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3-2

「なるほどね~。で、嬢ちゃんは打倒祖母(ばあ)さん、打倒瑞葉に燃えているわけか」


 事の顛末を聞いた蔡倫が、愉快と言いたげな口調で感想を述べた。ここ二週間ばかり別の地方の付喪神を訪ねていた蔡倫は、土産を持って久しぶりの来店だ。顔が広い蔡倫は吟のことも知っているらしく、「面白そうなもんを見逃しちまったぜ」と悔しそうである。


 なお、菜乃華は「別に打倒したいわけでは……」と困ったように苦笑している。


「菜乃華さん、頑張ってください。僕は、菜乃華さんを応援しますよ!」


「な~お」


 一方、こちらは例のごとく遊びに来ていた柊とクシャミだ。すでに事情を知っている彼らは、思い思いのエールを送ってくる。柊に至っては「菜乃華さんファイト!」と書かれたハチマキまで付けているので、その応援はうれしいを通り越して恥ずかしい。


 以前、彼は菜乃華を振り向かせると言っていたが、そのための方法がこれだとしたら、色々と全力で間違っている。完全に迷走している。慎ましやかにお土産を持ってくるだけだった頃の彼が、非常に懐かしい。


「……なあ、柊。お前さん、一体どこに行きつくつもりなんだ」


「どういう意味ですか、蔡倫さん」


「いや、何でもない……」


 柊の変貌ぶりに、さすがの蔡倫も呆れて何も言えない様子だ。できれば諦めずに粘り強く説得してほしかった。


「それで嬢ちゃん、装飾は置いとくとして、箱作りの方は問題なくできそうなのかい?」


「昨日までに何度か練習したので、たぶん大丈夫です」


 菜乃華が言うと、柊が自慢げに夫婦箱を取り出して、蔡倫に見せた。ちょうど良かったので、柊とクシャミの本で練習をさせてもらったのだ。柊用が緑の水玉模様で、クシャミ用が黄色の水玉模様となっている。コンビで色違いのお揃いである。柊からは、「家宝にして、一生大事にします!」と泣いて喜ばれた。


 ともあれ、柊たちの分を含めてそこそこの数の夫婦箱を作ってみたおかげで、コツは大体つかめた。昨日の内に吟の夫婦箱に使う布も買ってきたので、あとは作るだけだ。


 ちなみに本日は十一月三日、文化の日。学校も休みのため、急な依頼さえなければ、夫婦箱作りに一日当てられる。今日中に夫婦箱を作り、明日一日糊を乾かして、明後日の日曜日に届けに行く予定だ。


「よし! 部品の切り出し、完了!」


 蔡倫に事情を話している間に、ボール紙の切り出しも終わった。


「瑞葉、サイズ間違ってないよね」


「見ていた限り、サイズは問題ないはずだ。形の方も……きちんと長方形になっているし、これなら組み立てた時に箱が歪むこともないだろう」


 三角定規で角を計測した瑞葉が、ポンと菜乃華の肩を叩いた。


 九月のあの出来事以来、瑞葉との距離感が少し変わったと思う。あの出来事のおかげというと少し不謹慎かもしれないが、あれ以来、お互いに少しだけ気安さが増した。菜乃華としては、店主と店員という関係から、一歩前進できたという感じだ。それに、神様と人間だからとか、そういう逃げの言い訳も考えなくなった。


 もっとも、現状はそこで足踏み状態となっている。あれからの一カ月半、菜乃華からはこれといった行動を起こせず、もちろん瑞葉からのアクションもなく、片思いを実らせられるような進展はない。さらに距離を縮めていきたい菜乃華からすると、何とも歯がゆいところである。


 ただ、ここで焦りは禁物だ。幸いなことに、瑞葉の周りには菜乃華以外の女性の影はない。つまり、今のところ菜乃華に恋のライバルはいないということである。


 ならば、じっくり長期戦の構えで行けばよい。二人の時間を積み重ねて、自然とそういう関係になっていく。これが現状考えられるベストアンサーである。……というか、恋愛初心者かつ奥手でチキンな菜乃華には、それしか取れる方法がない。もちろん告白なんて、もっての外だ。そんなもの、実行前に心臓発作を起こして倒れてしまうだろう。


 そう考えると、柊はすごいと言わざるを得ない。柊に告白された時と、それからの日々を思い返す。告白時の思い切りの良さとその後のなりふり構わない様は、菜乃華も少し見習うべきかもしれない。

