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お妃様修行~序列と七彩架~

 午前は散歩をしながら後宮の散策、午後からは自宮に籠ってお妃様修行という、最初の一ヶ月よりも目まぐるしい生活が始まった。


「まずは基礎の基礎。後宮の序列です」


 江春がさっそく、昨日明が理解していなかっただろうと思わしき事から講義を始める。

 後宮の妃には実家の家格や、父親の位に応じて位が与えられる。これは明も知っていた。明が蘇昭容と呼ばれるのも、利超の孫娘として後宮入りしたからだと。

 問題だったのはその序列の順。


「いいですか、後宮の妃の序列は上から四夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻です。これは泰連国第十六代皇帝・玄陸げんりくによって定められました。当時の後宮女官、それこそ下女までもが全て王の妃として扱われたため、このような序列を作ったと言われております」


 今の皇帝は三十二代目と聞いている。

 泰連国の千年という歴史は伊達ではなかったらしい。


「昨日の盧淑妃様と李徳妃様は、明様より上の四夫人のお方たちです。昨日のあれでは教養がないと馬鹿にされるだけですよ」


 まぁ、実際に馬鹿にされたわけだけだが。

 明はあまり気にしないでおこうと思っていたのに、江春にはとっても腹立たしいことだったようで、昨夜くどくどくどくど、かのくだりを何度も言い含められた。

 何度も言われて十分理解している。

 しかし、そんなことよりも。


「さてこの序列ですが、どうして序列があるのかというと後宮の運営のためです。妃には俸禄が与えられるのですが、この俸禄は主に妃が自身の宮や生活を運営するためのものです」


 明にとってはこちらの方が大切だった。

 つまりはお給料。

 当然位によって、妃に与えられる俸禄は変わってくる。高ければ高いほど沢山、俸禄が貰えるのだ。

 訪ねてきた王のもてなしのために宮を整備するのか、自身を着飾るためだけに俸禄を使うのか、妃によってその用途は様々。

 明は現在三分の二を自身の宮である貌佳宮ぼうかきゅうの維持に、三分の一を怜央への仕送りにしている。明が後宮入りに頷いたのは兄への仕送りのためでもあった。

 過去には信心深き妃が俸禄を寺へと寄付していたことが記録されているので、俸禄の持ち出しは暗黙ながら了承がされている。

 ちなみに明は自身の衣装に無頓着なので、江春が宮の維持費からこっそり衣装代を捻出しているのは、貌佳宮の女官や宦官のみが知るところである。


「はい、先生」

「どういたしましたか」

「それって『とき』は関係ある? 昨日とき? がどうのって言われた気がして。とき、って何?」


 明がぺらりと教科書をめくる。

 府庫から借りてきたという後宮に関する書には『とき』についての記載は見当たらない。というか、明が『とき』について理解していないので、どの文字が充てられているのかが分からない。

