学校の同好会と緊急ミーティング
◇
「……という夢を見たの」
「ふーん、なんだか酷い夢ねぇ」
「そうなの。目の前で世界が滅んじゃう絶望感と、何も出来ない無力感がひどくて」
図書室で私は、トキちゃんに覚えている夢の事を話した。
私がSFやファンタジー小説を読みすぎた末の妄想、脳内トリップかもしれないけれど。
夢なのか現実の出来事か判然としないまま。私の中ではあまりにもリアリティがありすぎて、今も少し混乱している。殊更にカレルレンとの最後の別れは、悲しくて辛くて、心を切り裂く痛みとして残っている。
「ごめんね、変なこと話して」
「あたし、そういう不思議な話、だーい好きなんだ」
茶色い艷やかな髪をシュシュで束ねるトキちゃん。
私の夢、与太話に耳を傾けてくれたトキちゃんは、同じクラスの図書委員。でも、私なんかよりずっとオシャレで可愛くて、クラスでは男女問わず人気がある。どうして図書委員なんかやっているのかしらと時々不思議に思うほど。
「ありがと……」
「話すと気持ちが楽になるよ。ユマ、泣いてたし」
「うん、そうだね」
こうして友達に話すことで、だいぶ落ち着いてきた。
二人で残りの返却された本を書棚に戻し終えると、ようやく一息ついた。
室内では数人の生徒が本を探したり、机で本を開いたりしている。いつもの放課後の光景にホッと心の安らぎを覚える。
「魔法の世界が宇宙人に侵略されて困っていたの。でも、私にはどうしようもなくて」
「無理もないよ、チート能力も無しなんでしょ? それじゃぁ世界は救えないさ」
「チートて……」
トキちゃんは色々なことに詳しい。
流行やオシャレはもちろん、街角の美味しいお店、それに昨日のプロ野球の試合結果や、相撲の取り組みなんかにも。面白いことは貪欲に知りたいと思う子らしく、大抵のことは知っている。アニメやゲームだって好き嫌いなく楽しんでいる。
凄い好奇心の塊で、何でも吸収して楽しみに変換してしまう。話題の幅が広いし、相手を許容できる。だから友達も多いのだろう。
「ユマちゃん、あたしたち女子高生に出来ることなんて、たかが知れてるの。せっかく夢の中なんだから、スーパーヒーローにでもなればよかったのに」
えいやっと拳を突き出すポーズをとる。
「そう言われても、柄じゃないしー」
「実は気がついていないだけだったかもしれないじゃない。向こうで超能力は試してみた?」
「考えもしなかったよ。ていうか実話という前提で話してない?」
話を切り出した私のほうが戸惑ってしまう。トキちゃんは「異世界の夢の話」という前提でノッてくれているだけかもしれないけれど。
「惜しい。もしかしたら念動力で円盤叩き落とせたかもよ」
「ううーん!?」
それにしても。
絶望的な最後の場面は鮮明に覚えている。
エイリアンの侵略兵器が街を灰燼に帰してゆくのは、まるで映画みたいだった。でもカレルレンの指先の感触や、サクラちゃんの身体の温もりは本物だった。
白昼夢は、もしかすると意識だけが知らない世界に飛んでいるのだと、オカルト研究会の同級生が言っていたのを思い出す。
「よし、じゃぁオカ研にいこう! それとSF同好会の会長も呼ぼう。どうせヒマこいてるでしょ。あっ、それとミリタリ研の子も呼んだほうがいいね」
素早く指先を動かすと、トキちゃんはスマートフォンを操作しはじめた。SNSで何やら呼びかけをしているらしい。
「えっ、えぇっ?」
「救いたいんでしょ、異世界」
トキちゃんは真っ直ぐに私を見つめている。からかっているわけでもなく、真剣に私の夢の話を、困り事を解決できないかと考えているんだ。
でも、いったい何が出来るの?
