77 対立
人を殺すことに躊躇いを覚えることも、実際に殺した後に後悔することも気に病むこともなかった。
必要があれば平気で人を殺せる。きっと、こんな何処かが外れた心だからこそフィールのお気に召したのだろう。
フィールは俺を殺した張本人。殺意を抱くには十分すぎる相手だ。自然と俺の手は無防備なフィールへと伸び、彼女の首を覆った。
細い首だ。そこまで力を籠めなくても窒息させることができるだろう。それに、そんなことをしなくても手の内側に【範囲魔法】で範囲を設定した空間切断を発動すれば一瞬で息の根を止められる。
しかし、そのどれも実行することはない。
「どうしたの?」
「まだ、俺の質問に対して全部答えてないよね」
「どうして殺したかでしょ? 言ったよ。大好きなあなたをこの世界に連れてきたかったから」
「それは目的ではないだろ? この世界に連れてきて何がしたかった。何をさせたかったんだ」
「……」
今まで質問にはすぐに答えていたフィールが、薄い笑みをしながら口を閉ざした。
首を掴む手に、力を籠める。
「これが目的なんだろ?」
「……」
「ディーロ先輩に聞いたんだ、神の代替わりの話。神々は死期が来たら気に入った人を選び後継者に据える。つまりはそういうことでしょ?」
フィールは俺に殺されて、俺に『死神』を継いでほしいんだろう。
そのためにはこの世界に連れてくる必要があった。
「なん、だ、知ってたのね」
フィールは首を絞められ、苦しそうにしながらも言葉を紡ぐ。
「……永い間、生きてるとね……良い、最期を求めるように、なるのよ」
俺に首を絞められて苦しみながら死ぬことが良い最期と言えるのか?
そう思ったけど、フィールは苦しみながらもどこか嬉しそうに見える。頬が上気しているのは湯に浸かっているためだけなのか。
フィールは抵抗しない。
このまま首を絞め、もう少し指に力を籠めれば簡単に殺すことができる。
だけど俺は、その手を離した。
「けほっ……アカリ、くん……?」
フィールは涙目になって辛そうにしながらも、苦しみから解放されたことに疑問を抱いている。
「どうしたの、殺さないの?」
「ああ、殺したいよ。だけど、お前のために殺してやりたいわけじゃない」
目と目が合い、俺の感情がフィールにも伝わる。
制御して抑えられた、静かな俺の感情が。
「……そういうこと。厄介なスキルね……」
「お前は俺が一番憎んだ相手だ。こんなに人を憎んだことなんて殆ど無いから、もしかしたら唯一の相手かもね」
リティを貶したエルフのように殺意を抱いた相手はいるけど、憎むというほどじゃなかった。殺意なんてものは、ただの突発的な衝動でそこまで継続するものではない。
「そんな相手と接していると感情が抑えられなくなるかもしれないから、予め手を打っておいたんだ」
「むぅ、憎いと思ったら殺す。そんなあなたが好きなのに……」
「そんな素直に行動してたら嫌われちゃうからね」
そう口にすると、フィールはますます不機嫌そうになった。
「それって、あのリティって子のことよね。ユユちゃんはそんなこと気にしないもの」
「そうだけど?」
「あなたはあまり感情を知らない。それなのに、抱いた感情を抑えるようなことをするのは良くないわ。折角のあなたの大切な思いを……」
「俺のそんな衝動的なものよりもリティの方が大切だよ。リティはね、家族やユユ以外で初めて出来た俺の大切な人なんだ」
「アカリくんに理想を押し付けるだけのあの子のどこがいいのよ」
「そんなことは無いよ。リティはただ、良くないことを良くないと言っているだけだ。それに、俺がそれを理解するまで付き合ってくれるとまで言ってくれたんだ」
「そんなことは必要ないのよ? あんな人の常識にアカリくんが囚われることはないわ」
「それはフィールが神様だから。俺はただの人だよ」
「私を殺せば神になる」
「俺は、『死神』になるつもりはない」
フィールの価値観は人のものとは違う。それがリティと対立する原因だろう。
……俺もフィールと近い価値観みたいだから、リティに注意されるんだろうけど。
「……アカリくんのスキル、ユユちゃんが加護を二つも付けただけあって私たちに近い能力を持っているの」
「……どのスキル?」
「どれもだけど、一番は【状態魔法】ね。あなたは神にならなくても私たちと同じ悠久の時間がある。あまり人の尺度で見ない方がいいわよ」
確かに【状態魔法】の状態維持の効果で、俺の老化は止まっている。時の流れで俺が死ぬということはない。でも……。
「それでも俺は、リティが大切だから」
=====
俺のベッドにフィールがぐでっと横たわっている。
俺とユユとフィールは同じ宿に泊まってるが部屋は別々にしてある。俺の部屋に忍び込んで風呂まで押しかけて来たフィールだけど、着替えは持って来なかったために今は俺のシャツを着ている。
状態維持の効果で俺は平気だったけど、フィールはのぼせてしまった。首を絞めたのももしかしたら原因かもしれない。
「アカリくんは、私を殺したくないの……?」
ぼそりと、力なく呟く声が聞こえた。
フィールにとって良い最期とは自決ではなく俺に殺されることらしい。
「ああ、殺したいよ」
それに対して俺は、素直にそう答えた。
「いいよ。殺しても」
「だけど俺は、フィールの望みを叶えるつもりも後を継ぐ気もないから」
そのために【状態魔法】で感情を抑えている。
「そう……まあ時間はあるから、気長に待つことにするね」
フィールは自分の意思を曲げる気はないようだ。勿論俺もない。
平行線、つまりはこのまま変わらないってことだな。
「アカリー、遊ばない?」
ガチャリと扉が開き、ユユが部屋に入ってきた。自室のようにノックしない。
「「「…………」」」
まず俺と目が合い、次にベッドで横になるフィールに気付く。
「なんでフィール居るの」
「部屋、隣だからな」
「なんでアカリのベッドで寝てるの」
「のぼせたみたい」
「なんでアカリの服着てるの」
「着替えが無いのにこっちの風呂入ってきたから」
なお、脱いだ服は後で状態復元するつもり。そうする前に俺のシャツ着てたんだよな。
「……もしかして、一緒に入ったの?」
「……」
特に隠すようなことでもないけど、大っぴらには言いにくくて黙る。沈黙は肯定を意味する。
一瞬の沈黙のあと、ユユが暴れ出したのは言うまでもない。




