12 襲撃
左右で違う景色を見ているのは結構疲れる。
しかも、右の眼で見て移動しながら、左の眼では何処へ移動しているのか把握しながらだ。
ぱっと見ただけでそこが何処にあるのか分かるほどこの街に詳しくは無い。なんかもう、油断したら迷子になりそう。
そんな状態なのでとてもじゃないが走って追いかけたりはできない。せいぜい早歩きくらいだ。
そんな中、カルテが人通りの少ない道へ入る。すると、覆面がカルテとの距離を狭めだした。
「不味い、ストーカーが近づきだした」
《え!? 何かする気なのかな》
「だとするとカルテが危ない。急がないと」
だけど今いるところからの最短ルートが分からない。今はさっき魔眼で見た場所を辿っているだけだ。
焦りながらも先へ進むが、俺が追いつくより先に覆面が仕掛けだした。
覆面はカルテのすぐ後ろまで近づくと、突然彼女が背負っている槍を掴む。
カルテはそれに反応して振り返るが、それと同時に覆面は槍を掴んでいないほうの腕をカルテの胸に回す。その手にはナイフが握られていた。
「やばいやばい!」
カルテが刺された! そう思ったが、寸でのところで胸とナイフの間に右手を挟んで防いだようだ。
カルテは覆面から距離を取ったが、その際に槍は奪われてしまう。右手を貫かれ、武器を奪われてかなり危機的状況だ。
覆面は槍を遠くへ投げると両手にそれぞれナイフを持ってカルテに襲い掛かる。
しかし、カルテは魔法を放って覆面を迎撃した。
「氷の魔法か?」
それからは氷の礫を飛ばして牽制をすることで二人の距離が開く。
覆面は礫を防げてはいるが、一定間隔で放たれる弾幕でカルテに近づくことができないようだ。
「よし、カルテが持ちこたえているぞ」
《じゃあ何とか間に合うかな》
「ああ、覆面は遠距離の攻撃手段を持ってないみたいだな。接近されなければ何とかなる」
それからもカルテは氷の礫を放ち続けるが、その顔色がだんだんと悪くなっているように感じる。
覆面の視線もそのことをしっかりと観察しているようだった。
「なんだ? まだ魔力が消耗するには早いと思うが」
《何かあったの?》
「カルテの顔色が悪い。手の怪我だけのせいではないと思う」
カルテの顔には汗が浮かび上がっていて、かなり消耗しているみたいだ。気が付いたら身体が震えている。
「もしかして、ナイフに毒が塗られていたか」
おそらくは神経が麻痺する類の毒。だんだんと体が動かなくなっているようだ。
やがて膝が落ち、腕も上がらなくなって魔法を撃つのも止まってしまう。
その様子を見た後に、覆面はカルテに近づきだす。
俺はまだ、その場所には辿り着かない。
「何か、何かないか!」
自分が今できることを必死に探す。
俺の魔法で今使えるものは無いし、魔眼も見ることしかできない。加護や称号もこの場では意味が無い。
覆面は距離を詰め、カルテのすぐそばに立つ。カルテはそれをただ睨むことしかできない。
ふと、カルテの瞳を見て思いつく。魔眼で視界を奪うことができるのではと。
視界を覆面からカルテへ移し、正面から覆面を見る。そして顔を隠しているその布の奥から眼光が映った。
――【瞳の魔眼】発動。覆面の視界を奪う!