 明が気になって質問すれば、江春はパンッと手を打ち鳴らした。

 どこからか女官が二人やって来て、三脚の支えに立て掛けられた板を用意し、何かが書かれた紙を張り付ける。


「こちらをご覧ください。昨夜女官に作らせた特別教材でございます」


 運んできた女官のうちの一人をちらりと見る。少しだけ満足げな表情をしていた。なるほど、彼女が作ったのか。

 明は女官からその特別教材の方に視線を戻す。

 それは七つの色の名とその意味が記載されていた。


「こちら七彩架しちさいかと申しまして、空を泳ぐ龍の色と、陰陽魚の色にございます。それぞれの色に意味があり、それに属する色が王の認められた妃に与えられます」


 紅は吉兆。

 黄は忠誠。

 翠は厄除。

 藍は不滅。

 紫は富貴。

 白は死。

 黒は知。


 与えられた色は他の妃が身に纏うことは許されない、特別な色になる。


「明様は朱鷺色ときいろを賜っております。字はこう書きます。紅に属する、これ即ち幸を運ぶ妃として、主上は明様に期待しておられるのですよ」


 江春が髪に筆でさらさらと『朱鷺』と書く。


「ふぅん……。あの、年に似合わず可愛い色の衣装はそういう意味だったの」


 明は昨日着せられた桃色っぽい朱の衣装を思い出す。あれ以外にもやたらと同じような色の衣が多いなとは思っていたけれど、衣装の色にそんな意味があったなんて。

 それを知った上で、昨日の李徳妃の言葉を咀嚼する。


「それじゃ、李徳妃の言葉は『色をもらうような人ではないから返せ』?」

「その通りにございます。私があの時どれほど悔しかったか……!」


 江春はバンッと板を殴り付ける。

 バキッと嫌な音がした。


「……」

「……」

「……大丈夫?」

「おかまいなく」


 女官が痛わしげに顔を逸らす中、明は恥ずかしそうに手を隠す江春に一応声をかけてみる。

 江春は咳払いして、女官に退出するよう命じる。女官たちは特別教材を持って下がった。せっかく作った特別教材を壊されて、心なしか少し悲しそう。

 そして何事も無かったように江春は話を続ける。


「ちなみに盧淑妃様は梔子くちなしを、李徳妃様は孔雀緑くじゃくりょくを賜っております」


 昨日見た彼女たちが黄と緑の衣装に身を包んでいた理由は理解した。

 なるほど、彼女たちも色持ちの妃。


「他にもいる? 色の妃」

「いらっしゃいません。現在は明様を含め三人の妃のみです。こちらの妃の共通点は何かお分かりですか?」

「共通点?」


 明は首を傾げる。

 なんだろうと思って少し考えてみる。

 そこで昨日、彼女達がやたらと蘇利超の名前を引き合いに出していたことを思い出す。


「利超様?」

「惜しいです。正確には蘇利超様と同じ三槐さんえんじゅの方々によって選出されているということですよ」

「サンエンジュ……サンエンジュってどう書くの?」

「こうです」


 江春が紙に『三槐』と記す。


「三槐とは、王が幼かったり女性だったりした場合にその指導のために設けられる官です。位は王の次、宰相より上に当たります。前王の時代に宰相だった蘇利超様、左羽林軍大将軍だった盧志恒ろ しこう様、前王の側近だった李心軒り しんけん様が当代の三槐でございます」


 三槐……と明は机の上に繰り返し指でなぞって覚える。昔は宰相をしていたと聞いて、偉い人だとは思っていたが、蘇利超が今でもそんなに偉いとは。


「盧淑妃も、李徳妃も三槐の他のお二方の直系の孫に当たります。明様に当たりがきついのは、今まで存在が隠されていた利超様の孫という存在が明らかになったのを疑っておられることが原因かと思われます」


 明は利超の孫として後宮へと上がった。盧淑妃と李徳妃に限ったことではないが、今まで子がいないと言われていた利超に突然孫がいたと言われて、本当に直系なのかと疑うのは当然の流れだった。多くの高官が明の素性を調べ回っていることだろう。

 そんな中、すました顔で悠々としていた明がただでさえ気にくわなかっただろうし、あたかも対等のような生意気な態度をとったのが彼女達の逆鱗に触れた。


「そう言うのは早く教えてくれると嬉しかった」

「いえ……蘇利超様から教えられているとばかり」


 明が唇を尖らせると、江春は困った顔をした。

 明ははぁー、と大きく息をついてぐぐっと背を伸ばす。ちょっと疲れた。

 江春が言葉を続ける。


「そういう事ですので、明様は色を賜っていることをもっと誇るべきであり、あのように罵倒されたままではならないのですよ」

「それが利超様の恩恵でも?」

「そうではなく、利超様のためにもお妃様として相応しい女性になっていただかないと。恩恵であることを引け目に思っていれば、また他の妃につけこまれますよ。あの高飛車な四夫人と同じくらい、九嬪のお妃様方にはお気をつけくださいね。九嬪の内、色持ちの妃嬪は明様だけなのですから」


 チクチクと江春の言葉には刺がこもる。どうやら江春は彼女たちにあまり好意が持てないらしい。とうとう盧淑妃と李徳妃に対する陰口まで口にした。

 はーいと明は江春の手前、頷いておく。どうやら自分の知らないところで、色々な恨みをかっていそうだ。

 兄には倍返しは行けないと口を酸っぱくされて言われたから、正直やり返そうとまでは思っていない。

 確かに昨日は馬鹿にされていることに気づいてちょこっと大人げないことをしてしまったけれど……あの人種はねちねちと同じことを繰り返すから気にしないでおくのが一番だ。

 ……と、明がそう思っていても、江春はどうやら相当に誇りが高いようで、自分の主人があのまま言われっぱなしなのが悔しいらしい。

 明はそれが少し嬉しい。江春が自分の事のように悔しがってくれて。

 言葉の勉強も、他に講師を呼ぶことなく寝ても起きても江春が付き合ってくれるからこそ、たった一ヶ月の間で随分と上達したのだ。

 しかしまぁ、明も自分のことだけならそれで終わっていたかもしれない。ただ今回に限っては、彼女たちに言われたままにしておくつもりが全くない。

 何ていったって恩人である蘇利超のことも罵倒されたから。


「江春、私がんばるから。もっと沢山、教えてほしいです」


 江春の小言を遮れば、江春はぱちくりと目を瞬いて、そうですねと息をついた。


「過ぎたことを言っても意味はありません。明様、お勉強の続きをしましょうか」

「お願いします」

「はい。では書を一頁捲ってくださいませ。次は妃の俸禄の予算についてもう少し詳しく……」


 江春は気持ちを切り替え、明の教育に集中する。

 明も教えられたことを忘れないように心に留める。

 新しい国での新しい生活。

 恵まれたこの生活を、何事もなく送れるように。






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