開かれた戦端 ~襲来、三脚蟲~
ガリューソン砂漠南端、塩の盆地空軍秘密基地から直線距離にして、約30キロメルテ地点。
『――こちら高速偵察飛空艇イーグル・アイ。流星状物体、落下予測地点上空に到達、高度300メルテに降下』
先日訪問したばかりの秘密基地から程近い場所に、緑色の流星が落下した。
緑色の流星というだけなら、誰も気にしないだろう。
けれど王国軍はすぐさま偵察隊を派遣した。
軍の歩哨が目撃した方向と、付近の遊牧民の目撃証言から、落下した位置を絞りこんだらしい。
カレルレンによる事前の根回し、驚異を訴え続けたことで、王国軍は様々な事態に備えていたのだ。
魔法のウィンドゥには、魔法の通信で送られてくる映像がリアルタイムで映し出されていた。
カレルレンは変化の乏しい砂漠上空の風景を、真剣な面持ちで見つめている。
「ユマも一緒に見ていてほしい。これから起こることを僕と」
「もちろんです」
カレルレンはこれから起こる事を、すべて知っているみたいな口ぶりだった。
それもそのはず。未来から魂と記憶だけを携えて、この時代にやってきたというカレルレン。彼の言葉が真実なら、同じことを何度も繰り返していることになる。
だからこの運命を変えたいのだと。嘘偽りでない真剣な眼差しで私に言った。
今はあの言葉を信じるしかない。私にできることは、起こること全てを、ちゃんと見届けること。そして運命を変える糸口を探す。与えられた役割はとても重要なのだ。
映像には岩と砂漠の大地、そして青い空だけが映っている。
『――なんだあれは!?』
『――対象物体を視認! 黒い……筒状の物体が砂漠に! 目標までの距離、およそ2キロメルテ』
もっと接近して詳しく報告しろと、ユーグヘイムさんらしき人の声が飛ぶ。接近にともない、可能な限り映像をズームして様子を映し出す。
それは黒い筒というよりは、黒いタケノコを思わせる形状をしていた。
落下の衝撃で地面が凹んだ様子も無い。黒い筒は真っ直ぐに起立し、まるで着陸したように見えた。
周囲には浅いクレーター状に砂や石が吹き飛ばされ、放射状の模様が窺えた。強力なロケットの逆噴射で砂を吹き飛ばしたみたいに。
『隕石の落下にしてはクレーターが浅い、まさか直前に減速したってのか?』
『距離1キロメルテまで接近……あっ? 目標物体に変化が!』
黒い筒の表面に切れ目が入った。赤い不規則な稲妻のような模様が表面を縦に走ったかと思うと、内側から赤い光が漏れはじめた。
そして傘を開くように、ゆっくりと外郭が展開してゆく。
『外殻に亀裂が入り、中から赤い光が!』
『開いた! まるで茸のように、破れた傘のような形状に変形!』
飛空挺からの報告も混乱しつつあった。
傘が開ききると、内側から黒い瓢箪のようなものがスローモーションのように転がり落ちた。砂煙が上がる様子から、かなり大きな物体だとわかる。
カレルレンは「来た」とつぶやいた。
『――割れた殻から黒い……繭状の物体が転がり落ちました。まるでまるで巨大な種子だ……!』
砂煙が晴れると、既に種子は変化し始めていた。種子の下から細い根のような、昆虫の脚のような器官を展開、上体を持ち上げたのだ。
『動き出した!』
『な、なんだありゃぁ、まるで蟲だ……!』
伸びきった脚部は全部で三本。黒光りする細い脚には関節が三つあり、不格好な三脚となって黒いピーナッツのような本体を持ち上げた。
赤い単眼が正面に輝くのが見えた。
「だめだ、これ以上は。距離を取って!」
カレルレンの声は届かなかった。音声は通じているけれど、基地の司令部は出現した黒い怪物で大騒ぎらしかった。
『歩きだしたぞ!』
二脚で本体を支えて、一脚を前に。持ち上がった本体を大きく揺らしながら、生まれたての小鹿のような足取りで進む。
まるでこの星の重力に慣れていないみたいに、不格好で不自然な足取りだった。
『接近して細部を確認! 大きい! 三十メルテはあるぞ』
『本体から更に両腕らしき器官が展開……! 先端部に口蓋状の開口部あり!』
黒い本体の両側に、折り畳まれていた腕が展開した。
エイリアンの歩行機械。
地表を徘徊する不気味な虫。
おぼつかない足取りで怪物が目指すのは、基地の方角だった。司令部が慌ただしくなる。
「……黒い円盤は先行偵察隊なんだ。アンカー、指標、ターゲットマーカー。おそらくはそういった類いの。目標となる世界、いや星の環境や情報を調べて本隊に送る。そして……次は威力偵察を行う」
「いりょく、偵察?」
「相手の力量を見定めるために、武力を投入し試すのさ」
「それじゃ……!」
「彼らが危ない」
『本部へ、右腕の先端部、開口! 赤い光が――――』
突然映像が消えた。
直前、三脚型の怪物が右腕を持ち上げて、飛空挺に狙いを定めたように見えた。
「あぁ」
カレルレンが深々と執務室の椅子の背もたれに身を預けた。
「やられちゃったんですか!?」
「残念ながら。警告は事前に与えていたのに。もうここからは、彼らがどこまで踏ん張るかだ。可能な限りの準備は……」