魔眼が発動される。視界を奪われた覆面は、目を手で覆った後、警戒して後ろへ跳んで距離を取った。
「よし、よし! 上手くいった!」
俺もだいぶ近くまで来て、カルテたちが居る場所までもうすぐで辿り着く。道ももう最後まで分かるので全力で走って向かう。
最後の角を曲がり、遂に覆面の背中を捉える。まだ覆面は視力の喪失から立ち直れていない。
駆け寄る足音を聞いて覆面が振り返る。このまま突っ込んだら流石にやられるか。
視力を奪われても俺のことをバッサリと斬り裂いてきた盗賊ゴリラが脳裏を過る。取り敢えず距離を保ってナイフを投げることにする。
脳天に狙いを定めて放つ。
ナイフは狙い通りの軌道で覆面に突き刺さる。覆面は反応すらできずにその場へ倒れた。
「……やったか?」
あっさりとナイフを弾いた盗賊ゴリラの印象が強いせいで警戒するが、覆面が起き上がることはない。一瞬で絶命したようだ。
あっけない最期だが、まあ、あんなゴリラと比べるのもあれか。
敵は排除できたのでカルテの下に駆け寄る。
「カルテ、大丈夫か?」
「……アカリ、さん? どうして」
何とか喋ることはできるようだ。
「助けに来たぞ。それは麻痺毒か」
「そう、みたいです。体が痺れて動けません」
油断はできないが命の危険は無さそうだ。
俺は鞄に常に入れている物を漁り、タオルを取り出して、カルテの怪我をしている右手に巻きつけた。
「取り敢えずはこれで。にしても何で襲われたんだ? 心当たりはあるか?」
「ありがとうございます。いえ、誰かの恨みを買った覚えはないんですけど」
でもこの覆面、カルテに狙いを付けて後を追ってたんだよな。
覆面へと近づき、ナイフを抜き取ったらその顔を覆う布を剥がした。中からは白目を剥いたおっさんが。
「んー? 何処かで見たことがあるような」
何処でだっけ? そもそも俺には知り合いがあまりいないしなー。あ、こいつあれか。
「思い出した。こいつ盗賊の一味だ」
「盗賊、ですか?」
「ああ、俺数日前に国境トンネルでこいつらに襲われたんだ」
正確には、襲われているところに混ざった、だが。何で盗賊がこんなところに居るんだ?
「ならもしかしたら、私が襲われたのは盗賊討伐隊だからかも知れませんね」
「なるほど、確かにそれなら繋がりがあるな」
今思えば、昼に冒険者ギルドで感じた視線もこいつらだったのかもしれない。ギルドは基本的に出入り自由だし、俺の顔は覚えられている可能性が高いからな。
でも街に忍び込んで襲うなんて、ただの盗賊がやることじゃないな。予想以上に凶悪すぎる。
「もしそうなら、他の人も不味いかもしれません」
「忍び込んでる盗賊がこいつだけじゃないかもってことか」
「そうです。一人じゃ全員を仕留めることはできないでしょうし、私だけを襲っても意味はありません」
これは衛兵さんの出番かな。
「討伐隊の皆さんは今、居酒屋に集まっている筈です。私は今からそちらへ向かいます」
「今からって、毒は大丈夫なのか?」
「はい、先ほど飲んだ解毒薬が効いてきたみたいでもう動けます」
さっき覆面盗賊の隙をついて薬を飲んでたようだ。
カルテはそう言って体を起こし、手足を動かして状態を確認する。
「衛兵を呼んだほうがいいんじゃないか?」
「此処からだと詰所とは距離がありますので、本当に襲われているのなら急いで向かわないと討伐隊の方々が危険です」
言いながらカルテは槍を拾いに行った。
「アカリさん、本当に助かりました。この恩はいずれ返します。アカリさんはこの後詰所へ向かってくれませんか」
「いや、俺も一緒に行く。毒喰らったばかりのカルテだけを危険な場所に行かせるわけにはいかない。行くならカルテが詰所に行ってくれ」
「ですが……」
カルテは悩んでいたが、説得している時間は無いと判断したらしく、一つ頷くと一緒に向かうことを了承した。
居酒屋の場所を聞くと、詰所のある方向と同じだった。しかし、詰所と居酒屋は距離があってどっちにしろ一度居酒屋を通り過ぎて詰所へ向かうよりは、先に居酒屋の様子を見たほうが良さそうだ。
俺達は二人で居酒屋へと走り出した。




