禁忌
烈は、菜穂を客と見なしたのか、さらに商談を続ける。
「比嘉菜穂、お前が被験者になるか?惚れ薬の後に解除薬を呑む。なんなら、解除薬だけでも良い」
「……何の話よ?」
「お前の体なら、惚れ薬も解除薬も禁忌を起こす事も無いだろう」
烈は、前回に採取した血液を検査していたのだ。
「禁忌?」
「薬をある患者に使うと、効果が出るどころか逆効果になる事だ」
「でも、どうして私が?!」
「二回も入り込んだ奴はお前が初めてだからな。気に入った。報酬は弾むぞ。
被験者生活が終われば、二ノ宮竜の居場所を知らせてやる。なんなら、解除薬も付けてやっても良い。
お前が身を張っての検体なら、使えるだろう?」
被験契約の紙を取り出して、バインダーに挟んだ烈は、そこに竜の被験体の識別ナンバーの情報を報酬欄に追加した。
「……わかったわ、約束よ?」
「契約完了だな。サインしろ」
烈は菜穂に先ほどまで使っていた、上質の万年筆を渡す。
菜穂は印刷された文字に手書きの文章が付け足された契約書にサインをする。
「では、持って来よう」
鍵付きのロッカーから烈は薬瓶を持ってくる。
「これを飲め」
「私が持っていたのとは違うのね……」
「残念ながらあれは偽物だろう。最近多いらしくてな。
調査させた。生理食塩水に着色剤を混ぜて、惚れ薬を十mlいれただけの代物だ」
「そんな……」
「そんな物に引っ掛かるなんて、とんだ馬鹿が居たもんだ」
「いちいち頭にくる男ね」
受け取った薬瓶の封を切り、中の液体を口に含む。
その時に、烈の勝ち誇ったような高慢な態度が気に障った。
唇がゆっくりと三日月の形に歪むのを見て、菜穂の中で何かが切れた。
対面に座る烈に身を乗り出して、襟元を掴んだ。
そして、菜穂は意を決し、口付ける。
「お前……!?」
「……」
烈が、薬を飲み下す音を聴く。烈は、意外なほど抵抗はしなかった。
飲み下した後も、余裕だった。ふっと、鼻で笑い、机に突っ伏した。
倒れる烈を瞠目して観る菜穂。
倒れる様は、時間が止まったかのようにゆっくりと感じられた。
菜穂は、心臓がうるさく騒ぎ、自分の呼吸も荒かった。
まるで、殺人を犯してしまったように感じた。
ちょっと精神的に参る事がありましたので、改変できていませんでした。この作品なら間を開ける事無く掲載できると思っていたのですが、申し訳ありません。