下手をすると宇宙空間の「何処か」に飛ぶということもありえる。今のピンチを切り抜けることは出来るけれど、冥王星の果てにワープでもしたら、それこそジ・エンドだ。機体が壊れているのだから空気だってどうなるかわからない。
座標位置固定のまま時間跳躍。
これには驚いた。円盤が時間を飛び越える事ができるなんて……!
でも宇宙を航行する箱舟ならば、それぐらいの機能があってもおかしくない。宇宙の移動は時間と空間を併せた移動なのだから。
でも最大の問題はグレイが未来か過去か、そのどちらへ行くか方向を示していないこと。頭の中で「未来か過去どちらに行けるの?」と尋ねたけれど『二分ノ一』をいうイメージが返ってきた。
過去か未来、どちらに跳躍するかさえわからない。
そんな恐ろしい跳躍があるだろうか。
一年前か一年後か? それとも百年前か百年後?
最悪、一分前にしか戻らない、なんてことも。
考えだしたらキリがない。
おまけにここは地下の格納庫なのだ。未来でも過去でも、変わらずに地下の施設の中で時間だけが変わるなら、どうなるだろう。遠い未来なら施設が崩れているかも知れないし、過去ならまだ施設がつくられて居ない可能性もある。つまり一瞬で生き埋めになってしまう。
どちらにせよどちらもリスクの高い「賭け」の要素が大きい。
ドォンと大きな音がして機体が揺れた。
『――ユマ、限界』
迷っている暇はもう無い。選ぶとしたら、賭けるとしたら――
「時間跳躍を!」
できれば過去に! ずっとずっと昔へ!
フォン、と振動音が高まり、不意に視界から色と音が消えた。
そして床が唐突に抜けたような落下感と浮遊感に包まれる。
周囲に群がっていたエイリアンの気配が消えた。倉庫の景色も、全てが消失。いつしか周囲は虹色の奔流に変わっていた。
「グレイくんっ!」
瞬き程の刻だったのか、それすらわからない。
虹色の光の流れに身を委ねた。
やがて全身に体重を感じ、唐突に床に叩きつけられた。機体がガクガクと上下に揺れる。
「きゃ、ああっ!?」
床を一度転がって、なんとか椅子にしがみつく。
『――ユマ』
「跳躍したの!?」
肯定。
慌てて外を確認する。外の景色が視えた、水だ、水の中だ……!
乾いていたはずの『塩の湖』に水が満ちている!?
場所が変わらずに周囲の状況だけが変わった。未来? 過去? 自問自答する間もなく、中に水が流れ込んできた。
元々、機体に亀裂が入っていたのだから、水に落ちたら浸水するに決まっている。
「水が入ってきたわ、沈んじゃう!」
今が過去か未来か、確かめるのは後回し。
私は傾いた機体の中でグレイの細く冷たい身体を抱えて、ハッチに向かう。僅か2メートルもない距離が遠く感じられる。ようやく手に壁が触れた。ハッチのあった場所を内側から叩き、蹴飛ばす。水は腰まで迫っている。
「開いて、開いて……よっ!」
『――――』
唐突に四角い切れ目が生じ、ハッチが開いた。ドッと水が流れ込んできた。水を飲んでしまう。塩辛い、海の水!?
幸い、機体の中にあった空気に押し出されて、揉みくちゃにされながらも私たちは外に排出された。グレイの身体が軽くて浮きのように水面に向かう。
「ぷ、はっ……!」
水面に顔が出た、グレイも水面に顔を出す。
見回すと岸がすぐそこにある。二十メートルもあるかないか。泳ぎは得意じゃないけれど、濃度の濃い海水の浮力に助けられながら必死で水を掻くようにして進み、なんとか岸にたどりついた。
「はぁ……はあっ……」
もう体力の限界だった。
白い砂浜で仰向けになり、息を吸う。
グレイも横たわったまま動かない。様子を見てあげたいのに身体が言うことをきいてくれない。でも、助かった? 意識が遠のきそうになる。
見上げる空は抜けるように青かった。
紫色に近い、不思議な色。
やや傾いた太陽が照らしている。なんとか首を巡らせると、森に囲まれた巨大な湖らしかった。円形の湖。場所は変わっていないのだから、あの基地の在った場所『塩の湖』なのだ。
問題は今が過去か未来か、そして今がいつなのか。
空の端に月が見えた。昼間の月。
「青い月……?」
それは青い色合いの、何処か懐かしい見慣れた月だった。
呆然とした頭の中、視線を巡らせてみても天空に他の月はない。すなわち赤い月が。
ということはここは元の世界? まさか。ここはいったい何処?
「グレイくん……?」
『――――』
鉛のように重い身体に鞭を打ち、なんとか身を起こす。身動きもせずに横たわるグレイに身を寄せると、微かな呼吸音さえ止まりかけ、意識の声も聞こえてこない。
「グレイくん! しっかり!」
嫌、いやだよ……死なないで。
私をひとりにしないで。
誰か……だれか、お願い……助けて。
涙で視界が歪む。
と、その時だった。
空に馬車が現れた。
馬車? 空を飛ぶ……馬車?
