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北海道漂流記  作者: 雅
1/1

初期・・・

馬鹿な男の馬鹿な行動が・・・まさかの・・・

流氷の流れる海を漂う存在。実際には巻貝の一種だが殻はない。幼生から成長するにつれて殻を脱いでいく。人間からすればかわいい存在としか見えていないようだが、人間がちょうどいいと感じる温度に放置されれば数分後に命が消える。そんな小さい存在だが、捕獲が困難である。

「ちくしょー・・・どこにいやがるんだよ。」

東京から北海道までただ見たい、追い求めたいというだけで、何一つ手掛かりをくれるものもなく、ただ「白い浮遊生物」という情報だけを頼りにここまで来た馬鹿な青年、風春である。

「どうやって持って帰るか。そんなことは後で考えればいい!」

ふざけた独り言を言いつつも、彼には目的があった。

「ただ一目で良い。妖精をこの目で見たい。」

だが、流氷の海を見ているが全く見当たらない。

「なにをやっているんだね?こんな寒いところで。」

ただ茫然と眺めているわけではなかったはずなのだが、全く気配すら感じなかった。

「そこの家に住んでるものでね。あんたの姿が見えたんだが・・・大丈夫かい?」

そのおばあさんの顔はまさに梅干しと表現できるほどの皺だらけだった。が、肌は白く背筋もピンとしていた。

「あんたも悲しみに耐えられなくなったのかい?」

何を言っているのかと聞くと、自殺スポットだと言われてしまった。

「で?あんたはそう言うわけでもないと・・・」

その通りなのだが、自殺をするつもりで来たのではない。

「流氷の妖精ってどこにいますかね?」

おばあさんに聞くと、もう少し寒いところに行かなければいないと言われてしまった。

「あー。行くんならこれ持ってき。」

そう言って小さいざると透明な容器をくれた。

「ありがとうございます・・・」

礼を言うとおばあさんはドアを開けて手招きをしていた。

「なんでしょうか?」

少々疑問は残るが、一応上がらせてもらった。

「ご飯食べた?」

言われた途端に現金なもので何も食べていないことを思い出し、腹が減ってきた。

「一人で食べるのも寂しいからねー。ほらほら。早く座って。」

そう言われてはと座ると腹が鳴った。

「お腹は正直。あっはっは。」

おばあさんの高笑いでなぜか安心し、ほっこりとした空気が流れた。

「鍋だけどいいかい?男なんだからたっぷり食べられるでしょ?」

普通ですと言いたかったが、おばあさんは楽しそうに料理をしていた。

「出たものは全部食べる・・・」

だが、ここに来てからというもの流氷の妖精のことを時々忘れるくらいになっていた。

「もっと北に行かないといませんかね?」

料理を手伝うと言って、台所に立ってみると小さい箱の上にいろいろと置いてあった。

「私の息子も東京に行きたいって言ってね。でもかなわなかったよ。」

東京に行きたかったとは言っても、舟が沈没することもある。それなのに、なぜみんなしていきたがるのだろうか。あんなほとんどの人がすりの目をしたようなところに・・・

「まあ・・・むなしい話はここまでだね。さぁ、どんどん作らないとね。」

おばあさんは手を素早く動かしてどんどん鍋に食材を入れていった。

「鮭がこんな鮮やかな色で・・・」

今までに見たことがないくらいのオレンジ色だった。

「東京ではどんななんだい?」

おばあさんに聞いてばかりでは悪いので「塩漬けにされていてこんな鮮やかではないと答えた。」

そうかそうかという感じにうなずいた後に、七輪と炭を出してきた。

「何をやってるんです?」

よくわからないまま、おばあさんの言う通りにしていると、鮭を乾かしたものを出してくれた。

「とばっていうんだけどね?」

炙りながらいいにおいが漂っているのをじっと我慢していると、しょうゆを皿に入れてくれた。

「つけて食べたみな?」

言われるがままつけて食べると、香ばしい川の香りがした。何を言っているのだと言われるかもしれないが、実際に言葉で表現しろと言われればそうなるのだ。

「おいしいと思ってるか思ってないかなんて顔みりゃ一発でわかるものね。」

何を言っているのかと冷静になって考えてみると、恥ずかしくなってきた。

「あっはっは。いいのいいの。遠慮しないでどんどん食べな。」

おばあさんの言う通り、食べつつ話していて、ここに来る人達の大半が自分と同じ理由で来たは良いが、絶望する結果に終わり、海に消えていくのだそうだ。

「こんな辺鄙なところだからちょうど良いのかもしれないわね~。」

鮭とばをもぐもぐと噛みながらゆっくりと話すおばあさんを見ていてそのような人たちを見送ってきたからこそこのような性格になったのかと考えてみていた。

「この時期は少ないんだけどね~。もう少し経つと危なっかしいのよ。」

何がと聞こうとして目に映ったのは獣の毛皮だった。

「まさか・・・」

恐ろしくなってきたが、さあ帰ろうという気には到底ならない。なにせそう簡単に帰れるところではない。ここまで来るのに舟が転覆し、何とか岸にたどり着いたは良いが極寒の中ここまで来たのである。

「まあ、この時期は少ないから。うん。」

そう言われても怖さに変わりはない。熊か猪か。なにかはわからないが、そんなのがいるところを通って行かなくては行けない。そこまでして得られるものとはいったい何なのか。

「まー・・・感激する人はするかもね・・・」

流氷の中を漂うらしいがそんなものをだれが欲しがるのかと不思議に思うくらいである。舟を壊されてまでここまで来た自分はどうかと聞かれれば何も言えないが、ここに来たのはただ一攫千金狙いのためだけではない。

