16 傷の記憶
一度リティと別れてから再度朝食の場で合流。
「今日もウルフ狩りでいいのか?」
「うん、地道にやる」
まあ、ウルフ狩らないと冒険者ランクが上がらないしな。
ちなみに昇級までウルフを10匹狩る必要があるが、魔物の討伐はパーティーで行うのが基本らしく、この10匹というのもパーティーでの討伐数だ。既に7匹狩っているので、今日3匹狩れば二人とも昇級だ。
朝食を食べ終わったら早速森へ向かう。
苦も無くウルフ3匹を狩り終える。
魔眼を使うと相手は殆ど抵抗できずにやられる。あれ? もしかしてこの魔眼滅茶苦茶強いんじゃね?
洞窟に居たときは蝙蝠には効果が無く、蟻には暴れられて轢かれそうになるわ結局甲殻が硬くてダメージを与えられないわで。その後の盗賊ゴリラには一発で能力を見破られて視力を奪ったにも関わらずばっさり斬られた。
この段階で俺はそこそこ使えるけど穴が多く、すぐに対応されてしまうという評価を【瞳の魔眼】に付けていた。
だけど王都へ来てからは、そこらの魔物は魔眼一発で行動不能になるし、視界移動でかなりの情報収集ができる。更には昨日の盗賊には、盗賊ゴリラは流石に通用しなかったが下っ端にはネタがばれていても視線誘導や動揺の隙をついて魔眼に嵌めることができた。目が見えなくなったら後はナイフ一振りで倒せる。
しかもカルテ曰く、発動時の魔力が殆ど見えなく、使われても気付かないと。口ぶりから察するに、他にもあるであろう魔眼は使うときに魔力で相手に使用を感知されやすいのではないだろうか。いっそ魔眼を発動したら目が光ったりして。
見えない程度しか魔力を使わないから当然コスパも良い。洞窟でLV1のときの俺があれだけばんばん使っても魔力切れにならなかったんだ。消費魔力はかなり少ないのだろう。
これらのことから俺は、魔眼を「そこそこ使える」から「かなり強くて便利」に評価を上げたいと思う。
考え事をしているうちに冒険者ギルドに到着。思考終了。
ウルフを渡して報酬を受け取る。そして冒険者ランクがDに昇級。
Dランクの昇級依頼は今までと違い複数の種類の魔物で、すぐには狩りに行けないものもいるとのこと。Dランクからは受けられる依頼の種類もかなり増えるし、暫くはDランクで活動することになりそうだ。
リティと二人で掲示板を眺める。さっき魔眼の評価を改めたばかりだが、魔物を盲目にすることができても致命傷を与えれなきゃ意味が無い。結局はあの蟻と同じように攻撃が通らない魔物は狩ることができない。
あの蟻、アイアンアントがDランクの討伐依頼となっている。どうやらあの洞窟がこれ以上広がらないように常に蟻を間引いているようだ。素材として鉄が取れるのも常駐依頼となっている理由の一つ。という話をカルテがしてくれた。
「うわっ、いつの間に」
「ちょっとその反応は酷くないですか?」
「いや悪い、気付いたら横に居たもんだから」
「それって貶してます?」
昨晩はだいぶ弱っていたが今はもう元気そうだ。あのばあ様治癒士のおかげで怪我も全快している。
「カルテ、大丈夫だった?」
リティがカルテに話し掛ける。
「え? 何がですか?」
「ほら、昨晩のことだよ。リティにも軽く話したんだ」
「ああ、そうなんですか。ええもう、見ての通りです」
袖をまくって健康アピールをする。
「入学前だし、気を付けて」
「ありがとうございます。私も今回の件はかなり疲れたので、暫くは大人しくして英気を養おうと思います」
「ふーん。やっぱりカルテでも精神的な疲労とかあったんだ?」
「私をなんだと思ってるんですか。花も恥じらう乙女ですよ」
「花も恥じらうねえ」
「え、なんですか」
「いや別にぃ」
適当にカルテの話を流す。ふぁ、ねみい。
夜寝るのも遅かったし、それもすぐに目が覚めた。1、2時間くらいしか寝てない。
まあ、そのおかげで朝の低血圧は無かったが、その分今になって急激に眠気が襲ってきた。
「――ねえ、聞いてるんですか?」
聞いてませんでした。
「ん? ああ、聞いてる聞いてる。それで、何だっけ?」
「はあ、まあいいです。それより精神疲労と言ったらアカリさんこそどうなんです? 八つ裂きの血塗れになってたじゃないですか。私よりそっちのほうが心配なんですが」
「昨日も言ったろ。平気平気」
「八つ裂き? 血塗れ?」
あ、しまった。せっかく心配させないようにしてたのに物騒な発言をリティが聞いてしまった。
「そうです。生きてるのが不思議なくらいでした」
おい! 余計なことを言うな!
そこら辺は今朝はぐらかして、それでも心配かけたデリケートな部分なんだよ!
