図書室の噂と再召喚
学校生活は楽しくて、あっという間に時が過ぎてゆく。
いつもの日常にクラスメイト。授業はついていくのがやっとだけど、友達とのおしゃべりは楽しい。
放課後の部活も充実していた。図書委員の仕事をこなしつつ、SF同好会にも顔を出す。例の有志による『エイリアン侵略対策委員会』も何度か開かれた。
みんな部活の合間に集まって、僅かな時間でもミーティングをしてくれた。
議題は日々目まぐるしく変わる。
エイリアンの侵略に対して、魔法使いがどう立ち向かうべきか。
カレルレンの世界では如何なる魔法が使え、一体どうやって敵に立ち向かうのか。
様々な仮定や状況を想定し、時には荒唐無稽に思えるアイデアだって話し合った。
私はそれをシナリオとして可能な限り頭の中に詰め込んだ。
「あとは……向こう側に」
「渡るだけ……っと」
私とトキちゃんは図書室で本を片付けながら時を待つ。
もしかしたら二度と向こうには渡れないかもしれない。
でも、何故か私には奇妙な確信があった。
根拠はないけれど、またカレルレンに逢えそうな、そんな予感が。
「実はね、先輩から聞いた話なんだけどさ」
トキちゃんが図書カードを整理しながら声を潜めた。
放課後の図書室は静まり返り、他の生徒たちはいない。開け放した窓からホイッスルの音が遠く響いてくる。
今日は天気がいい。梅雨入り前の晴れ間を惜しむように、みんな早足で帰宅したのだろうか。
「なになに?」
「この学校、ここの図書館には妙な噂があってね」
「噂?」
「先輩の時代に、メガネをかけた生徒が消えたことがあるんだって」
「消えた……って」
鼓動がすこし速まる。
「でも、その人は戻ってきたんだって。どれくらいの期間なのか、一瞬なのか、数日のなのか。それはわからないけれど、記憶が曖昧で……」
「それってもしかして、異世界に行っていたとか?」
「ユマちゃんみたいにね」
「そ、その人は何か覚えていたの?」
「うーん。でも、何かに吸い込まれて記憶を一瞬失くしていて、気がついたら元の場所にいたとか」
同じだ。
私とまるで同じ。
「や、やっぱりこの図書室に何かあるのかな。異世界への門……みたいな」
「かもしれないし、たまたまそういう場所に図書室が出来たのかもしれない。月と惑星の位置関係、本の配置、色々な要素がたまたま偶然、異界への門を開く……っていうのは小鈴さんのウケ売りだけど」
トキちゃんは笑みをこぼした。
「じゃぁ誰でも可能性はあるんだ……」
「わからないけど、オカ研の小鈴さんも実はこの話を知って、ずっと調べていてね。だからユマっちの話にも興味を持ってくれたんだ」
「なるほど」
「それとね、異世界に跳躍って、仮に呼ぶけど。跳躍するのは決まってメガネの子なんだって」
「な、なんですかそりゃ」
私は思わず噴き出した。
トキちゃんと大笑いする。
「メガネには不思議な力が宿るっていう説」
「ないない」
花粉の季節に人よりマシ、恥ずかしいときに視線を隠せる、ぐらいの効果はあるけれど。
「彼女の説によれば、メガネのレンズの微妙な湾曲と表面のコーティングによって、特殊な相転移の力場を生む。周囲の映り込みが特殊な魔法円の形を成すことで、億分の一の確率で異世界へのゲートが開く……って」
「凄すぎる説だね!? メガネにそんな力が秘められていたなんて」
思わず自分のメガネを外し、ハンカチで磨きまくる。
「あ、そういえば小鈴さんもメガネっ娘だね。ユマちゃんと同じ」
「もしかして異世界跳躍を狙ってるのかな」
「そうかも! だって夢とロマンがあるもの。異世界にいってチートな力を手に無双! 大活躍できたらいいじゃん」
「うーむ、異世界行きのライバルだったとは」
「小鈴ちゃんならうまくやりそうだね」
「魔法とか詳しいし、適材適所だよ」
私なんかよりずっと。
「でもユマっちが選ばれたんだから頑張りなよ」
と、トキちゃんが励ましてくれる。まるで次の試合はきっと勝てるよ、ぐらいの軽いノリで。
「でもね、私は何の能力ももらえなかったんだ。いわゆる異世界転移特典はゼロ。一般人のゲスト扱いだったわけですから」
「チェンジ!」
「ひどいー」
きゃっきゃしながら本を抱え、返却された本を書棚に戻す作業にはいる。
きっと向こう側に渡るには、何かのきっかけや微妙なタイミングがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、本を書棚に戻そうと腕を伸ばした、その時。
軽い目眩を感じた。
――あれ?
世界が歪みぐるんっ……と暗転。
まさかと思ったけれど、そのまさかだった。
あの感覚だ!
