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惚れ薬  作者: 谷藤灯
3/19

菜穂が霊安室で母の死体を見つめていると、会社の役員が来て覇気の無い菜穂をロビーのテレビ前まで連れて行った。

テレビでは、副社長が他殺体で見つかったという事を告げていた。


「……!?」


県を二つ離れた山中で、刃物で何度も刺されていたと……ニュースキャスターは無表情に報告した。

そして、同じ山中の谷底に転落した車の中から、父親の死体が発見されるのには時間がかからなかった。


秘書に、菜穂は家へ送られた。

菜穂はその間、ずっと黙っていた。

表情も無く、涙も無く、屍のようだった。

家に着くと、菜穂は一人だけでは広い家の中を見回した。

ワンマンな所があり、頑固で人の話を聞かないが、豪胆だった父。

口数は少ないが、怒ると父よりも怖かったが、凛とした母。

その二人が居ない。もうこの家には、菜穂以外帰っては来ない。

菜穂は否定するように、家の中を探して廻る。

父と母の姿を。

両親の寝室や、父の書斎、母の家事室、菜穂の部屋、リビング、キッチン、テラス、風呂場、納戸、地下室。

だけど居ない、わかりきったことを菜穂は続けた。


「そうだ……、外に居るんだ」


家に居ないなら外に居ると、歯車の外れてしまった菜穂の頭は判断した。

お気に入りの紅い傘を差して菜穂は外に出る。

この傘なら目立つから、二人が見つけてくれると思ったからだ。

菜穂は街中へ向かって歩き出した。

両親が良く通っていた店が多い、あそこならば見付かるかもしれないと。


スクランブル交差点に出た。

菜穂と同じように皆、傘を差している。

急いで買いに走ったのか、ビニール傘の人。

鞄の中に入れていた折り畳み傘を取り出して差す人。

日傘しか持ってこなかったのか、晴雨両方使える物を差している人。

色取り取りの傘の花が街中を彩っている。

信号が青に変わり、人が一斉に移動を始める。

すると、菜穂の耳に先ほどのニュースキャスターの声が聞こえた。

力なく菜穂は首を上げる。

大きなモニターに映し出されているのは、叔父の名と父の名前。

叔父を父が刺して、自殺を図ったと警察は視ていると告げていた。


「あ、ああぁあ……!」


菜穂だけが足を止めているので、人に何度もぶつかられる。

ぶつかった男が、菜穂に毒を吐く。

信号が赤に変わり、車にクラクションを鳴らされて、菜穂は逃げた。


走って、走って、走り疲れてからも、歩き続けて、もう何時間経過しただろうか。

もう人とも余り遭遇しない、数台すれ違う車があるだけだ。

家の中に置いて来たスマホも、固定電話も今頃鳴り響いているだろう。

菜穂は足を引き摺り、傘を両手に持ち、頭を下げて歩く。

菜穂は自分が坂を上がっている事に気付いてなお、さらに上り続ける。

家とは正反対の場所だった。

すると、高級住宅街の丘に出た。

夜景スポットとして有名な大きな公園だった。

この公園は、竜と何度も来た事があった。

公園の東屋の下で、一日中にも等しい時間を語らった事も、お弁当を食べたりもした。

年下の菜穂が、年上の竜をよく連れ歩いていた思い出の場所だ。

静かで、季節ごとに花が咲き乱れ、品のあるこの公園が好きだった。

……好きだった。

ある衝動が菜穂に生まれる。


「……」


差していた傘を畳む。

それで、菜穂は東屋の柱を力いっぱい叩き付けた。

甲高い音が響いて、傘がもう使い物にならなくなる。


「何が、君は一人でも生きていけそうだけど、彼女には僕が居てあげないと駄目なんだよ、よっ!!」


それでも菜穂はもう一度傘を振り下ろす。


「父さんも!母さんも!馬鹿よ!!どうして死んじゃったりするのよ!?」


さらに叩きつける、手が痛くなっても何度も。


「遺された……私はどうしたら良いのよ!!」


何度も打ち付けて手が動かなくなる。


「勝手に死なないでよ、置いてかないで……」


菜穂は傘を落として崩れ落ちる。

泣こうとしても泣けなかったのが、今は嘘のようにぼろぼろと涙が溢れて止まらない。

冷たい雨に打たれているのに、涙だけ熱くて、体がおかしくなってしまいそうだ。

声を上げて、体を抱えて赤子の様に菜穂は泣く。

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