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果てしなき時の流れに抗うために

「ユマ、君がもう一度召喚されてくるなんて、僕は嬉しいよ!」

 カレルレンは私の両肩を掴むと、真剣な眼差しを向けてきた。


「は、はわわ」

「どうやら僕と君の運命は、時空を越えて複雑に絡んでしまったらしい。こんなふうに以前の記憶と経験を持ったまま……! 再会できて嬉しい」

「わわ、私もです」

「だからお願いだユマ、十三人目の賢者として共に戦って欲しい」


 イケメン男性からこんな熱いアプローチを頂いたことのない私は、ただもうドギマギしてしまった。

 彼の目には可哀想な子、みたいになっていやしないだろうか。


「じゅ、十三人目の賢者だなんて。私にそんな大役が務まるとは思えないのですが」

「大丈夫、君は元々筋がいい。普通の娘なら泣き喚いてしまうような状況でも、冷静に状況を見極めてくれていたもの」

「えぇ!? いきなり魔法が使えると言われましても」

「僕としたことが。つい……急いですまない。そうだね、まずはおちついてお茶でも飲もうか」

 戸惑う私に、カレルレンは手をそっと差し伸べ、階下のリビングルームへと誘う。


 見覚えのある私室は、前回と同じ雰囲気のままだった。

 世界はまだ平和そのもので、窓から見える王都の街並みは賑やかな喧騒に包まれていた。来客用の小さなテーブルと椅子があり、私はそこへ座るよう促された。


「サクラ、お茶を用意してくれるかな」

「もうやってますよー」

「流石だね、ありがとう」

 可愛らしいエプロン姿のサクラちゃんが手際よくティーカップを並べ、お茶を注ぐ。花と薬湯を思わせる香ばしいお茶の香りが漂う。

 口に含むと、香りと程よい温度にほっと一息つく。


「さて、ユマ」

「はいっ」


「簡単なテストをしたい。いま君が持っているティーカップ。丁度いい温度だと思うけれど」

「とても美味しいです」


「温度を上げてみて。イメージするんだ。呪文も儀式も、特別なことは何も必要ない。想いの力、イメージこそが世界の構成要素に直接触れる鍵なんだ。いまのユマにはそれができるはずだよ」

