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魔道図書館の不思議な夜

作者: 松岸煉歌

 ここは王立魔道図書館。不思議な本も普通の本も置いてある、ごく普通の図書館である。この図書館は王立と言いながら、実際はここに住みついた館長と少女のたった二人で運営されていた。

 今日もそれなりに魔道図書館は活気があった。気が付くととっくに日は暮れ、月が輝いていた。見回りを終えた館長はカウンター当番をしていた少女に声をかけた。

「ソルマ、そろそろ閉館しようか」

「はーい」

ソルマと呼ばれた少女はカウンターに置かれていた本を片付け始めた。館長がドアを閉めようと手をかけたそのとき、こげ茶の何かがするりと彼の足元を通り抜けた。

「うわあっ、何?タヌキ?」

その生き物はにゃあんと鳴くとカウンターに近づいた。

「猫ですよ、ブギちゃんです!」

ブギは図書館の近所で可愛がられている野良猫である。近所の人から魚をもらったり撫でられたりしながら野良ライフを満喫している。

「なんだ、ブギか…。ブギ、もう閉館するからこっちおいで」

ブギはちらりと館長を見たが、すぐに図書館の奥に歩いていってしまった。

「…いつまでたっても僕には懐いてくれないなあ」

「館長さん、外に出さないと!図書館にはブギちゃんのごはんも寝床もありませんよ」

「そうだった、ってもういない!」

「探しに行きましょう!」

「そうだね、手分けすれば」

館長が言い終わらないうちに、タイミング悪く電話が鳴った。

「館長さん、出てください。私、一人で探してきます」

「ごめん、僕も終わり次第探しに行くから!」

館長はソルマを見送りつつ、電話まで急いだ。受話器に手を伸ばしたとき、彼は思い出してしまった。

「まずい、今日は十三日の金曜日だった…。ソルマにまだこの図書館の秘密は言ってなかったんだよなあ…」

しかし電話は鳴っている。やはり聞かなかったことにしてソルマのところへ行こうか、それとも電話に出ようか。

「まあいっか、ソルマももう不思議なことにも慣れてきたよね」

電話応対も仕事だし、などと自分に言い訳しながら館長は受話器を手に取った。


 ソルマは図書館を歩き回った。

「多分こっちに行ったと思うんだけどなあ…。」

照明が半分落とされているせいで見えにくい。スイッチの場所は館長しか知らないため、ソルマはランタンを片手にブギを探した。

 しばらく探していると、左の書架の陰から暗い茶色のしっぽが見え隠れしているのを見つけた。

「ブギちゃん待って!」

声をかけるとしっぽはすぐに引っ込んでしまった。そちらの方へ走っていくと閲覧室2にたどり着いた。

 中に入ったソルマは違和感を覚えた。書架の配置がいつもと違う気がする。なんだか閲覧室が狭くなったような、広くなったような。よく見てみると元々書架があった場所には何もなく、代わりに本来閲覧室3につながる出入り口があるはずのところを書架がふさいでいた。

「あぁ、なんだ、あの書架が出入り口の前にきただけね!」

納得しかかった。いや待て…入口の前?ソルマには最近書架の移動を手伝った覚えはないし、そもそも彼女であればそんな不便なところに設置しない。

「きっと館長さんね!もう、こんなところに動かしたら向こうに行けないじゃない!それにしても、いつの間に動かしたのかな?」

首をひねっていると、書架の奥から何かが聞こえてきた。

「にゃあん、にゃあにゃあ」

「ブギちゃん?」

鳴き声は書架の向こうから聞こえてくるようだった。隙間から奥に行ったのだろう。本と本の隙間を覗いてみると、案の定ブギが座っていた。

 もちろん回り道をすればいいのだが、そうすると別の入り口から入りなおさなくてはいけなくなってしまう。何とかして書架をずらせれば楽なんだけどなあ、などと考えていると、書架の奥にある閲覧室3の方から声が聞こえてきた。