やがて三分ほどすると、映像と音声が回復した。別の飛空挺からの映像を、お屋敷にいるカレルレンに中継しているらしかった。
『――要撃挺イーグルワン、イーグルツーへ。魔装砲の使用を許可する。これは訓練ではない実戦だ(ザザ……)』
魔法の映像の質と音声が変わった。
「魔法結界を展開した戦闘挺からの映像、おこぼれだから仕方ない」
映像には黒い三脚型の怪物が砂漠の上を進んでいるのが見えた。先程より歩みがスムーズで速くなってる気がした。
数百メルテ後方では、黒い破れた傘のような円筒物体と、黒煙が立ち昇っている。墜落し炎上した飛空挺の残骸が燃えているのだ。
『以後、不明物体は三脚蟲と呼称。驚異対象、迎撃対象と見なし、基地への接近を阻止せよ。破壊を許可する』
「戦闘用の飛空挺二機では……」
カレルレンが拳を握りしめると、音声通信が別に聞こえてきた。
『カレルレン、俺だ』
「ユーグヘイム、あの戦力では足りない! 相手は一機だが、侮ってはいけない。エイリアンの地上侵攻用兵器なんだ!」
『信じられねぇが、お前の言うとおりだったな。ってことは「強固な魔法結界を持ち、一瞬で何でも溶かす熱線を放つ」だろ?』
「ユーグヘイム……!」
『俺ら軍属の仕事は驚異に備えることだからよ。「こんなこともあろうかと」ってな具合に仕込みはしてあらぁな』
その言葉にカレルレンは目を瞬かせた。
「最悪、それが通じないなら基地を放棄するんだ」
けれど、一抹の不安も感じているみたいに、慎重に言葉を選ぶ。
『あぁ、ご忠告感謝するぜ、星詠みの賢者カレルレン。まぁ見てな』
ユーグヘイムさんの声は、作戦指令室の中からだろう。迎撃に向かった戦闘用の飛空挺へ音声を切り替えた。
『――聞こえるかイーグルワン、イーグルツー。敵、トライバッグの兵装は熱放射系の魔装砲と推測される。情報によると有効射程は1キロメルテ、指向性熱魔法に似て誘導性は無い。戦術は事前に伝えた通りだ。超低空で飛び、岩山と砂漠の稜線を最大限に使え、遮蔽物に隠れ、魔導鉄杭加速砲を曲射。射程はこちらが上、目標地点に誘導しろ』
『『了解!』』
「なんだか難しい言葉がたくさんです」
「あ、ごめんねユマ。魔装砲は魔法を詰め込んだ筒で、炎や雷撃に指向性を持たせて放つ武器だよ。一発撃つと魔法使いが充填しないと放てない、使い捨ての武装として使われることもあるんだ。それと魔導鉄杭加速砲は金属製の細い槍を、魔法で加速して貫通させる武器だ。遠距離用の場合は弾頭に鉄をも溶かす火炎爆裂系の魔法を仕込むこともある」
カレルレンは別の魔法の小窓に、構造を映しながら説明してくれた。
「なるほど! エネルギー指向兵器と実体弾ですね。加速ってことはレールガンっぽい?」
「はは、ユマのほうが難しい言葉を知っているね」
やがて戦端が開かれた。
超低空飛行しながら接近した戦闘飛空挺イーグルワンが、攻撃を仕掛けた。
『相対距離1500メルテ。放て!』
バン、という短くて強い衝撃音。輝く矢のような弾体が一瞬で黒い三脚型の怪物に吸い込まれて行く。
『弾着…………今!』
と、次の瞬間。金属の弾体が弾かれた。
音こそ聞こえなかったけれど、コォンと命中直前で跳ね返されてしまった。
「バリアー!?」
三脚蟲の周囲の空間には、歪みが生じていた。赤いエネルギーフィールドがバリアーのように弾体を跳ね返したのだ。
『三脚蟲に防御結界を視認! 魔導鉄杭加速砲通常弾、貫通せず』
『構わねぇ、左右から放て、必ず食いついてくる』
二射、三射すると敵も流石に邪魔だと思ったのか、腕を持ち上げて赤い熱線を放ってきた。けれど砂漠の砂を吹き飛ばしただけで、飛空挺には届かない。
『狙いは正確だが射程は短いな。あの熱線は雨や雪、砂漠の砂嵐でも減衰すると見たぜ』
ついに三脚蟲が二機の飛空挺を追うように加速し始めた。
進行方向は基地の方角のまま、完全に気をとられているのが素人目にもわかった。
『準備は?』
『はっ! 賢者フォールトゥナ様、賢者イレーナフ様、既に所定位置にて待機中です』
「ほかにも賢者様が!? 一体何を……」
「二人はそれぞれ物体を破壊すること、生成することに長けた賢者でね。いつも反目しているのだけれど、説得して協力してもらったんだ」
『――焦熱魔素融合反応弾。試作品でデケエし待ち伏せの地雷にしか使えねぇ。おまけに理論上可能ってだけだがよ。砂漠のど真ん中だ、遠慮はいらねぇぶちかませ!』
もしかして核兵器的な――!?
『敵、三脚蟲予定地点へ誘導成功! 爆心予定エリア進入! 飛空挺、退避します……!』
カウントダウンが始まって、十五秒後。
まばゆい光が砂漠に出現した。暗闇を切り裂くまるで太陽のような輝きが。
巨大な光は三脚蟲を飲み込んだ。
映像がすべて白くなり、途切れる。
次に映像が戻ったとき、赤黒いキノコ雲がドロドロと立ち昇るのが見えた。
そこには巨大なクレーターが出現していた。
砂は溶けて煮え立ち、赤熱した地面がむき出しになっていた。
『やったか!?』
<つづく>




