定められた絶望の終焉
三角形の巨大な影が月の光を遮った。
あれは、エイリアンの母船なのだろうか。月と地球の間、宇宙空間にいるのなら、数百キロメルテ、いやそれ以上に巨大な物体としか考えられない。
夜空が俄に闇に包まれ、星々が輝きを取り戻す。やがて無数の流れ星が天空を埋め尽くしているのが見えた。
それらは普通の流れ星とは明らかに違っていた。毒々しい緑色の長い尾を引いて、ゆっくりとした速度で天空を横切っていく。
「なんて数だ……!」
「まさかあれが全部、エイリアンの船!?」
ユーグヘイムさんは黒いタケノコのような船を、三脚蟲を運ぶ強襲揚陸艇と呼んでいた。もしあの流れ星の一つ一つがそうだとしたら……とんでもないことになる。
「どうしてこんな……今までこんな大規模な侵攻は無かったのに」
カレルレンが愕然とした様子で、言葉をつまらせた。
「こっちにきます!」
サクラちゃんが空の一角を指差し叫んだ。見上げると明らかに空の流れ星とは違う流れ星が3つあった。緑色の輝きは徐々に大きくなり、嵐のような音と、地響きに似た振動が身体を震わせはじめた。建物全体が震え、テーブルの上のカップがカタカタと鳴る。
「伏せてユマ! サクラも!」
「きゃっ」
「わーっ!?」
私とサクラちゃんはカレルレンに抱きかかえられ身を伏せた。
耳を劈く轟音。間近で爆弾が爆発したような衝撃と、経験したことのない地面の激しい揺れが襲う。
思わず目をつぶりカレルレンにしがみつく。もう何が何だか分からない。あちこちで連鎖的に響く岩が崩れるような音は、建物が次々と崩落する音だった。
なんとか目を開けると、真っ黒な煙の塊が壁のように迫ってきていた。
「――対衝撃結界!」
カレルレンは魔法を唱えた。衝撃でガラスが割れる音、悲鳴。焼けるように熱い熱風が吹き抜けてゆく。けれど透明な魔法の防御膜が私たちの周囲にあり直撃を防いでくれている。
「く……うっ!」
衝撃音が止むと、カレルレンが立ち上がった。
「無事か、ふたりとも」
「は、はい」
「なんとかー」
私もサクラちゃんも怪我はなかった。けれど周囲の様相は一変していた。
「酷い」
部屋の中はメチャクチャで、見る影もない。綺麗だった街並みは一瞬で瓦礫に変わっていた。悲鳴も何も聞こえない。あれだけ大勢の人たちが暮らしていた街が壊滅していた。
「あぁ……」
黒い煙の向こうに、黒い円錐形の物体がそこにあった。更地になった街の中心に、熱で歪む陽炎をまとう墓標のように。
それは砂漠に落下したものと同じ物体だった。
表面に赤い切れ目が入り、ゆっくりと禍々しい双葉を展開してゆく。
「エイリアンの強襲揚陸艇……!」
視線を転じると、王都の市街地には見えるだけでも3つ、黒い円錐形の物体が突き刺さっていた。それぞれ外殻を展開し、中から黒い種子を放出。
それぞれが不格好で細長い三脚を伸ばし起立すると、三脚型の怪物へと変貌する。
「カレル様っ!」
サクラちゃんが身構えた。
ゴゥンゴゥンと眼の前で三脚蟲が動き出した。
間近で見ると圧倒されるばかりの巨大さだった。表面は金属じみた甲虫の殻のよう。ヌラヌラと黒光りし、正面の赤い単眼が、生き物のように私たちを捉えていた。
ゆっくりと片腕を持ち上げ、食虫植物のような先端をニチャァと展開する。
『(ザッ)緊急警報、全軍出撃……!』
『(ザッ)三脚蟲視認、数は……十数機! ダメだ(ザザッ)』
立ち上がったカレルレンが右手を動かすと、小さな魔法のウィンドゥが展開した。それは砂嵐を映し、悲鳴じみた声だけが響いた。王国軍はどこも大混乱。反撃すらままならないようだった。
「ユマ、すまない……」
「カレルレン?」
私の頬に手を添えて、静かに微笑んだ。
「ここまでのようだ」
「嫌……!」
キュィイ……と甲高い音が聞こえてきた。
三脚蟲の右腕に赤い光が収斂する。それは超高温の熱線砲――。
「サクラ、時間を。せめてユマの意識を還すまで」
「仕方ないですねー」
サクラちゃんは巨大な三脚蟲の前に立つと、「んっ」と気合を入れた。
全身が輝き、姿が変じてゆく。
天使のような翼を生やし、黄金色の光に包まれる。
「全魔力開放、超魔力干渉……!」
三脚蟲が熱線砲の砲口をサクラちゃんに向けた。
「こんな事に巻き込んでしまって、すまないと思っている」
「まって! 私まだなにも、何も貴方の役にたっていない!」
私の周囲に幾重にも魔法円が展開した。
周囲の音が消え、意識が薄らいでゆく。
「ユマ、十分だよ。ありがとう。もし……また会うことがあったら、その時は、平和な街でデートをしよう」
「カレルレン――! 私」
必ず戻ってくる。
絶対に、ここへ。
その時は悲惨なことや、悲しいことが起こらないように。
薄れゆく意識と、狭窄する視界の向こうで、サクラちゃんが真っ赤な光に飲まれる。
「どんな強固な結界があろうとも――攻撃するにはッ、穴が要りますわよねー!」
黄金色の光が、赤い熱線の奔流に逆らって飛翔する。
サクラちゃんが斬り裂いた赤い熱線が、幾重にも枝分かれし飛び散った。熱線は周囲の建物を次々と破壊してゆく。
「うぉあッー」
サクラちゃんは黄金色の光の矢になって、三脚蟲の右腕の砲口部を砕き、斬り裂いた。熱線が途切れ、爆発の勢いで黒い巨体がグラリと傾く。
けれど、空中に投げ出されたサクラちゃんはボロボロだった。天使の羽は裂け、全身は黒く焼け焦げている。
「一人では逝かせない」
「カレル様……」
カレルレンが跳び、彼女を空中で抱きとめた。
そして何か魔法を励起。魔法円は幾重にも重なってゆく。
「これが定められた終焉だとしても! 抜け出せない永遠のループだとしても……ッ! それでも僕はッ」
諦めない――
けれど……私の意識はそこで途切れた。
◆
ぽた、ぽた……と涙がこぼれ落ちた。
学校指定のシューズに、涙の粒がしみを作っている。
「……あれ?」
私は『ムー』のバックナンバーを書架に戻したまま泣いていた。
呆けたように立ち尽くす。
白昼夢を見ていたのだろうか。
どうしようもない救いのない夢を。
悲しくて、自分の無力さが情けなくて、ただ悲しかった。
ごしごしと目をこすり図書室を見回す。
見慣れた学校の図書室は、いつものままだった。
開け放した窓からは心地よい風が緩やかに吹き込んで、運動部員の声が遠くから聞こえてくる。
放課後特有の、静かでここちよい時間が流れていた。
「ユマ、どうしたん?」
同じく図書委員のトキちゃんが心配そうに話しかけてきた。
「あっ、うん……なんでもない」
<つづく>




