滅亡の記憶
三本脚の機械人形が赤い光線を放った。
まばゆい光が教会の鐘塔を貫通するや、煉瓦がオレンジ色になり溶融。ズルリと塔の上半分が滑り崩落する。残った基礎部分は内側から爆発し、無数の破片となって逃げ惑う人々の上に降り注いだ。
巨大な三本足の怪物は、死神の角笛を思わせる不気味な駆動音を響かせながら街を蹂躙してゆく。
「くそっ! なんて化け物だ!」
「一体あれは何なんだ!?」
騎士の剣も、魔法使いの魔法も通用しない。
必死の抵抗も虚しく、王都中心へ向けて突如侵攻した三本脚は、無慈悲な破壊と殺戮の限りを尽くし屍の山を築いてゆく。
アレクサット王国正暦951年6月――。
栄華を極めた魔法の王国、王都ニューズアークは、異形の侵略者の猛攻に崩壊の危機に瀕していた。
「これ以上、好き勝手にはさせぬッ!」
十二賢者の一人、最強の誉れ高いユーグヘイムが立ちはだかった。
黒い三本脚の怪物を前に、究極の竜化魔法を発動。命を対価とする魔法は、二度と人間には戻れぬ決死の禁術だ。
己の姿を醜悪な巨竜へと変えたユーグヘイムは、建物を押しつぶしながら、三本脚の機械人形の進路を塞ぐ。
『グゥルル……!』
焼け落ち崩壊してゆく王都の光景が、怒りに満ちたドラゴンの瞳に映る。美しかった街並みも、平和で豊かな暮らしも全て失われた。親しい人も愛する人もみな、熱線で焼かれて消えた。
二体の巨大な怪物を、炎が赤々と照らす。
『――やらせはせぬ! 星界の化け物めがッ!』
ドラゴンの咆哮に、全長三十メルテに達する三本脚の機械人形が億劫そうに向きを変えた。
「おぉ、見ろ……! 大賢者様が竜に!」
「お願い、皆をお救いください!」
「やっちまえーっ!」
生き残った人々が声援を送り、祈りを呟く。
『ゴガァアア……!』
人々の願いを背に、ドラゴンが挑む。大顎を開き、ありったけの魔力を口に収斂する。そして、まばゆい光とともに火炎のブレスを放った。必中の至近距離。三本脚めがけ、鉄さえも融かす灼熱の炎を浴びせかけた。
だが――
激しい火炎は届いていなかった。見えない壁に阻まれ、炎が捻じ曲げられる。
『――グゥウッ!? なにぃッ、これでも結界を……破れぬッのかッ!?』
次の瞬間、巨竜の首が空中を舞った。
「あっ……!」
人々が見上げる中、ドラゴンの首は建物の屋根を突き破った。
巨竜の首の切断面から鮮血が噴き出し、熱線を浴びたドラゴンの身体は内側から沸騰し破裂。爆発四散してしまった。
人々は絶叫と絶望の悲鳴をあげる。
――あぁ……ダメだ。
奴らに魔法は通じない。
火も氷も、雷撃も。
そして究極と云われた伝説の竜魔法さえも。
奴等が纏う防御結界を破れない。
突如、天空より飛来した金属の怪物たち。
侵略は唐突に、なんの前触れもなく始まった。
数多の魔法使いが、最高位の十二賢者が、己の命を賭して挑んだ。しかし、たった数体の金属の怪物を止められない。あらゆる攻撃が通じない。強固な結界の前に無効化されてしまうのだ。
圧倒的な力の差。
絶望的な戦い。いや、戦いにすらなっていない。
これは一方的な殺戮だ。
奴らの正体を誰も知らないまま、ただ敗北を重ねてゆく。
唯一、十二賢者の一人であるカレルレンが「奴等は、星界の彼方から来た異邦人だ」と看破した以外は。
あの日――。
緑色の奇妙な流れ星が降り注いだ夜。王都近郊に落下したのは、黒い筒のような巨大な物体だった。
翌日、発芽するように割れた物体から出現したのは、ギラギラと全身を鋼色に輝かせた怪物だった。
三本脚で歩き、強力な武装を内蔵しt腕が二本。海に棲む毒クラゲを思わせる異形の、巨大な機械人形。
腕から放つ赤い光線は想像を絶する超高温で、金属の盾をも溶かし、人間を一瞬で蒸発させた。
未知の超高熱源魔法を放つ怪物は、十二賢者にとってさえも未知の、人智を超えた存在だった。
怪物が放つ赤い光に、人々は成すすべもなく焼き尽くされた。
迎撃に向かった王国の誇る魔導航空大隊――魔法飛空艇団は半刻を待たずに壊滅。
王都防衛を担う最強の石像兵団も、光線を浴びて溶岩のように溶かされた。
絶望的な侵略は、世界中ほぼ同時に起こっていた。
あらゆる国々の王都に同様の物体が落下し、破壊と殺戮の限りを尽くした。
二日目、抵抗力を喪失した人類を、奴らは捕獲しはじめた。
更に落下してきた円柱物体から出現したのは、空を飛ぶ黒いクラゲのような怪物だった。触手を無数に伸ばし、生きている人間や動物を捕まえ、その黒い身体に飲み込んでゆく。
捕まった人々の悲鳴はすぐに止んだ。
筒に取り込まれた人間は、ほぼ瞬時にミンチにされていたのだ。
交渉はおろか、意思の疎通さえ出来なかった。
投降の意思も、降伏も無意味だった。
ただ一方的な捕獲と殺戮。
地上が人間狩りの地獄と化すのに三日とかからなかった。
それはあまりにも無慈悲な収穫だった。
野に生えた茸を嬉々として収穫するように。奴らは人間を狩り、肉に変えてゆく。
生き残った十二賢者はカレルレンを含めてわずかに四人。
フォールトゥナ、イレーナフ、ポリクエルア。
だが、殺戮を止める術はなかった。生き残った人々を連れて、できるだけ遠くへ、山へ、森へ、逃げるしかなかった。
けれど七日目には、短い逃亡劇も終わりを迎えた。ついに黒い怪物に見つかったのだ。
必死の抵抗も虚しく、生き残った人々は触手でからめとられ捕獲されてゆく。あまりにも無力だった。
「カレルレン! 俺たちに出来る最後の魔法だ」
「君の意識と記憶を、過去に跳ばす!」
「この危機を、過去の皆に伝えてくれ……!」
三人が全魔法力を開放し、魔法円を描く。
それは世界の理を捻じ曲げ、時間を跳び越える究極の禁呪。
「まって、みんな……ダメだッ! ……そんな、そんな――」
魔法円が幾重にも展開し、カレルレンの身体を包む。光りに包まれた身体から魂と記憶が遊離し、時間と空間を跳び越える。
「――未来を、君に託す」
薄れゆく意識の中、残った賢者たちが黒い筒を道連れに自爆するのが視えた。黒い空飛ぶ筒に飲み込まれた瞬間、最後の力を振り絞って内側から破壊したのだ。
「必ず……! 僕が……世界を救うから……」
そして――
孤独で、永い戦いが始まった。
<つづく>