素で地雷を踏み抜くタイプの令嬢と煽っていくスタイルの子息
「すまないが、真実の愛を知ってしまったんだ。婚約を解消して欲しい。」
「ごめんなさい、クラリス様…」
この国の第一王子であるルーズベルトがつい最近伯爵の養女となったマーガレットの肩を抱いて宣言する。
それを告げられた、ルーズベルトの婚約者であり、公爵令嬢であるクラリスは呆然としながらそんな二人を見ていた。
「…いい、ですけど…」
あまり大きな声ではないけれど、はっきりと了承するクラリス。
ルーズベルトとマーガレットが仲良くしているという噂は耳に入ってきてはいたのであまり驚きはないが、それに勝って、今ここで、皆が集まるお茶会の中で宣言されるということに戸惑いを感じていた。
「自分の婚約者のことなのに興味無さげじゃね?」
クラリスの横にいる同じく公爵子息のフランクがクラリスに指摘する。
クラリスとフランクは古くからの幼馴染で、なぜか一緒にいることが多く、今日もクラリスの隣に居た。
「興味は無いことないのよ?でも、なんか、わたくしと殿下って、違うかなって、前から思ってたから。」
旧知の仲であるフランクからの言葉に、クラリスも思わず砕けた言葉で答えた。
「具体的には?」
「話が合わないっていうか…続かないの。」
クラリスは二人っきりになるといつも気まずく無言になるその日々を思い出して、悩ましげに俯いた。
「殿下の話ってつまんなさそうだもんね。でもそういうところが玉の輿狙いの性悪に付け込まれやすかったんじゃない?」
第一王子とマーガレットがそばに立っていることを知りながら、フランクは明け透けに笑いながら話している。
「それは無いと思うわ。今まで沢山の立ち振る舞いを学んできたこの国の王子殿下ですもの、流石にそこまで愚かでは無いはずよ!」
ルーズベルトがフランクに反論するよりも前に、クラリスは自分を公で辱めた相手にもかかわらずルーズベルトを擁護するのだが、その言葉たちがルーズベルト本人の胸に刺さる言葉であることを知らない。
何故なら彼女が天然だからだ。
クラリスは公爵令嬢として、王族の婚約者として、優秀な人間であり、思慮分別のある人物である。
しかし、真っ直ぐ過ぎて時に予期せぬ地雷を踏んでしまう。
それを今となっては元婚約者になってしまったルーズベルトは知らなかった。
そしてルーズベルトはフランクのような悪意ある言葉は慣れていても、善意ある言葉の暴力にはまだ耐性が無かった。
「学んでたらこんなことしないと思うんですけど?」
「そこは愛の力よ!」
抑圧されていた己の乙女の心を爆発させながらクラリスが鼻息を荒くして言い切るが、その情熱を前にルーズベルトは逆に頭が冷静になっていくのを感じていた。
そんな可愛らしいクラリスの主張に皆がクスクスと笑いが溢れる。
それはクラリスの純粋さが微笑ましさからの声であったが、ルーズベルトとマーガレットには自分たちを嘲笑う声に聞こえた。
「愛の力があれば、婚約者がいても浮気して、婚約者がいる相手を奪って、国王の決めたことを勝手に覆していいと?」
クラリスとは対照的に、フランクは自らも罵倒を入れつつ意図的に会話を進め、華を持たせるようにクラリスの言葉を引き出す。
クラリスとフランクは公爵家という高い地位の貴族であるが、特にフランクの家が代々王家と婚姻を結んできた由緒正しい家柄であり、その伝もあってか言いたい放題である。
「…それは…私が殿下の心をつなぎとめることができなかったからよ。政略結婚だから側室や愛人は覚悟していたのけれど、それに耐えきれない程にマーガレット様を愛していたと同時に私のことが嫌だったのよ。」
「そう言う事じゃないから。」
「いや、そうよ!もう少し私が殿下に興味を持っていたら…」
「やっぱり、興味なかったんじゃん。」
「ちっ…違うわ!もっと努力すべきだったって言う意味!」
「まあ、一個人のわがままを通すことができないのが貴族でそれを許さないのが王族だよ。でもこれで王座はおろか、王族の地位も無くなるけどね。」
「王座?」
クラリスは不思議そうにフランクを見つめる。
「そりゃあ、君の家が次期国王第一王子推奨派筆頭だからね。公で恥をかかせた挙句、旨味の無くなった第一王子を許す訳ないじゃん。」
「そうだったわ!お父様はプライドがお高いから…激怒するでしょうね…」
