88 万色水晶鏡
休憩が終わり、エーリロイスさんと向かい合う。
三戦目、始め。
まずは後ろに下がって距離を取る。さっきまではここでレンズを生み出していたエーリロイスさんだが、今回は違った。
俺が下がるのと同時に駆け出し、距離を詰めてくる。
小柄な少女姿の俺とエーリロイスさんでは身体能力が違いすぎる。
あっという間に近付かれ、模擬剣を振り下ろされた。
慌てて初撃を防ぐ。しかし、下がろうとしていた体勢から強く模擬剣を打ち合った反動で、後ろに倒れて尻餅をついてしまった。
追撃が来る前に手を前に出し、【結晶術】で羽根を形成する。針のように鋭い羽根を、何枚も。
針鼠のように手から針羽根を生やして、形成されたそれを避けるために追撃が止まる。
その隙に模擬剣を後ろに投げて、それに描いた魔法陣を使って転移した。転移元の範囲はないが、この程度の距離でなら魔力の心配はない。
距離を取ることに成功して、範囲を用意して魔法を撃ち始めたときにはすでに、エーリロイスさんの周りにはレンズが待機していた。
俺が接近戦をできないのを見て先制攻撃をしてきたのか。油断できないな……。
【結晶術】で鎧を作りながら、範囲を使った【水魔法】を放つ。
レンズから熱線が飛んでくるが、晶羽の鎧が防いでくれる。
「これでどうですか――五重集束」
「――!?」
今まではレンズ二枚で光を集束していたが、今度はレンズ五枚を合わせてきた。
鎧はあっさり貫通され、鎧が防いだ一瞬で避けることはできたが、直撃していたら穴が開いているところだった。
あまりの威力に驚いたが、その技は五枚のレンズを直線上に並べるため、予備動作が目立つ。気を付けていれば避けられないものではない。
そして、次はこっちの番だ。
周囲に展開した30の範囲、全てから【水魔法】を圧縮して放つ。
その直前に、【瞳の魔眼】を発動して視界を奪う!
……魔眼が発動しない? 目は確かに合ったはずなのに。
それでも【水魔法】は発動し、次々にエーリロイスさんを襲う。
魔眼は不発だったが、水しぶきが視界を妨げる。
――集中して、神経を研ぎ澄ませていたから見えたのだろう。
レンズで防ぎきれなかった【水魔法】が、エーリロイスさんを透過した瞬間を。
幻術……!
嫌な予感がして背後を振り返ると、一部の空間が揺らめき、模擬剣を振りかぶるエーリロイスさんがそこから覗いて見えた。
咄嗟に模擬剣を前に出して盾とし、弾かれてまた後ろに転んでしまった。
「これで終わりです……!?」
立ち上がろうとする俺に模擬剣を突き出すエーリロイスさん。しかし、その顔はすぐに驚愕に変わった。
エーリロイスさんの持つ模擬剣が、剣身の半ばから先が失われていた。打ち合い、弾かれる瞬間に自分の模擬剣に範囲の接触指定を行い、空間切断を剣の刃に発動したのだ。
折れた剣を突きだしている隙に、立ち上がって後ろに下がる。
そんな俺に目線を戻したエーリロイスさん。今度こそ、目が合った。
――【瞳の魔眼】視界強奪。
「――なっ!?」
「そっちこそ、これで終わりです!」
視界を奪うことに成功して、即座に【結晶術】の白い羽根をナイフ状に形成して飛ばす。何本かはレンズで防がれたが、見えない弾幕を防ぎ切ることはできずに一本が入った。
審判の声が聞こえ、視界を返す。
服が土で汚れてしまったから、状態復元で元に戻す。ついでに乱れた呼吸も元通り。
「これで、私の勝ちですね」
「まさか、魔眼とは……これは見事にやられてしまいました」
「まさかはこっちの台詞ですよ。なんですか、さっきの幻術は」
勝負が終わり、安心したところで不満をこぼす。エーリロイスさん、強すぎじゃないですか?