世界を救う手段を考えたところで、それを伝える手段さえ無いというのに。
もし「ごっこあそび」だったとしても、私一人の頭じゃ何も導き出せない。
もし一緒に考えてくれるなら、たとえそれが仮定の話であっても、何か……役に立つかも知れない。
連絡手段さえ皆無の、あるかどうかもわからない異世界だとしても。
「……うん」
私はカレルレンを、あの世界を救いたい。
それは確かな願いだった。
「だったら善は急げよ。こんな楽しいネタ、みんなで盛り上がらなきゃ損でしょ」
トキちゃんはむふんと鼻息も荒く、私の手を引いて図書館を出た。
後から来たクラスの男子に「店番よろしく!」と任せ(というか押し付けて)部室棟のあるほうへずんずんと進んでゆく。
「三人集まればもんじゃの知恵ってやつよ」
「文殊の知恵……?」
「そうそれ!」
私は気持ちを切り替えて、一緒に歩きだした。
自分の足で進むことで、何か変化するかもしれないと、ささやかな願いを胸に。
◇
五月も半ばというのに、鉄筋コンクリートの廊下は冷え冷えとしていた。
不慣れな管楽器の音が廊下を満たしている。
私とトキちゃんが向かったのは部室棟、通称――南高の九龍城。
旧校舎を転用した部室棟は、多くの文化部が部室として利用している。美術部や吹奏楽部といった大所帯のメジャー部活は二階と三階を使い、その他の同好会は一階部分にある。
「よしと、声は掛けまくったわ」
トキちゃんは早速、SNSを駆使して仲間を集ったようだった。
「悪いよ、私の夢の話で集まってもらうだなんて……」
「いいのいいの。皆で悩み事の解決するのは良いことじゃない。皆だって集まる口実がほしいのよ、どこも部員が少ないし」
「あはは、それはわかる」
私は一応はSF同好会に所属していた。
といっても部員は私と部長だけの泡沫同好会。
図書室で本を借りて、読んでは感想を語り合う。そんな活動をしているのだけど。
部活として認められていない少人数の「同好会」は、一階の旧職員室や保健室を「シェア部室」として使っていた。簡単なパーティションで仕切り、いくつもの同好会が賑やかに活動をしている。
私の通う南高校は部活の掛け持ちが許されていて、あまり活発でない運動部の生徒などは、オフシーズン向けに文化部系の同好会に入っていたりする。例えば温水プール設備が無い水泳部が、秋から冬は天文学部に顔を出す、みたいな。
そういう意味でも暇つぶし目的の同好会は「良い居場所」なのだ。
「というわけで、みんなよく集まってくれたね!」
パーティションで仕切られたオカルト研究会の部室には、数人の生徒が集まっていた。
入り口の札には通称「オカ研:エリア51番外地」とある。どうもUFO関連の鉄板ネタらしい。
六畳ほどしかない狭い部室には、古びた長机が一つとパイプ椅子が5つ。金属製の棚にはオカルト関連の本や雑誌がうず高く積まれている。壁にはアダムスキー型円盤のポスターに「私は信じる」の文字。
そして、ホワイトボードには「○○町における未確認飛行物体の目撃報告」なる文字がなぐり書きされていた。
そして一番正面の席には、窓からの光を背負った部長――小鈴さんが座っていた。
おかっぱ髪が可愛らしい彼女は、魔法と占いに詳しい。学校の魔女の異名を持つ。
右横には彼女の参謀兼UFO超常現象担当の森田くん。あだ名はモリター。なんでもアメリカのドラマ「X-Files」からきているらしい。
一見すると真面目な彼は「ほとんど無害」で木訥とした雰囲気の人だけど、絶対に小鈴さんに気があると思う。
その手前にいるのはSF同好会の部長、古典SF大好きな天野さん。長い黒髪と白い肌がザ・文学少女という感じだけど、静かな毒舌が時々光る。
「ユマ、そんな面白い事、最初に私に教えなさいよ!」
「だって図書館で……」
思わず苦笑い。部長はいつも「身の回りに不可思議なことがあったらホウレンソウ!」報告、連絡、相談をモットーにしている。
「ところで宇宙人に呪詛は有効かしらね?」
「SFは魔法と紙一重さ。ユマさんの夢は、ムチャクチャハードな設定のSFだとおもうんだ」
ユキさんと岬くんが早速、私の夢について話している。微妙に会話が噛み合っていないのはいつものことらしい。
「戦争ならば勝利条件を定めようか」
机を挟んで向かい側に座るのはジャングルの女傭兵……。いえ、ミリタリー同好会の五十嵐姫乃さん。
大柄な彼女は、頭に迷彩柄のバンダナを巻いた強面さんだ。しかし実は心優しい生徒会の書記長で、字がとても美しい。
ミリタリーマニアで古今東西の軍事情報に精通し、見た目は一人でテロリストを倒しそうだけど、特段強いわけではないらしい。それでも生徒会の用心棒、傭兵と呼ばれ恐れられているのだとか。
「敵の戦力を分析しましょう。こちらが投入できる戦力、そこからとるべき戦術を導き出せればいいですね。そして、大切なのは何をもって勝利とするか。生存か、有利な条件での講和か、それとも……敵の殲滅か」
「ひぃっ」
丁寧な口調ながら、鋭い眼光がギロリと私を射抜く。そして腰からサバイバルナイフを抜くと、切っ先(ただしゴム製)を指先で曲げて見せた。
「よーし、集まったな暇人どもー!」
トキちゃんは明るくそう言うと、ホワイトボードをぐるんと一回転。
まっさらな面にペンを走らせた。
――緊急ミーティング!
――議題:「救え、異世界! エイリアン侵略対策委員会」
トキちゃんがホワイトボードに書き込んだのはそんな文字だった。
<つづく>