「できますかね……?」

 お茶のカップを両手で支え、困惑してしまう。

「君ならできる」

 こんな時、オカルト研究会の小鈴さんなら事も無げにやってしまうだろう。でも私は何の取り柄もなくて……いや、だめ。こんな弱気なことじゃ駄目なんだ。

 学校の皆は私に、知恵を授けてくれた。親身になって、難局を乗り切るための作戦を考えてくれた。

 カレルレンは何度も辛い思いをしている。酷い悪夢のループから抜け出せるよう、私は手助けがしたい。その一心で、この場所に再び来る日を心待ちにしていた。

 だから弱音なんてもう吐かない、そう決めたんだ。


「やってみます」

 ぎゅっと唇を結び、目の前のティーカップに意識を集中する。


 ――熱くなれ、熱くなれ。


「そう、それでいい」


 ――火傷しそうなぐらいに。


「んっ……?」


 ぽこっ、と気泡が浮かんできた。

 お茶の中で熱が生じ、次々と泡が浮かんでくる。

「その調子、怖がらないで。火傷はしないから」

「むんっ!」

 ぽこ、ぽこぽこ……ぐつぐつっとお茶が沸き上がった。

「わ!? あちち!?」

 思わず驚いてカップを放しそうになる。

「大丈夫、熱くない」

 カレルレンは素早く両手を添え、カップを持つ手を支えてくれた。

「あれ? 確かに熱くないです」

 言われてみれば、確かにカップ自体は熱くなかった。まるで断熱されているみたいに、手から伝わる温度は変わらない。なのにお茶は沸騰したように踊っている。


「不思議、これが魔法」

「できたじゃないか、ユマ! いい調子。さぁ次は冷まそう。お茶の熱を下げるんだ。冷たい氷を、雪をイメージするといい」


 言われるままにイメージして、精神を集中する。

 冷たくなれ、お湯。おちついて、熱くなるのはおしまい、次は冷えて、静かになって。

 すっ、と沸騰が静まった。


「もっとできる。もっと、冷たくしてごらん」

「は、はい」

 凍るような冷気のイメージを指先から送り込む。

 するとお茶の表面に、小さくて薄い、雪の結晶みたいなものが浮かび始めた。

 くるくる回りながら結晶は次第に大きくなり、氷へと成長しはじめた。

「凍った……!」

「そうだ、いいね」

 気がつくとお茶の表面は、ピキピキと凍りついていた。


「できた……! すごいじゃないかユマ」

「凄いです! お湯になったり凍ったり、魔法が使えました」


「火と氷を司る十二賢者、アトゥイとトゥメティの力を借りたんだ」


 カレルレンはそして、目の前の自分おカップからお茶を一口飲む。そして傍らに置いてあったティーポットの蓋を開けると、中から茶葉を取り出した。

 一つまみの茶葉はハーブだった。でもお湯でふやけて、元の形はわからない。

 私のティーカップの受け皿に、茶葉をそっと置く。


「この茶葉を、もとに戻すこともできる」

「えっ、ど……どういうイメージで?」

「元気だった頃の葉っぱをイメージするのさ」


 よくわからないまま、ふにゃふにゃの茶葉に向けて瑞々しい葉っぱに戻れと念じる。

 すると徐々に茶葉は丸くなり、あっという間に黒い塊になった。

「あれっ?」

 失敗かと思っていると、にゅっと根と芽が出てきた。ぽん、と緑の小さな双葉が開いたところで、私は息切れしてしまった。

「はあっ、はあっ」

「上手上手、生命の再生もできたじゃないか」

 カレルレンがニコニコしながら小さく拍手をしてくれた。


「これって、時間を巻き戻したんですか!?」

「惜しい。世界の時間の流れは一方通行で、不可逆なんだ。時間は巻き戻せない。枯れた花は元に戻らないし、死んだ人間も生き返らない」


「じゃ、これって」

「一種の輪廻(りんね)かな。植物を構成する材料が全部揃っていたから、再構成できたんだ。ハーブのお茶の葉を触媒に、生命体を再生する魔法術式を励起した格好だね」

「な、なるほど。まさに魔法ですね」

 魔法を発動しているのはあくまでも賢者様。わたしはそれを少しだけ借りている感じらしい。


「ちなみに、死んだ魚でも同じようなことができるけれど、違う何かになってしまう」

「やめときます」


「今のは生命の神秘を知る賢者、ポリクエルアの魔法さ」

「ポリクエルア……あっ! 宇宙人の死体を調べていたあの人」

「そうそう、よく覚えていたね。本来は生命の材料からこうして再構成する魔法の使い手なんだ。だからあらゆる生き物に詳しい」

 地下の秘密施設で「ヒヒヒ」と不気味に笑っていた魔女さんが、こんな魔法が使えるだなんてビックリ。何か応用できそうだけれど、やれるならとっくに試していそうな気がする。


