いあれい前日譚~BOARD CLUBの四人~
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「田所さん、リボンが緩んでいるわよ。ちゃんと締めて」
「えぇ……。だって、校内は暖房が強すぎて暑いんだもん」
「言い訳しない。点数つけるわよ」
「うっ……それは勘弁してくだひゃいっ。ちゃんと締めますっ!」
「それでいいわ。……それと八十さん。昨日駅前でキスしていた男性は誰? 先生に報告しておいたわ。この学校で不純異性交遊が許されると思っているの?」
「あ、あれはお兄ちゃ……」
「それは嘘だとしても真実だとしても問題」
「う、うううぅぅぅっ………………!」
わたしの名前は、黒馬美兎。私立の中高一貫校、星花女子学園の中等部に通う三年生。趣味は陶芸、得意科目は数学、所属は風紀委員。黒ぶち眼鏡に黒髪の三つ編みが自分なりの特徴。
そして。
好きな人は。
「千風ちゃんは今日もカワイイねぇー! 今夜アタシとどうよ?」
「もぉ~、こんなドブスで醜悪でブサイクな私なんかよりもっといい子がいるのに~」
「でも、まんざらでもないって顔、してるよね?」
「えっ……」
「ナンバーワンじゃなくてもいい。千風ちゃんは元々特別なオンリーワぁたたたたたたたたたたたたぁっ!!」
「不純同性交遊は禁止だ」
「耳がぁっ! 耳が引きちぎれるぅっ!」
「引きちぎれてしまえばいい。チッ……行くぞ、安寧」
「ま、待って! 最後に一言だけ! 千風ちゃん! い、いつだって千風ちゃんはアタシの心の空を吹き渡っているぅぁアアアアアッ!」
「校内の風紀を乱すな。あと五月蝿い。お前の空なんか、愛で落ちてしまえばいい」
「ショック!」
わたしと同い年で、全ての教科が不得意科目で、フェンシング部員で、女の子を引っかけるのが趣味で、わたしの友達の、剣咲安寧。
……本当に、どうしてこんなふしだらな人を好きになってしまったのだろう。
◆
星花女子学園の、旧校舎。今は使われていないとある教室では二人の友達、平菱イアナと愛粕茉胡里がトランプに興じていた。
「お、二人とも集まってるな。ババ抜きやってんの?」
「ええ」
「今、イアナとやってるよ。次はみんなでやろうよ」
「おーやろやろー」
「ああ」
自分で言うのはなんだか恥ずかしいが、わたし達四人は、同い年のいわゆる「仲良しグループ」。こうして昼休みに集まり、昼食を食べながらトランプで遊ぶのが日課なのだ。
「今日の社会の抜き打ち小テストほんとに辛かったよー」
「え? そんなのあったっけ?」
「きっと茉胡里のクラスだけだったんだろ。それくらい察しろ。チッ」
「また舌打ちかよー。アタシ達といるときだけ口が悪くなるのやめろよー」
「チッ。これが素なんだよ。こっちの方が、自分を出せる。お前達と一緒の時くらい、わたしはわたしでありたい」
「口調の荒い風紀委員だなー」
「でも、舌打ちをしない美兎は、美兎じゃない気がする」
「私もそう思うわ、うふふ」
「……ま、美兎らしいっちゃらしいか。……っと、電話だ。イアナ、手札配っといて」
「みんなを待たせないようにね」
「わかってるって。……もしもしリオちゃん? あーオッケーオッケー、今夜八時ね。……え? ニノっち? んーなんか最近他の人達のことで忙しいっぽい。……うんうん、ウチで待ってるよ。明日は子猫ちゃんいっぱい集めてパーティーだから……今夜は、二人だけの前夜祭。一緒に楽しもっか? じゃーねー」
「安寧、電話終わったー?」
「うし、もうバッチリだ茉胡里。みんなも、待たせてごめん。んじゃ、始めようか」
