絶望のループ、二週目の攻略戦
「ループする時間に、楔を打ち込むことは出来ないのでしょうか? ずっと昔の人たちに、未来の危機を伝えられたらって考えたんです」
「すごいな、ユマ。それを考えてくれたのか」
「私というよりも、向こうの世界の仲間たちです」
「もっと詳しく聞かせてくれないかな?」
カレルレンは感慨深げに頷くと、近くにあった簡易ベンチに私を座らせた。そして耳を傾けてくれた。
「例えば私が数百年、数千年前の過去にタイムスリップして、エイリアン襲来の危機を伝えるんです。最初は誰にも信じてもらえないかもしれない。でも、それが伝説や予言として残り、伝わることで未来が変わるかもしれない」
危機の到来を予見して、対策を考える人が出てくることを期待して。
「残念だがユマ、それは難しい」
「どうしてですか?」
「我々の有する魔法では、自由に時間を跳躍できないんだ。人間はもちろん、物や情報だけであっても過去に遡っては戻れない」
「でも、カレルレンの意識や魂は過去に戻って、繰り返しているじゃありませんか」
「そう。あくまでも自分が認識できる範囲でね。自分の記憶と意識を保てる時間軸で、意識だけを跳躍させ、上書きしているに過ぎないんだ。これが僕らの魔法の限界なんだ」
「魔法の……限界」
「でも、感動したよ。いきなり凄いことを思いつくね、ユマとお友だちは」
「私なんて何も。皆が考えてくれたアイデアです」
「とても嬉しいよ。思わぬ援軍が来てくれて」
カレルレンは肩の力が抜けたように、優しく微笑んだ。
「そういって貰えると嬉しいです」
この数ヵ月、いえ数年間。彼は絶望的な「絶滅のループ」を繰り返してきた。
悪夢のようなループから逃れるには、私のような異端、特殊な因子が時間の流れから飛び出て、変化をあたえれば良い。
アイデアの根底はそこだ。
「私を異世界から召喚したのなら、その逆。他の時間と場所に『送り込む』ことが出来たらって。考えたのですけれど、難しそうですね」
「それが出来れば、解決の糸口になりそうだったが、残念だ」
いいアイデアだと思ったのに。シナリオのひとつがあっさりと否定されてしまった。
「実は僕も以前、似たようなことは考えたんだ。自分の認識できる時間をどんどん掘り下げて、広げられないかって」
「やっぱり考えていたんですね」
「あぁ、いっそ自分のご先祖様に記憶を飛ばせないか、ってところまで考えて。魔法でいろいろ試したけれどダメだった。もうずっと前、何ループ前のことだかも忘れたけれど」
「ごめんなさい。そうとは知らず……安易でした」
「ユマ、君が謝ることじゃないよ。むしろ心強いよ。でも今夜は休もう。いきなりで疲れただろう」
「ありがとうございます」
「できる限りのごちそうを用意するよ。きっとこれが……最初で最後の晩餐だから」
「えっ?」
カレルレンはそこで視線を外に向けた。
いつしか太陽は傾き、オレンジ色に染まりはじめた街並み。こうして見える世界は平和で、聞こえてくる喧騒は楽しげな声や音楽が混じっている。
「明日には奴らが来る」
「そんな……!?」
早すぎる。
前回とは展開が違う?
「時間跳躍の副作用かな。徐々に襲来までの間隔が短くなっているんだ。因果が絡まって、選択できる手段が限られてゆく」
繰り返したループのせい?