再び異世界への扉が開いたのだ。でも以前とすこし感覚が違う。一瞬ではなく長いトンネルを飛翔するような感覚があった。身体の境界が失せ、光の粒子になって飛んでいる。
すると周囲に色々な光が、風の流れのように寄り集まり、私にまとわりついて身体を再構成してゆく。
――え、何これ?
違和感を覚えつつも、両足が固い床を踏んだ感覚があった。平衡感覚が戻るなり、恐る恐る目を開ける。すると、私は白い大理石の部屋にいた。
「……ここは」
見覚えのある場所だった。
円形の部屋。白い大理石の柱がパルテノン神殿のように高い天井を支えている。柱の向こうには壁がなく、開放的な青空と不思議な西洋風の街並みがみえる。
来た、また来れた!
異世界に。
けれど、カレルレンはいるのだろうか。同じ異世界だとは限らない、そんな一抹の不安が脳裏をよぎる。
けれど心配は杞憂だった。
床に描かれた魔法円の外側、私から3メートル程の距離をおいて立っていたのは、見覚えのある顔だった。
「カレルレン!」
私は思わず叫んでいた。
「ユマ……!?」
白いローブを羽織った彼は、驚いた表情で私を見つめている。
「よかった、また逢えた」
「どうして、また君が……!? それに僕の名を」
強ばっていた身体に自由が戻った。私はカレルレンに近づこうと足を踏み出した。けれどまだ足がおぼつかない。
「あっ」
ぐらりと体勢が傾いたところでカレルレンが私を抱き止めてくれた。
「こっ、こんにちは」
「なんてことだ、運命線が……僕と絡み合ってしまったのか。また君をここに呼んでしまうなんて」
話しかけてくる言葉は相変わらず優しくて、戸惑いと同時に再会の喜びの声音が感じられた。
「よかった、またここに来られて」
思わず涙ぐむ。
辛い別れの記憶、絶望のなかで離れてしまった記憶がよみがえる。
「またって……。そうか、ユマは記憶を……前回の記憶を保持しているのだね」
「はい、全部覚えています。最初から、最後の瞬間まで」
「そうか。ごめんね辛い想いをさせて」
カレルレンはぎゅっと私を抱き締めてくれた。
花のような甘い香りと温もりにホッとする。
「何をしとるですかー! この泥棒猫ーっ」
「ひゃあ!?」
がっ、と両肩を掴まれて、カレルレンから引き剥がされた。ふりかえると、ピンク髪の可愛らしい女の子が膨れっ面で私を睨んでいた。
「サクラちゃん!」
私は思わず抱きついた。よかった、生きている。エイリアンの三脚蟲に突撃し玉砕したサクラちゃんが目の前に再び現れたのだ。
「なっ、なんなんですかお前はー!? いきなり抱きつくなんて、さてはハレンチ抱擁魔族か何かですかっ!」
ぐぐぐと私の顔面を手で押し返そうとするサクラちゃん。
「え……?」
覚えていないの?
「ユマ、このサクラは君が覚えている彼女ではないんだ。分岐した別の世界線……もうひとつの平行世界のサクラなんだ」
「え、じゃぁ……」
「あの記憶を持っているのは、この世界では僕とユマ、二人だけなんだ」
そうか。
考えてみればその通りだ。
時間をループして記憶と魂を跳躍させているカレルレン。世界がエイリアンに滅ぼされる都度、もう一度やりなおしているわけじゃない。
別の可能性、分岐した別の世界へと移動しているようなもの。
だから目の前のサクラちゃんとは初対面なのだ。
「でも。それでも嬉しいです」
「変な娘なのですねー。泣いたり抱きついたり。こんなの召喚して大丈夫なんですか、レン様」
サクラちゃんは腕組みをしながら、半目で睨んでいる。
「うん大丈夫。今度はたぶん最高傑作だ」
眉目秀麗を絵に描いたような美青年、カレルレンが私を眺めながら、うんと頷く。
「……え?」
髪が乱れていないか、メガネが顔からずり落ちていないか、慌ててたしかめつつ着なれた制服のすそを直す。
「ユマ、君には召喚時に十二賢者のもつ能力の一部を、リモート使用できる権限を付与した」
「付与……?」
「まぁ、魔法力のパワー換算で言うなら賢者のリソースの一割程度だけど……。それでも並みの魔法使いよりは良いはずだよ」
「へっ? えっ、それってつまり、その」
「僕はこれを召喚時特典と名付けたよ。いやぁ、この術式を組むだけで、世界ループを三回無駄にしたけどね。まさか成功と同時に君が来てくれるなんて」
あっけらかんと笑うカレルレン。私が知っている結末から更に三回もループを繰り返していたなんて。けれど結果は同じ。エイリアンによる侵略を退けていない事になる。
でも、驚きの言葉が耳に残っていた。
「魔法が使えるんですか、私」
思わず両手を見る。
「そうだよ。ユマは言うなれば即席の人造賢者さ。十三番目の賢者といってもいいかな」
「え、えぇッ!?」
私が十三人目の、賢者――!?
<つづく>
次回、新章突入!