クラリスは眉間にシワを作り、自分の父の怒り具合を想像しつつ、いかにそれを収めるかを考えていた。
「そのまま君のお父様も僕たち第二王子派に鞍替えしてくれるといいんだけれど。」
フランクは第一王子であるルーズベルトの前で堂々と第二王子派であることを宣言しつつ、これまで違う派閥だったクラリスの家を受け入れる算段が出来ていることをアピールする。
真綿で首を絞めるようにルーズベルトの味方がいなくなっていく様を知らしめているフランクは本当に楽しげだ。
「第二王子派に?」
「だって、第二王子の方が王妃の子だし、頭がいいからそちらが正統派だと思うよ。」
第一王子、本人の目の前で第二王子派を正統とし、第一王子派を邪道と言うフランク。
しかし、その上を行く言葉の暴力が第一王子を襲う。
「確かに第二王子のネーベル様は人気よね。学業も優秀で人当たりも良いって有名だわ。何より容姿端麗ですから多くの人を惹きつける方よね。それに私はあの方の所作が美しいと思うの。やはりお育ちの良さかしら?」
クラリスはサクサクと言葉のナイフを放ってはルーズベルトの急所に命中させている。
最後の一発は身分の低い妃に生まれたルーズベルトにとどめを刺した。
「…クラリスは第二王子派なの?」
フランクの笑顔の中に僅かだが、ムッとした表情が入る。
何故か機嫌を悪くしたフランクにクラリスは首を傾げた。
とは言っても幼馴染だからこそフランクの変化に気付いたものの、フランクが何を企んでいるのかはクラリスには分からない。
昔からそうだ。
フランクは腹の中に、誰も考えつかないような膨大な何かを抱えていて、皆が阿鼻叫喚している中でも最後に一人だけ笑っている、そういう人間だ。
「…私は王座には興味ないわ。夫となる人を支えたかっただけだもの。」
あれ?外れ?と思いながら、クラリスは更に機嫌の悪くなるフランクを見て背中から冷や汗を流す。
政権争いではなく、王族であることを含めた一個人として元婚約者を見ていた、それは当たり障りの無い良い答えだと思ったのだが、どうやら地雷だったらしい。
フランクだけでは無く、ルーズベルトも先程の時より渋い顔をしていたため、クラリスは自分が空気を読めない発言をしてしまったことにやっと気づいた。
「なーんて、ご迷惑でしたよね?殿下には殿下をお支えしてくださるパートナーがもういらっしゃるのですから。殿下とマーガレット様はお似合いでございますわ。それでは邪魔者はこれで失礼致します。」
クラリスは自分の失態をカバーすべく、最後にルーズベルトとマーガレットを持ち上げて礼を取った。
「頭の足りぬお二人が迷惑千万なので失礼します。頭と尻が軽い同士お似合いですよ。それではさようなら。」
すかさずフランクもクラリスの言葉をもじりながら、同じく一礼する。
「本当に失礼ね!意地悪!」
くるりと踵を返した去り際、数歩歩いた後にクラリスはフランクの腕をビシバシ叩きながら抗議した。
「意地悪が好きだからね。」
フランクはそれまでの笑みとは違う、張り詰めた雰囲気を緩めるような笑みをクラリスに向けているが、クラリスはそれが自分にだけ許されているものだとは知らない。
「意地悪ばかりだと好きな子にフラれちゃうわよ?」
「大丈夫。誰かさんと違って入念に準備してあるから。」
「怖っ!貴方に好かれた女の子は可哀想ね。」
「そんなことないよ。多分誰よりも幸せにする。」
「本当かしら?」
一見、騒がしく口喧嘩しているようにも見えるが、仲良く戯れているように去っていくクラリスとフランクをルーズベルトとマーガレットは呆然としながら見ていた。
あれだけキツく抱かれていたマーガレットの肩にはもうルーズベルトの手はなく、二人は少し距離を置いて棒立ちしている。
テンポの良いクラリスとフランクの会話に二人して言葉を発することも出来ず、婚約破棄宣言と二人の愛の宣言はただ精神を削るだけのものとなってしまった。
ふと気がつけば、周りの視線に二人の仲は気まずくなり、唇を噛み締めている。
無言のまま去って行った二人は道を分かち、ルーズベルトは辺境の地へ、マーガレットは裕福な庶民の家に嫁いで行ってしまった。
「どうしてこうも真実の愛は上手くいかないものなのかしら?」
クラリスがポツリと独り言をつぶやく。
