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ユマとグレイ、そして世界の真実と


 夜空には赤い月と蒼い月、二つの丸い月が煌々とした輝きを湛えていた。

 天空を横切るように、南西と北東の空、時計の針が九時と二時を指す位置に浮かぶ二つの月。その間に割り込んだ異形の存在。本来はあらざるべき第三の月――。すなわちエイリアンの巨大母船が三角形の黒い影となり、星と月の夜空を切り取った穴のように黒々と留まり続けている。


 実際の大きさも距離感もわからない。前回、二つの月の片方を隠していたことから、この星と月軌道の間に位置することは間違いない。

 相対的な位置関係を差し引いても、月を超えるほどに巨大に見えるエイリアンの母船。

 それにカレルレンたちは特攻を行った。

 直撃した焦熱魔素融合反応弾(ニュークリアレイス)の、太陽のごとき輝きは徐々に消えた。三角形の黒き月から、破片が離れ無音のまま夜空に散ってゆく。

 でも、それだけだった。三角形の影は、悠然と天空に存在し続けている。

「そんな……!」

 爆発で欠けたのは、ごく一部。まるでネズミがかじったチーズのように、丸い「欠け」が出来ていたに過ぎなかった。

 エイリアンに一矢報いる事はできた。でも撃退するには至っていない。致命傷でないことは明らかだった。

 あまりにも巨大で、強大。星々の海を渡り歩く荒々しい種族の、エイリアンの力に戦慄する。


「あぁ……うわぁあっ! カレルレン、カレルレン!」

 私は何度も叫び、泣き崩れた。苦しい。魔法の窓は砂嵐に変わり、カレルレンの声も、何も聞こえない。絶望が胸を締め付ける。

「いや、いやぁああっ……わぁあああん!」

 カレルレンとサクラちゃんの最後の賭けも、運命を変えられなかった。

 もう抗うすべはない。一方的な蹂躙が始まってしまう。絶望的な滅びの運命を変えられない。


 三つ目の月が、再び緑色の流星を放ちはじめた。


 ――はるかな昔、月は一つだったんだよ。


 不意に、カレルレンの言葉が脳裏に浮かんだ。


 夜空を見上げながら、そんなことを教えてくれた夜。お屋敷のバルコニーで天空にかかる蒼と赤、二つの月が放つ光を浴びながら美しい賢者が教えてくれたことを。


「もともと、蒼き月だけだったんだ」

「赤い月はどこから来たんですか?」

「高度な魔法文明を築いた、古代人がどこからか持ってきたらしい。信じられないけれど、古代人の遺産だね」

「ルナ・ツー?」

 何処かで聞いたような話だった。

 某ロボットアニメ、SFでも資源採掘用の小惑星を衛星軌道に持ってくる、なんて設定は見かけたことがある。

 想像を巡らせるのは楽しい。

「そう二番目の月、いろいろな伝承もある」

「どんなの

ですか?」

 賢者様の話に耳を傾ける。天空にかかる二つの月は、神秘的な輝きを放っている。


「――古代人の文明は、千年帝国(サウザンペディア)と伝承にある。偉大なる魔法文明、頂点を極めし究極魔法の数々を、神のごとく振るったという。でも今から二千年以上前、忽然と歴史から姿を消した。彼らが魔力の源(・・・・)として、赤き月を『創った』と云われているけれど、正確なことはわからない」


「創ったっていうのは凄いですね」

「あぁ。更に、赤き月が僕たち魔法使いの、魔力の源なんだ」

「魔法の……源?」

 思わず身を乗り出す。


「僕ら魔法使い(・・・・)はすべて、例外なく、生まれた時から魔素(マナ)と呼ばれる、目に見えない粒子、極小の結晶を体内に宿しているんだ」

 カレルレンは胸に静かに手を当てた。


魔素(マナ)っていうのは、私達の世界でも聞いたことがあります。魔法を使うときに必要な力の源ですよね」

 オカルト研究会の小鈴さんが言っていた。今夜はマナが濃い……とかなんとか。


「そのとおり、よく知っているね。体内に宿す魔素(マナ)の量と質で、魔法使いの能力……資質が決まる。もっとも魔素(マナ)を含む鉱石を体内にいれたり、多く蓄積する獣の肉を食べたり、そういうことでも増やすことはできる」

