告白
「烈、解除薬を飲んで欲しいの」
菜穂は朝、烈にこう頼んだ。
二人共、寝巻のままで、朝食を食べる前だ。
食事する時間も、菜穂には惜しかった。
「断る」
即答だった。
取り付く島なんて無かった。
「……烈、よく考えて?
薬の効いていない貴方は私の事なんて好きじゃないでしょ?
むしろ、殺したいと思っているはずだわ」
「だからこそだ。
俺はこの状況が気に入っている」
「でも、それは薬のせいじゃない!」
ここまで、菜穂が食い下がるのは珍しい事だった。
烈の服を縋るように掴み、濡れた瞳で見上げる。
「お願い……」
「……お前は、どうして俺に解除薬を飲ませたいんだ?」
「それは……」
「今まで、そんな事言ってこなかっただろう?
なんなら、自分に惚れて良いザマだと、金を貢がせるなり、無茶な要求をしたりして俺を好きに出来るはずだ。
なぜ、そんお権利をみすみす逃すような真似をする?
薬の切れた俺の反撃が怖いのか?」
冷めた目で、上から見下げられ、菜穂は委縮する。
「そうじゃないの」
「じゃあ、なんでだ!?」
列が、菜穂の両肩を掴む。
菜穂は、烈の剣幕に怯えるが、伝える。
伝えなければ、納得してもらえないだろうからだ。
「私、烈が好きなの!!」
「!?」
その言葉に、烈の力が抜ける。
そのまま暫く何の反応もなかった。
「烈?」
恐る恐る菜穂が上を見上げると、意外なものを見てしまった。
真っ赤な顔の烈だった。
表情が、いつも余裕のあるような人を喰ったような表情の彼がここまで余裕のない表情を見せる事は初めてだった。
照れた表情は何度か、見た事はあったが、ここまではなかった。
だが、ゆっくりと俯いた。
「……なのに、解除薬を飲めというのか?
このままじゃ、駄目なのか?」
「駄目。
私が、烈を好きだから、好きになってしまったから、辛いの……」
会社に移動した二人は向き直ったまま無言だった。
休日の逆木製薬は、夜よりも静かな気がした。
警備員は居るのだが、警備室に居る為、社長室には寄りつかない。
溜め息を吐いた烈がコーヒーメーカーにミルで挽いた豆をセットした。
そうして、菜穂に背を向けたまま、噤んでいた口を開いた。
「そうだ、お前が飲めば良い。
そうすれば俺達の不安はなくなるだろう?」
「烈!?」
菜穂は、驚いて立ち上がる。振り向いた烈の右手には、ロッカーの鍵。
「お前が飲めば、うまく納まる」
「……」
「……どうして泣くんだ?」
烈は理解ができないらしく、訝しげだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
ただ、菜穂は泣く。
理解はできないが、菜穂が悲しむのは嫌だった烈は、決断を下す。
「…………わかった、お前には押し付けない」
「烈……」
「そこまで言うなら呑むしかなさそうだな……」
「烈、ほんとうに……?」
「嘘を吐いてどうする」
「ありがとう……烈」
嬉し泣きの表情を、烈は眉を顰める。
心に苦痛が走ったからだ。
別れの時だけこんな顔をする菜穂を憎らしいとも思うが、手放したくないのも事実だった。
「菜穂……」
菜穂はそんな烈に気付かない。だから、笑顔と共に心から謝罪する。
「ごめんなさい……」
「菜穂、聞いてくれ。
俺には一つ、解った事があるんだ。
俺の顧客達は愛情を信用していないから、惚れ薬を買うんだろうな。
本来の俺も信用していない。
俺は、この薬を使われて、良かった。
もし、許されるのならば、俺の脳を騙し続けていたい」
今までで、一番の笑顔だった。
でも、哀しそうな。
菜穂の胸が苦しく痛む。
崩れ落ちる烈を見て、菜穂は安心する。
これで、烈は嫌いな女に恋心を抱かずに済むからだ。
「私がする事はあと一つ」
静かに、菜穂は逆木製薬を出て行った。
元の文章から内容を結構編集しています。
元の原稿を持っている人は比べると面白いかもです。