小さな勝利、歪む未来
黒いきのこ雲の下は、景色が一変していた。
砂漠は赤熱して溶け、赤い沼地を作っている。
歪む陽炎に覆われた大地は、灼熱地獄の様相を呈していた。
それはまるで、記録映画で観た核兵器そのものだった。
『焦熱魔素融合反応弾、起爆成功!』
秘密基地の作戦司令室に歓声と拍手が沸き起こった。
カレルレンが眼前に浮かべていたウィンドゥの一つに、起爆までの原理が図解されていた。二種類の違う魔素を高密度状態で衝突させ、膨大なエネルギーを生み出す魔法物理学の成果らしい。よくわからないけれど、あれも魔法の兵器なのだ。
私は凄まじい爆発の威力を目の当たりに、手を握りしめていた。こんな恐ろしい武器で戦ったら、エイリアンを倒せても星が壊れてしまう……。
「想像以上の威力だ、これなら……!」
カレルレンが身を乗り出して魔法のウィンドゥを覗き込んだ。その瞳には今まで見たことの無い期待の光が灯っている。
『イーグルワン、爆心地を最大望遠、成果を確認せよ』
『――(ザッ)こちらイーグルワン……! 爆心地、中心部を視認……。煙が晴れます……あっ!? も目標を……視認ッ! け、健在です! 敵、三脚蟲健在です!』
飛空艇のパイロットたちの悲痛な声が響いた。
『バカな!?』
ユーグヘイムさんが机を叩く音が響いた。
司令室に満ちていた歓喜と安堵の声が一瞬で静まり、重苦しいうめき声に変わる。
映像の向こうに、黒い三本脚の怪物が悠然と立っているのが見えた。黒い土埃と煙が徐々に晴れ、その威容を現す。
ほとんど無傷――。
一見するとそう見えた。
「そんな……! あの威力でも倒せないのか!?」
カレルレンと一緒に粗い望遠の映像を覗き込む。魔法のウィンドゥの向こうでは、再び三脚蟲が体を揺らし、動き出そうとしているようだった。
『動き出した……! 目標、再起動』
と、その時だった。
爆発で舞い上がっていた小石の礫が落下し、黒いボディにぶつかり跳ね返った様子が、かすかに見えた。
降り注ぐ小さな石が、カンッと音をたててぶつかって、転がり落ちてゆく。
私はハッとした。
「カレルレン! シールドが……バリアが消えています!」
「……っ! 聞こえるかユーグヘイム! 怯まず攻撃を! 魔法結界が消えているッ! 今なら」
カレルレンの叫びは、静まり返っていた司令室に届いた。
『――イーグルワン、イーグルツー! 魔導鉄杭加速砲を叩き込め!』
反射的にユーグヘイムさんが指令を飛ばす。
映像をよく視ると、三本脚の怪物は両腕も失っていた。ダラリと垂れ下がり、ぐずぐずに焼け焦げている。
「ノーダメージじゃない!」
カレルレンが呟いた。強烈な爆発はシールドを無効化し、少なからぬダメージを与えていたのだ。
『了解! イーグルワン進路転換、目標再捕捉、射撃誤差修正ッ!』
『イーグルツー、射撃誤差修正、距離1100メルテ!』
『徹甲爆裂弾頭装填……!』
『――撃て!』
炸裂音と閃光。
映像が揺れた直後、銀色の鋭い槍が飛翔していくのが見えた。
二艘の飛空艇が同時に魔導鉄杭加速砲を放ったのだ。矢のような金属の飛翔体は、巨大な黒い怪物――三脚蟲に見事命中。
ガン、ゴゴンッ! と分厚い鉄板を叩き破る音がして、槍が黒い頭部に突き刺った。着弾の衝撃で怪物の頭部がひしゃげ凹む。
『やっ……!』
そして、ぐらり……と体勢を崩しながら後ろによろめいた。
そして次の瞬間、突き刺さった槍が爆発。内側から真っ赤な炎を吹き出して、三脚蟲が粉々に砕け散った。
『『『おぉおおおおッ!』』』
『倒したぞ!』
『撃破! 目標、完全に沈黙ッ!』
今度こそ勝利の雄叫びが響き渡った。
「やった!」
「すごい!」
私は思わずカレルレンと手と手を取り合っていた。