私は軽い目眩を感じていた。
「でも、諦めない。こうしてユマと再会できた。君が知恵を貸してくれるなら、きっと打開策が見つかると信じている」
「は……はい」
カレルレンは私の手を握ると、導くように階下へと向かって歩き出した。
暗いトンネルのような階段を進む間、私は彼の手をそっと握り続けていた。
◇
遠い過去に戻り、危機を伝える。
対抗する術を見つけ、時間を稼ぐ。
それは川の流れに投げ入れられた小石のように、時の流れに波紋を生じさせるはず。
それが私たちが考えた「歴史を変えるシナリオ」の一つだった。
魔法にも限界があり、それが実現できないからこそカレルレンは苦しんでいる。
魔法では任意の過去に戻れないのだ。
けれど、何か方法はないだろうか。見落としている何か。
私は与えられた部屋で、メモにペンを走らせていた。
トキちゃんや小鈴さん、天野さんに、姫乃さん。みんなが考えてくれた作戦やシナリオ、細かなプランを思い出して列挙してみる。
記憶を頼りに次に取るべき行動の作戦メモをつくる。
「ここは気をとりなおして、プランCの2ね」
プランCは私の目線で考える、だ。
――今まで試していないことにチャレンジ!
それは小鈴さんのくれたアイデアだった。時間ループに巻き込まれた場合、抜け出すための鉄則らしい。
SF小説や漫画などではよくある展開で、脱出のための糸口を探す。
さて、ならば私は何をするべきか。
現地で柔軟に考えるべし。
「って言われてもねぇ」
思わず椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。
見知らぬ、天井。
――カレルレンだっけ? 彼は視野が狭くなっている気がするわ。
――そりゃ、絶望的な光景を何度も繰り返せば、仕方ないと思うけど。
――だからユマが考えもつかない、何か違うことをしてみて。
――きっと何かが変わるはずだから。
「カレルレンが試していないこと……か」
気がつくと窓の外はすっかり暗くなっていた。街は夜の帳が下りている。
夕食は楽しくてとても美味しかった。侵略の話はせずに、普通に私の学校での出来事を話した。サクラちゃんが興味津々で食いついてきてかわいかった。
香油ランプの明かりが揺れ、適度な明るさとくつろげる暗さが心地よい。
制服は壁際のハンガーにぶらさがっている。今はサクラちゃんから借りた部屋着を着て、町娘みたいな格好の私。平和な異世界なら、これから起こる冒険に、ワクワクと胸を高まらせるシーンのはずなのに。
夜風にあたりたくなってバルコニーに向かう。手すりから街を見下ろす。街路灯に照らされた歓楽街らしき場所から、音楽と笑い声が聞こえてくる。
平和でみんなこれから起こる恐ろしいことなんて知らされていないのだ。
「どうしたらいいの」
ふと夜空を見上げると、一筋の流れ星が見えた。
銅が焼けたような色合いの、不吉な星がゆっくりと地平線の向こうへ落下してゆく。
――緑色の流れ星……!
ゾクリと背筋が冷たくなった。それは、邪悪な侵略の意思を持った「彼ら」の船だった。
◇
「ユマ、今から一緒に出かけよう。見せたいものがあるんだ」
翌朝、カレルレンが慌てた様子でやってきた。
「秘密の地下施設へ行くんですね」
「あ……そうか、うん。話が早くて助かるよ」
私が初めてではない、ということを思い出したのか苦笑する。
カレルレンは紺色のブレザーに白いロングコート。颯爽とした様子が格好よくて素敵です。
「準備は万全です」
私は身支度を終え、いつでも出発できる準備を整えてた。拭いていたメガネをスチャリとかける。
「はは、まいったな。お見通しだね。そうとも、王都から百キロメルテ南方、王都防衛の拠点だけど。……それも覚えている?」
「もちろんです。確か、空軍施設の地下に王国空軍の極秘施設があってそこにエイリアンの……」
「おっと、了解。ならばさっそく行こうか」
「はい」
「あたしも行きますよー」
カレルレンは私とサクラちゃんの手をとって、庭に着地していた飛空艇に乗り込ませた。
