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惚れ薬  作者: 谷藤灯
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不用心

幸いにも、もう夜中の時分を回っていた為、あまり人とすれ違う事はなかった。

環状線が通る高架下を抜けて、しばらく歩くとコンクリート打ちっぱなしの五階建てのビルが目の前にそびえる。

無機質な温もりの感じられない壁面を冷たい雨が流れていく、屋上の青い光は分厚い雲にも光を投げかけていて気味が悪かった。

鉄格子のようなシャッターの奥、ガラス張りの扉の中を覗くと、社内の一階は誰も居ないようだった。

暗い中で非常灯の赤色と緑色が少し怖ろしくもある。

だが、外から見た時に五階の一室に灯りが点いていた。

見間違いでなければ消し忘れか、誰かが居るという事だった。


「どこか開いてるかしら?」


誰かが居るのなら、まだ閉まっていない扉があると思い菜穂は入り口を探す。

先ほど覗いた正面からは無理だとして、裏の社員専用口に廻る。ドアノブを回すが鍵が掛かっていた。


「あと、他には……?」


搬入口にはそれこそ、鼠色の物々しいシャッターが閉まっている。

諦めず菜穂は辺りを見回すと、一か所だけ窓が開いている。

雨風が吹き込んでいるであろう窓は小さく、おまけに二階だ。

ちょうど良い所に楠の大木が植えられていてそれを登れば行けるかもしれない。


「落ちそうだけど、構ってられない……!」


菜穂は意を決して、楠を登る事にする。

登るのに邪魔なミュールは車輪梅の低木の中に隠しておく。

裸足で雨の中、木登りとは、こんな歳でやるとは思ってもいなかった。

オフショルダーブラウスは、オフホワイトであるため、ブラが透けて見え、なおかつ、重みでずれてくる。

パンツのデニム生地は、肌に張り付いて重く、ワイドな為、余計に水を吸う。

どうしてもっと動き易い服装にしなかったのかが悔やまれる。

ざらざらとした楠の表皮は濡れていても登り易かったので助かった。

やっとの思いで登りきり、窓に手を掛ける。

上半身を中に入れて重力に流されるように建物の中に滑り込んだ。


「いったぁ……」


無茶な事をしたからか、体が重かった。

それでも菜穂は立ち上がり、周りを確認した。

どうやら女子トイレのようだった。

扉を開け、廊下へと出る。

電気が消されている逆木製薬の中は、非常灯と誘導灯を目印に進む。

案内板を見ると、一階はエントランス、受付、搬入口、倉庫、警備室。

二階に、事務室とロッカールーム。

三階は、研究室とロッカールーム。

四階は、ラウンジ、食堂。

五階は、ミーティングルーム、社長室となっていた。


「……事務室はこの階」


菜穂は、まず事務室に入り込む事にする。すると、光の帯が伸びているのを発見した。


(警備員が居る!)


もちろん、監視カメラも作動しているはずだが、どこを映しているのかは暗い中を移動している菜穂には解らない。

たとえ、見つかったとしても、逃げ切れば良いと捨て身の菜穂は思いこんだ。

懐中電灯の光で相手の位置を確認し、タイミングを見計らって事務室の扉に滑り込んだ。

だが、逆木製薬のそれぞれの部署は壁の上半分以上がガラスで仕切られており、中が丸見えになる。

菜穂はスリープ状態で放置されていたパソコンを見つけ、顧客リストを検索した。

幸いな事に、ロックなどはかかっていなかった。


(不用心過ぎるでしょ)


菜穂でも会社のPCにロックがかかっていないのは危険だと思う。

けれど、不用心だったからこそ、助かった。

流石に、二ノ宮竜と打ちこんだ所で何も出てこないだろう、使われた相手なのだから。

そして、その竜を奪った相手の名前も知らない。


「なら、あの子の名前……」


菜穂が打ちこんだのは、大学の惚れ薬の噂の張本人の名前だった。

だが、出てこない。

彼女の父親の名前を打ち込むと、検索結果が出た。


「これだ」


幾つかの薬品名が出るが、一つだけ、容量と個数が少ない物があった。

その薬の購入者を検索すると、議員の名前や女優の名前、それに叔父の名前も出てきた。


「叔父さんの名前!?なんで……」


驚く菜穂だが、その値段にも驚いた。

一回の服用で車が一台買える。しかも定期的に服用する必要があるらしい。

ふと、秘書の言葉を思い出した。

副社長が会社の資金を横領していた、と。

叔父はもう何回も購入している。

そういえば、一年前に結婚した叔父の妻はとても叔父には釣り合わない美しい人だった。


「叔父さんは、これの為に破産した?それで、横領したって事?」


もっと詳しく検索すると、被験者という項目が出てきた。

すべて匿名で書かれていたが、竜の住所と年齢が一致したものがあった。

そして、叔父の家の住所と、妻の年齢も。


「やっぱり、竜は使われてた……」


そのまま、菜穂は座り込んでしまう。

もう、嫌な事を知りすぎてしまった。

光に照らされてしまったが、動く気も起きなかった。

自社ビルを構える企業の各フロアがどんなものなのか、いまいち解らず書いています。

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