「ふむふむ」

「そして、面白いのはここからさ」

 カレルレンは手のひらを静かに裏返し、月の光を捕まえるみたいな動作をした。


「体内の魔素(マナ)は、赤き月から放射される魔力の波動を受けて、力を、魔法を発現させるんだ」

「赤い月が、魔力を供給しているっていうことですか」


 思い返すと、エイリアンの兵器にエネルギーを送る仕組みにも似ている。

 進化した文明の到達点、科学と魔法がそれぞれ頂点を極めた結果、本質が類似してしまったのか。

 私には、確かめるすべはないけれど。


「実際、僕ら賢者や魔法使いは、月の満ち欠けによる影響を受けやすい。満月に近ければ力が増す。赤い月の出ていない昼間でも魔法は使えるけれど、魔法が絶好調になるのは、やっぱり月の出ている時間帯だね」

「赤き月がこの世界の魔法使いにはとても大事なんですね」


 最大の魔力を使える時間帯。

 だから、カレルレンは赤い月が満ちている時間に決戦を挑んだのだ。


 でも、今さらどうすればいい?

 思い出しても、何にもならない。

 信じたくはないけれど、みんな死んでしまった。

 誰も……いない。寂しい、悲しい、辛い。カレルレンが居ない今、私にはもう、どうすることも出来ない。

 いっそここで死んでしまえば、私はまた、あの平和で静かな図書館に、日常に戻れるのだろうか。

 もう、ここには居たくない。

 悲しいのも辛いのも嫌。

 逃げ出したい。

 でも……でも。やっぱりもう一度、もしできるなら、カレルレンに逢いたい


『――――――』

「……?」

 今、何か頭の中に声が聞こえた気がした。

 グレイが胸をゆっくり上下させながら、必死に身を起こそうとしている。

「グレイ、どうしたの?」

『――――マ』

「私を、呼んでいるの?」

 グレイの背中に手を添えて、寝台から起き上がらせる。細い子供のような上半身を起こし、私に黒いガラス玉のような瞳を向ける。


『――――ア…………危、ナイ』

「えっ!?」

 次の瞬間。

 激しい爆音、そして上階が崩れる音がした。爆風で部屋のドアが吹き飛んだ。悲鳴をあげる間さえなかった。咄嗟にグレイを守るような格好で覆いかぶさった。

 私たちは衝撃で吹き飛ばされ激しく床に叩きつけられた。色々なものが崩れ、壊れる音が満ちる。


 冷たいグレイの身体を抱きかかえ、なんとか守る。


「……ぐっ、げほっ」

 煙で目がいたい。息が苦しい、背中が痛い。メガネが割れてしまった。もう、よく見えない。

 互いに支えあうようになんとかグレイと一緒に立ち上がり、非常灯に切り替わった部屋のなかを、赤い光の中を進む。

 気がつくと右足に激痛。血が流れ出ていた。構わず、壁沿いに進み、なんとか部屋の外に出る。

 煙が徐々に充満し、何かが燃える臭いがした。


 おそらく三脚蟲(トライバッグ)が基地に到達したのだろう。

 エイリアンは彼らの先遣隊、黒い円盤の残骸を探している。だから破壊された。


『――――ユ……マ』

「私の……名前を……呼んでくれたの?」


 伝わった。

 冷たいグレイの指先を通じて、確かに心の声が聞こえた。

 嬉しさが込み上げる。

 ようやく、最後の時に通じあえた気がした。

 涙が、溢れる。

 まだ私は生きている。

 カレルレンの想いを、願いを、記憶を受け継いだはずの、弟子の私が、ここで諦めてどうするの。

 なけなしの勇気と気力を絞り出す。


 魔法の窓が目の前に浮かぶ。いくつかの魔法を選び、本能的にメガネの代わりになる視力補正の魔法を使う。

 暗闇でもいくぶん見えるようになった。

「カレルレンの残してくれた魔法……」

 私のなかで、彼はまだ生きている。


 この世界に二度も呼ばれた意味――。

 カレレルレンが託してくれた未来への希望。運命を変える何か。それを見つけないうちは死ねない。

 見つけるまで、まだ終われない。

 きっと何かあるはずだから。


 なんとか部屋を抜け出した私たちは、広い格納庫に出た。天井を支える柱が崩れ、酷いありさまで廃墟のよう。

 でもグレイが乗ってき白い円盤だけが、暗闇の向こうでプラチナのような光沢を放っていた。

 赤く染まった地獄の底のような地下世界。ただ一つの清らかな輝きを、私たちは無意識で目指していた。


 と、前方の暗闇の向こうで何かが動いた。ズル、ズルと這いずるような嫌な音がする。


『……ヒ…………ヒヒ、ヒヒ、ミィ……ツケタ』


「ポリクエルア……さん?」

 息が止まりそうになった。それは賢者ポリクエルアさんだった。服はズタズタに裂け、血が床に滴っている。そして首は不自然に曲がり、白目を剥いたまま動いている。

 まるで、ズタボロの死体。


 心臓が冷たい手で握られたような恐怖を覚える。

 ポリクエリアさんの背後に何か別の影が見えた。何か、蠢く異形の、不気味な――


『……レ…………レティクル星系(・・・・・・・・)ノ食料、残存ガイタトハ……ギヒヒ、不味イ有機生命ガ』


 嘲笑と(さげす)み混じりの声は確かにポリクエルアさんだ。けれど、中に何かが巣食っている。操り人形のように手や脚を曲げ、喉を震わせて無理矢理に発声させているのだ。

 

