悪い事は立て続け
外に出ると、菜穂は父親の秘書に腕を掴まれた。
「お嬢様、探しましたよ!電話を掛けても繋がらないから心配しました」
この真面目一筋で自分よりも十以上も年上の秘書が、必死なのが可哀想になって怒りが逸れてしまった。
「あ、ごめんなさい……、ちょっと……あってね」
ちょっとの先は余りに情けなくて言えない。
鞄からスマホを取り出すと、不在着信の通知が大量に来ていた。
どうやらこの秘書と会社の関係者が連絡を取ろうとしてくれていたらしい。
「無事でなによりです。とにかく病院へ行きましょう」
「病院?」
驚く菜穂をせかして、秘書が話す。
もうタクシーが止められていて、その中に半ば押し込まれる状態で乗る。
「奥様が病院に運ばれました」
「母さんが!?」
「はい。今朝、お嬢様が出かけた後に家政婦が、首を吊っていた奥様を発見したそうです」
「嘘でしょ、そんなの!?」
「いいえ、事実です。奥様の意識はまだ戻りませんが、お嬢様がお声をかけてあげて下さい」
「……そんな、母さん。……父さんは!?」
「社長は……連絡がつきません。私も今朝からお電話をかけているのですが」
「父さんは会社に行ったんじゃなかったの?」
菜穂が家を出かける時、すでに父の姿は無かった。それはいつもの事だったので、菜穂は特に気にも留めなかった。
「いいえ、今日は会社にもお出でになっていません」
「そんな、母さんが大変な時に!」
菜穂は急いでスマホで父の携帯電話に掛ける。だが、発信音が鳴るばかりで、ついには留守番サービスに切り替わった。
「父さん!?何してるの?母さんが大変なのよ!?早く電話に出てよ!」
勢いよく通話を切る。
逆に父から何か連絡が入っていないかと思い、スマホに目をやる。
そこで、やっと菜穂は父から留守電のメッセージが入っている事に気付いた。
「父さんからの?三時間前じゃない」
菜穂は、そのメッセージを再生する。
《菜穂、すまない。父さんは取り返しのつかない事をしてしまった。母さんにも謝っておく。
だけど、菜穂は元気で、強く生きてくれ。すまない》
「……!?父さん?」
まるで、遺書のようだ。
「お嬢様?」
「これ……」
菜穂は、秘書に自分のスマホを差し出す。
秘書は驚いて、録音を聞いた後、スマホを取り落としそうになっていた。
「社長……」
「……会社で、何かあったの?」
父がここまで思い込む事など、人生の誇りにしている会社の事しか思いつかなかった。
「実は、三日前の事なのですが……。
副社長が会社の資金を横領していたのが発覚して、それ以来、副社長とは連絡が取れなくなっていたのです」
「叔父さんが!?」
初耳だった。
副社長は菜穂の父の弟、菜穂にとっては叔父にあたる。小さな頃から可愛がってもらった人だった。
叔父は、昨年結婚したばかりでそんな事をするとは、菜穂には全く想像もつかなかった。
「だからって、どうして母さんが……?」
「解りません。家政婦の話によると、奥様に社長からお電話があったそうです。
その後、奥様は一人で部屋に篭られて…」
「……」
菜穂は言葉が告げなかった。
悪い事が起こる時は立て続けになる事がある。
菜穂はこれ以上、不運が起こらないようにと祈ったが無駄だった。
母は助からなかった。