「まあ・・・ゆっくり休んで行ってきな。」

そう言われたのちに、鍋を平らげ布団を借りた。

「私も寝るとしようかね。」

その言葉を聞いた途端、睡魔が襲ってきた。

何時間経ったのかはわからないが、いい匂いがしてきて目が覚めた。

「起きたかい?ゆっくり寝てたみたいだから起こさないで置いたんだけどね?」

体を起こすと、布団の上に猫が丸まっていた。

「この猫は・・・?」

起こさないようゆっくりと布団を出て、聞いてみた。

「あー・・・ただの野良なんだけどね。」

そう言って猫のほうを見るおばあさんは夜に話しかけてくれた時と同じ目をしていた。

「この間から居つくようになっちゃってね?」

困ったように言いつつも、楽しそうな顔をしていた。

「湯たんぽ代わりにちょうどいいのよ。」

言葉がわかったのかどうかは不明だが、聞いた瞬間に耳をぴくぴくさせて一目散に走っていた。

「あの辺を超えていけば楽だと思うよ?」

峠ともいえないようなところを指さしながら、教えてくれたのでそこに行こうと考えていた。

「ほら。これ持ってき。」

そう言って大きめの袋にいろいろと入れて何かを持たせてくれた。

「なんかあったら開けな。」

その何かがいつ起こるかわからないが、言われた通り何かない限り開けないようにしようとメモをしておいた。

歩き出してからも、何度か声をかけてくれたので帰り際にまた会いに来ようと何かしら覚えておける印をいくつかメモしておいた。

海が見えてくるにつれて寒さが増してきた。

「こんなとこに何か用があんのかい?」

地元の学生のような雰囲気の少年が銛を肩に乗せていかにもこれから量をしに行くという格好をして立っていた。

「流氷の妖精って知ってるかい?」

聞いてみると、真っ先に帰ったほうがいいと言われた。

「こやばあの許可がないとダメなんだ。」

こやばあというのがだれだかわからないまま、何の成果もなく帰るわけにはいかない。

「これは?」

おばあさんから貰った袋をそのまま渡すと、驚かれた。

「あんた馬鹿?こんなにいっぱい入ってるのをやすやす渡してんじゃないわよ。」

ため息交じりに怒られたので反応しにくかった。

「この辺の人たちはあんたが考えてるよりも足が速いのよ?」

それで推測するに、持ち逃げをされるということなのだろう。

「これかな?」

がさがさと漁った後、手のひらくらいの板を出して確認していた。

「こやばあに会ったんだね・・・」

古屋にいるおばあさんだからこやばあなのかという推測をしてみた。

「これから魚を捕りに行くんだけどついてくる?」

どんなやり方かと言われれば銛で突くだけだろうが、自分でもいろいろと道具はいくつか用意してきたので連れていってもらうことにした。

「ちょうどこの時間は潮が引くんだ。」

歩きながら話していて、彼は一人小屋で暮らしていると知った。

「空き小屋が近くにごろごろしてるからそこに泊まるといいよ。何ならここに住めば新鮮な魚食い放題。」

確かに来ました取れましたとはいかないだろう。お言葉に甘えさせてもらうというと笑顔を向けてくれた。

「結構難しいと思ってる人が多いのよねー。」

銛で突くのは難しいと分かっているのだが実際に見てみると楽そうにやっているのもだ。

「ここには潮が引くときに残された魚がたっぷりいるんだ。」

楽しそうに話している彼を見ていると自分まで楽しく思えてきた。

「小屋に台所もあるからどんどんとっていきな。」

言われた通り銛で狙っても無理なので手掴みで捕ろうとしてみるとすいすいと逃げられてしまった。

「そりゃ無理だよ。」

ちょこちょこ捕っていた彼にケラケラと笑われてしまった。

「こやばあの武器使ってみれば?」

こやばあの武器ってなんだと言いたくなったが、袋の中に何か入っているのかと見てみると結構いろいろと入れてくれてあった。

「タモで捕れば楽だよー。」

タモが何なのかすらわからないのにタモと言われてもといったが、笑われて終わってしまった。

「楽・・楽?」

楽な道具と考えれば網が一番楽である。

「掬えるのか?」

彼のほうを見るとひょいひょいと捕っている手元を見ると、虫取り網を小さくしたような網をもっていた。

「捕れることは確かなんだな・・・」

狙いを定めて掬ってみたがすいすいと逃げられてしまった。

「横じゃなくて後ろ狙ってみな。」

後ろからやってみると何とか掬うことができた。

「結構難しいのな。」

ケラケラと笑いながら近寄ってきた彼はひょいと捕って渡してくれた。

「ほら。一匹くらいいないと張り合いがないでしょ?」

黄色い地に黒っぽい線の入った魚を捕ってくれ、もっと捕りやすいところがあると連れて行ってくれた。

「ここなら浅いし・・・ね?」

ここで捕れなければまずいぞという顔をされてしまうほどなのかと絶望しかけたが、慣れればいいだけの話である。

「結構筋はいいよね。」

隣でしゃがんでニコニコ見ていた彼は子供のようにはしゃいでいた。

「そういえば学校は?」

多分どこかの生徒なのだろうと聞いてみると意外な答えが返ってきた。

「学校?ここだけど?」

まさかの答えで何も言えなかったが、冷静に考えてみれば山と海のはざまのようなこの地に学校というものがあるはずもなかった。

「まあ、もとはあったらしいんだけどね。ここに。」

そういう意味でここといったのかと思ったが一応両方の意味で言ったのだろうと理解しておいた。

「そういえば・・・名前なんだっけ?」

いきなり聞かれてずっこけかけたが、何とか持ちこたえた。

「風春って呼んでくれ。」

そう言って手を出すとキョトンとされた。

「ん?」

質問したそうな顔をしていてので、首をかしげると「握手?」と聞いてきた。

