38 症状
俺の様子を見終わった王さまとダイキは部屋から出て行った。
今は、遅めの夕食を食べている。料理はベットの上に台を置いて、その上に載せてる。
そう、さっき起きたのに夕食。しかも遅め。
どうやら起きた時間は既に学園が終わっている時間だったみたい。まあ、今日は仕方ないか。
体の動きが鈍い為、ゆっくりと食事を続ける。やっぱり此処の料理は美味しいなあ。病人向けなのが少し残念だ。
食べ終わった頃に、部屋に姫さまがやって来た。
「アカリ、体は大丈夫なの?」
「まだ不調だけど、休めば良くなるってさ」
「そう、早く良くなるといいわね」
「そうだね」
俺もいつまでも無防備なままで居たくないし、早く良くなるに越したことはない。
……いやホント、【状態魔法】が使えない状態って結構やばいんだよね。俺は普段、このスキルがあるから安心して暮らしているといった感覚がある。だから逆に今は、神経が尖っている感じがする。
「それでねアカリ、昨日は守ってくれてありがとう。アカリは私を庇って怪我もしたのよね」
「ん、いや、仕事としてだったし、気にしなくていいよ」
それに、最初に魔眼を喰らったのは庇わなくてもどっちみちだったと思う。なら姫さまだけでも守れてよかった。
「でも今アカリがこうなっているのは、私にも責任があるから、何かあったら遠慮なく私に言ってね」
「今のところはメイドさんに頼めば事足りてるよ」
「でも、私じゃないとできないこともあるのじゃないかしら?」
「姫さまにしかできないようなこと?」
あるか?
俺はもう、この後は寝支度をして寝るだけだし、特にすることもないんだけども。
「んー……」
「あの、何かないの?」
「今は特には」
「そうなの……」
姫さまはしょぼんとした顔になる。
「……あ、でも、俺は暫く学園に行けそうもないから、進んだ分の授業内容を教えてくれると嬉しいかな。姫さまとは同じ魔法実技をやってるし」
「! そう、分かったわ。体調が良くなったらしっかりと教えてあげるわね!」
先のことまで考えて、姫さまへの頼み事を何とか思い付いた。
それを聞いた姫さまは目に見えて元気になる。気にしなくていいと言ったのに、それでも何かしたかったようだ。
その後、姫さまと話していると、もう一人この部屋にやって来た。姫さまのお兄さん、女装王子ことゼネガスト様だ。今日も勿論女性の姿をしている。
「アカリくん、倒れたって聞いたからお見舞いに来たわよー。あら、スーも居たのね。……スー、その子は?」
ゼネガスト様は俺を見て首を傾げる。今の俺はユミツキちゃん状態だから、分からないのか。
「アカリですよ、ゼネガスト様」
「え? どういうこと?」
「アカリは姿を変えることができるらしいの。昨日この状態だったから、そのままみたいなの」
「魔乏症で、姿を元に戻せないんです」
「……アカリくん、女の子になれたの?」
「ええまあ、そういうスキルを持っているので」
「ナニソレ羨ましい! なんで私はそのスキルを持っていないのかしら!」
ゼネガスト様は見てわかる通り、女になりたいらしい。見た目は既に殆ど女性だよ。
「あー、他人にもスキルを使うことができますけど」
「!? なん、ですって?」
そんなに反応するとは思わなくて、こっちまでビクッとしてしまう。
俺がすぐに答えなかったら、ゼネガスト様はググイと詰め寄ってきて、恐怖を感じて思わず後ずさる。
「ゼネガスト兄さん、アカリが怖がっているわよ。離れてください」
「おっと、ごめんなさいつい」
「い、いえ」
姫さまありがとう。魔力が無い今の俺は、簡単に刈り取られてしまう状態なんだ。もっと小動物並みに慎重に接してほしい。
「でも、私の姿も変えることができるって、本当なの?」
俺は誰をとかまで具体的に言ってはいないが、ゼネガスト様の脳内では既にそういう話になっているようだ。
「は、はい、できますよ」
「じゃあ、私も真の女性になれるの!?」
「ひっ!?」
今度は両手をベッドの端について、前のめりになって顔を寄せてくる。本当剣幕が凄い。
それに、急に大声を出すもんだから、びっくりしてしまう。
「うぅ、だから怖いってば~」
俺はパタリと後ろに倒れて、ついそう言葉を漏らした。体が弱っているせいで、心も弱っていた。大きな声とかでも割と精神にくる。
「あ、ああ、ごめんなさい」
「もう、むりぃ。姫さま助けてー」
急に感情の波がきた。張りつめていたものが切れるように、動機がし始める。
思わず目に涙を浮かべて、姫さまに助けを求めた。
「ゼネガスト兄さん、取り敢えず出てってくれる?」
「で、でも」
「話は後で聞くから。今はアカリが……」
「……そうね。悪かったわ」
そう言ってゼネガスト様はすごすごと部屋を出て行った。