「あの、カレルレンの今の記憶はどうやって……?」

 自分の記憶と経験を、魔法で過去に送り込んだと言っていたはずだ。そこをもう一度確かめたかった。それが皆の考えたシナリオへの第一歩だ。


因果(・・)を操作できる唯一のもの、それが自分の中の記憶(・・)なんだ。夢を司る賢者、ドリエリスタの魔法でね」


「それってどういうものなんですか?」


 小鈴さんが言っていた。

 ――まずは魔法の限界を確認して、と。

 それによって作戦も変わってくる。


 世界は元に戻せない。

 死んだ人間も生き返らせられない。

 時間も遡ることが出来ないからこそ、カレルレンは記憶だけを自分の「過去」に送り込んでいる。

 それがこの魔法世界における魔法の限界なのだろうか。


「デジャヴってしっているかな? 初めて来た場所のはずなのに、この場所を知っていると感じたり、初めての体験なのに過去に経験済みに感じたり、そんなこと」

「はい、知っています」

「あれと似た原理らしい。魔法の力で過去の記憶に、今見ている光景や経験を、先回りして上書きしてしまう。その結果、最初から知っているように思える」


「すごい、あ……だから自分の認識できる時間までしか遡れないっていうことですか」


「ご明答。さすが賢いねユマは」

「いっ、いえいえ」

「赤ん坊の頃の記憶に上書きしたとしても認識できないからね」

「ですよね」

「それと、大きな副作用がある」

「副作用?」


「認識が変わった瞬間、世界線が分岐(・・)するんだ。認識によって書き換わる世界は、人の認識の数だけ存在してしまう。それらが重なって『現実』を構成する。けれど分岐した時間は『大きな流れ』としての連続性があり、川の支流みたいに枝分かれしても、どこかでまた合流して元に戻ることもある」

「難しい……」

 時間関係の話はこんがらがってくる。正しいかどうかもわからない話を、鵜呑みにするしか無い。


「ま、正直なところ賢者ドリエリスタの受け売りでね。僕もよくわからないんだ」

 肩をすくめるカレルレン。


「あの、質問です」

「なんだい?」

「私や誰かをここに召喚する魔法は、カレルレンのオリジナルなんですか?」


「僕は一種の預言者だから、召喚魔法は教えてもらっているんだ。魔法で情報を送受信(・・・)することが得意な賢者、プロコトコールの力を借りてね」

「私の情報を読み取って、上の魔法円で再構成した、みたいな感じなんですね」

「すごいね、まさにそれがその原理だよ」

 カレルレンが興奮気味に指を打ち鳴らした。


「魔法って色々なことができるんですね」

「中でも僕ら十二賢者は特別でね。魔法をシェアして、ある程度は融通しあえるんだ」

「便利ですね!」

「今から二千年ほど昔……。失われた超古代、魔法文明が絶頂期にあったころに賢者システム(・・・・・・)と呼ばれる魔法の根幹……根があるらしい」


 ――失われた魔法文明!

 SF研究会の天野さんが「超古代文明に頼るのも手だよ」と言っていた。

 これは、脈があるかも。

 魔法で出来そうなことがわかってきた。

 魔法で過去に遡れる範囲、条件も理解できた。


「じゃぁカレルレン、私に一つ提案があるんですが」

 手を挙げると、彼は凄く驚いた顔をした。

「ユマ? 一体どんな……」

「私は遠い世界から、記憶を持って召喚されたわけですよね?」

「そうだね、魔法の概念のない世界から」


「その記憶を、元の世界に持っていけた」

「うん。実験は成功した。だからこうして前回の記憶を君は持ってきてくれた。辛い思いをさせてしまったかもしれないけれど」

「平気です。みんなが支えてくれましたから」

「……向こう側には、いい仲間がいるみたいだね」

 ほっとしたように微笑むカレルレン。


「つまり私の記憶を、情報(・・)を送受信できるってことです」

「そうなるね」


「だったら、私をずっと遠い過去に飛ばせませんか? エイリアンが来る前よりも、もっともっと昔。百年、ううん、千年、二千年前でもいいんです。もっともっと昔に。ほんの一回で良いんですから」


「なっ……!? そんな、危険だ、向こうでどんなことになるか」

「危険は承知です。一度死ぬかもしれません。でも……こうして記憶の送受信ができるなら」

「しかし!」

(くさび)を打ち込むんです。遠い時間に。石を遠くに投げるみたいに」


 更に古い過去に戻り、危機を伝える。

 危機に対抗する術を見つける、時間を稼ぐために。

 時の流れの連続性、そこに投げ入れられた小石のように波紋を生じるはず。

 それが、私たちが考えた「シナリオ」の一つだった。


「つまりユマ、君が考えていることは」


「水面に投げ入れられた小石は、時間の流れに波紋を起こすんじゃないかと」


 そして、それが現代まで波及するとしたら――。


「予言として、警告を伝えるんです。『やがて宇宙から侵略者が来るぞ』って」


<つづく>


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