小さな勝利
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「あれが天界の脅威か!」
賢者ユーグヘイムは戦闘指揮所でモニターを眺めながら呻いた。
カレルレンが予見していた終末の始まり。危惧していた事態が起こったのだ。
特殊な塗料を塗った板ガラス製のモニターに、魔法通信による中継映像が映し出される。光学望遠魔法で揺れる砂丘の向こうで巨大な三本脚の怪物が動き出した。
「まるで三脚に絡みついた黒いタコだな」
緑色の流星が落下してからわずか一時間。円筒形の落下物から出現した黒い怪物は、不器用に脚を動かしながら基地の方へと向かってくる。
カレルレンの予見通りなら、地下に隠蔽した円盤の残骸に引き寄せられているのか。
既に無人の偵察飛空艇が撃墜された。
確認された明確な敵意は、もはや王国にとって一刻の猶予もないことを意味している。
「ユーグヘイム司令、同様の円筒状物体が七機、王国領土内に落下したとの報が」
「王都近郊にも落下! 王都防衛騎馬隊が全滅したとの報告」
「隣国、リンドランド王国でも王都近郊に二機落下!」
「目標を三脚蟲と呼称、これより迎撃戦に移行する!」
アレクサット王国、王都ニューズアークを中心とした周辺地図が表示される。
赤く光る点が円筒状物体の落下地点。菜種が鞘から種子を散らしたように、ほぼ一直線に隣国リンドランドまで続いている。
赤い点の一つが、この塩の盆地の秘密基地近郊を示していた。
と、青い輝点が二つ向かってゆく。超低空飛行しながら接近する戦闘飛空挺だ。
『――こちら迎撃機、イーグルワン。距離千五百メル、目標捕捉、攻撃準備よし!』
『――魔導鉄杭加速砲徹甲弾、照準よし』
「撃て!」
映像が閃光と衝撃音で乱れる。
金属の鋭い貫通体を魔力で加速させた最新兵装。本来は攻城兵器として開発されたもので大型の魔獣でさえ一撃で仕留められる。
だが、三脚の侵略兵器――三脚蟲はそれを防いだ。
立て続けにニ射。見えない壁に跳ね返され、空間が水面のようにさざ波を立てた。
『――敵、強固な防御結界を展開! ダメージ無し!』
「ちきしょう、カレルレンのヤツが言ってやがったとおり、か」
賢者ユーグヘイムが歯ぎしりをする。
『――三脚蟲右腕展開!? 高エネルギー反応ッ!』
黒い怪物が右腕をのろのろと持ち上げ、先端を花弁のように開く。中心に真っ赤な光が溢れ、距離九百メル手まで接近していた戦闘飛空挺を狙っている。
「やばいぜ、回避!」
三脚蟲の右腕が輝きを増した、その時。
「――吹けよ嵐、砂塵の壁となり彼の矢を遮らん!」
竜巻のような突風が吹き荒れ、砂を分厚く巻き上げた。三脚蟲が放った赤い熱線は砂の嵐に阻まれ、火炎放射のような光を放ちながら霧散。戦闘飛空艇まで届かなかった。
「カレルレンか!」
『――イーグルツーに同乗させてもらっているよ。賢者アユルハスの風魔法を借りたけど、上手くいった』
「熱線を放つのも予見できていた、ってわけか」
『三脚蟲の熱線砲は、砂嵐の結界で減衰できる、まぁ砂漠だから出来たことだけどね』
「流石だぜカレルレン! だがヤツの防御結界は強固だ、破れねぇ」
『そのようだね。だからちょっと試したいことがあるんだ』
戦闘飛空艇が更に接近、魔装砲を向け、圧縮した雷撃魔法を放つが防御結界表面で火花を散らすだけだった。
『――こちらイーグルワン、魔法攻撃も通じません! 指示を……うわっ!?』
反撃とばかりに再び発射された熱線が砂丘を焼いた。戦闘飛空艇は機動飛行でなんとか回避する。
気がつくと、カレルレンの乗る戦闘飛空艇は三脚蟲を大きく迂回し、距離を取り始めていた。
「おいカレルレン、何か策があるって事か!?」
『今から試す。ユマが教えてくれた秘策をね』
「ユマ……ってあのお嬢ちゃんが?」
ユーグヘイムは思わず頭を抱えそうになった。星詠みの賢者ことカレルレンならば、ある程度の未来を予見できる。だが弟子だというメガネの少女、見るからにか弱そうなユマとかいう乙女に戦術的な、戦況を打破するだけの秘策があるとはとても思えなかった。
「僕は彼女を信じるよ」
「ったく」
カレルレンを乗せた戦闘飛空艇は、砂丘を越え三脚蟲から五キロメル後方の地点へと向かっていった。
確かそこは、円筒状物体の落下地点。
ユーグヘイムはカレルレンの、いやユマの意図に気がついた。侵略兵器である三脚蟲にばかり気を取られ、誰も注目していなかったその存在の意味に。
「まさか!?」
『――戦闘飛空艇目標物、円筒状落下物体まで距離五百メル! 魔装砲装填、魔導鉄杭加速砲徹甲弾、共にターゲットロックオン』
『一撃必中、全火力集中! 撃て』
衝撃がモニターの向こうで炸裂した。瞬時に砂丘の彼方で火柱があがる。黒い双葉を空に向けた構造物――落下した円筒状物体に攻撃が命中。破片を撒き散らしながら砕け散り、崩れ落ちてゆく。
『――目標破壊! 円筒状物体にはシールド無し!』
歓声が上がる。だが間髪をおかずカレルレンが叫んだ。
『反転して三脚蟲に火力を集中! ユーグヘイム!』
「あぁ! イーグルワン、聞いてのとおりだ! 挟撃だ、武装を叩き込め!」
『――了解! 爆裂弾頭装填ッ』
『――発射!』
距離と着弾までの時間差を計算し、二機の戦闘飛空艇が魔導鉄杭加速砲を放つ。
飛翔する爆裂弾頭を装填した貫通体がぐんぐんと赤い輝点、三脚蟲に迫る。
4、3、2……
『――弾着!』
ドッ! と直撃弾が命中。閃光とともに大爆発が起こった。
『――やった、命中だ!』
「シールドが消失しやがった!?」
『ぉおおお……やっつけたぞ!』
戦闘指揮所内と戦闘飛空艇で同時に大歓声が上がる。
難攻不落、無敵かと思われた黒い怪物は砕け散り、今や砂漠の中で火柱となり燃えている。
『――よかった、ありがとうユマ』
カレルレンの安堵したような声は、拍手と口笛にかき消された。
「よーし、通信回線開け! 戦っている同胞たちに教えてやれ。どうやったらあのエイリアンのクソ野郎どもを退治できるかをな!」
ユーグヘイムが気勢を上げ、王国内や隣国から勝利の吉報が次々と舞い込んだその夜――。
天空に第三の月が出現した。
真っ黒く塗りつぶしたような三角形の月。
それはやがて不気味な緑色の燐光を放ちながら、世界中に無数の流星を降らせた。
あまりにも圧倒的な物量攻勢による、一方的な蹂躙劇が幕を開けた。
<つづく>