「ははっ、私の【万色水晶鏡】は特殊な効果を持った水晶体を生み出すスキルでしてね。あれも水晶の効果の一つですよ」
「つまり、あの光線は数ある効果の一つにすぎないと……?」
「ええ。でもまあ、直接威力が出るのはあれくらいのものです。結構器用貧乏なところがありましてね」
そう言って軽く笑うエーリロイスさん。
器用貧乏って……レンズの数だけ連射できて、レンズを揃えるほど威力が増すじゃないですか。火力としては十分すぎる。
それでいて盾にもなるし、光の屈折を利用しているのか幻術みたいのもできるし、貧乏ってレベルじゃない。
「ま、まあ? 勝ちは勝ちですし、私より強いという条件には適わないということで」
「そう、なりますね……。非常に残念ですが、今の私ではあなたに釣り合わないようです」
ふう、これで一件落着か。
にしても手合わせなんてしていたせいで時間掛かったな。ユユ、大丈夫だろうか?
「……ん? 今は?」
あれ、それってもしかして……。
そう思って改めて見てみるとエーリロイスさんの表情は、諦めた顔ではなかった。
「はい。これっきりでチャンスが無くなったとは、思っていませんよ。これからもあなたのお眼鏡に適うよう、精進していきます」
えぇ……。
ちょっとやめてよ、今ですら辛勝だったんだから、次やったらどうなるか分からないって。
「ふふ、それにしてもアカリさん、やはりお強い。その華奢な身体にそれほどの力が宿っているとは、ますます魅力的に感じてしまいますよ」
「え」
言ってる意味がよく分からなかったですね。
あなたの性癖、どうなってるんですか? なんで負かされて惚れ直しているのか。
というか、さっきまで『アカリ様』じゃなかった? 親密度上がってるんだけど。
ああ、さっきから外野がうるさい。
こんなギャラリーが多い場所でやるんじゃなかった。
「……おい、見えたか?」
「……ああ、一瞬だが」
「白だよな?」
「ああ、流石の白だった……」
……?
…………!?
お見合い衣装。ドレス。スカート。転倒。尻餅。
パンツが……!?
思わずスカートを手で押さえた。女姿で恥ずかしいし、男としてもあんな風に言われたら普通に恥ずかしい。
「……私は、見てませんよ……」
エーリロイスさんは、嘘か本当か分からない気休めを言って、目を逸らした。
こんなギャラリーが多い場所でやるんじゃなかった……!!
「で、では決着もついたので、私はこれで……」
最後にエーリロイスさんの腕を掴んで、状態復元で汚れを落としてあげる。
その後は、人の目から逃げるようにそそくさと出て行った。
「すみませんユミちゃん! わたくしめが付いていながらスカートの中を見られてしまうとは!? 本来であれば影でどんな角度からでも見えない不可視の領域にしていたものを! ……あっ」
「――あっ」
修練場から出ると、フェルクがまくし立てながら俺の影からひょこっと出てきた。
足元から出てきて、上を向かれたら当然スカートを下から覗く格好になる。
「ごちそうさまでふっ!?」
「あ、ごめんつい」
つい、踏んでしまった。
幾らこんなでも、流石に女の顔を踏むのは悪かった。ああ、鼻血が……これは元からか。
「ふむ、悪くないです」
フェルクはスルスルと影に戻りながら、ぼそりとそんなことを言い残していった。
「……いや、待て。そこからだと、常にスカートの中が見えてるんじゃない? ちょっと!? 本来なら暗幕着けるんでしょ!」
「……バレちゃいましたか――うわっと!? それは前歯が折れる勢いですよ!?」
「状態復元で治せるし」
「歯が折れる痛みは!?」
結局、もう影に入る必要のないフェルクには出てきてもらった。
それと、今後俺の影に入るときはちゃんとスカートの中を不可視にするように言いつけた。……女姿のときな。




