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私が召喚されたわけ

「えーと、ここはどこ?」

 月刊誌『ムー』のバックナンバーを手にした私――早川ユマは、気がつくと見知らぬ場所に立っていた。 

 足元では魔法円が青白い輝きを放っている。

 学校の図書室で返却された本を書棚に戻そうと腕を伸ばした瞬間、軽い目眩に目を閉じた。そして気がつくと私はここにいた。

 壁のない円形の部屋は、白い大理石の柱がパルテノン神殿のように高い天井を支えている。柱の向こうには壁がなく、開放的な青空と不思議な西洋風の街並みがえた。


 これって異世界転移(・・)というやつですか!?

「いやいや、まって、まって」

 手にした雑誌(ムー)で顔を隠しながら、その場でぐるりと一回転。そっと本の端から顔を出してみても状況は変わっていなかった。

「ひゃっ!?」

 それどころか「魔法使い」が近くに立っていた。

 何かの間違いかと思ったけれど、目の前の人物が現実を突きつける。どう見ても魔法使いだ。

「こんにちは。落ち着いているね、君は」

 魔法円の外側、私から3メートル程の距離をおいて立っていたのは、魔法使いのお兄さんだった。

 柱で支えられた部屋は私とその人の二人きり。暖かい南国のような風がゆっくりと吹き抜けて、甘い花の香りが漂ってきた。本能がここは悪い場所では無いよ……なんて囁く。


「こ、こっ、こんにちは」

「驚かせてすまない。言葉は通じるみたいだね」

 話しかけてくる言葉は優しく、物腰は柔らかかった。

 何よりも眉目秀麗(びもくしゅうれい)を絵に書いたような美青年。

 私はしばし警戒するのも忘れ、ぱくぱくと口を開け閉めしつつ、間の抜けた顔で立ち呆けていた。

「……わ、私、あまり感情を表に出せないタイプなんです」

 メガネのズレを気にしつつ、制服の乱れを直す。まだブカブカでサイズの合っていない制服とスカートが気恥ずかしい。

 本当はものすごく気が動転していた。何が何だかわからない。

 けれどこういう現象は小説やアニメなんかではお馴染みだと、頭では理解しつつある。


「そうなのかい? でも、初対面でこれだけ話ができれば大丈夫だよ。僕はカレルレン。この国では大賢者なんて呼ばれている」


「大賢者……カレルレン?」

 思わず上ずった声をあげる。その名前が、某有名古典SFの登場人物、宇宙人と同じだったからだ。物語のタイトルは『幼年期の終わり』という。

 そう私は大のSF好き。古典的なSF小説はもちろん、それを下敷きにしたアニメなんかも結構知っている。中学から高校まで読んだ本はハードコアなファンから見ればたかが知れているだろうけれど、それでも人並みな女子高生よりは詳しい……と思う。


「よければ君の名前を教えてくれるかな?」

「あっ、早川ユマです。UMAと書いてユマ」

 自己紹介の定番ネタ。UMAは未確認動物のことで、これにビビッとくる相手とは大抵仲良しになれる。


「UMAでユマ……。それならウマじゃないのかな? ユゥマのほうがいい?」

「あっ、それだと男子みたいなんで、できればユマで」

「いいよ、ユマ」


 うっ……素敵な笑顔。

 正体不明の大賢者なる人物は、相手に警戒心を抱かせない術を身に付けているのだろうか。名前ネタは通じなかったけれど、ユマなんて名前で呼ばれて顔が赤くなる。


「君はニポン……日本人だね。狙い通り今度は成功したかな。異次元時空間座標の特定は難しくてね。『百メルテ先の針の穴に糸を通す』みたいに難しいんだ」

 屈託のない笑顔でそう言うと、魔法円を乗り越えて近づいてきた。

 目の前に来ると背は私より頭一つ高いくらい。指先が細くて綺麗。そして、先程のいい香りの正体は目の前の大賢者からだとわかった。


「に、日本人が……必要なのですか?」

「うん。無尽蔵の想像力を発散する稀有な民族、情報の爆発的発露『妄想フレア』は特筆すべきものがあるからね。元々は度重なる自然災害や戦争で、危機に対するための能力。吸収力が凄いからだろうね。いろいろな知識を海綿みたいに吸い込んで、そこから新しいものを生みだす力……といえばいいかな」