「そうだけど・・・」

そういうと、さらにキョトンとされた。

「私まだ名乗ってない。」

確かにその通りなのだが、これも文化的なものの違いなのだろうか。

「悠香って呼んでくれていいよ。」

女の子みたいな名前だと言いそうになったが黙っておいた。

「よろしく。」

ここでやっと握手をしてくれた。

「風春は魚食ったことある?」

こやばあと呼ばれている人のところで食べさせてもらう以前は塩漬けしか食べたことがない。

「まったく。」

そう答えると、ニヤッとされた。

「ってことはさばいたこともないんだ。」

その通りだが、さばき方は多分わかるはずである。

「はらわた出して煮つけとかにすれば・・・」

言っておいてなんだが、煮つけの調味料すら買っていないし、買う場所すら知らない。

「多分こやばあがいい所確保してやっといてくれると思うよ?」

心が読めるのかと言いたくなるくらいさらっと言われたので、どっと安心感が襲ってきた。

「買う場所はあとで教えるとしてー・・・」

指折りにこれからやることを確認していたがいきなり顔をこわばらせてこちらを向いた。

「一応言っとくね。黒い岩にはなるべく近づかないほうがいいよ?」

黒い岩って何だと言いたいが多分見ればわかるだろうということで覚えておくと答えておいた。

「もうすぐ暗くなるからもうちょい捕って帰ろっか。」

悠香に言われて我に返ったが、晩御飯が魚一匹しかない。これではまずいと魚を追って掬ってみるとすんなりと掬えた。

「おいしそー・・・」

隣で悠香がぼそっといったので食べる?とわたすと、半分だけもらうと言ってきた。

真っ二つにして持っていくのかと思ったら、そのままポンと入れてくれた。

「そこの貝も。ほら。」

ほらと言われたがどう捕るのかすらわからないのでやって見せてくれというと手ですいすいつかんでいた。

「早いもんだな。」

サザエのようだが殻が少しだけ細い貝をころころと袋につめていた。

「焼いてもよし。煮てもよし。すごいおいしいのよ。」

貝類は焼けば大概うまいものだろうと思っていたが、そうでもないらしい。

「サザエ?」

大体の飲み屋・居酒屋においてあるらしいが、こちらに来てからほとんど動いていないせいだろうが全く見ていない。

「お酒飲めるの?」

飲めないわけではないが眠くなるので飲まないだけである。

「飲めないわけじゃない。」

それを聞いてうなずいてから買いを半分くらい分けてくれた。

「やっぱりガスより炭よねー。」

そんなことを言いながら小屋まで案内してくれた。空いてるところを覚えていないのかカチャカチャと扉を開けて中を確認していた。

「こやばあ。居たんだー。」

悠香が楽しそうになったことがわかるくらいの声だった。

「坊やはいるのかい?」

扉のところで待っているとこやばあと呼ばれている海沿いの古屋にいたおばあさんと同じ声がした。

「うん。ほら入って入って。」

手を引かれるがままに入ると、中は外装から考えるより広かった。

「これが今日の釣果ですよー。」

そこまでの量ではないと思うのだが、いつもよりは多いのだろう。

「あらあら。こりゃこりゃ。」

驚きを表す言葉を何度か繰り返してから、アイスピックのようなものを渡してくれた。

「それを一旦置いといて、炭をおこすかね。」

ゆっくりと立ち上がって腰をポンポンと叩いてから歩き出した。

「私も行くー。・・・その前に捌かないとか。」

包丁を出して、まな板の上に問た魚を置いてカリカリと鱗を落としていた。

「手伝うよ。」

そう言って横に立つと、腹を開けた魚を渡された。

「内臓と血合を取ってくれると・・・」

内臓はわかるが、血合というのがどこなのか全く分からなかった。

「背骨のところに赤いのがあるでしょ?それの膜を破りながらカリカリ削ってもらえるかな?」

削ってみると赤いものが取れた。取っているうちにだんだんと楽しくなってきていた。

「取れやすい・・・」

赤いものをカリカリ取っているうちに時間を忘れて削ってしまっていた。

「もういいんじゃ・・・?」

そう言われるまでずっとカリカリこすっていたので、骨まで削っていたらしい。

「んで、胸鰭の後ろから斜めに包丁を入れる。」

すいすいと捌いているのを見ていると自分でもできそうな気がするのだが、実際にやってみるとそう簡単にはいかない。

「明日は釣りに行こうか。」

皿に盛った後、ドアを出て悲鳴のような叫びのような声が多数聞こえた。

「タカノハだ。タカノハが来たぞ!」

聞こえてくる「タカノハ」というのがなんなのかわからないが、今日としての対象なのだろうと考えて外に出た。

「今日は宴だ!お祭りだー。」

出た瞬間に喜びムードだったので開いた口がふさがらなかった。怖いものかとおもって出てきた覚悟を返せと言いたくなるほどの喜びようだった。

「何があったんだ?」

悠香がいたので聞いてみるとタカノハが釣れたらしいということを聞かされた。

「タカノハ・・・・?」

現地人ではない風春にとって何を喜んでいるのかわからない。

「高級魚か何かか?」

わらわらと野次馬のような人たちがいたが、近づくと全員こちらを向いて黙ってしまった。

「ハイハイ。こっちに注目。」

こやばあが先頭に立ってみんなの前で手招きをしたので、横に立った。

「えーと。彼が新しい住人になる風・・・なんだっけ?」

年のせいでボケているというわけでもないだろうと考えるに名前を覚えるのが苦手なのだろうと推測した。

「風春です。よろしくお願いします。」

自己紹介が終わった途端全員どこから持ってきたのかと言いたいほどの酒をもってきて乾杯していた。

「ごめんね。何かあるとすぐこれだから・・・」

