不吉な予兆
皆で上階へ戻り、扉をあけて格納庫のようなフロアへと足を踏み入れた。すると研究員らしき人が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ユーグヘイム様、それにカレルレン様も、こちらへ!」
「おう」
「動き出したって、どういう風に?」
「円盤の一部パーツが、光りはじめたのです」
研究員さんは軍人らしく敬礼をすると、足早に歩きながら書類をめくり、ユーグヘイムさんに報告する。
「エイリアンの船は、魔力には反応しねぇ。だから雷撃の賢者、サンダルフに頼んで雷力による刺激も試みた。それでも無反応だったはずだぜ」
「はい。そうなのですが……」
「なんだって今になって動き出したんだ?」
話の流れから察するに、雷力とは電気のことなのだろう。
魔法の世界にも、電気に関する知識があることに驚きを感じる。きっと百年後には、私には想像もつかない魔法と科学が融合した文明に発展してゆくのかも。想像するだけで軽い興奮を覚える。それってもう立派なSFだもの。
「我々は何もしていません。動き出したのは円盤中枢部のパーツです」
「制御系かと推測していた部分だな」
「はい」
「ユーグヘイムはああ見えて技術屋でね。飛空艇建造や魔導機関の開発に携わっている賢者なんだ」
そう耳打ちをしてくれたカレルレン。
「見た感じ、武闘派かと思いました」
「本人に言ってあげると喜ぶよ。経歴からインテリと思われて、本人を目の前にして意外がられるのが苦手らしいから」
「あはは、そうなんですか」
軽い会話のお陰ですこし緊張が解けた。これはきっとカレルレンなりの気遣い。私が慣れない雰囲気に飲まれないように。
だから期待に応えられるよう、しっかりしなきゃ。
私は気持ちを切り替えて、格納庫のようなフロアを見回した。そこには、半ば壊れた「黒い円盤」が鎮座していた。
見えるだけでも四機。円盤は歪な「おまんじゅう」みたいな形をしていた。
見た目の直径は十メルテほど、高さ五メルテぐらい。表面は全体的に黒くて、半分つぶれた状態の機体や、ほとんど原型をとどめていないガラクタみたいなものもある。
機体の周囲にはタグが付けられた破片や、ばらばらになった部品らしきものが丁寧に並べられていた。
「円盤は何機もあるんですね」
「墜落する様子を目撃、落下地点が特定できたものは捜索し、可能な限り回収したんだ。調査研究のためにね」
「それで、何かわかったんですか?」
「俺たちの飛空船とは、飛行原理が根本的に違う。翼はもちろん魔導機関もありゃしねぇ。なのに空を自在に飛んでやがる」
ユーグヘイムさんがお手上げだと言うしぐさで、親指で残骸を指差す。
「魔法の一種なのかと思ったけれど、高度な錬金、冶金の産物、ユマの世界の『科学』という知識の体系なんだろうね」
「その割りには、よく落っこちるもんだねぇ」
ポリクエルアさんの皮肉に作業員たちも含め、失笑が起こった。
「そこは僕も気になっていた。なぜ墜落するのか。こんなにも高度な技術の産物だる円盤が、時として簡単に墜ちる理由、それが解れば」
攻略の糸口も見つかるかもしれない、というわけね。
「うーん。なるほど」
考えたけれど当然、私には結論なんて導き出せない。
でも、ふと思い出した。
確か円盤は軍のレーダー波の干渉で墜落したとか、そんな話があった記憶がある。でも、魔法の世界に「レーダー」なんてものがあるのかな。
私はカレルレンと一緒に円盤に近づいてみた。
「これが円盤……?」
そこで違和感を覚えた。
円盤といえば機械的で、金属製のピカピカしたものを想像していたけれど、なんだか印象がずいぶん違う。
近くで見ると、表面はまるで生き物の皮膚のようにシワが寄りザラザラ。寄木細工にも似た不規則な模様で覆われていた。
「どうしたんだい、ユマ」
「いえ、まるで……生き物の抜け殻みたいだなって。墜落した円盤っていうと、もっと機械的なイメージがあるんですけど」
「ユマの世界ではそうなのかい?」
「あ、もちろん直接見たわけじゃないんですよ。一般的にといいますか、その……本とか映像とかでは、金属のつるっとした、継ぎ目のない飛行機械みたいな扱いで」
と、そこまでいいかけて口をつぐむ。
果たして私の知識は役に立つのかと、改めて不安になる。
SF映画は作り物だし、オカルト雑誌だってば眉唾もの情報が多いはず。そんなことは分かっている。分かっていて楽しんでいたに過ぎない。
けれど今、ここで目にしているのは紛れもない現実だ。
カレルレンはエイリアンが脅威だと考えて、真剣に対策しようと頑張っている。
「円盤の外殻を構成する材質もわからねぇ。ドワーフ族でも解析できない未知の金属、合金で覆われていやがる」
