64 憎悪と共に洗い流して
「ミューヴェルの時間を司る…………なあユユ、ミューヴェルって何?」
ここに来て知らない単語が出てきた。
他のことより前に、こっそりユユに訊いておく。
《今アカリ達が居る世界の名前だよ。日常会話で出てくることは殆どないけど、普通に常識だから気を付けてねっ》
「ありがとうユユ先生」
《せ、先生……なんかいいかも……》
うん、ユユと話していると気が抜けるな。
……リティが目だけをこちらに向け、首を傾げていた。
俺は今、リティに背負われている状態だ。顔、もっと言えば俺の口とリティの耳が非常に近くにある。
聞かれていたか?
だとしたら独り言を言う痛いやつになってしまうんだけど。ブツブツ言うのは誤魔化せても、内容まで聞き取られていたら完全にアウト。
他のことに気を取られ過ぎた。
神様発言に驚いたダイキが、そのあとから黙っている俺にもの凄く目で訴えてきている。対処できないから無言を貫いて俺に丸投げする気だろう。
まあ、ダイキはディーロ先輩と面識が無いし、仕方がないか。
「えっと、何から訊いたらいいのか……」
「取り敢えず今は、僕のことよりもあっちじゃないかな?」
ディーロ先輩はそう言うと、邪神の方を指差した。
でも、邪神は串刺しにされて身動きが取れない。もう既に瀕死だ。
「――ん?」
邪神を貫いていた針が、ぼろぼろと崩れて消えた。
魔法の効果切れかと思ったが、どうやら違うようだ。
いつの間にか、呪術師が立ち上がっている。
その傍には、もう一人のダークエルフが起き上がっていたが、他はまだ気絶したままのようだ。
「我らが神よ……今……」
呪術師はふらつきながらも仲間を一人連れ、邪神のもとへと近づいていく。
あれは、止めたほうがいいよな。
邪神たちとは地味に距離があったため、機動力のあるダイキが瞬間移動で呪術師のもとに向かった。
「動くな。お前たちにもう勝ち目はない。これ以上は意味が無いぞ」
「……我らが神がいれば、勝機は生まれる」
「その邪神も、今じゃ瀕死だ」
「ああ、だから治療するのだ……!」
「ちっ!」
ダイキは説得で終わらせたかったみたいだけど、やっぱ無理だよね。
それで諦めるようならここで立ち上がっていないだろう。
「『カースアビリティ』!」
「……!」
「今のうちに【治癒魔法】を使え!」
「ですが、私の魔法では、とても治せるとは」
「【代償魔法】を使う。構わずやれ!」
邪神復活は困る。
けど、魔力が尽きた俺では何もできない。
何とかしてくれないかとディーロ先輩を見るが、曖昧な笑みを返されただけだった。
……それ、どういう意味ですか?
ダイキが呪術師とその仲間を気絶させたのと、邪神が完治するのは同時だった。
「邪神が回復したんだけど……」
「どうするの?」
実は、魔力を使い切ったから転移で逃げることもできないんだ。
俺に戦力的な期待はしないでくれ。
というわけで、頼みの綱はディーロ先輩だ。
「まあ、『邪神』はどちらかと言うと、僕の領分だからね。あれは任せてくれていいよ」
「ホントですか。それなら、頼みます」
――そして、邪神は再び串刺しになった。
いつの間にか。
これが、『時神』の力なのか。
「『邪神』はただの人には荷が重いからね。早めに対処できてよかったよ。何となくアカリ君たちに付いてきて正解だったね」
「何となくで付いてきたんですか……」
「エルフの森に行くとか言ってたからね。慌ただしく向かっていったし気になって」
「まあ、お陰で助かりましたけど」
「うん、途中に変な壁があって足止めされたけど、間に合ってよかったよ」
あの結界、神でも突破できなかったのか。
「……お、やっと力尽きたようだね」
邪神の身体が、砕けて散っていく。
……なんだか、最期はあっけなかったな。ディーロ先輩が瞬殺したからだけど。
「あれ、終わったんですか?」
何処からかフェルクの声が聞こえると、周りの影がゾワゾワと集まって、その中心からフェルクが顔を出した。
「すみません、途中から姿を消しちゃって」
「いや、正解だったと思うよ。見つかった順にやられそうだったから」
フェルクのことは無事だとは分かっていたけど、ちゃんと確認できて一安心だ。
「あとは、他の仲間も集めないと」
「あ、ヤバいなって思った方はわたくしめが回収しちゃったです。この下に入ってますよ」
「なら、思ったよりも無事な人は多いのかな」
「大量の槍は、わたくしめも間近で受けたので他の方を庇う余裕はなかったですけど……」
でも、あの槍自体は大した威力も無かったし大丈夫じゃないかな?