ここの住人の楽しみは酒を飲み交わすことなのだろうと思ったが、酒を飲めば確実と言っていいほど起こるのがケンカ、いざこざである。

「ケンカが起きるんじゃ・・・」

悠香の近くに行って聞いてみると、「すぐ終わるから安心して」と言われたが、安心できるはずがない。

「あんたたち。ケンカするなら海に沈めるよ!?」

男たちの後ろから来た女性たちの声でケンカをしようとしていた全員が正座をしていた。

「ほら。終わったでしょ?」

隣にいた悠香も楽しそうに見ていた。

「あれが私のお母さん。」

そう言って指差した人を見ると、女性陣の先頭に立っている人だった。

「そういえば・・・タカノハって何だったんだ?」

今更のような質問が頭をよぎった。しかも、声に出ていたらしい。

「タカノハカレイっていう魚。幻の魚とも言われてる。」

幻の魚と言われれば腹が減る。

「まー・・・どうやって食べるかはみんな自由だけど・・・」

悠香がいつの間にか前にいて、袋を持っていた。

「はい。これ。捌きかたはまた教えるね。」

そう言って背中をぐいぐいと押された。

「え?え?」

困惑しつつも歩くしかないので足を動かすとそのまま操縦されるがままに歩いていた。

「あー・・・表札つけとかないとだね・・・」

表札が付いていないと自分の家ですらわからなくなるらしい。

「難しいもんだね・・・」

独り言のようにつぶやくと、袋をグイっと渡された。

「はい。これを渡しとく。」

そう言って渡された袋の中にはカレイが3匹、カニ1杯と大きい魚が1匹入っていた。

「新人さんに渡してくれってさ。」

後ろを振り返ると、多分3倍ほど差があるであろう腕をみんなが振ってくれていた。

「ど・・・どーもー・・・」

よくわからない状態だが、いい人たちであるということだけはわかった。

「夜は一人で出かけないでね。危ないから。」

何がだろうと思っていると、遠くで狼の遠吠えが聞こえた。

「そりゃ危ないわ。」

「まずは~筆使ったことある?」

褒められた地ではないだろうが、筆で字を書いたことくらいはある。

「じゃーまずこれに名前を書いて・・・」

また一人の空間に入ってしまった悠香に声をかけても無駄そうなので黙ってみていた。

「一応名前書くか・・・」

渡された板に、「風春」と書いておいてから、小屋の中をぐるっと見回した。

「いろいろと悪いような・・・」

独り言としてつぶやいたのだが、いきなりうしろから首をホールドされた。

「あ・・・お母さん。」

なぜ悠香のお母さんに首を絞められているのか全く分からなくて混乱していた。

「ほーほー。結構筋肉あるんだねー。」

服の上からペタペタと体中触られていたが、されるがままになっていた。

「筋肉・・・へー。」

悠香も納得したようにうなずいていたが助けてはくれなかった。

「何か・・・あるんですか?」

なぜやられているのか全く分からず、一応聞いてみた。

「漁の手伝いができるかどうか。できないような筋肉なら全力で鍛えてあげるから。」

「鍛えてあげるから」と言われてもどうやられるのか不安になってきたが、問題はなさそうだった。

「今日のご飯は作るとして、煮つけは取っておく。」

体を観察されている間に悠香がほとんど終われせてくれていた。

「明日朝早いからねー。ゆっくり休んで頑張るんだよー。」

早いと言われてもどれくらいかと分からないときつい気がしたが問題なさそうだった。

「じゃーおやすみー」

悠香とお母さんが帰ったあとに一人で小屋に寝転がるととてつもなく広く感じた。

「今日はいろいろとありすぎた・・・」

いろいろと考えているといつの間にか寝てしまっていた。

「あれ?今・・・」

布団があるというのに畳で爆睡してしまっていた。

「ご飯・・・」

机に置いてあるご飯を見るとまだ暖かいのか湯気がたっていた。

「まだ暖かい・・・そんなに寝てないのか・・・」

頬をポリポリと掻いてからごはんに手を付け始めた。

「うまい・・・魚うまい。」

食べているうちにまただんだんと眠くなってきた

「片付け・・・するか・・・」

疲れ始めてはいたが、片付けることが苦と感じなかった。そしてだんだんとまぶたが重くなっていた。

「おはよう。」

悠香の声で目が覚めた時にはまだ、朝日が昇っていなかった。

「ん・・・?おはよう。」

寝ぼけ眼で悠香を見ると半そででいかにも運動しますといった服装だった。

「これに着替えてね。」

そう言って渡された服を着ると、悠香とおなじ服だった。

「よし。行こうか?」

何をしにどこへ行くのかすら知らないのにつれていかれるので行くべきなのかと心配になったが、悠香が連れて行くところならばいいやという感覚でついていった。

「これにのる。」

大きいとは言えないが、頑丈そうな船に乗せられて海に出た。

「これから何するか聞いてるかい?」

船長らしい人に聞かれたが何一つ聞いていないので首を横に振った。

「そりゃあ悪かった。これから漁をするんだ。」

漁をするだけを言われても困るのだが、現地でやって覚えるのが一番早いということで黙ってみていた。

「朝方に来るときは大体大型が出るんだ。」

悠香は楽しそうに話していたが大型とは何ぞと思ったので聞いてみた。

「おっきい魚。または・・・おっきい蛸とか。」

蛸を捕るのに朝からご苦労なことをするものだと海を眺めていると、地平線がだんだんと橙色になってきていた。

「この辺でいいか。」

船長が言うと同時くらいに乗っていた男たちが網を落としていた。

「これからまた揺れるし重くなるから気を付けてね?」

さっきまでの揺れに耐えていたのだから船酔いするということはないだろうと思っていたが、網を引いている時の船はグラグラと揺れていた。