「それでも、金属の外殻は破壊可能だよ。こうして壊れているからね。むしろ謎の本質は中身さ。内側はまるで生物の体みたいで理解できない。例えるなら金属の機械と生物の融合体、我々では説明できないテクノロジーで構成されている」
ユーグヘイムさんとカレルレンに手を添えられて、円盤に据え付けられた足場を登る。そして壊れた円盤の中を恐る恐る覗き込んだ。
確かに外側は金属だけど、内側はまるで生き物の内臓みたいだった。曲線を描いたパイプや臓器のようなもの、黒っぽいモコモコしたパーツが複雑に組み合わさっている。
ひと目見て普通の機械ではないとわかる。
「うわ……気持ち悪い」
とにかく嫌な感じ。邪悪でおぞましい。
奥の方には空間があり、黒く腐りかけた無花果の内側のよう。
「操縦席だ。エイリアンはここで絶命した状態で発見されることが多い」
確かにそれっぽい操作パネルのようなものが見えた。一部分が時々明滅している。
「ぼんやり光ってます」
「そこが問題の部分だな。まぁ何がなんだかわかりゃしねえが」
ロープをくしゃくしゃに丸めたような、神経節のような不思議な部品。それが青白く光り、輝きが隣の網目へと流れてゆく。
不吉な光。そんな印象だった。
何か良くないことが起こりそうな、漠然とした不安に駆られてしまう。
「僕なりに仮説は立てている。彼らエイリアンは星界に棲む魔物の一種を飼いならし、乗ってきているんじゃないかな? 例えば、僕らが飛竜や馬に乗るみたいに」
「エイリアンの本体は脳みその怪物だからね。服の代わりに肉のパワードスーツ。乗り物は空とぶ異形の生物。生物系のゴーレム……操り人形って説はアタイも同感だね」
カレルレンとポリクエルアさんが意見を交わす。
「まるで生体機械……」
私は素直に感想を述べた。
「なるほど、機械と生命の融合体……ってか。気味が悪いぜ。この円盤には意識があるってことか?」
「意識があるかはわからないけれど、何かに反応しているのは確かだね」
とあるSF映画では、母船が近づいて来たことで小型のUFOが反応し動き出した……っていうのがあった気がする。
結局、誰もそれ以上のことはわからなかった。
円盤の中では部品が輝き続けている。
破壊すべきというカレルレンの意見に、ユーグヘイムさんは反対した。
その後、私は他のタイプの円盤も見せてもらうことになった。
別の格納庫にあったのは、私が思い描いていた円盤に近かった。
継ぎ目のない卵のような、白っぽい金属。プラチナのような不思議な輝きを放っている。
「あ、そうそう! こういうのですよねUFOって」
「三ヶ月前に回収したばかりの機体なんだ。黒い円盤と交戦していたらしい」
「交戦……ですか?」
意外な言葉に驚く。円盤同士の空中戦なんて、それこそ映画みたい。
「目撃者の報告によれば、空の上で黒い円盤に追いかけられていたらしいぜ。黒い円盤が赤い光を何回か放って、白い方がやがて岩山にドカンさ」
「空中戦というよりは、一方的にやられた感じだね」
一部が凹んでいる以外は、損傷箇所は見当たらない。
機体の横に開いた四角い入り口らしきものから、普通のタラップが延びている。入り口は小さくて子供が出入りできるほどしかない。私やサクラちゃんなら入れるかしら。
中を覗いてみると、淡く白い光で満たされていて、機能がまだ動いている感じがした。
不思議と怖いという感じがしない。柔らかい繭のような、そんなイメージに近い感覚がする。
「もしかして、別種のエイリアンさん?」
「さすがはユマ、察しがいいね。君の言うとおり地下の黒いエイリアンとは別種族だと思う。見た目はずいぶん違ったよ。小人のような体で、目玉が大きくて黒目がちでね。上質な銀色の服、継ぎ目のないものを着ているんだ」
――グレイタイプの宇宙人だ!
「その人……エイリアンは生きているんですか?」
「残念ながら昨日死んじまった。だからカレルレンに知らせたんだ」
「瀕死ながら、三ヶ月も生きていたんだよ。けれど、言葉もなにも通じない。魔法で思念を送ったりもしたけれど、だめだった。治癒魔法も効かず、薬だって何も」
カレルレンの顔に悔しさがにじむ。
きっと何か手がかりがないかと期待していたのだろう。
「こっちの白い円盤の解析に至っては、完全にお手上げさ。さっきの黒い円盤とはまた違う。継ぎ目も何も無い、部品だって何一つ外せやしねぇ。更に高度な……いや、想像を絶するレベルの技術の産物なんだろうぜ、これは」
結局、謎は謎のままだった。
私はカレルレンの抱えた悩みを、解決する手助けはできなかった。
◇
そして、私たちが王都に戻ってから数日後。
緑色の流星が落下するのが目撃されたと、報告が入った。
そこは秘密基地から僅か、三十キロメルテしか離れていない砂漠地帯だった。
<つづく>