「あなたは、誰!?」

 グレイを後ろに庇いつつ、私は叫んだ。

 全身の痛み、目眩、本当なら立ってるのがやっとの状態であることに気がつく。

 すると、ポリクエルアさんの背後から黒い触手が何本ものびて、床をジュルジュルと蠢いた。死体の中にいる何者かが出現しようとしている。

『……ゴボ、ゴボボ……ボボ……!』

 ズルリと、ひしゃげた黒いタコのような、軟体動物のような頭部が、ポリクエルアさんの首の後ろから這い出した。


「エイリアン……!」

 見ただけで失神しそうだった。あまりにも不気味でグロテスクな光景だった。なんとか正気を保てたのは、グレイの冷たい手のおかげだった。


『……ヒ……貧弱、脆弱、低能……下等生物、ガァアア……! 貴様ラナゾ、地ヲ這ウ虫ケラ……食物ニィイ、過ギィイイギギギ、ナナナ……イイイイイ!』

 声ではなかった。頭に直接ズカズカと踏み込んでくる、騒音のようだ。


 生きているエイリアンが目の前にいた。

 強化生体甲冑(バイオアーマー)の中身、三脚蟲(トライバッグ)を操る、あの無慈悲で残虐な侵略者の本体が。


「うっ!?」

 突然、ギィイッという耳なりとともに、激しい頭痛に襲われた。それはエイリアンの放つ、嘲笑と侮蔑の波動だった。


 私に対する、いや人類全体に対する、凄まじいまでの侮辱と嘲笑。嫌な、最悪の、吐き気を催しそうになる程の、憎悪。

 私もグレイも倒れ込みそうになるのを必死でこらえた。


「あ……あなた達には……それしかないの!? 星を侵略して、殺して、酷いことをすることしか……!」


『……ギギギ、増殖、侵食、正シ、美シ、真理ィ』

 私は悟った。

 ダメだ、意思の疎通などできない。

 彼らは彼らの真理で動いている。でも私たちからみれば、純粋なまでの絶対悪、侵略者なんだ。


『……無駄、無駄、無駄ァアアア、抵抗ハ、無意味ィイイ。有機体、タンパク……ミネラル凝縮体、食物ゴトキ、キキキサマラに、ミ……未来ハ……無イ!』


「ううっ……!」

 激しい頭痛のなか、視えた。

 頭に流れ込んでくるのはエイリアンの行ってきた、数えきれないほどの破壊と殺戮の歴史だった。

 数多の生命の断末魔の悲鳴を快楽として、生存と繁殖を真理とする。他の生命を貪る悪魔のような、どす黒いイメージで塗りつぶされる。


「い、いやああっ……!」


 資源や生命の宿る惑星を探し、星から星を渡り歩く種族。彼らはひたすら侵略し、文明を無慈悲に破壊し、蹂躙する。


 とある緑の惑星に到達する。

 そこはグレイと同じ姿の人達が暮らしていた。

 高度で美しい文明、平和的で静かな世界。成熟した文明が垣間見えた。

 けれど、発展しすぎたが故、戦いを放棄していた。だから突然のエイリアンの襲来に、抗うことができなかった。

 高度で洗練された科学技術を持ちながら、荒々しく獰猛なエイリアンの侵攻を阻止できなかった。


「グレイ、これが……君の……星」

『――――ソウ……ミンナ、キエタ』

 エイリアンは占拠した惑星で生命体を捕獲し、食料として全てを狩りつくした。


 汚染し、破壊し、居住できないほど荒廃した星から別の惑星を探し恒星間を渡る遠大な旅に出る。

 彼らにとってそれが目的であり、存在する意義なのだ。

 破壊と蹂躙こそが文化であり、娯楽。

 楽しいから、本能だから、破壊し、食い尽くす。

 そんなことをエイリアンは気が遠くなるような時間、繰り返してきた。


 銀河系内のあちこちでエイリアンの同胞が、まるでシロアリのように散らばってゆく。三角形の黒い巨大な箱舟に乗り、獲物となる惑星を探す。

