提案
もう、あれからが半年が経ち、世間はクリスマス一色になっていた。
冬といっても、まだ雪が降る気配はない。
例年よりも、温かい冬の日が続き、梅雨時期かというほどの雨が、ここのところ長く続いていた。
烈は、窓の外に近寄り、止む気配のない雨を眺めていた。
それから、ドリップ式コーヒーメーカーに昼間作っておいたコーヒーを飲もうとして、紙コップに移す。
「……」
しかし、烈は、コーヒーに口をつけずに、コーヒーメイカーにもどしてしまった。
紙コップは、つぶしてゴミ箱へと投げ込む。
量が微量に増えていた為だ。
いまいましげに舌打ちをして、パソコンで社長室の入室記録を閲覧する。
そして、女の気配に気付くのが遅れてしまった。
「お久しぶりね、逆木社長?」
烈は目を瞠った。
また、菜穂は逆木製薬に侵入したのだ。
今回は最初から社長室が目的だった。
「……驚いたな、ここまで化けるのか」
「化けるは、失礼じゃない?」
菜穂は少女を脱して女になっていた。
ボブだった髪を長く伸ばしてミルキーブラウンに染め、ゴージャスな巻き髪に。
ルビーレッドの胸元が大きく開いたタイトミニドレスに、派手なゴールドのネックレス。
10㎝以上高さのあるブラックのピンヒール。ローズピンクのノーカラーコート。
元々大人びた少女だったが、色気が出た。
ただ、烈には大人にならざるを得なくて身に付けた、不自然な色気に思えた。
だからといって、烈は情けなどは持たない。
「なんだ、金目当てに男に媚びるつまらない女にでもなったか?」
「……ふん、そんな訳ないじゃない。
私が、男達に貢がせてんのよ。
だいたいあんたが『媚びる』って言ってる行為も仕事だから仕方ないだけにきまってんじゃん」
男に媚びると捉えられる商売をしていると、その身なりで解る。
しかし菜穂は、烈に媚びなど売らず、瞳には敵意を滾らせている。
「私は、あんたが覚えてないと思っていたのだけど」
「少し気になったからな。比嘉輸送の一人娘だろう?人殺しの娘か」
菜穂は手を振り上げるが、難なく掴まれてしまう。
「あんた、ほんとムカつくわ……!」
殺意を込めて、睨め付ける。
やはり、烈は菜穂を見下ろして観察している。
「今日は何しに来た?」
腕を強く握られて、菜穂は眉をしかめる。
「あぁ、復讐か?」
菜穂は首を背けるが、顎を捕まれ、無理やり烈に目を合わせられる。
「……っ!」
「図星か、顔に出易い奴だな。まぁ話でも聞いてやろうか」
「何の気の迷いよ?」
「その気の迷いが消えない内に話すんだな」
「くっ……!あんたに惚れ薬を飲まそうとわざわざ来たのよ、この通り失敗したけどねっ!!」
自棄に菜穂は吐き捨てる。
ゴミ箱には、紙コップが転がっている。
先ほど、烈が投げ捨てた物だ。
「……ほぅ、やはりか。だが、そのやり方は賢いとは言えないな。リスクが高すぎる。
現にこうやって捕まっている訳だ」
「うるさいわね!」
「お前、今日は警備員に捕まらなかったんだな」
「お願いしたら、ここまで通してくれたわよ」
警備員に菜穂は、お願いした。
別の言い方をすると誘惑した、ともいう。
その菜穂を観察して、何やら思った事があったのか、烈が口を開く。
「……お前、解除薬を買わないか?」
「は?」
菜穂は、自分の耳を疑った。
「惚れ薬には解除薬というのがある。惚れ薬の効果を無効化する物だ。
ただし、まだ生産に漕ぎ付けていないし、人体実験もしていない。
二ノ宮竜を被験者とするならば安く提供してやろう」
にやりと口の端を吊り上げる烈。
「本当に効くの……?」
信用出来ない菜穂は、用心深く烈に訊く。
「さぁ?ラットで死骸は出なかったが」
「最低ね、私に竜を実験する為に捧げろっての?」
「買わないのか?」
「そんな危ない物、竜には使えないわ」
「それなら、ずっと他の女の物で良いのか?」
烈は口の端を軽く持ち上げて、さらに煽る。
「そうは言わないけど、でも……」
「お前は、本当に安全な薬なんて在ると思っているのか?
筋弛緩薬や睡眠薬、風邪薬でも処方を間違えば死ぬ。
まぁ、二ノ宮竜に使うならば先に診断をしてからじゃないと処方出来ないが……」
「……」
「どうした、呆けた顔をして?」
「いえ、逆木製薬はもっと金儲けしか頭にないと思っていたから」
「……で、結局買わないんだな?」
「買わない、というより……竜がどこに居るのかも解からないもの」
「馬鹿だな、どうしてそうも不手際が多いんだ」
「あんたに言われたくないわよ」
烈に呆れられたのは、心外だった。
元は、半年ではなく二年後でした。でも、そんなにいらないだろうと、半年に。