74 能力の一部
宿は値段がちょっと高めのところにした。部屋ごとに風呂が付いている。
昼になってリティと合流し、取り敢えず昼食を食べることにしたのだけど……。
「……いい加減重いんだけど」
「それ、レディに言う台詞じゃないよ……?」
「なら、そう思われないように離れれば?」
「ここが一番居心地がいいのよ。もういっそ私、アカリくんの背後霊的な守護神になる」
さっきからずっと、フィールが俺の背中に覆い被さっている。耳元で喋られてくすぐったい。
普段ならそれを止めさせるユユは、恨めしそうにフィールを睨むだけで何も言わない。少し前に安全な勝負をして敗北したからだ。ちなみに睨んでいても全く恐くない。
「アカリ、何にする?」
リティは既に注文を決めたようで、メニュー表から顔を上げてそう訊いてきた。
フィールに構っていたせいで何も決めていない。レストランへ入って席に着いたのに、わざわざ俺の後ろに来るから、流石に何か言わないとと思ったからだ。
何か無難なものがいいな……。
「オムライスにしようかな」
「「「じゃあ私(わたし)も」」」
見事にハモっていた。
リティ……注文を決めたから訊いてきたんじゃなく、選ぶの面倒臭くなったから訊いてきたのか……。
全員後に続く姿勢で、主体性がない。
注文後、四皿運ばれてきたオムライスを各々食べる。流石に食事中はフィールも着席した。
「アカリくん、私の一口どう?」
「いや、同じ物だし」
「……失敗だったわね」
フィールはそれ以上絡んでくるネタが思い付かなかったようで、昼食の時間は穏やかに進んだ。……このテーブルは。
ガシャンと音が響き、音の発生源に目を向けると如何にもヤンキーな集団が暴力一歩手前くらいの口論を繰り広げていた。
同じグループ内の揉め事って感じかな。
「ねえリティ、ウトレレって治安悪いの?」
「そんなこと、ない……と思う」
なら単純に運が悪かったか。
無視して食べ続けるが、うるさくて落ち着かない。つい気になって視線を向けてしまう。あ、殴った。
そこからはもう完全に殴り合いの喧嘩となった。殴り、殴られ、蹴っ飛ばされて吹っ飛んだヤンキーが、他の席のテーブルをひっくり返す。
「オムライス……」
被害を喰らったのは他の席っていうか俺達のテーブルだった。
立ち上がったヤンキーは、被害者の俺達には目もくれずに喧嘩に戻っていく。
「これ、どうしよ……」
俺達で片付けるのかな……? あいつらに言ってもやらないだろうしなぁ。
「あの人、殺さないの?」
傍に寄ってきたフィールが突然そんなことを言い出した。
「なんで?」
「アカリくんが悲しい思いをしたんだから、償わせるのは当然でしょう?」
今は別に悲しいとか、そんな気持ちにならないけどね。
まあ、被害を受けたのは事実だ。軽く仕返しくらいしても罰は当たらないかな……?
指先に魔力を込め、【範囲魔法】で指定する。そのとき、僅かに漏れた魔力が結晶化して羽根を形作った。
「ん、黒?」
見間違いかな……白いはずの羽根が黒く見えた。
まあいい、指先に指定した範囲に【水魔法】を発動させて――放つ直前に、リティに腕を掴まれた。
「リティ?」
「そういうの、よくない」
リティは暴力反対のようだ。
ちょっと痛い目を見てもらおうと思ったが、そう言われたら続けることはできないな。魔法の発動を止めて魔力を霧散させる。
空撃ちとなった範囲魔法から、再び羽根が零れ出る。……やっぱり黒い羽根だ。
どういうことだ……? 俺の羽根は青い光を帯びているものの、羽根自体は真っ白だった。
ユユの髪色と同じ純白だ。【結晶術】で【空間魔法】の補助ができることもあって、白い羽根はユユとの繋がりを感じて結構気に入っていたのに。
最近俺の身体に起こった変化といえば、フィールの加護くらいだ。原因としては、それが一番可能性が高い。
「――『マイナス10』」
考え事をしていると、フィールがぼそりと呟く声が聞こえてきた。
「――『マイナス10』」
何が……?
フィールは何をしているんだ?
「――『マイナス10』」
「フィール、待って」
「何をよ?」
「そのカウントをだよ。何を減算してる?」
「あれの寿命」
やっぱり碌な事じゃなかった。
あー、今ので寿命30年か。ヤンキー集団は、何となく苦しそうに胸元を押さえている。ご愁傷様。
「寿命……?」
リティが訝しげにフィールを見つめた。
それに対して、フィールはクスリと笑うだけで応えた。
「アカリー……私のオムライス……」
「この店じゃ落ち着けないし、移動しようか」
「私のオムライス、復元できない?」
「やろうと思えばできるけど、ユユのはあれだよ?」
あれとは、ヤンキーの背中にこびり付いた汚れのことだ。オムライスは彼の下敷きになってしまったから、あれを状態復元してでも食べようとは思えない。
「――マイナスッッ……!?」
フィールが再びカウントを始めようとしたところ、リティが素早く動き口を塞いだ。
「やめて」
「……ぷはっ、でも、あれはアカリくんを害した敵なのよ。排除するべきじゃない?」
「いや、いいよ。止めておこう」
「……アカリくんが言うなら……」
ここでフィールを止めておかないと、リティはきっと嫌がる。よくないって言われたからな。
それでフィールが嫌われるのは別に構わないけど、それを止めなかった俺やユユまで同じように思われたくない。
もう既にだいぶ寿命が減っているけど、それは知らないふり。わざわざ【状態魔法】で戻すようなことまではしない。
会計を済ませて店を出る。片付けは店の方でやってくれるようだ。
ある程度は食べたから、残りの小腹を満たすための軽いものが欲しい。
「ねえ、アカリくんはどうしてあの子の言うとおりにしているの?」
フィールの視線の先にはリティがいる。あの子とはリティのことを言っているのだろう。
「さっきのこと? あれはリティの方が正しいと思ったからだけど」
「それもだけど、もっと前からよ。あの子の意見は素直に聞くじゃない?」
「見ていたのか……」
「ユユちゃんのを覗き見してね」
「え!?」
ユユはそのことを知らなかったようで、驚いた声を上げた。
でも、そもそもリティって人に意見したりしない気がするんだけど。あと頑固だし。そんな子が何か言ったら俺じゃなくてもその通りにすると思う。
「ちょっとフィールッ! 覗き見ってどうやってやったの!?」
「少し侵食しただけよ」
「あれはっ! 私とアカリだけの回線なの!!」
……言われてみれば、俺とユユのやり取りまで知られているのか。
それは俺も嫌だな……。
「ご飯、どうするの?」
「……食べ歩きできるものにしようか」
この面子、全然話がまとまらない。結局フィールは何を言いたかったんだろ。