「早く来いよ、それとももう追いかけるのはやめたのかい?」

「入口がふさがってて通れないのよ…ん?あれ、そっちに誰かいるの?」

「オレだよ、さっきから追っかけてただろ」

「ブギちゃん?」

「そうだよ」

「ブギちゃん、喋れたの?」

「にゃあ」

ブギは肯定するようにしっぽをゆったり振った。

「戻ってきて!そっちにはご飯もベッドもないのよ」

「そんなことくらい知ってるさ。それよりもうオレは行くよ、ついてきたいなら早くこっち来なよ」

「そう言われても…出来るだけすぐ行くからちょっと待ってて」

「しょうがないなあ、ちょっとだけだからな」

 とにかく書架の向こうの部屋へ行かないことにはブギに追いつくことはできない。ソルマは書架を押したり引いたりしてみたが、やはり女の子一人の力でどうこう出来るような重さではなかった。

「困ったなあ、やっぱり館長さん来ないと動かせないよ…」

ソルマは途方に暮れて書架を眺めた。もちろん眺めたところで動かす方法が浮かぶわけではない。代わりに別のことに気が付いた。

「あれ、このシリーズ、ちぐはぐになってる…」

ソルマは何の気なしに本を入れ替えた。もちろんそれで書架が動くわけではない。仕方ないからそのまま回り道をしてブギのところへ行こう、と一瞬考えたが、一度整理しだすとほかの部分も気になるのが彼女の性格らしい。

「こっちの本も違うところに入ってる…あれもだ!」

ブギを追いかけなくてはいけないことはよくわかっていたが、それでもついつい入れ違いになっている本に目がいってしまう。

「ねえ、まだー?オレ結構待ってあげてるんだけど?」

「あとこれを入れたらね…あっ、やっぱり待って、こっちも!」

「それさっきも言ってたよね?」

こんなやり取りを何回も繰り返したが、ソルマは整理を終わらせる気配を一向に見せない。とうとうブギは飽きたのか先に行ってしまった。

やっと最後の本を入れ終わったとき、書架がゴゴゴと音を立てた。

「きゃあっ!」

驚いて一歩離れると、書架がスライドしだした。あっけにとられているうちに書架はひとりでに動いていき、本来あった位置におさまった。

「こんな仕掛けいつのまに?館長さん、何も言ってなかったはずだけど…それより、ブギちゃんどこ?」

すっかり見失ってしまったソルマは、遠くから聞こえる鳴き声だけを頼りにブギを探さなければならなくなった。


 ソルマは散々探し回って、やっとブギの姿を見つけることができた。ブギは通路の右側のエリアに入っていくところだった。

「そこは生き物の本のエリア!…何か聞こえるような」

バサバサという音だった。明らかに猫の出す音ではない。不思議に思いながらそこへ入ると…

「なにこれ、本が飛び回ってる!今日の図書館どうしちゃったの?」

本はこちらの書架に入ったかと思うとすぐに出ていき、あちらの書架へ飛んで行って、を繰り返しているようだった。

 ソルマは近くの書架におさまりかけた本を反射的に手に取った。

「これは一段下のここに入るはずよね」

習慣とは恐ろしいもので、この異常事態にもかかわらずソルマは冷静に本来の場所に本を戻した。すると本はおとなしくなってしまった。

「もしかして正しい位置に戻ろうとして迷子に?」

本が適当な位置に戻されてしまうことはよくあるが、これらの本はそれに我慢できなかったのだろう。ソルマは無理やり納得することにした。

 飛び回っているのは一冊ではなかったが、幸いそれほど多くもなかった。しかしそのまま歩けば間違いなく顔や頭にぶつかりそうだ。

 通路の奥でブギが退屈そうにこちらを見ている。

「にゃあん」

「ブギちゃん、どうやってそこに?」

「普通に歩いて来たんだよ。本は床の近くには来ないからね、かがんで通ればぶつからないよ。ていうか、わざわざここ通らないで隣の通路から来ればいいんじゃないの」

なるほど、言われてみれば確かにその通りだった。だが、ここの生き物の本にはソルマも小さいころからお世話になっている。可愛い動物の写真集はソルマの昔からのお気に入りの一つなのだ。

「なんか可哀そうだし、放っておけないよ」

また始まった、と言いたげなブギのあくびに気づいているのかいないのか、ソルマは器用に本を捕まえて手際よく本来の場所に戻していった。

 ブギは今度はすべての本がおとなしくなるまで待っていてくれた。時折「まだー?」とか言いながら。


 ブギを追いかけているはずなのに、なんだか本の整理ばかりしている気がする。そう思いながらソルマはブギの入っていった閲覧室8に向かった。

 入ると、女の子の声が聞こえてきた。

「ブギ、来てくれたの?」

「にゃ」

あまり明るくないので姿はよく見えないが、ソルマは声の主がすぐにわかった。きっと私の友達のルノね!