「……安寧、お前また愛人作ったのか。知らん名前だったぞ。この尻軽め。チッ」
「愛人じゃない。オトモダチ」
安寧はそう宣って、ニヤついて見せた。
「友達が多くて賑やかなのは良いことね」
「えー? イアナ、それ『賑やか』でまとめていいのかな」
「いや駄目だろ。安寧も、不純同性交遊はやめろと何度も言ったはずだ。まさかまだ自宅に連れ込んで、朝を迎えるなんとやら的なことをしているんじゃないだろうな?」
「怖い顔すんなよー美兎ー。……まあ、エ(自主規制)チは生物に与えられた最上のご褒美だし?」
「ご褒美じゃねぇただの生殖行為だ」
「生殖行為なら異性間でしかできない仕組みになってるはずだろ? そうなってないってことは、女同士のエ(自主規制)チは神様公認ってことで」
「むしろお前が女としかしてないんだろ。レズか」
「別にレズじゃないけど、女同士なら妊娠する心配が無いからやりたい放題だし」
「悪いさっきの尻軽発言は訂正する。お前はただのビ(自主規制)チだ」
「ん? なんだって? 浜辺?」
「誤魔化すなこのバカ。……チッ」
こんな奴、好きになるんじゃなかった。
◆
「……なんなんだ、改まって」
それから数週間後の、二月のとある土曜日の夕方。わたしは剣咲家の前へ着替え等を詰めた少し大きめのリュックを持参してやって来ていた。きっかけは……そう。今この手に握っている手紙によって招かれたためだ。
黒いインターホンを鳴らすと、よく聞き慣れた「はーい」という声が聞こえた後にこれまたよく見慣れた初老の女性が扉を開けてきた。安寧の母親だ。
「……こんばんは、おばさん」
「よく来てくれたわね、美兎ちゃん。さ、入って」
安寧の母親に手招きされ、入り慣れた玄関とその先の廊下へと歩を進める。
「どうしたんですか? 『お泊まりグッズを持参の上、剣咲家へ』って」
「実はね、今……『安寧ゆりゆりキャンペーン中』なのよ」
「……はい?」
謎のキャンペーン名だ。何度反芻しても意味が分からない。三階へ続く螺旋階段を上りながら、わたしは脳内にハテナマークを浮かべていた。
「……あの、それはいったいどういう…………?」
堪らず、わたしは質問した。
「ほら、安寧って色んなチシキを身につけているじゃない? 主に私達夫婦の仲が良すぎるせいで」
「そうですね」
後半の一文はスルーすることにした。
「だから安寧、そっちの方面の技術に長けちゃって今じゃ何人もの女の子を毎晩取っ替え引っ替え。お盛んな娘に親としては、嬉しい限りだわ」
「おかげで毎日校内の風紀を乱しまくっています」
「聞こえなーい聞こえなーい。……でも、私思っちゃったのよね。もうすぐ高校生になるのに、このままでいいのかしらって」
「懸命な判断だと思います」
「そこで、今まで仲良くしてきた女の子を呼んで、一人一晩ずつ過ごしてもらって、最も安寧が『相性が良い』って思った子と正式に付き合ってもらおうってことになったのよ。今夜は、美兎ちゃんの番よ」
「……あ、やめさせるとかじゃないんですね」
「声が怖いわよ美兎ちゃん。そんなに安寧と別の子が付き合うのが恐ろしいの?」
「……っ! 知っててそんな言い方するなんて、嫌がらせですかっ!」
「私は美兎ちゃんが落選するなんて一言も言ってないわよ? ……ほら、愛しのエr…………安寧がこの扉の向こうでお待ちかねよ」
イラつく……というより困惑した頭を抑えながら、誘導されるままにわたしは安寧の部屋の扉を開いた。
「ふっ、よく来たね、子猫ちゃん。今夜はアタシと、最高の夜を…………っと、今日は美兎か」
