86 手合わせ
早速その場で、というのは勿論許可が下りなかった。
場所を移して、兵士達の修練場。
「此処は、修練のためによく使わせてもらってるんです」
お宅、インドアじゃなかったんですか……?
完全に見かけに騙された。なんかすれ違った兵士へ気さくに声掛けてるし。なんか親しげだし。さっきのお見合い中よりなんだか生き生きしてる気がして、通い慣れてる感が凄い。
さらには周りの評価が高い。
兵士達はエーリロイスさんに尊敬の眼差しを向けている。
……いやでも、俺は特殊スキル持ってるし? 大抵の人には負けないと思う。
「エーリロイス様があの黒衣の天使と手合わせをするだって!? どちらも特殊スキル持ちじゃないか! これは見逃せん!」
……うそーん。
「あの、エーリロイス様……?」
「ああいや、隠していたわけではないのですが……訊かれてもいない武勇を話すのは、恥ずかしくて」
少し照れたようにしているエーリロイスさんは、そんなに強そうには見えない。
しかし特殊スキル持ちなら話は別だ。殆どが生まれつきなんだから見た目は関係ない。
……特殊スキルって、持ってる人結構多くね? もっと珍しいものだと思ってたんだけど。
広い場所を用意してもらって、模擬剣を手に取り向かい合う。
離れたところでは兵士達が見学している。
「アカリ様は、自身を治癒することができますよね」
「はい」
「それなら、加減を誤っても傷が残るようなことはありませんね」
……手加減前提?
「全力でも、構いませんよ?」
「ええ、勿論全力で挑ませてもらいますよ」
そう言いながら彼は、眼鏡を掛けた。
あれ、目が悪かったのかな?
「それでは、三回戦、二本先取となります。一戦目、始め!」
合図と同時にバックステップで距離を取る。
武術スキルも無いのに接近戦なんてできない。距離を取って魔法戦をさせてもらう。
右手は無駄に模擬剣を握っているので、左手で範囲を大きく引いて【水魔法】。大玉を射出する。
エーリロイスさんに向かって真っ直ぐ飛んでいった大水球だが、途中で爆散する。
その後、ジュジュジュッと音がして、俺の足下の地面が黒く焦げた。……はい?
「私の特殊スキルはこの【万色水晶鏡】です。加減が難しく、とても手加減なんてできませんよ」
エーリロイスさんの周囲には、いつの間にか複数の薄い水晶体が浮いていた。それが動き、二つが直線に並んだ瞬間、俺の足の間の地面が焦げた。
「ちなみに、降参は早い方がいいですよ。次は当てます」
「……わざわざ、説明どうもっ!」
【結晶術】で白い羽根を纏い、羽根のナイフを大量に飛ばす。
あんな光速の攻撃をレンズの数だけ撃たれたら、何もできずに蜂の巣にされてしまう。遠距離は分が悪いと判断して、羽根で視界を埋めながら接近する。
羽根ナイフを模擬剣やレンズを使って防いでいる隙に一気に距離を詰めて、その勢いのまま突きを放つ。
しかし、突いた場所に突如レンズが現れ、その表面を流れた模擬剣はエーリロイスさんの横へ伸びてしまう。
その腕を掴まれたと思ったら、視界が飛び、足が地面から離れ、気付いたときには首筋に模擬剣が添えられていた。
「止め!」
兵士の声。まずは一敗か。
距離を離し、少しの休憩。
「ちょっ、ユミちゃん、何ですあの人! めちゃくちゃ強いじゃないですか!?」
俺の影に入っていたフェルクがほんの少しだけ顔を出し、声を掛けてくる。
俺の勝敗が不安になったのだろう。そりゃそうだ。
「……やばい、想定外なんだけど」
俺も不安だもん。
「というか、ユミちゃんってガチガチの後衛ですよね。なんで前に出たんです?」
「うぐっ、いやでも、あのレンズの攻撃やばいんだって」
「それもそうなんですが……結果論だと、あの人接近戦の方がやばそうです」