「アカリ、もう兄さんは居なくなったわよ」
「……ありがと、姫さま」
二人になったことで、少し落ち着いてきた。
普段だったらあのくらいなんてことはないのに、【状態魔法】が使えない不安が出てしまったのだろう。ちょっとしたことに過敏に反応して、感情が大きく揺れる。
「ダイキを帰したのは、失敗だったかな」
王さまやダイキが居たときは、安心できていたのだろう。こんな風にはならなかった。今では僅かな音でさえ、やたらと意識が行ってしまう。
「アカリ、大丈夫なの?」
姫さまが不安そうに俺を見てくる。安心させてあげたいが、どうにも感情が上手くコントロールできない。完全に情緒不安定だ。
「もう、早いとこ寝たほうがいいかもしれない」
そう考え、寝る準備を始める為に姫さまには帰ってもらった。
心配そうにする姫さまを見送った後、メイドさんに体を拭いてもらう。さっきので変に汗を掻いてしまったからね。
それが終わって服を着直したら、明かりを消してベッドに横になる。
……暗い。体も怠く、休息を必要としているが、眠いのに不安で眠れない。
そういえば、俺は魔眼の視力補正で夜目が効いた筈だけど、部屋の端が暗くて見えない。スキルの常時効果は魔力を使わなかったと思うんだけどな。
そもそも今日は、視界がずっと軽くぼやけていた。体に力が入らない方が衝撃的で、そっちのことはあまり気にしていなかったけど。
もしかしたらスキルの効果がとかではなく、単純に人体の機能にいろいろ障害が出ているのかもしれない。魔力の自然回復も体の機能の一部だと思うし。
「魔力の使い過ぎって、こんなに大変なことになるんだな」
《【状態魔法】は本来、自分以外に使えないスキルだからね。それを乱用した分、体への負担が大きかったんだと思うよ》
「あれ、ユユ。俺今スキルを使えない筈だけど念話できたの?」
《『コネクト』はこっち持ちだから、アカリは魔力を使ってないよ》
「そうだったのか」
じゃあもっと早く声を掛ければよかった。そうすれば多少不安も紛れただろうに。
《分かってると思うけど、アカリは今無防備な状態なんだから気を付けてね》
「それはもう、重々承知しているよ。むしろ気にし過ぎて神経が張りつめているから、ほぐしてほしい」
《うーん、そういうことなら『勇者』には居てもらった方がよかったかもね。あの人なら何かあっても守ってくれるだろうし、アカリも安心できたよね?》
「ああ、やっぱりダイキは帰さなきゃよかったな」
ユユと話すことで、幾らか気は紛れたけど、それだと寝ることができない。
すると、部屋の外から足音が聞こえた。
コツン、コツン、という足音に意識が吸い寄せられる。……あ、俺、足音って嫌いだわ。『死』が這い寄る音を思い出す。
「ううう、怖い」
《此処は王様のお城だし、大丈夫だよっ》
「昨日襲撃あったし」
《で、でも、襲撃があったからこそ普段より警戒してるよ。きっと》
「うっ、なんか涙出てきた」
普段泣くようなことは無いのに、余程涙腺が緩んでいるようだ。幽霊を怖がるような恐怖でボロボロと涙が溢れる。
足音は段々と俺の部屋に近づいてきて、止まった。
「へ、部屋の前で止まったよ」
ドアから距離を取るべく、ずるずるとドアの反対側に下がる。そして、下がり過ぎてベッドから落ちた。
「――うきゅぅっ」
背中から落ちてしまい、動きが止まる。
遂にドアの開く音がしたが、俺からはその様子が見えない。何かが近づいてくる気配は感じているのだが、今の俺には体勢をすぐに直すことができなかった。
「アカリ? 何してるの?」
「あ……姫さま……」
足音の正体は姫さまだったようだ。……まあ、そうだよね。何をそんなに怖がっていたのか。
「何か音がしたから入ってきたのだけど、ベッドから落ちたの? って、泣いてるの、アカリ」
「だ、だって姫さまがぁ」
「え? 私、何かした?」
……いや、姫さまは悪くない。きっと俺の様子を見に来てくれたんだろう。俺がその足音に過敏に反応しただけだ。
取り敢えず、起き上がろうとするが、ひっくり返っていて上手くいかない。もぞもぞとしていたら、姫さまが手伝ってくれて、ようやくベッドに戻れた。
「アカリ、本当どうしたの? 他にもどこか悪いの?」
「ただ、体が動かなくて魔力が戻らないだけだよ」
そして、その二つのことで俺は完全に無防備になる。襲われたら終わりだ。
此処が安全だと頭では分かっているのだが、もしかしたらという不安が消えない。
「じゃあ、何かして欲しいことはある?」
姫さまは再度、その質問をしてきた。さっきは特に無かったけど、今となってはありがたい。
「……傍に、居て」
「分かったわ」
俺の要求に、姫さまは頷いてくれた。
その日は、姫さまに一緒に傍に居てもらって、ようやく眠ることができた。




