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過保護な女神さまによる異世界転生  作者: 枡狐狸
第三章 歯車を回す少年
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39 角と鮮血

 ペタペタ。


 裸足で歩く。


 ひたひた、ペタペタと。


 辺りは暗闇。大理石のようなつるりとした床が、ひどく冷たい。


 一歩前も見えないのに、ただ前へと歩き続ける。


 きっと、この先に『何か』が居るから。


 それはずっと、俺のことを待っている。待ち望んでいる。


 ペタペタペタペタ。


 どれくらい進めば辿り着くのか分からないけれど、それでも歩みは止めない。


 冷え込んだ足先は、すっかり感覚が無くなってしまい、足の指が無くなってしまったんじゃないかと錯覚する。


 あれ? なんで歩いてたんだっけ?


 たしか、『何か』に会いに行くんだったか。


 じゃあ『何か』ってのは?


 生き物なのか、ただの物なのか。


 人なのか、そうじゃないのか。


 そういえば、さっきは『居る』と表現したか。それなら生き物かな。


 いや、俺は『何か』のことを知っているのか? 忘れているだけ?


 それとも、最初から分かっていない?


 思考がぐるぐると回り、頭がぐちゃぐちゃになっていく。


 それでも、歩くのは止めない。


 理由を忘れ、いつからそうしているのかも忘れ、ただ闇の中を進んでいく。


 そもそも進んでいるのかと、歩みすら疑問に感じたとき、不意に前から光が届く。


 ああ、きっとあそこが――。



=====



 目が、覚める。


 けれど、体を包み込む温もりに、まだ寝ていたいと全身が訴えてくる。

 抱きしめている、湯タンポのように温かい抱き枕も、布団の中の幸せに貢献してくれている。


 抱き枕をぎゅっと抱きしめ直し、日の光から逃れるべく顔を沈める。


「ふにゃんっ」

「んにゅぅ?」


 耳元で声がして、目を開ける。すると視界いっぱいに人肌。

 顔を離すことで、遅れてそれが何かを理解する。どうやら、姫さまの首元に顔を寄せていたみたいだ。


「姫さま、おはよう」

「……おはよう」


 姫さまは顔を真っ赤にして目を合わせずに挨拶を返してくる。


 そういえば昨日は寝るまで姫さまに居てもらって、それでもビクビクしていたから、姫さまも一緒に寝てくれたんだった。

 お陰で眠ることができたけど、普段より眠りは浅いものだったらしい。変な夢を見てしまった。


 取り留めの無い、何がしたいのかよく分からない内容。まあ、夢というのはそういうものだ。


「あのアカリ、起きたのなら離してほしいのだけど」

「ああ、ごめんね」


 顔は離したけど、体は抱きしめたままだった。

 温もりから離れるのは残念だけど、しょうがないから姫さまを解放する。


 束縛から解放された姫さまは起き上がると、ベッドの上で俺と少し離れたところに座る。

 俺も同じように体を起こす。割と意識がはっきりしているから、普通に起き上がったのだけど、くらりと眩暈がして映像の逆再生のように倒れた。


「どうかしたの?」

「急に起きたら、眩暈が」


 チカチカとする視界が元に戻ったら、今度はゆっくりと上半身を起こす。そして軽く体調を確かめる。


 まあ、今ので既に分かっていたが、まだ体調が良くない。……んーでも、昨日よりはマシかな?