「……まあ、当然武術スキル持ってるよな。失敗した」
「ユミちゃんってもしかして、持ってなかったり?」
「うん」
「あー、どうりで」
今の一戦で分かったが、俺に接近戦はできない。策も無しに相手の間合いに入ったら為す術もない。
というか、今までの戦い方が使えないことに気付いてしまった。俺は基本、死なない程度にノーガードだ。普段は【状態魔法】の回復込みで考えて動くが、今回は一本喰らったらそれで終わり。
……正直舐めてた。魔法連打のごり押しで勝てるだろうと甘く見ていた。
大して対策もできないまま休憩が終わり、再び対面する。
「……強いですね」
「あなたにそう言ってもらえるとは、嬉しい限りです。この今の実力はあなたのお陰ですから」
「え? 私の、ですか……?」
いや、心当たり無さすぎるんですけど。
「このスキルの力は生まれつきです。そこに努力も何もありませんでした。私は家柄も生まれつき良かったものですから、このスキルや武術を鍛えるにも不自由しなく、最適な環境で育てられてきました」
公爵家で強力な特殊スキル持ち……生まれたときから勝ち組じゃん。
いきなりそんな自慢話とは、もう勝ったつもりでいるのでしょうか。
「温室栽培で育った私ですが、実戦をこなさなければレベルは上がりません。しかし、私には相対すること無く敵を狙撃できるスキルがありました。私は安全な場所から大物を屠り、それだけで名声まで上がってきました。私は外観だけが強くなり続け、名声は一人歩きしていたのです。そんな時でした――あの騒動が起こったのは」
一度も真っ向から戦ったことがなかったのか。
でも、それは仕方がないように思える。彼は公爵家の跡取り息子で、危険があってはいけない存在だ。安全な手段があるなら、当然そっちを選ぶだろう。
「あのとき、肉を引き裂かれ、倒れ伏した私は、ただ見ているだけでした。どれだけ周りに褒められようと、担ぎ上げられようと、正面から攻撃を受けた私は、それだけで何もできなくなったのです」
「殆どの方は、魔眼によって戦えませんでした。エーリロイス様だけではありませんよ」
「ですが、あなたと勇者様は肉を裂かれてなお戦った」
ダイキは痛覚を遮断できたし、俺は治癒できたから。
そんな凄い人みたいに言われても困る。
「初対面で、その可憐さに一目惚れしましたが、それ以上にあなたの強さに惹かれました。純粋な力に。何より意思の強さに。惹かれたからには、追わずには居られませんでした」
「それで、今の実力に?」
「まあ、ステータスに関しては以前から高かったのですが、それを振り回されず扱えるようになれたと思います」
経験を得て、本来の実力が備わったということか。
うん、俺はきっかけに過ぎないな。それで俺のお陰とか言われても少し困る。
「今まではあなたに並び立てればと考えていましたが、ここへ来て私にも欲が出てきました。あなたを越えて、お守りできればと思います」
「……そうですか。でも、私もそう簡単にやられたりしませんよ」
手札を出し惜しんで勝てる相手ではない。
くるりと範囲を引いて、それを転送先に設定して【空間魔法】を発動する。
転送元は俺の部屋にあるテーブルに設置していた魔法陣だ。何かあったときのために、必要な物はその上に置いてある。
出てきたのは肩下げ鞄。いつも持ち歩いている物だが、今日はお見合いだから持っていなかった。
服装もお見合い用なんだけど、それは向こうも同じだからハンデにはならない。……いや、女物の方が動きにくいかな?
そもそも女姿なのがハンデになっている気もするけど、女であるユミツキ名誉伯爵としての戦いだ。そこは前提条件だから仕方がない。
鞄から出したペンで模擬剣に魔法陣を描いて、準備完了。
二戦目、始め。