純白のバスローブに身を包み、バッチリ決めにかかったのであろう片想いの相手が、開口一番に口説いてきた。「気合い十分、やる気満々」と顔に書いてある。もちろん比喩だ。
「悪かったな、可愛らしい子猫ちゃんじゃなくて」
「美兎だって、可愛いぜ。今すぐ友達の垣根を越えたいくらい」
「知らん。チッ。……なんだってお前の両親は、急にあんな事を」
「なーんか思いつきで始めたらしい」
「思いつき……あの年中ラブラブぽわぽわ夫婦ならやりかねない」
「すげー住職」
「は? …………それを言うなら『修飾』だ」
「そうそれそれ。まあ、座んなよ」
「お前の隣に座れと?」
「何故に拒否るし」
当然だ。安寧が腰掛けているのは自身のダブルベッド。確か、彼女が小学四年生の頃にアレの日を迎えた記念として件の両親に買い与えられた物だ。なんて教育をしているんだ、あの両親は。
そのうえ、彼女が「座んなよ」と言ってポンポンと軽く叩いたのは、彼女のすぐ隣。二人仲良くダブルベッドに座れと? わたしとしてはとても困る。彼女にその気があるのか無いのか…………いや、十中八九あるのだろうが。……とにかく、そんなピンク色の思考を持つ人間の隣においそれと座る訳がない。わたしは他の「子猫ちゃん」達とは違う。確固たる理性を持って、奴に挑む。
「お前みたいなやらしいことしか考えていない奴の隣になんか、怖くて座れない」
「いっつもトランプしてる時は隣に座ってるのに?」
「それとこれとは状況が違う」
そうキッパリと断り、わたしは彼女の学習机の椅子に腰掛けた。
「つれないなー。……女同士、その辺も仲良くやろうぜ。みんなで小説家に……じゃなくて家族になろう……的な」
「……『家族になろう』か。声の渋い歌手とか、質の悪い強(自主規制)魔とかが言いそうな台詞だな。…………待て。トランプといえば、まさかイアナと茉胡里も招かれていたのか?」
「もちのろん」
「……チッ。友達の風上にもおけないな。流石に怒るぞ。特にイアナには恋人が……」
「はーやん先輩だろ? 知ってる。だから呼んだには呼んだけど、二人には手を出してない。楽しくお泊まり会をしただけ」
「……少し、見直した」
「お、好感度上昇?」
「少しだけ、本当に微々たるものだ。……チッ」
「……美兎」
「なんだよ」
「……本当に隣に座ってくれないのか?」
「……ああ。なにをされるかわかったもんじゃない。わたしは、お前の子猫ちゃん達ほど軽くない」
「……そっか」
「……けど、向かい合わせなら座ってやっていい」
「ホントか!?」
「ああ。だってわたし達は………………」
…………「友達」だろ。
◆
今ある環境、既に形成されきった関係を変えるのは、簡単なことじゃない。少なくともわたしは、今の関係を壊したくない。どうせ叶わない恋なら……わたしは、安寧と、そして皆と、親友のままでいたい。三人は、どう思っているか分からないが。
でも、わたしは……。
ずっと、ずっと、この四人で。
◆
現実は、残酷だった。
わたし達四人の関係が壊れたのは、思っていたよりもずっと早かったのだ。
「……でさ、その下着売り場にいた……多分女子大生くらいの女の人がめっっちゃくちゃ綺麗でさー、ソッコーで口説いて、連絡先交換したワケよ」
「チッ。お前年齢も知らないまま知り合ったのかよ。最低だな。このカス」
「美兎、お酒のカスは美味しいんだよ?」
「茉胡里、そういうこと言ってんじゎねぇよ。変なところで酒屋の娘の血が騒いじゃったのかよ」
「交遊関係が広いのは良いことね。うふふ」
「イアナ、気にするところ違うぞ」
「いやー良い柔らかさだった!」
「安定の手の早さだなおい」