「慣れれば平気になる。慣れるまでは吐いてもいいが海にしろよ?」

船長の冗談交じりの言葉に全員で笑っていて雰囲気が軽くなっているのとは逆にエンジン音はどんどん重くなってきていた。

「そろそろだな。よし。手伝ってくれ。」

「おすっ」

男性陣全員で網を引っ張ったが、とてつもなく重かった。

「重い・・・上がらない。」

数人で何とか引っ張っているのだが、全くびくともしない。

「動け・・・」

ぐいぐいと引っ張っているのだが、左右にぐいぐいと動かれてまったく上がってこない。

「1・2・3で引っ張るぞ。」

リーダーと呼ばれそうな人の言葉に全員で頷いて、しっかりと持った。

「せーの。」

掛け声とともに引っ張ったが重すぎて上がらない。

「こりゃムリだぜ。」

リーダーが言う通り歯が立たない。

「陸に持っていくか?」

船長が言う通り持って行ったとしてどうするんだと思いきや、全員でつかんだまま陸に向かっていた。

「多分無理だと思ったんだよ。」

さらっと言う船長に対して誰一人怒る気力なく苦笑いを浮かべていた。

「戻ってきたー。」

陸では女性陣がわちゃわちゃと待っていてくれた。

「引っ張るには足を踏ん張らないと。」

悠香の言う通りなのだが、陸に上がったからといってそうそう簡単になるわけではない。そう思っていた。

「よーし。いくぞー。」

船長がどこから持ってきたのか知らないが「大漁」と書かれた扇子を持っていた。

「はいせーの。」

綱引きのようにせーので引くのだが、船の上よりも楽すぎて驚くレベルだった。

「だらしない男たちだねー。」

お母さん方も後ろをもって引っ張ってくれた。

「でかい・・・?」

陸に上がっても網が左右に揺れていた。

「いつもより重いねー」

後ろのほうからいろいろと声が聞こえたが、ほとんど耳に入って来なかった。

「もういっちょ。」

悠香も踏ん張って歯ぎしりまでしていた。

「そこまでやるか・・・」

船長の真横にいたので聞こえたのだろうが、それでも驚くレベルの歯ぎしりだったらしい。

「歯を削るなよ~?」

そう言われても、力を入れるのに必死すぎて手の皮が少しずつ剥けていることにすら気が付いていなかった。

「でかすぎるんだよ・・・」

何とかずるずると引っ張れているのがだんだんと楽しくなっていた。

「はい。もう少し。」

やっと魚の姿が見えてきたあたりでばたばたと動き回る何かがあった。

「まさかの・・・?」

船長は真っ先に近づいて、しゃがみこんだ。

「すごいもんが入ったぞ。」

何とかすべて引き上げた後にみんなでわらわらと囲んでみていたが、何が何だかわからないくらい入っていた。

「タコがいるー。」

にゅるにゅると動いている気持ち悪い紫色に近いようなタコが網の中に入っていた。

「もらっていっていい?」

近くにいた男性陣に聞いて有無を言わせずにすいすいともらってきた悠香は満面の笑みを浮かべていた。

「おいしいはずー。タコだからー」

何匹かいたが、一番大きいものをさらっと持ってきていた。

「あんなに引く理由は何だったんだ?」

普通の魚しか目につかなかったのでまったく理由が分からなかった。

「気をつけろよ?危ないかもしれないから。」

船長が言った瞬間に全員が即刻数歩下がった。

「サメか?」

冗談で言ったつもりだったが、だれからも笑いが起きなかった。

「可能性は微レ存・・・」

悠香がぼそっとつぶやいたので自分で言ったはずなのに恐怖が襲ってきた。

「似たような奴かもな。」

何となく引き方でわかった男性数人はゆっくりと近づいた。

「灰色・・・大きい。」

どこから来たのか子供がしゃがみこんで指差していた。

「ん?」

同じくらいの目線にしゃがんでみると、確かに何か怖いくらいのものがぬるぬると動いていた。

「オオカミ?」

悠かも隣で見ていていきなり陸の動物を言い出したのでそんなわけないだろうと言いかけたが、ちらっと見えた目は獲物を狩るときの肉食獣のような目が見えた。

「オオカミって哺乳類だよな?」

海の中にいる哺乳類なんているのかと感心し始めていたところで悠香に後頭部を小突かれた。

「近づきすぎると噛まれるかもね。」

そんな魚がいるのかとみていると、一人の女性が鉈をもってきた。

「そんな危ないやつなのか・・・」

いろいろと話している間にオオカミと呼ばれていた灰色の魚が締められていた。

「なにこれ。」

しみじみと見てみると、結構な牙があり死んでいると分かっていても怖かった。

「顔が怖いのよねー。」

悠香はちょこちょこと動きまわっていたが、やがて戻ってきて、袖をぐいぐいと引っ張られた。

「でっかい!」

それだけで何かわかるようなら苦労しないのだがということを思っているうちにずるずると引っ張られていた。

「どこに連れて行くつもりだ・・・」

何となく嫌な予感がしたので聞いてみたが答えはなかった。

「おじさーん。舟借りますねー。取り分取っといてねー?」

そう言いつつ、また船に乗せられた。

「いってきまーす。」

さらっとエンジンをかけて海に乗り出したは良いが、これから何をするのか全く分からなかった。

「もう少しでつくから準備よろしくー。」

そう言われても何をするのかと聞くと、いきなり釣りをすると言われた。

「エサはどれ?」

聞くと、小さい水槽のようなものを指さされた。

「ん?これ?」

よくわからないまま開けるとそこにはミミズのようなものがにゅるにゅると大量にうごめいていた。

「それを小さく切ってつけといて。」

こんな気持ち悪いものを使うのかと逃げたくなったが、魚を食べたいのでやることにした。

