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ちわっ!

作者: よしたろう

 僕と嫁は近所の山に登った。山と言ってもなだらかで30分あれば山頂迄行って下りて来られるような、近所の爺さんや婆さんが健康の為に散歩しているようなお手軽な山だ。僕と嫁は3週間程前にも山に登ったばかりで、それも近所の山であったが、そちらはいきなり急勾配な階段が待ち構えており、それが300メートル程の山頂迄続いている為、嫁には少々過酷だったようで、しばしば立ち止まって息を切らせては「血が足りん」と独特な表現で疲れを訴えていた。そしてその訴えをやたらと繰り返すものだから、僕は「血は大丈夫か?血は?」と冗談半分によく声をかけたものだった。


 その血の声かけが僕の頭に残っており、今登っている山はなだらかなので嫁もたいして疲れている様子はなかったのだが、冗談のつもりで笑いもって聞いてみることにした。


「血は?」


 するとその言葉に真っ先に反応したのは嫁ではなく、その時に丁度すれちがった中年の男であり、その男は小声で言った


 「ちわっ」

 

 最初僕は男の発した言語の意味を理解出来ずにいたが、20歩程歩いた時、ようやく天から来光が差すが如くその意味を理解した。


 あろうことかあの男は、俺の「血は?」という嫁に対するちょとした冗談を「ちわっ!」という自分に対する挨拶と解釈したのだ。うすら寒い悪寒が背中を走る。


 そして俺は、山で中年の男が初見の中年の男に対して「ちわっ!」と挨拶するという事がどういう事なのか考えてみた。これが中学生男子が発した挨拶なら、軽快で爽やかな印象を与えるばかりで何の違和感もなかっただろうが、45歳の男が、似たような年の見知らぬ男に山で発する挨拶にしては軽すぎるし、いかにも馴れ馴れしく、そして何より馬鹿みたいではないか。


 恥ずかしい――。


 日常で偶然が重なり起きるこの惨劇が、この先我が身に降りかからぬよう祈るばかりだ。

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