 横目でこっそりと柊の方を見る。彼はカバンから、手作りと思われる応援団扇を取り出していた。視線を手元に戻す。あれは見本にも手本にもしてはいけないと悟った。


「どうかしたか、菜乃華」


「何でもない。さあ、続き、続き!」


 瑞葉に晴れやかな笑顔で返答しながら、作業の続きに取り掛かった。


 夫婦箱は本を収納する側と蓋となる側のケース、そして二つのケースをつなぎ合わせる表装の三つのパーツからなる。

 まず組み立てるのは、二つのケースだ。本を収納する側と一回り大きな蓋側のケースをそれぞれ組み立てていく。


挿絵(By みてみん)


「夫婦箱の名前の由来って、この二つのケースがぴったりと合わさる様からきているんだっけ? 素敵な由来だよね」


「素敵、か……。その発想はなかったな」


「え~。瑞葉、それはちょっとロマンス成分が足りてないよ」


 接着剤が固まるのを待ちながら、菜乃華は瑞葉と取り留めもない会話を交わす。こういう何気ない会話をたくさん重ねることが、長期戦では大事だと思う。

 接着剤が乾いてケースの形が固まったら、ケースの内面全体と外側の側面を覆うように、布を貼っていく。布に皺が寄ってしまったり、ボール紙から浮いてしまったりしないよう、十分に気を遣って行う。


「上手に仕上げるコツは、ヘラを使ってケースの角や隅にきちんと布を接着すること、だよね」


「そうだ。使う相手のことを思って、丁寧に。修復と同じで、それが基本だ」


 真剣な顔で呟く菜乃華に、瑞葉も微笑みながら相槌を打つ。

 ケースを覆う布のカラーは、明るめのベージュである。ふんわりと柔らかい、本を優しく包み込んでくれるような色合いだ。


「うん、上出来、上出来」


 瑞葉にアドバイスをもらいながら、作業すること幾ばくか。予想していたよりもいい感じに仕上がって、菜乃華も満足げに頷いた。


 再び接着剤がある程度乾くのを待ち、二つのケースを重ね合わせてみる。抵抗なくすんなりと、しかし隙間なく二つのケースが重なった。おそらく、これまでで一番良い出来だ。これなら使い勝手も悪くないだろう。店主としてもらっている給料をつぎ込んで練習用の材料を買い、失敗も含め、何度も練習した甲斐があった。


「実践を重ねるごとにうまくなっていくな。最初の頃とは雲泥の差だ」


「最初に作ったやつは、両方のケースが同じサイズになっちゃってたもんね。やっぱり、最初から全部一人でやってみるのは失敗だったよ。ケースの上にケースがぴったり載っちゃった時は、開いた口が塞がらなかったもん」


「ああ。確かに、あの時の君の顔は面白かったな。思わず笑ってしまったよ」


「あー、ひどい! わたしは一生懸命やっていたのに、瑞葉は後ろで笑ってたんだ」


「すまない、許してくれ。君がいつでも懸命なのは、私もよくわかっているよ。それにこれだけの箱を作れるようになったなら、そう遠くない内に他の夫婦箱作りの依頼も任せられそうだ」


「本当!? そしたらわたし、頑張っちゃうよ」


 こんな軽口を叩き合えるようになったのも、気を許せる間柄になってきたからだろう。

 ともあれ、瑞葉からもお褒めの言葉をもらい、菜乃華のテンションが跳ね上がった。もう何でも来いといった心境だ。

 気分が良いまま、次の作業に移る。ケースの組み立てが終わったら、次に作るのは表装だ。


「表装に使うボール紙のパーツって、ちょうどハードカバーの表紙と同じ構成だよね。ケースの底と合わせる部分が表紙・裏表紙って感じで、その間にある箱の厚さ分の細長いボール紙が背表紙」


「正しくその通りだ。表装の作り方は、くるみ製本の表紙の作り方とほぼ同じだからな」


 口にした通りの並び順で、菜乃華はパーツを表装用の布の上に並べていく。表装に使用する布は、白地にパステルピンクのギンガムチェック柄にしてみた。パーツを布で包むように接着し、完成時にボール紙が見えないようにする。


挿絵(By みてみん)


 最後に二つのケースの底の外側に接着剤を塗り、表装と合体させれば、夫婦箱の完成だ。


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