無責任に口にはしないけど。
=====
……二人死んでた。
大した威力だったみたいです。適当に考えてすんませんっした。
そりゃあのとき、ダークエルフと交戦中だったしね。不意打ちにやられても仕方が無いと思う。
あの槍、『敵を貫け』って言葉によってホーミング機能が付いてたようだし。ダークエルフには一人も当たらなかったらしい。
むしろ、二人だけで幸運だったと考えよう。
うん、もっと死んでてもおかしくなかった。
あと、死んだのはエルフだけだった。
それも幸運だったとこっそり思っておく。
何故なら俺は今、エルフに対して怒っている。
邪神を倒した後、生存確認を終えたらすぐにエルフの森へ帰還した。
その後、事の顛末を伝えるために何人かでエルフの長老のもとまで向かったところで、事件は起きた。
エルフ達が、リティがハーフエルフでもあることに気付いて、それを批難してきたのだ。
リティの槌には【精霊魔法】が掛かっていたらしい。
【精霊魔法】はエルフ固有のスキルだ。それを使ってるのを見られたことで、リティのことが知られることになった。
以前エルフの森に来たことがあり、それなりに親交があったダイキが止めることですぐに批難の声は収まったけど、それ以降もリティへの蔑んだような目は無くならなかった。
このことを、俺は忘れない。
俺ももう魔力が回復したので、リティと俺は先に帰ることにした。
もともと急に呼ばれて来ただけだし、長居する気はない。
「アカリ、どこ行ってたの?」
「ああ、ちょっとね。それで、ディーロ先輩はどうかしたんですか?」
「うん、ついでに僕も連れてってはくれないかと思ってね。あそこまで結構遠いし」
「まあ、構いませんけど、自力でもすぐに帰れるんじゃないですか?」
「いや、言ったでしょ? 此処には徒歩で来たって。このままだと帰りも徒歩なんだよねぇ」
「どう考えても徒歩の速度じゃないんですけど……」
「一瞬で、徒歩で来たんだ」
ん、ああ、『時神』の力を使ったのかな。
名前からしてそんな感じだし。
「まあいいや。とにかく、家に帰ろうか」
範囲を引いて、転移元に設定。
家にある魔法陣を指定、転移先に設定して、転移発動。
次の瞬間には、我が家に到着している。
長いようで短い、エルフの森だった。
その中で一番心に残ったのは、エルフのあの目。それに対する怒り。
ダークエルフよりも、邪神よりも、何よりもそれが頭に残っている。
……死んでくれないかなぁ。
こんなこと思ったの、いつ以来だろ?
はっきり覚えてるのは小学生の頃かな。あのとき怨んだ同級生、死んだっけなあ。それ以来、他人に対していちいち感情を持たなかった気がする。
あの頃はただ、私怨でそう思ったけど今回は違う。他の人を思ってだ。
これも、私怨なのかな。
でも、それでも俺が、他人の為にそこまで思えることに成長したと感じる。
リティのことが、思っていた以上に大事なんだと実感した。
それをとても、嬉しく思う。
でもまあ、それはそれとしてエルフに腹が立ったままというのは嫌だ。
私怨はちゃんとすっきりしておきたい。
「『ウォッシュ』」
エルフの森。その中でエルフが暮らしている里。
その周囲を一周して範囲を引いてきた。
それを指定しての【水魔法】。まあ、この水はすぐに消えるし、ちょっと溺れるくらいで済むだろう。
普段使うより、たっぷり魔力を籠めたけどね。
ダイキ、フェルク、その他調査団の人。完全に無関係だけどごめんね。
エルフの森に設置した魔眼の媒体の一つで、しっかり魔法が発動したのを確認してから、媒体から視界を外した。
さーて、明日から夏休みだ。