夢でも見ているのだろうか。二頭立ての白馬が牽く綺麗な馬車が、見えない空中の道を進むような足取りで飛び、徐々に高度を落とし近づいてきた。
私の上を通り過ぎた時、白い馬のお腹と蹄の裏側が見えた。
水面ギリギリまで降下すると水面を滑るように走る。
そして、私達が流れ着いた渚へとやってきた。
「夢……?」
停車した馬車の車輪が軋む音、馬の嘶きが現実だと言っている。
やがて客室の扉が開き、青いローブを羽織った青年が颯爽と降り立った。
黒いさらさらの髪に白い肌、知性と好奇心を湛えた赤い瞳。手には竜のような羽根飾りがついた杖を持ち、身につけている服は白く金色の不思議な文様が全体に刺繍されている。
ひと目で魔法使い、あるいは賢者だとわかる不思議な威厳と佇まいの人だった。
『アー……ユーグ……リゲル、ハームスリア?』
言葉が通じない。聞いたこともない言語。
気がつくと私の魔法の力も消えていた。でもその人は両手を軽く挙げると、「怖がらないで」という表情をして近づいてきた。
危害を加えてくるような人には見えなかった。
「あ……あなたは? ここはどこですか?」
私は縋るような気持ちで声をかけた。
「ウン――ナルホ……調整できた? うん、不思議な響きのする、綺麗な言葉だね。私たちの言語に近いのは幸いだ。翻訳妖精が少々困っているけれど……ことは足りるようだ」
「言葉が……わかるの?」
彼の周囲に光の粉を散らしながら妖精が舞った。ここがカレルレンの世界と地続きの「魔法の世界」であることは間違いない。
「私はドラシュリア。君は?」
「ユ、ユマ……あの」
意思の疎通ができることを確認すると、近づいてきた。
「珍しい空間振動だと思って来てみれば。君たちは異界からの来訪者かい?」
「あの、遠くから来ました」
どう説明していいか迷う。遠くから、という言葉でドラシュリアと名乗った青年魔法使いは納得してくれるだろうか。
「ふぅん、珍しいお客人だということは理解したよ。手助けが必要かな?」
好奇心を隠すこともなく、彼はグレイに視線を向けている。
私は頷いた。ぐったりしたグレイを抱きかかえる。
「私よりもこの子を」
懇願するようにお願いする。
ドラシュリアさんはしゃがみ込むと手を伸ばし、グレイに手のひらをかざした。
「治癒できるかい?」
私ではなく、周囲を飛ぶ妖精の一匹に声をかけた。数匹の妖精が光の粉になり、渦を巻きながら彼の手の甲の紋章に吸い込まれる。やがて手の先から魔法の波動が放射された。
『――――……』
グレイが微かに反応した。
「魔族でもホムンクスルでもないね。でも、体の構造なんて生命によって違って当たり前さ。代謝系と循環器系、神経系、概ね似ていればなんとかなる」
「治せるんですか!?」
「流石にスライムの類は無理だけど、同じ生き物であれば」
グレイが動いた。目を開けて呼吸をする。
「グレイくん……!」
よかった。気がついた。衰弱してはいるけれど。
「あ、ありがとうございます!」
「さて、感動しているところすまないが、魔法には対価が必要だ」
「対価……」
思わず身構える。ドラシュリアさんの瞳には油断ならない光が見え隠れしている。
奴隷になれとか、そういう感じのことを言い出すのだろうか。
「君たちが連中のショーを邪魔しに来たのか、応援に来たのか。まずはそれを聞かせてくれないか」
「れ、連中って?」
ショーって何のこと? 何もわからない。
「本当にわからないのかい?」
「ごめんなさい。私、この子と時間を越えてここに逃げて来たんです……。だから、今がいつなのかもわからなくて」
鋭い瞳に変わったドラシュリアさんに訴える。
「どうやら本当に別の時間から来たらしい。俺を見ても何も思わない?」
「何もって……」
困惑する。
「今、地上にいる賢者クラスは俺だけなんだよ。忌まわしいと蔑まれ続けた……俺だけが」
一瞬、何者かに対する憤りの感情を表に出しつつ、天空を仰ぐ。
「空を見て」
「空……?」
私は空を見た。
青い月の浮かぶ、昼間の空。
でもよく目を凝らすと、淡い何かが空に浮かんでいる。
目が慣れてきた。
淡く、白っぽい道のようなものが空に存在した。雲の上、いやそれよりもはるか高空。おそらくは衛星軌道かそれぐらいの彼方。白い幾何学的な真っ直ぐな道が、天の川のように西から東まで空を貫いている。
「道が……ある!?」
「道というか、天空の軌道ステーション。上空十万キロメルの巨大構造物さ」
「え、ええっ!?」
軌道上に環のようなものが存在する。更に目を凝らすと蜘蛛の巣のように、赤い図形が見えた。骨組みのような球体が薄っすらと。
「見えたかい? あれが人類史上、いや魔法歴史上最大の計画、レッドムーン」
「レッドムーン計画って、いったい」
もう何がなんだかわからない。スケールが大きすぎる。遥かな未来なのか、過去なのか。でも次の瞬間、ドラシュリアさんが決定的な一言を発する。
「通称『赤き月』、連中はみんな人造天体の建造に夢中さ」
――赤き月を建造……!
つまり、ここは過去。
それも超古代なんだ。
<つづく>