「その俗物達から離れなさい、イアナ」
言葉の内容からして明らかにわたし達三人を侮辱している発言に、四人全員が一人の人間へ目線をやった。
黒いリムジン。その後部ドアの下から地面を這うレッドカーペット。そこに佇むは、いくつものけばけばしいアクセサリーを身に付けた女性……イアナの母親、平菱登和子。
「聞こえなかったのイアナ。早く車に乗りなさい」
イアナの迎えがリムジンでやってくるのはいつものことだ。いつもと決定的に違うのは、母親がついてきていること。そして、イアナの顔から笑顔が消えたこと。
「お、お母様、今日はいったいどうして……」
「わかっていたことでしょう? これからあなたのウエディングドレスを見に行くの。さあ、来なさい、イアナ」
「……」
イアナの異常なまでの緊張を感じ取ったのか、安寧が彼女に聞いた。
「な、なあ、なんの話をしてるんだ? ウエディングドレスとか」
「私が教えて上げましょう。来週の四月二日は、イアナの十六歳の誕生日。その日イアナは結婚し、妻となり、そして……母親への第一歩を踏み出すの」
「「は、母親!?」」
衝撃の電撃スケジュールに驚いた安寧と茉胡里の声が、見事にハモった。
「お母様、それは検討中と言っていたのでは……」
「そんなこと、言ったかしら? 録音はしていたの?」
「それは……」
「イアナは思い込みが激しい子ね。嫌いよ、そういうところ」
「十六歳で結婚て……いやまあ出来るけど、それには了承が必要じゃ…………」
「了承を出す権限は親である私にあるわよ」
「いや、そうだけどさ……。そう! イアナの気持ちはどうなんだよ!」
「……です……。…………………………嫌です……。お母様、どうかお許しを……」
「……分かってないわね。これもイアナ。全てあなたのためなのよ」
「私の……?」
「そうよ。私は親として、悪影響のある不必要なモノを絶ってあげているの。子どもの事を想っていない親なんて存在しないわ。現に……こうやって余計な交遊関係を剪定しにきてあげているんだもの」
「おうおうおう! そいつぁ聞き捨てならねぇぜ! ウチらの関係が余計だぁ? 寝惚けたことを言うんじゃねぇこのスットコドッコイ!」
あまりにも横柄なイアナ母に対して、とうとう茉胡里がキレた。茉胡里は極度に興奮したり怒った際になんちゃって江戸っ子風口調になる。もっとも、茉胡里本人はもちろんのこと、彼女の両親も江戸っ子ではないのだが。
「余計よ。悪質な俗物ばかりじゃない」
そう言ってのけると、イアナ母は茉胡里、安寧、わたしの順に指差していった。
「知ってるのよ? 昔売り物のお酒を飲んでから味をしめてしまったってこと。このアル中」
「うっ…………」
「あなたは数々の人間と関係を持っているそうね。この淫乱」
「そんなハッキリ言わんでも……」
「…………風紀委員」
「いや美兎だけ雑じゃね!?」
「誰一人として、イアナの友人にふさわしい人間はいなかったわ。……いえ、そもそもイアナに友人なんていらないの。イアナは私の所有物なんだから。……あなた達みたいな反社会勢力まっしぐらの人間に私達を止めることは不可能よ。……イアナを車に乗せなさい」
「い、いや! やめてくださいお母様! お母様! いやぁっ!」
「「「イアナ!」」」
「みんな、私は、もっとみんなと、遊び…………」
わたし達三人は手を伸ばし、必死に抵抗した。けれどそれも虚しく、大勢のメイド達に無理矢理引き剥がされ、わたし達の大切な友達のイアナは……連れていかれた。
半ば誘拐といっても、過言ではなかった。
一介の女子中学生のわたし達に、この事態を止める術は無かったのだった。