ロマンス本愛読者であるクラリスは、自分を振ってまで愛を誓い合ったルーズベルトとマーガレットの離別に少しばかりか落ち込んでいた。
「ならば自分で叶えてみては?」
フランクは今日もクラリスのそばにいる。
自由気ままで誰にもかしずかないその性格と、少しつり目で明るいヘーゼルの瞳も相まってまるで猫のようだとクラリスは思う。
そして、フランクは猫のようにいつのまにかクラリスの屋敷に潜り込む。
「私は…恋を知らないもの。」
クラリスは諦めたように遠くを見つめた。
彼女は自分の公爵令嬢としての務めを知っていたし、わきまえている。
それにそういったものを投げ出せるほどの恋も知らない。
だからこそ、ルーズベルトとマーガレットの恋は少し眩しく思えたし、ルーズベルトにときめかない少しの罪悪感とともに、擁護に回ったのだとクラリスは自分の婚約破棄を見つめなおしていた。
「では、政略結婚の相手と恋をすれば良い。」
「それができたら、苦労はしなかったわ。」
クラリスがプイッと横を向く時に、横目で不機嫌なフランクの表情が見えた気がするが、クラリスは触らないでいることにした。
「あ、そう言えばルーズベルト元王子から手紙が来ていたよ。」
フランクからそう言われて、クラリスはフランクの方を向くと何を考えているかは分からないがいつもの笑顔になっていて、少しホッとする。
「ルーズベルト、公爵様、ね!」
クラリスはフランクの言葉を訂正して、手に持っていた手紙を受け取った。
クラリスは手紙を開けて中の便箋をちらりと見ると、封筒を裏返して宛名を確認する。
「どうやら宛先を間違えていらっしゃるみたい。」
クラリスは困った表情でフランクを見つめた。
「ん?どれどれ?…親愛なる君へ…目が醒めるたびに君がいない寂しさに胸が張り裂けそうになる。君は雨のように絶え間無く愛を注いでくれていたのに、僕は何故気づかなかったのだろう。心の中ではもう愛は芽生えていたんだ。もう多くは望まない。君さえいればいい。待っている。独り寂しい僕を救えるのは君だけだ…って。」
クラリスから手紙を差し出されたフランクがルーズベルトの手紙を読み上げる。
「ね?違うでしょう?」
クラリスは人の恋文を他人に見せることには抵抗があったが、確認の為にもフランクに手渡した。
読み終わったフランクはクラリスの言葉に反応することなく、みぞおちに手を当て、下を向いたまま震えていた。
「…これは本当に…良い…素晴らしい、文章だね。本当に感動したよ!ぜひ、戯曲にしよう!もうダメ!居ても立っても居られないから、すぐに吟遊詩人探してくる!」
フランクはとても生き生きした目をして部屋を飛び出して行く。
そんなフランクが目を輝かせているところをクラリスは十数年間一緒にいて二、三度しか見たことがない。
きっとルーズベルトの手紙に感動したのだと、自分を納得させてクラリスは返事を書く為に机に向かった。
「お手紙、宛先をお間違えしておりましたので、訂正してマーガレット様に転送させていただきます。フランクにも確認の為に見せたところ、公爵様の文章をいたく気に入ってしまい、戯曲にすることとなりました。我が幼馴染が勝手なことをとは思いますが、素晴らしい詩なのできっと素晴らしい戯曲になると思います。公爵様とマーガレット様の愛が実りますよう、二人して応援しています…と。」
クラリスは便箋にスラスラと返事を書いて封筒に入れ、ルーズベルトの手紙も新しい封筒に入れた。
メイドに二つの手紙を託し、クラリスは清々しい気分になった。
この気分のままお気に入りの庭でお茶でもしようとしていると、ふと、フランクの戯曲をお茶会で披露するもいいなと思い付く。
どうせフランクは直ぐにまたやってくるだろう、その時に話してみよう。
妃教育から解放されて自由を謳歌しているクラリスは、とりあえずのんびりとお茶を楽しむことにした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
思わぬ反響に感謝の気持ちでいっぱいです。
そして図々しくも続編を書くことにしました。
連載ではなく、短編、恋愛要素多めで蛇足かもしれませんが、読んでいただけたら嬉しいです。
続編「ギアを上げて煽る子息とやっぱり地雷を踏む令嬢(仮)」が完成するまでもうしばらくお待ちください。