「良かった……! これは我々にとって大きな一歩だ。初めての勝利だよ!」
「これで、世界は救われますか?」
「どうかな……。でも今までで一番良い展開だよ。王都近郊に襲来した最初の頃は、騎士団と魔法兵団が立ち向かったんだ。一瞬で消し炭にされちゃった……。その時に比べれば、着実に進歩しているよ」
カレルレンは子供のようにはしゃいでいた。
けれど私は素直に喜べなかった。
説明のできないもやもやが、心のなかに澱のように沈殿している。恐ろしい核兵器じみた武器を見たからじゃない。何か……見落としているような、漠然とした不安。
そんな気がしてならなかったからだ。
◇
それから数日間、王国では星界からの驚異の話でもちきりだった。
情報統制が解禁されたのか、報道業者は未知の驚異を「星界の魔王」と名付けてしきりに報道している。
街頭の壁新聞、魔法の映像、そこでは巨大な三脚型の怪物が砂漠に出現した様子が流れていた。
でもそれは危機を煽るような、悲観的な報道ではなかった。
――王国の精鋭部隊、飛空挺部隊が撃破に成功。
――極秘裏に十二賢者が開発した秘密兵器も使われた。
――王国は安泰で、他国も今後は手出し出来なくなる。
そんな勇ましく、愛国心を鼓舞する内容ばかりだった。
「残骸の解析結果が出たんだね」
『あぁ、やはり空飛ぶ円盤と同じ、肉服を着たエイリアンが乗ってやがった。三体もな』
ユーグヘイムさんが嫌そうに眉根を寄せた。
「黒い小人。脳みそタイプと同じ」
カレルレンは執務室で魔法のウィンドゥを眺めている。そこには先日破壊した三本脚の兵器を分解する様子や、搭乗していたエイリアンの死体が運び出される様子が映っていた。
『間違いねぇ。この一連の動き。空からの偵察に、威力偵察』
「侵略はこれから本格化するかもしれない、か」
『だが、正体と相手の力がわかった以上、対策は可能だぜ。例の反応弾も制式採用が決まった。量産化する計画も進行中だ! 飛空挺も武装強化する。態勢さえ整えば撃退できらぁ』
ユーグヘイムさんは自信満々で楽観的だった。
「うん、そうだね」
『なんでぇ浮かない顔だな』
「ちょっと星詠みがうまくいかなくてね」
『まぁいいさ、忙しいんだ。また何かあれば連絡する』
魔法の通信が切れると、カレルレンは小さくため息をついた。
「あの、星詠みがうまくいかないって……?」
「ユマ、実は僕の賢者としての能力は、未来をある程度見越して、危機を知らせる事なんだ」
「なるほど、だからこうして……」
「でも、あの事件以来詠めないんだ。星と月の運行が狂ってしまった。まるで、星々をかき乱す何かが……潜んでいるみたいに」
ゆっくりと立ち上がると、執務室からバルコニーを目指す。
私は後をおった。
いつのまにか日が暮れていた。
王都の夜は賑やかで、明かりが点り、何処からともなくお料理の良い香りも漂ってくる。
と、サクラちゃんが夜空を見上げていた。
バルコニーの先で、じっと暗い空を見つめている。
「サクラ?」
カレルレンはその視線を追う。
私も一緒に夜空を見上げる。
赤っぽい月と、青っぽい月。二つの月が天空にかかっていた。
「月の手前……!」
サクラちゃんが小さく叫んだ。
指差す先には黒い穴のようなものが見えた。それは三角形に夜空を、月を切り取ったみたいな形だった。
「あれ? 三角形の…………」
「月の手前の宇宙空間だ! そこに巨大な船がいる!」
月の半分を覆い隠すほどの黒い影がゆっくりと動いていた。地上を照らしていた赤い月の光が遮られる。
まるで鋭角的な月蝕だった。
そして――
「あ、あぁっ……!」
天空の星が一斉に尾を引きはじめた。
いや、違う。
「緑色の流星群……!」
緑の光が雨のように、音もなく天から降りはじめた。
<つづく>




