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大気圏外の特攻


 遠くから地鳴りが迫り、小刻みな揺れが続く。

 地下施設の天井からパラパラと砂が崩れ落ち、壁に埋め込まれた魔法のランプが明滅する。地表で爆発が起こったのだ。


『――――』

「大丈夫、私がいるから」

 私はグレイの手を握って、ただ祈るような気持ちで耐えた。


 あれから2日。格納庫に造られた薄暗い秘密の小部屋で、私はカレルレンの帰りを待っていた。


 グレイはアイスクリームを食べて、少し元気になった。相変わらず意思疎通は出来ないけれど、運命共同体というか、奇妙な連帯感が生まれている気がした。


 兵士たちの姿は次第に減った。昨日まで基地内を騒がしく走り回っていたのに、今は地下格納庫は静まり返っている。時々聞こえてくるのは、賢者ポリクエルアさんの奇妙な独り言と、狂ったような笑い声だ。

 気がつくとここは地下墓地のような、静寂だけが支配する場所に変わっていた。


 唯一の心の支えは、魔法が使えるようになったことだった。

 魔法の通信回線を開けば、カレルレンやサクラちゃんと話すことが出来た。


 他にも基地内の様子にもアクセスができた。魔法の監視カメラのような映像から、地表の戦闘の様子もわかった。


『――航空支援が間に合わん!? 魔導航空団の損耗が6割……くそっ!』

『――南方第二防衛ライン突破された! 敵、三脚蟲(トライバッグ)四機健在、なおも侵攻中!』

『残存の地上部隊に連絡を、強化魔動甲冑(パワードゴーレム)中隊は南方戦線の支援に回れ!』


 勝利に沸いたのは最初だけだった。

 三脚蟲(トライバッグ)の倒し方を見つけ、緒戦は善戦できた。

 

 けれど今、王国軍は追い詰められていた。

 敵の弱点は、推理どおり円筒形の「降下ポッド」だった。

 でも数が多すぎた。やっつけてもやっつけてもきりがない。エイリアンの地上侵攻部隊は大気圏外から、緑色の流星となって絶え間なく強襲してきた。


 ユーグヘイムさん率いる魔導航空団の飛空艇は奮戦した。でも転戦を繰り返すうち次第に損耗し、徐々に劣勢になっていく。

 魔法通信から聞こえてくる報告は、戦況の悪化を物語っていた。


『今までの中で一番善戦しているよ』

 カレルレンは疲れを滲ませつつも、魔法の窓の向こうで微笑んだ。けれど瞳には終末へ抗おうという悲壮な覚悟が見て取れた。


「でも、これじゃぁジリ貧です」

『だから最後の賭けに出ようと思う』

「賭けって、まさか」

『敵の親玉に会いに行こうと思ってね』

「三角形の月に!? 無理です、危険すぎますよ!」


『危険は毎度のことさ。ここまで来れたのはユマのおかげだよ。ありがとう』

「カレルレン……!」


 まるで最期の言葉みたいだった。

 ぎゅっと心臓が締め付けられる。

 会いたい。一緒に、傍にいればよかった。


 衝撃が基地を揺らし、魔法の通信も乱れた。


 地下基地を防衛していた部隊は壊滅に近い被害を受けている。飛空艇はすべて王都防衛に向かい基地は放棄された状態なのだ。

 カレルレンとサクラちゃんの乗っていた飛空艇も撃墜され、結局地下基地に帰還することができなかった。

 今はユーグヘイムさんの乗艦する旗艦にいる。

 王都防衛のため出撃した魔導航空団の旗艦、巨大戦艦轟雷天主(サンダー・アーク)号。

 賢者ユーグヘイムさんは飛び立ち、墜落した飛空艇に乗っていたカレルレンとサクラちゃんを救助することができた。そして、そのまま王都の防衛戦へ突入。轟雷天主(サンダー・アーク)号は獅子奮迅、残存艦たちと共同で、多くの三脚蟲(トライバッグ)を撃破する活躍をみせた。