「それとカレルレン、夕べ流れ星が」
「僕も見た。未誘導の先遣隊だ。海に落下したらしい」
「いきなり街じゃなくてよかった」
「時間はまだある」
離陸し一路南へと向かう。
王国空軍の秘密基地は、王都からおよそ百キロメルテほど離れた場所にあるはずだ。
飛空艇はぐんぐん空に舞い上がり、加速。
しばらく空の旅を楽しむと、やがて目的地が見えてきた。
周囲を小高い山々に囲まれたクレーターのようなカルデラ盆地、そこが目的地だ。白く輝く円形の湖のように見えるそこは、全てが乾いた塩の大地だ。
一角に基地が見えてきた。
たくさんの飛空挺が係留され、壮観な眺め。
「アレクサット王国が誇る、魔導航空団の主力艦隊だ。少しずつ武装は進化しているんだよ」
「すごい……!」
客室の窓に顔をへばりつけて観察する。
古典SFに出てきそうな流線型のフォルム。特に巨大空中戦艦が目を惹く。
「あれが魔導航空団の旗艦。新造戦艦、轟雷天主号だ」
「名前までは覚えてませんでした。でもこうしてみるとやっぱりすごいですね!」
船は銀色に輝き、船の舳先は鋭い体当たり用の衝角になっている。沢山の武装がついた姿は宇宙戦艦を連想する。
「今回はどこまでエイリアンに通用するか」
「それなら、戦いの役に立ちそうなアイデアを仕入れてきました」
「本当かい?」
「はい。多分……ですけど、弱点かもしれない部分を見つけたんです。私だって、一方的に負けっぱなし嫌ですから」
「なんだかユマは逞しくなったね」
「えっ? そ、そうですかね……」
これは慣れなのか、成長なのか。私はちょっと戸惑った。
◇
基地に降り立つなり、賢者ユーグヘイムさんと再会する。大柄なナイスガイといった風体の賢者さまと握手を交わす。
「お久しぶりで……あ、いえ。こんにちは」
「おぅ? お嬢ちゃんとどこかで会ったっけか?」
ユーグヘイムさんからみたら初対面。
基地についても勝手知ったる私の様子に、ユーグヘイムさんは少々面食らっていた。
「ま、なんだか知らねぇが、状況は分かっているようだから説明は省くぜ。要は、地下に隠していた例の円盤の一部が動き出したんだ」
「うん。だと思った、僕らはそれを確認しに来た」
カレルレンは今もエイリアン攻略のヒントが、円盤の残骸にあると考えている。
直感した。
もし、ループの流れを変えるとすればここだ。
秘密基地の中を進み、地下4階まで下る。厳重な警備のなか「許可なきものは立ち入りを禁ず」と書かれたフロアを進み、倉庫のような場所にたどり着く。
何かの実験機器(or実験器具)が工作台の上に乱雑に
魔法の照明が明るく照らす場所は、無数の箱や機材、何かの実験機器が工作台の上に散乱していた。
その先に秘密の格納庫があり、円盤の残骸が隠されている。
更にはエイリアンの死体までもあるはずだ。
「この先だ」
ユーグヘイムさんが重厚な鉄の扉のロックを解除しはじめた。
「動き出したのは、おそらくエイリアンの誘導装置。それを上手く使って、被害のでない場所に誘き出すんだ」
カレルレンが私にささやいた。
――ここよ。
誰かが、背後でささやいた気がした。
気がつくと、私は彼の袖を引いた。
「ユマ?」
「あのっ、別の円盤……! 銀色の小人さんが乗って来たほうを先に見せてもらえませんか!?」
「おいカレルレン。お嬢ちゃんにいろいろ教えすぎだろ! なんでそんなことまで知ってるんだよ!?」
驚いたのはユーグヘイムさんだ。怖い顔でカレルレンに向かって吠えかかる。
けれどカレルレンは飄々とした様子で、私に向けて片目をつぶり、
「まぁまぁ。うん、そうだね。最初に別種のほうを見学させてくれるかな?」
「……ったく。まぁお前がそういうなら、構わねぇが……。ありゃぁ、黒い円盤の連中よりも、ずっと手に負えねぇシロモノだぜ?」
黒い円盤とは別のもの。
白く輝く円盤の主。それは、銀色の肌を持つグレイタイプだったはずだ。
「構いません、お願いします」
私は深々と頭を下げた。
<つづく>