「ルノ?そこにいるの?」

「そうよ、あなたはソルマよね!どうしてここがわかったの?」

すぐにルノが近づいてきて、ソルマの手を取った。ソルマは手を握り返しながら尋ねた。

「ブギちゃんの後を追っていたらここにたどり着いたの。ルノこそどうしてこんな時間にここに?」

「ごめんね、変な物音がたくさんするものだから、怖くて出られなくなっちゃったの。ソルマとブギが来てくれなかったら図書館に泊まらなきゃいけなくなるところだったわ」

ルノの足元でブギが得意げに目を細めている。

「ブギちゃんはルノを迎えに行こうとしてたのね」

ブギはしっぽをゆったり振った。ありがとう、とルノにおでこを撫でられ、喉を鳴らす。

 ふと、ソルマが閲覧室の奥を見やると、そこにはもう一人いるようだった。近づくと、そこにいたのはソルマと同じ年くらいの見慣れない少年だった。

「あなたも怖くて出られなかったの?」

「別にそんなんじゃないよ」

少年は口を尖らせた。

「じゃあ、あなたはどうしてここに?」

「理由は…その…怒らないでほしいんだけど…」

少年の声が急にしおらしくなった。彼は机に置いてある一冊の本を指さした。

「わざとじゃなかったんだ、でも…言いにくくて…」

ソルマは本を慎重に手に取った。表紙が外れていて、ページがバラバラになりかけている。その本は昔から知られている薬草の本で魔女たちに人気があったが、古すぎて今はどこにも売られていないものだった。

「糊が取れちゃったのね、糸も切れて…」

「ごめんなさい、きっと高いよね?」

この本は絶版になっていてもう手に入らない、なんて今にも泣きだしそうな少年に言えるはずもなく。もう一度よく見てみると、表紙以外に大きな破損はなさそうだった。

「古い本だもんね、それにこれくらいなら館長さんが直してくれると思う!」

「本当に?」

「うん、でも今度またそういうことがあったらすぐに言ってほしいな」

「わかった、これからはすぐに言うよ!」

すると、今まで黙っていたルノがきょとんとした顔で言った。

「ソルマ、さっきから誰と喋っているの?」

「え?ここに男の子が」

少年の方を指さしたが、そこには誰もいなかった。ソルマは確かに壊れている本を受け取ったのだが…。もう閲覧室を出てしまったのかもしれない、と急いで出入り口へ走り通路を見渡したが、それらしい男の子の姿はない。

「やっぱり今日の図書館、いつもと違うよ!」

ソルマの叫びが夜の図書館に響いた。


 カウンターの方に戻ってきた二人と一匹を館長が迎えた。

「おかえりー」

「にゃ」

「よかった、見つかったんだね。ごめんごめん、長電話になっちゃって…あれっ、ルノちゃんもいるの?」

ルノは怒られると思ったのか、顔を赤らめてうつむいてしまった。代わりにソルマが

「館長さん!今日の図書館、なんか変です!書架が動いたり本が飛び回ったり…男の子が消えたり!いったい何が起こっているんですか?」

「あー…やっぱりそうなるよね…事前に言ったら面白くないかなーなんて思ってたんだけど…」

館長は頭をかいた。ソルマと目を合わせようとしない。

「どういうことですか?何か知ってて黙ってた…なんてことはない、ですよね?」

「あはは…」


― 魔道図書館は十三日の金曜日の夜になると不思議なことがたくさん起こる ―


この秘密を(面白がって)黙っていた館長が後で大変怒られたのはまた別のお話。

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