 でも多勢に無勢。僚艦は次々と撃沈され、轟雷天主(サンダー・アーク)号も被弾、満身創痍の状態となった。


『――ユマ、よく聞いて。僕は賢者(なかま)たちの力を借りて、経験と記憶を過去に上書きする準備を終えた。まるで自分への遺言だね』


「そんな、ダメです!」

『僕が死ねば魂の記憶は過去へ飛ぶ。けれどすまない、君を……助けることができない』


 カレルレンは申し訳無さそうにいった。

 地下基地と王都までは何百キロメルも離れている。カレルレンに何かあっても、私にはどうすることも出来ない。

 皆から貰ったはずの知恵も作戦も、こうなれば役に立たない。

 私は地下施設で埋もれて死ぬか、餓死するか。


「離れていても一緒です。私はカレルレンと」

 気丈を装って明るい表情で答える。


『そうだね、魔法で繋がっている。怖がらないで』

「うん」

 本当は怖い。泣き叫びたくなるほど辛い。ポリクエルアさんと一緒に狂ってしまえば、どんなに楽だろうとさえ考える。

『ユマ……うっ!』

 大きな爆発音とともに音声が再び途切れる。


『お話し中すまないが、艦が限界だ、武装も尽きちまった……!』

『悪いね、ユーグヘイム。付き合わせてしまって』

『カレルレンの賭けに乗らせてもらうぜ!』


『総員の退避を。サクラも脱出を』

『いやですー。最後まで一緒ですから』

 サクラちゃんは片時もカレルレンから離れなかった。死を覚悟しても尚揺るぎない。その一途さが羨ましく、そして悲しい。


『よし本艦、轟雷天主(サンダー・アーク)はこれから大気圏外を目指す! 外装を全パージ! 乗員も脱出艇で退避しろ! 魔導機関出力全開! 上昇機動に移行!』


 賢者ユーグヘイムさんが艦長席から指示を出す。

 轟雷天主(サンダー・アーク)号は次々と装甲や、使えなくなった武装を放棄した。落下する部品が地上をうろつく三脚蟲(トライバッグ)の上に落下、押し潰した。でも 三脚蟲(トライバッグ)の数の多さに愕然とする。

 王都は殆ど瓦礫になっていた。城も燃え落ち絶望的な状況だ。

 

「でも……! だからって特攻なんて……!」

 私は叫ばずにはいられなかった。


『ユマ、通信が切れるよ』

「カレルレン……!」

『エイリアンのクソ野郎共に、やられっぱなしってのは性にあわねぇからな! 一発ぶん殴らせてもらうぜ!』


 轟雷天主(サンダー・アーク)はロケットのような中枢の気密区画と魔導機関だけの姿になった。そして垂直に上昇していく。


 緑色の流星が降り注ぐ天空を目指す。

 その先には、恐ろしい地獄の門のような三角形の黒い月――。


『――焦熱魔素融合反応弾(ニュークリアレイス)、起爆シークエンス!』


 轟雷天主(サンダー・アーク)は、あの核兵器みたいな爆弾を積み込んでいた。エイリアンの母船に特攻するつもりなのだ。


『目標までの距離、十万……! なんて大きさだ』

『やべぇぞ、気づかれた!? 迎撃しにきやがる!』

 カレルレン達の動きに気がついたのか、緑色の光がいくつか上昇するロケットに向かってきた。


『わたしが出るのですー!』

『お嬢ちゃん何を……! カレルレン、止めろ!』

『……頼むよサクラ』

 そっとキスをするカレルレン。

 目的のため、サクラちゃんも覚悟を決めていたのだろう。キスが封印解除の合図のように、サクラちゃんの瞳に赤い光が宿る。


『任せてくださいですー』

 サクラちゃんはエアロックらしき出入り口から真空に近い外へと飛び出した。次の瞬間、光に包まれて竜化魔法(ドラゴニュート)を励起。

 赤い巨竜へとその姿を変えた。


 迎撃しようと接近してくる緑色の流星に向け、光のブレスを放つ。

 軌道を変えられた緑色の流星は大気圏で燃え尽きてバラバラになった。竜化したサクラちゃんは次々と緑の流星を迎撃、血路を開く。

 噛みつき、ブレスを放つサクラちゃんに別の緑色の流星が直撃した。

『行くです――!』


『ありがとう、サクラ!』

『喰らいやがれ、エイリアン!』


 次の瞬間――


 まばゆい光が天空に花開いた。

 まるで夜空に突然、太陽が出現したかのような。


 焦熱魔素融合反応弾(ニュークリアレイス)が母船で炸裂したのだ。


「あ、あぁ……」

 私は崩れ落ちた。

 カレルレンにサクラちゃん、そしてユーグヘイムさんも。逝ってしまった。


 光が徐々に弱まり、天空に赤い残照が異形の物体を照らし出した。

 それは――三角形の一部(・・)が欠けただけの、巨大な黒い月だった。


<つづく>


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