世界は俺に死ねというのか
『悲報! 篠川綾芽が彼氏とデート』
「……は?」
憂鬱な月曜日の午後。
つまらない授業を聞き流し、スマフォで好きな声優のスレを覗いていたら理解しがたいレスが目にとびこんできた。
『嘘乙』
『釣り? つまんね』
『ソースはよ』
『つオタフクソース』
『お前らワンパターンだな。ほらよ、ソース』
『ブラクラ注意』
貼られたURL先をためらいなく開く。
もちろんスレにはたびたびこんなレスことは珍しくないし、どうせガセだろうと思っていた俺の目に映ったのは、男と腕を組んでいる篠川綾芽の画像と『人気声優 篠川綾芽お忍びデート!?』とデカデカ書かれた見出しのゴシップ記事だった。
『はああああああああああああああああ!?』
『は? しののん、俺らのことずっと裏切ってたの?』
『マジかよCD売ってくる』
『お前ら発狂ざまあwwww……嘘だろ?』
月曜日だというのにどこに潜んでいたのか、次々とあふれ出したレスはすぐにスレがうまるぐらいの勢いを見せたが、そんなことを気にもとめる余裕もなく俺はポツリと呟いた。
「どうすりゃいいんだ……」
「そうだな、篠河まずは携帯を差し出せ」
反応されたことに驚き顔を上げると、担任でもあり今授業の先生である一之瀬先生とバッチリ目があった。
「せ……先生?」
「次に歯を食いしばれ」
「体罰は問題……」
一之瀬先生の拳がスロー映像のように流れたとき、俺の心には雲ひとつ無かった。
「これは夢……夢なんだ!」
直後、俺の意識は飛んでいき、見ていたスレはすぐに最後までうまった。
幕間
声優、篠川綾芽を初めて知ったのは1年前、深夜アニメを何気なく見ていたときだった。
『野々川役 篠川彩芽』
なんとなく見ていたアニメだったので内容はもう忘れてしまったけれど、篠川(声優の名前)と篠河(自分の名前)が似ていたことが目にとまった。
もちろん声優とはいえ、芸能人なのだから本名はまったく別なのだろう。しかし、そのうちアニメで彼女の名前を見る機会が増えていき、そして、
『みんなー! 今日は私のために集まってくれてありがとー!!』
『ウォー――!!』
『それじゃあいくよー! 一曲目は……』
彼女が人気声優の地位までに上り詰めたころには、俺はすっかり『しののん応援クラブ会員番号4098』(彼女の虜)になっていた。
『今日はみんな最後まで本当にありがとー!』
楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。
彼女に負けないくらい流した汗から感じる疲労感よりも充実感が心地よい。
ああ、今日もしののんは最高だったなあ。
『……実は最後に、重大発表がありまーす』
ん? なんだ?
突如かもし出された不穏な空気が違う汗を促す。
『実は私……』
やめろ、やめてくれ……!
『彼氏ができましたー!!』
ぎゃあああああああああああああ!!
「はっ!?」
反射的に体を起こし同時に目が覚める。
白いシーツに白い掛け布団。
どうやら保健室のようだった。
「何か嫌な夢をみていたような……」
あごまで流れてきた汗を腕でぬぐう。
すでに夢の内容は忘れていたが、嫌な予感がするので思い出さないことにする。
「やあ、起きたようだね」
声がしたほうを向くとそこにいたのは保健室の先生……ではなく、同じ学校の制服を着た一人の少女。
俺は彼女の名前を知っていた。
「……ふ、二見さん」
「おや、見知らぬ顔に私の名前を知られているとは。さては君……私のストーカーだな!」
どこぞの探偵よろしくびしっと指差す二見さん。
いやいや、同じクラスです。はい。
「なんと、同じクラスだったのか……すまないな。覚えていなくて」
誤解を解くとポーズではなく申し訳なさそうにする二見さん。
「し、しかたないよ。俺、二見さんみたいに頭良くないし、地味だし……」
女の子との交友関係のなさからこういうときにどう慰めたらいいのかわからない。