「はぁ……? なんとなく、わかるようなわからないような」

 難しいことを言っているけれど、日本人を誉めてくれているのはわかる。要はクリエイティブな才能を持つ人間を探しているのか。 

 だったら私は不適格。

 だって何も生み出せないのだから。

 他人の書いた小説やマンガを見て楽しいとは思うけれど、新しいものなんて生み出せない。この人の期待には応えられない……。


「すこし向こうで話そうか。お茶は甘いのが好き? 良いお茶があるんだ」

 そっと私の手をとって、ゆっくりと歩き始めるカレルレン。

 何の躊躇いもない自然な行動にドキドキする。

「あっ、はい」


 カレルレンの服装はファンタジー世界、魔法使いの定番みたいな服装だった。

 白っぽいシャツにぴったりとした革製のズボン。首から肩にロングのマフラーのような、ローマ人が羽織っていたような長い布を巻いて後ろに垂らしている。

 顔は面長で整った鼻梁に薄い唇。少し長めのプラチナブロンドの髪はさらさらで、清潔感があって、ふわりといい香りがする。指も爪もとても綺麗。


 私のような(一応)女子高生にとって第一印象はとても大事。不潔なのはもってのほか。嫌悪感は最大の敵。どんな相手であれ瞬間的に拒絶してしまう。

 その点、目の前にいるカレルレンと名乗るお兄さんは大丈夫だった。生理的に問題がないばかりか、気を許してしまいそうになる。

 これが夢なら結構良い夢だ。

 流行りの異世界転生なら、良い展開は期待できないけれど。


「ところでユマは、『ステータスオープン!』とか『女神さまは?』とか『転生キタァアア』なんて叫ばないんだね」

 階下へ続く階段の前で立ち止まり、振り返りるとそんな事を言いながら微笑んだ。

 転生者、あるいは召喚者を知っているという口ぶりだった。手慣れた様子から、何度か召喚をしていた……ということなのだろう。

「い、言いませんよ、そんなこと」

 きっと先人たちはみんな、アニメみたいに転生してすごい能力を貰ったり、そういうことを期待していたのだろう。私はそもそも期待していない。

 むしろ大賢者カレルレンの期待に、応えられる気がしない。


「彼らには申しわけがないけれど、帰ってもらったよ。この世界に召喚しても、特別な恩恵(ギフト)は与えられないからね」


「そう……なんですか?」


「うん、むしろ欲しいのは君たちの世界の知識(・・)なんだ」


 思わず立ち止まり、手を離す。


「だったら私には無理です。ただの学生です」

「ユマ、君は選ばれたんだよ」


 きれいな瞳が私をまっすぐに見つめる。

「選ばれたって……」

 高校に入ったばかりで、図書委員で、地味で。特に知識だって何も無い。

 とんだ間違いだ。この人は人選を誤っている。


「この世界は危機に瀕している」

 カレルレンはすっと、視線を柱の向こう側の街並みに向けた。

 空を竜のような生きものが飛んでゆく。青い空と平和な世界。


「だったら……! もっと大人の、偉い学者さんとか、経験豊富なすごい人とか、軍人さんとか……そういう人を呼んで下さい」


「彼らの硬直した魂では、この世界への壁を越えられない。だから若く、柔軟な知性と魂のきらめき、知識を併せ持つ君が選ばれたんだ、ユマ」


「そんなこといったって……危機なんて救えません、私には……多分」


「ここでは誰も信じてくれない。けれど、別の星から侵略をうけているんだ」


 カレルレンは再び私の手を取ると、真剣な眼差しで声を潜めながらいった。


「別の……星?」

「君たちの言葉なら、異星人」


<つづく>


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