「あー・・・気持ち悪い・・・」

触るだけでも、指に絡みついてきて気持ち悪い。

「それ魚にとってはごちそうみたい。」

自分が魚だとしたら絶対に食べたくないと思うような吐き気がするような見た目である。

「魚じゃなくてよかった・・・」

素でつぶやいてしまったが、一応魚が釣れるというのだから垂らしてみようとそのまま垂らしてみた。

「釣りって結構暇だけどね。」

確かに待ち時間が大半で暇である。

「なにが釣れるかねー」

いままで歩き回ってきたのでこうしてただ魚を待つというのも悪くないと思えていた。

「なんか来た!」

ぼーっとしている時に隣で大声を出されたので後ろにずっこけてしまった。

「な・・・なに?」

悠かはずっこけたことに驚き、風春は大声に驚きとお互いに驚かせているような微妙な感じだった。

「ごめん・・・で何があったの?」

風春は謝罪をしたうえで何が起こったのか聞いた。

「なんかが食いついた。」

それはいいのだが、全く上がらないらしい。

「でかすぎるし、重い・・・」

まさかそんな大物がいるのかと塵肺になってくるほど魚と悠香の駆け引きがすさまじいことになっていた。

「これどうすんの?」

そんなでかいやつがこの辺りにはごろごろしていると思うと楽しくはあった。

「腕痛い・・・」

竿も折れるくらいに曲がっていて、折れていないのが不思議なくらいだった。

「一回潜ってみるか。」

そう言って反対側から潜る考えをして、服を脱いだ。

「何か持って行ったほうがいいものってある?」

集中している時に悪いとは思ったが、一応聞いてみると、「小型ナイフと、できれば銛も・・・」と返ってきた。

「了解。」

簡単に話を済ませて海にゆっくりとつま先から入った。

「あー・・・冷たい。寒い。ひゃっこい。」

寒いと冷たいを何度か繰り返した後に、ゆっくりと下にもぐって悠香が糸を垂らしているほうに泳いだ。

「どんな感じ?」

水面に顔を出して船を見ると、さっきよりも竿がしなって確実に折れそうな勢いだった。

「まずい・・・かも・・・」

力を入れて何とか立っているらしく悠香の顔は見えなかったが、体力を相当消耗しているらしい声は聞こえてきた。

「糸をたどるか、どうするか。」

水中では糸はほとんど見えず、どの魚がかかっているのか全く分からないのである。

「糸を切らないようにしないといけない+魚を見つけ出す。結構きついな。」

そんなことを思っていたが、実際泳いでみると見えるものだった。

「平気かな?」

悠香は竿と風春の1つと1人の心配をしながらゆっくりと海面を見ていると、肌色に見えるものがあった。

「何やってるんだろ?」

上から見ると本当に何をやっているのか分からなかった。が、だんだんと重量が増してきている感覚があった。

「すごい怖いんだけど・・・」

心配しつつ見ているとジワリと赤いものが出てきていた。

「ん?」

まさかとは思ったが竿の重みはほとんど変わっていないし、だが見間違いなはずがないしとモヤモヤしているうちに風春が水面に上がってきた。

「どした?顔が青いぞ。」

だれのせいだと言いそうな顔をしていたので即刻もう一度潜った。

「まったくもー・・・」

だが上から見ても分かるくらいに赤くなっていたのだが、竿はいまだにしなったままである。

「もうちょい待ってな。」

もう一度上がってきて船の上にいらないものを投げ入れている風春を見てもどこかけがをしているようには見えなかった。

「なんだったのか・・・?」

風春は鼻からポコポコと空気を出しながら、魚の鰓と尻尾をつかんでゆっくりと持ち上げてみた。

「ゴボッ・・・」

今まで静かだった魚が持ち上げた瞬間に腹にタックルを食らわせてきた。

「いったん退避・・・」

何度も行ったり来たりしているうちに魚の体力を減らすはずが自分の体力を減らされていた。

「あいつ絶対に許すまじ・・・」

呼吸ができることの喜びを感じつつ、魚へ復讐する考えをしていた。

「あれだけの血を出してやったのにまだ生きてるのかよ・・・」

鰓の後ろを切ったはずなのだが、どたばたと動き回れるような力がどこに残っていたのだろうか。

「鼬の最後っ屁ってやつじゃない?」

どこでそんな言葉を覚えてくるのだろうという疑問がでてきたが魚をかたづけるほうが先だともう一度潜った。

「こんどは暴れさせんぞ・・・」

心の中でそう思ったのはいいがどうすれば暴れないのか全く分からない。

「できることをやればいいや。」

楽観的に考えてみると結構すっきりするものである。そのうえで魚の口と鰓をつかんで上に上がってみた。

「ぷへっ・・・」

顔を出した瞬間に暴れられるかと思ったが最後の抵抗だったらしく全く暴れなかった。

「平気?」

竿を置いて手を差し出してくれていた悠香に聞かれ、頷くしかできなかった。

「でかすぎでしょ・・・」

自分で釣ったにもかかわらずそこまで言うかと思いつつ、船の上にあげてもらい、自分も船に上がると息が上がってしまった。

「息が・・・」

肺に空気が入っているのかどうかさえ分からないくらい疲れ切ってしまい、ぐったりしてしまった。

「本当に死なないでね?」

横に座ってゆっくりとお腹をさすってもらっているうちにだんだんと良くなってきた。

「水の中って結構疲れるのよ・・・」

その情報は先に欲しかったと思ったが助けてくれているので黙っておいた。

「確かに・・・きつかった。」

声をしっかり出しているはずなのだが、全く声になっていなかったようでキョトンとされてしまった。

「しっかり休んでて。もう少し陸に近いところで釣るから。」

了解という意図を手で表して目をつぶると即刻寝てしまった。

「そんなに疲れてたのね・・・」