「どう? 体調」

「まあ、良くなってきてはいるよ」


 視界のぼやけは無くなって、視力も魔眼の補正込みのものになっている。

 だけどまだ、怠さが残っているし、何より魔力が回復していない。


「そう、それじゃあ私は、一旦自分の部屋に戻りたいのだけど、アカリは一人で平気?」

「ああうん、もう大丈夫だよ。ありがとね」


 姫さまもいつまでも寝巻きのままではいられないのだろう。自分の部屋へと帰っていった。

 ……最後までずっと顔が赤いままだったな。



=====



 朝食を食べ終わったら二度寝をした。

 そして起きたときには夕方になっていた。今日は完全に寝て過ごしたな。


「取り敢えず、トイレ」


 何とか一人で立てるくらいには回復している。

 歩くのにはまだ少し不安があるが、トイレまでならたぶん大丈夫だろう。


 部屋を出て、壁に手を付きながら歩く。

 時間は掛かったけど、無事トイレまで辿り着いた。


 用を済ませて、来た道を戻る。


「ぜえ、ぜえ、ふぅ」


 普段だったら徒歩30秒の道のりで、息が切れる。もう無理、一旦休憩。

 壁に寄り掛かってぺたりと座り込む。荒くなった息を整えていると、誰かが近づいてくる気配がした。


 そちらへ目を向けると、道の角からメイドさんと、そのメイドさんに連れられて二人の男女が現れた。


「鬼?」


 男はヒョロ長の冴えないおっさんで、女の方は俺と同じ16歳前後の外見のツインテールをした少女だ。

 二人とも灰色の髪に深紅の瞳をしている。おっさんは着流し、少女は丈の短い浴衣、いわゆるミニ浴衣を着ている。そして何より、頭に生えた二本の小さな角が特徴的だ。


「ねえ、あそこに女の子が寄り掛かっているけど、どうしちゃったのです?」

「ユミツキ様のようですね。どうされたのでしょうか」


 メイドと角の少女が俺のことを気にして近寄ってくる。


「ユミツキ様、このようなところでどうされましたか?」

「お手洗いの帰りなんですが、疲れちゃって」

「ぐはっ」


 愛想笑いと一緒に返事をする。すると何故か、角の少女が鼻血を吹き出した。


「うわっ、急にどうしたの」

「だ、だいひょうぶでふ」

「フェルクディ、どうした? ……ぐはあっ!」


 おっさんも後から近づいてきて、同じように鼻血を吹いた。

 一体何がどうしたというのか。


「ユミツキ様、失礼ですがお召し物が乱れております」

「ん? ああ、ホントだ」


 言われて確認すると、確かに服が肩からずり落ちていた。

 今着ているのはネグリジェのようなワンピース型の寝巻き。もともと薄着なのに、それが乱れて結構あれな状態になっていた。


 注意もされたことだし、きちんと服装を整える。……あ、もしかしてこの姿を見て鼻血を出したの?

 遅れてその事実に気付く。え? でも、おっさんはともかく、角の少女は今の俺と同じ女の子だよ?


「乱れた寝巻きでっ、息を乱して壁に寄り掛かっているなんて、はあはあ」


 角の少女の独り言のような呟きを耳にしたことで、鼻血の理由は確定してしまった。何この残念な子。


 もういいから、部屋に戻ろうと思い立ち上がる。壁に手を付いて、よろよろと進み始める。


「あら、どこに行っちゃうのです?」

「部屋に、戻る」

「辛そうだから、わたくしめが連れて行っちゃいますよ」


 言うが早いか、お姫様抱っこをされる。今の俺には抵抗する力も無いからされるがままになる。


「どこです?」

「あそこ」


 すぐ近くの扉を指差す。この距離でも壁を伝って歩くとなると結構しんどいのだ。

 だけど運ばれるとあっという間だった。部屋の中に入り、ベッドに降ろしてもらう。


「ありがと」

「いいえー、こちらこそです。柔肌を堪能して……おっと、また鼻血が」


 なんだろう、お礼を言って損だと感じた。


「わたくしめはフェルクディと言います。気軽にフェルクと呼んじゃってください」


 角の少女は鼻血を拭うと、名前を教えてきた。まだ部屋から出る気は無いらしい。


「ユミツキです」


 今は女の姿だから苗字だけ名乗っておく。パーティーでいろんな人に顔を覚えられただろうから、名前を伏せて統一させておいた方がいい。


「ユミツキちゃんですか。それで、ユミちゃんはどうしちゃってこんなところに居るんです? 王族じゃないよね」

「体調不良で、城の中で療養させてもらってるの」

「はー、もしかしてとてもお偉い人だったりするんです?」

「いや、そんなことないよ。城の中でこうなったから、家に帰れないだけ」


 その原因が貴族たちを助けたことだから、お詫びにと良い環境に居させてもらっている。


「それって、一昨日の事件のせいだったりしちゃいます?」

「まあ、そうだね。知ってるの?」

「そりゃあもう、大事件となっちゃってますからね」


 そりゃそうか。

 王城襲撃なんて大事件、二日もあればどうしたって広がるだろう。目撃者も被害者もあんなに居たことだし。


「それにわたくしめの父――部屋の外で待っているあの幽霊みたいのだけど、その父と一緒にさっきそのことについてイトラース王から話を聞いたんですよ」


 幽霊みたいってのはどうかと思うけど、正直言うと俺もさっき思った。青白くほっそりとした肌に白い着流しを着てるんだもん。頭に白い三角の布を被れば完璧だ。

 でも城に来て直接王さまから話を聞いたってことは、結構偉い人なのかな。パーティーでは見かけなかったけど。


「フェルクディ、まだか?」

「はいはいっと。それじゃあユミちゃん、呼ばれたのでわたくしめはそろそろ行くです。さっきのはホント、眼福でした」

「じゃあね。また鼻血は出さないでよ」

「はい、またお会いしましょう」


 そう言って、角の少女、フェルクは部屋を出て行った。

 そういえば、あの角はなんだったんだろう。親子揃ってだから恐らく種族固有のものだろうけど、訊きそびれたな。

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