 時にはより高度な宇宙人に撃退されながらも、しぶとく惑星を侵略し、版図を広げてゆく。


 そして、地球だ。

 彼らは私達の星に目をつけた。

 

 ――地球?


 カレルレンの住む星も、同じ地球(・・)なんだ。


 宇宙から見ると、ピントの合わない映像のように、いくつもの地球のイメージが重なっていた。

 美しい青い星。太陽系第三惑星、地球。


「これ……君が見た景色なんだね、グレイ」

『――――』

 静かな肯定の気配が伝わってきた。

 エイリアンの邪悪な意思を少しでも中和しようと、グレイが私に送り込んでくれるイメージだと気がついた。

 世界の真実が、光に包まれた宇宙のもう一つの姿が視える。


 銀河系の中心部から3万光年ほど離れた星々の渦のなか、オリオン腕と呼ばれる恒星の群れのなか、ごくごくありふれた黄色い光を放つ恒星、太陽の周囲を回る、惑星。

 偶然にもハビタブルゾーンに位置し、青い海を擁する星。

 そこは、不思議なことに、幾つもの青い星のイメージが重なり合う場所だった。

 巨大な恐竜が栄え、地上をのし歩く命あふれる世界。

 文明が栄え、飛行機が飛び、ロケットが月に到達する世界。

 全く異なる魔法文明が栄え、巨大なドラゴンが翼を広げて空を舞い、まるで剣のような巨大な戦艦が飛ぶ世界。

 それは人間という知的生命体が築く、数多の文明の可能性――。

 いくつもの未来の可能性。

 惑星表面で起きる情報の爆発に伴う、可能性の分岐と時空の揺らぎ。


 ――そうか、そういうことなんだ。


 まるで量子力学の思考実験、シュレーディンガーの猫だ。

 いくつもの可能性(・・・)が、未来と過去が重なりあい、同時に存在している。


 私達の意識がその上を、まるで幻燈のように揺らぎながら、自分という意識と世界を、あたかも唯一のものと認識しながら存在している。


 そこに、エイリアンは到達した。

 たまたま偶然にも、可能性の一つである、カレルレンのいる魔法の世界に。

 本当は侵略されるのは、私の住んでいた二十一世紀の科学文明の地球だったかもしれない。


「許せない……!」

 私は立ち上がった。

 歯をくしばり、痛みを堪え、怒りに震えながら拳をぎゅっと握る。魔力が集まってくる。

 カレルレン、力を……貸してください。


『……無駄ダ、抵抗モ、スベテ、無意味! 下等ナ、有機体、ゴトキ、ムダ、シネ、シネ、シネ……シネェエエ……』


「黙れ! 私達を、みんなを――」

 右手に魔法を励起する。カレルレンがくれた力。誰かの、会ったことのない賢者さまの力を借りて、火炎の魔法を宿す。まばゆい光と熱を感じながら、私は渾身の力で拳を振るい、殴りつけた。


「侮辱、しないでッ!」

『……ギッ!?』

 炎の拳が黒い影のようなエイリアンを撃ち砕いた。

 ポリクエルアさんの肉体は一瞬で灰に。黒くおぞましい異形のエイリアンも煮え立ちながら崩れ去った。


 まだ、終われない。

 私が新しい可能性を、道を見つけるんだ。

 決意も新たに、私はグレイにそっと手を伸ばした。

 意識が流れ込んできた。


『―――ユマ、方舟ニ……』


「方舟? あの光る乗り物のこと?」

『―――ソウ。モウ宇宙ハ飛ベナイ。ケレド跳躍(チョウヤク)ハ……可能』

「跳躍……ってどこかにいけるってこと!?」


 確かな肯定(・・)の意識が流れ込んできた。


<つづく>


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