クスリと笑いが漏れるくらいの寝顔なのだが、どこかげっそりとしていて哀愁が漂っている感じがあった。

「ファー・・・・ぁ?」

どんな夢を見ているのだと言いたくなるような声を出していたが、そのままにしておいた。

「何も釣れなくなっちゃった・・・」

あの巨大クエを最後に何の反応もなくなってしまった。

「海が黙り込んじゃった・・・」

このクエがこのあたりの主だったのかこの辺りでは釣れなくなってしまったようだ。

「まさか・・・」

悠香は何となく嫌な予感がして船をUターンさせた。

「何かがまずい。」

海が静まりかえった事、周囲の空気が一変した。何が起こるのか全く予測はつかないが、まずいことが起こるという気がした。

「やけに早いな・・・」

ガタガタと振動していて起きたが、いまだに頭が痛かった。

「もう帰るのな・・・」

ゆっくりと立ち上がろうとしたが船がぐらぐらと揺れるのでまともに立っていられなかった。

「危なすぎっ・・・」

しゃべりきる前にがくんと揺れてまともにしゃべれなかった。

「ちょっ・・・待って・・・」

何とかしがみついて体勢だけは保ったが、しゃべれなくなってしまった。

「もう少しだけ辛抱してね。」

何があったのだと聞きたいがなにかが起こる前兆のような顔をしていたので言われた通りにしていた。

「陸についたからすぐに走って!」

いきなり言われてもとは思ったが言われた通りは知ると、船を止めた横の部分に大波が来た。

「危なすぎる・・・」

後ろから水しぶきが飛んできて恐怖を煽ってきた。

「みんな逃げた?」

走りながら心配していたが、小屋の近くまで来て悠香はコロンと横になってしまった。

「えっ?」

津波でも来るのではと思っていたので、ここにいては危ないのではと聞くと手を振られてしまった。

「まったく・・・」

どこにいたのか分からなかったが船長が顔を出した。

「ありゃあ人喰いだな・・・」

人喰いという物騒な言葉が聞こえた瞬間に逃げ出したくなったが、足が動かなかった。

「ま。ここまでは来ねえから安心しな。」

気休め程度に言われても・・・と言いたくなったが悠香は平然としていた。

「陸に上がったとしても這ってこっちまでは来ないでしょ・・・」

そんな悠長にしていていいのかと言おうとしたとたんに船の近くが盛り上がって青白い何かが見えた。

「この時期に来るのは初めてじゃ・・・」

悠香の言葉から得られた情報のみでは心もとないので船長から情報を聞き出したかったのだが、首を横に振られた。

「結構見てきたが、奴が何なのかは全く分からん。」

二人で話しをしているといきなり悠香が「食べてみたい」と言い出した。

「食えるのか?」

船長に対して突っ込むところはそこではないというと、キョトンとされてしまった。

「食べる以前にどう捕まえるんですか・・・」

もっともなことだと頷いていたので、あきらめてくれるだろうと思ったがそんなことはなかった。

「んじゃあ・・・先人の知恵を借りるとしよう。」

何をするつもりだろうとついていくとおばあさんと何か小声で話していた。

「よし!やってみるか。」

何をやるにしてもお断りしたいと思ったがそうはいかなかった。

「銛で脳天ついてみるか。」

まさかそんな無謀なことをやりだすのかと心配になったがそのままにしておくわけにもいかず、一応ついていくことにした。

「よーし。いくぞー。」

意気込んでいるのはいいのだが、危ないことをやりそうで気が気でなかった。

「逃げられたときは・・・」

ふと思ったことを言ってから確実にまずいことを言ったと後悔した。

「それもそうだな・・・」

いろいろと考えた末に、銛で突いた後に縄で首つりさせればということになった。

「じゃあ行くか・・・」

覚悟を決めて海を見ると人食いが陸に打ちあがってバタバタして居た。

「捕まえなくてよくなりましたね・・・」

それ以上はなにもいえなくなってしまうような怖さがあった。

「これが人喰いですかー・・・」

近寄ることすらも怖いので少し離れたところから後ろに回り込み、尻尾に縄を縛り付け綱引きのようにずるずると引っ張って広場のようなところまで来た。

「重たいにもほどがある・・・」

何キロあるのかは不明だが何とか持ってこられたので良しとしておいた。

「まあ・・・食える食えないは別として、どうするかだな。」

まさかそれも考えずに腕が痛くなるような思いまでして持ってきたのかと思うと馬鹿らしくなってきた。

「さばけるのかな?」

悠香も頭のほうには絶対に行かないようにしながら観察していた。

「食えるとすればこいつはありがたいもんだぜ。」

船長の言ったことの意味がよく分からなかったが、一応頷いていた。すると船長はこちらが何も分かっていないことを察したように説明してくれた。

「もうすぐ大雨か雪が来る。そうなれば海に出るなんてことはもってのほかだ。ちらほら程度ならまだしもな。」

つまりそうなったときの分の食糧となるのであれば、これほど大きくて食いごたえがありそうなものはありがたいということだと察した。

「そういえば・・・クエはどこに?」

悠香がちょこまかと動き回ってるのを見てふと思い出したので聞いてみた。

「船長が小屋に入れといてくれたはず~・・・だよね?」

心配そうな顔になりながらも聞いているのを見ていると本当にただの親子にしか見えなかった。

「入れといたぞ。適当に。」

適当という言葉にはいくつか意味があることくらいは知っているが今回のはどういう意味なのか少々疑問があった。

「ま。あとは任せて少しは休んで来い。」

そう言って肩を叩かれた瞬間に力が一気に抜ける感じがした。

「大丈夫?まだ飛び込んだ時の疲れが・・・」