「アカリ、本当?」
「い、いや。そんなことは、全然不思議なことなんて無かったよ」
「カルテ?」
「あ、はい。誇張でも何でもなく八つ裂きでした。腕とか足とか切断されてました」
本当のことだから否定できない。でももう少し表現を柔らかくしてほしい。オブラートに包んでさぁ……。
ちなみに状態復元を使うと斬り落とされた手足も普通に生えてくる。切断された先は再生と同時に消えていた。
「アカリ、本当に平気なの?」
「まあ、今は無傷だし」
「でも、痛かったよね」
「痛いっちゃ痛いけどそのうち麻痺していったし」
そう言うと、リティの睫毛が震える。やべえ、何か言葉のチョイスミスったか。
「辛くないの?」
「それは、何というか……」
夜、夢を見てすぐに起きるくらいだ。そのときは酷く心細くなったし、何も感じなかったということはないだろう。
ただ、それは昨晩いろいろなことが起こったからで、手足を斬られたときのことを思い出しても、それ自体には特に何も感じない。あのときはやばかったなと思うくらいだ。
「何も、感じない」
気が付いたら考えていたことをそのまま口に出していた。
慌ててリティのことを見ると、リティは大きく目を見開いて俺の顔を見ていた。
「ああいや、感じないと言っても、その」
フォローしようとするが、言葉が出てこない。
リティは俺を見つめたまま、涙をこぼした。
「ええっ、リティ!?。カルテ! フォローフォロー!」
「え!?」
俺はプチパニックを起こし、カルテにキラーパスを送る。
カルテは一瞬ひどく驚いた顔をこちらに向けるが、リティのほうへ向き直すと言葉を紡ぐ。
「リティさん落ち着いてくださいっ。アカリさんなら大丈夫ですよ!手足を斬られても何も感じない図太い神経の持ち主なんですから!」
リティの瞳から涙が溢れ出す。カルテ、悪化したぞ。
カルテってリティのこともさん付けで呼ぶんだなあとかどうでもいいほうへと思考が流れていく。いかん、知らず知らず現実逃避をしていた。
ここは俺が何とかしなくては。
そう思っていたら先にリティが口を開いた。
「痛くても何も感じないって、いつからそうなの?」
「いつからって……いつからだろ」
昔から死の危険が常に身近に潜んでいて、ふとした瞬間にそれに掠める。その度に大怪我をしたりしていた。
生と死がいつも隣り合っていることを幼い頃から実感した。
10歳になった頃に一度死んでしまうし、蘇してもらった後は、生と死の境界がより曖昧になったように感じる。
そんなだからか怪我をして、痛みは感じてもそれ以上は何も感じなくなった。ただ、生きているかどうか。それだけがはっきりしていれば他のことにはあまり頓着しなくなっていった。
きっかけは特には無い。強いて言うなら死んだときか。
俺はただ、生きてるだけで死の危険を感じ、怪我をしてもそれで生きるか死ぬかくらいしか気にしなくなった。結局死んだわけだが。
今思えば前世のときに手足が吹っ飛んでも、生きてさえいれば不便だとしか思わなかっただろう。その出来事がトラウマになったりすることも無い。
「気が付いたときには、もう、こうなっていたのかな」
俺の返答にリティは悲しそうに瞼を伏せる。
「わたしは、アカリが傷付いたら悲しい」
「……そうか」
「アカリは、どんな怪我をしても、何とも思わない?」
「今なら治るしな」
前世の最期がちょっとミンチになってたらしいのは流石に気になったが。それを父さんに見られるかも知れないんだから。
「それでも、心は傷付く」
「俺はもう、怪我をしたくらいじゃ何ともないよ」
「それはもう、傷付いたのが分からないくらい、傷だらけだから。もしくは……」
――もしくは、もう既に壊れているか。
「それが、悲しい」
ああ、この子は俺の心を知って、悲しんでいるのか。
人を殺しても何とも思わない、手足を斬られても何も感じない。そんな、傷だらけで反応が鈍くなった心を。
「だからわたしが、アカリの分まで悲しむ。アカリの心が治るまで」
俺はもう、自分の心はどこか壊れているのだと思っていた。
それでも、父さんやユユとの大切な日々が続くのならそれでも構わないし、気にしてもしょうがないと切り捨てていた。
リティはそんな俺がいつか治ると信じている。心がまだ壊れていないと思っている。
それまでは足りない心を自分が補うと言ってくれているのだ。
「俺は、傷付くことに慣れすぎていたのかな」
「ゆっくり休めば、心も治る」
「そうかな」
「うん。それまでは、わたしが手伝う」
思えば俺がこうなった一番の原因である『死神』による手招きからは『空間神』であるユユの加護が守ってくれている。
その割にはこの世界に来てからもちょくちょく危険を感じているが。まあ、【状態魔法】のお陰で本格的にやばくなったのは昨夜の盗賊の一度きりだ。
今はもう、死と隣り合わせの生活を送るような感覚もない。
なら、リティが言う心を癒すというのもできるのかもしれない。
心が傷付きやすくなったら今よりも俺は弱くなるかもしれない。
それでも、俺はこの新しい世界で生きる目的のようなものを見つけた気がした。