悠香に支えられながら小屋まで戻って、ゆったりと横になると、周りが一気にざわつき始めた。

「またお祭りか何かかな?」

カレイが釣れたことでどんちゃん騒ぎをするのだから大物が釣れた?となればそれこそ収拾がつかないくらいのことをやりだすだろうと思っていたが違ったらしい。

「なんかいつもと違う・・・」

悠香が外に出ていくのがわかったので追いかけようとしたが体が言うことを聞かない。

「ギリギリだな。」

体の筋肉が疲労して動かなくなりそうだったが、動かないわけではない。

「無理やりにでも・・・」

何とかつかまり立ちで立ち上がりふらふらしながら扉を開けると周りの視線が一気にこちらに向いた。

「あ・・・なんかまずかったかな?」

そう思ったときには腕をつかまれて引っ張り出されていた。何をされるのか分からず、しかも抵抗する力もほとんど残っていない状況で何かされたらどうしようもないといろいろと考えていたら、いきなり胴上げをされた。

「せーの。」

悠香もグルだったのか、両手を広げて踊ていた。

「大丈夫か?新入り君。」

周りの男たちに抱えられてまた広場に連れていかれると、茣蓙や重箱が置いてあった。さっきまで巨大な魚がいたとは思えないくらいきれいになっていた。

「歓迎会だー!のめのめー。」

そう言われたがそんな気力はもう残っていなかった。

「疲れきってるなー・・・飲めば治る!」

実際にはそんなことはないのだが酒飲みからすればそうなのだろう。

「そうなんですかね・・・」

口だけは動くのだが指すらも動かなかった。

「まあ・・・あんだけのことやればな。」

確かにその通りなのだがそれ以前にも海に潜って往復をしていれば疲れがたまるのも無理はない。

「一回寝てろ。な。」

半強制的に連れてこられたのだが、みんな優しいことだけは確かだった。

「すやすや寝てますねー。海に飛び込んだりするから・・・」

悠香がぼそっと言ったことで全員が固まった。

「まさか海に・・・」

何かをしゃべっているのはわかるのだが、聞き取ろうとするよりも眠気が勝ってしまった。

「こんなにゆったりした奴が・・・」

いろいろと言われていたがお構いなしにゆったり寝ていると腕を何かにあまがみされている感覚がした。

「ん?」

うっすらと目を開けてみると、右腕にサッカーボールくらいのなにかがくっついていた。

「ここにいたのか・・・」

今まで聞いてきたような男らしい声ではなかったが、男性の声なのは確かだった。

「飯がうまいぞ。ほれ。」

いきなりいくつも出されて食えるわけもないのだが、みんなどんどん渡してきた。


「じゃあ・・・紹介するとしよう。」

そう言ってコロコロと転がっている黒い毛玉を持ち上げてこちらに渡してくれた。

「かわいいですね・・・」

思ったことをそのままいうと悠香が唖然としていた。

「全くいそうにないことを言った・・・」

そんな風に思われていたのかと認識したのだが、そのあたりは触れないで置いた。

「確かにかわいいんだよな~・・・」

コロンとしてお腹を見せているのがかわいいのはわかるのだが、モフモフしすぎるのもどうかと思いつつ見ていた。

「それって犬ですか?」

確認のために聞いたのだが、毛玉に顔をうずめていて全く聞いていなかった。

「あのー・・・」

もう一度聞こうとしたのだが、後ろから止められてしまった。

「今は全く聞いてないぞ・・・あいつ。」

そう言われたのでそのまま眺めていたのだが、一向にやめる気配がなかった。

「クエの煮つけは明日で・・・」

女性陣に交じって悠香は何かしゃべっていたが肝心の話の内容は一説分からなかった。

「まず・・・ここに来た理由を聞いておこうか。一応な。」

口調は弾んでいたが、目は全く笑っていなかった。

「えーと・・・白い小さい何かを探しに・・・」

大雑把な説明になってしまったが、はっきりとした確証もなければ、目撃情報もないようなものを追いかけてここまで来たと言えば、大概の人が馬鹿だと思うだろう。だが、風春にとってはそんな単純に済ませられる話ではない。

「その何かっていうのは・・・?」

いつの間にか面接のようになっており、周りには人が集まっていた。

「えーと・・・そこまでの情報がなくてですね」

いろいろと文献を調べてみたのだが、これといった情報はなかった。しかも、ここに来てからそれを完全にと言っていいほどに忘れかけていた。

「まあ・・・そんな難しいもんを探しにこんなところまで・・・」

正確に言えば舟が壊れて何とか流れ着いたのがこやばあと呼ばれている人のところだったということである。

「なんかこの辺にいたっけ?そんなやつ・・・」

どんな姿でどこにいるのかすらわかっていないものを探しにくるような奴を簡単に

「探し求めるのもいいもんだがな・・・」

さらっと言われたのでうつむきかけていたことすら忘れ、キョトンとしてしまった。

「何かおかしいこと言ったか?」

お互いにキョトンとしたままで周りを見るとどうぞどうぞといった感じに手でやられてしまった。

「何か知ってらっしゃるんですか?」

何かしらの情報があるのであればどんな小さいことでも聞いておきたかったので小声で聞いたのだが首を傾げられてしまった。

「よくは知らないんだがどっかしらに本があるとは思うんだ。」

それを探せというのだが、もし人の家の中にでもあるのなら困ったものである。

「まあ任せろ。大体の見当はついてる。」

そう言ってゆっくりと立ち上がったので自分も立ち上がろうとしたが足がしびれてずっこけてしまった。


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