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惚れ薬  作者: 谷藤灯
16/19

雨が降る中を交差点に並ぶ。

大勢の人の中に居ると、自分までも見失ってしまいそうだ。

なんだか、虚しくなってしまった。


(烈は冷血じゃない。

むしろ、不器用なだけで優しい。

意外と面倒見が良いし。

私の事を心から愛しんでくれている。薬のせいで……)


一人の男が菜穂を食い入るように見つめた後、菜穂の腕を取った。


「菜穂!!」


「竜!?」


その男は、二ノ宮竜。

菜穂の元婚約者だ。

二人は、近くにあったファミリーレストランに入る事にした。

奥のソファ席。

飲み物だけを頼んだ。

竜はコーヒー、菜穂は紅茶。

レストランの入り口の傘立てには、紅い傘と黒い傘が離れて立てかけられている。

ピンクのレインコートを畳み、菜穂は自分の席のすぐ傍に置く。

竜は、髪を短く切り、カーキのパーカーに黒のスキニーパンツ、似合うが会社員にはとても見えない。

元々童顔だが、今の方が子どもに見える。


「……元気にしてた?」


「まぁね」


「それにしても、凄く綺麗になったね。見違えたよ」


「竜、どうしてこんな場所に居るの?」


「僕は、逃げてきたんだ。あの女から」


「逃げてきたって……」


「薬の効果が切れたんだよ!」


本当に嬉しいのか、周囲が注目するほどの大声で叫ぶ。

その発言に菜穂も驚く。


「……!?」


「だから、菜穂、僕と逃げよう?僕達、また元に戻れるさ!」


「……竜」


竜の瞳は、濁りがなく、仔犬のようだ。


「なぁ、菜穂。僕は菜穂だけを愛しているんだ


あの女のせいで、この数か月を棒に振っていたけれど、もう無駄にしない!

あんな薬さえ使われなければ、もうとっくに僕達は結婚していたんだから」


竜は、菜穂の両手を自らの両手でしっかりと閉じ込める。

菜穂の左小指の指輪ごと。


「確かに、そうね。竜が元に戻ってくれて嬉しいわ」


にこりと、菜穂は笑う。

竜は、その笑顔に安堵する。


「菜穂、じゃあ早速……」


「ごめんなさい、竜。行けないわ」


菜穂は、竜の言葉を遮り、謝る。

竜の顔色が変わった。


「どうして!?」


「……時間が経ち過ぎてしまったのよ、私は行けない」


菜穂は、顔を背けた。竜の瞳を直視できない。

申し訳なくて。


「また、やり直せるよ!」


「無理よ」


無理だった。

菜穂にとっては、もうすでに過去の出来事なのだから。

好きだったのだ。

でも、今は……。


「まさか……、他に好きな奴が出来たの?!」


「……そんなんじゃないけど」


菜穂の頭には、烈がよぎる。

烈が好きだなんて、菜穂には言えなかった。


「じゃあ、違うってはっきり言いなよ!」


「それは……痛っ!」


竜の手に力が入る。

逃がさないとばかりに。


「僕を裏切ったんだな!?」


「竜、最初に私を裏切ったのは貴方よ」


痛みに堪えて、菜穂は言い切る。

その言葉に竜は衝撃を受けたのか、菜穂を戒めていた手を緩める。

菜穂は、その隙に手を胸の前へと逃がした。


「あ、あれは、薬のせいで!」


竜は、狼狽する。

竜にとっては、不可抗力だった。


「私にとっては、同じ事よ。

薬を使われる前に、私に黙って彼女と食事に行っていたのだから……これは返すわ」


菜穂は竜からもらったピンキーリングを外し、テーブルに静かに置いた。

竜が不可抗力と訴える前に、気を付けられる場面はあったのだ。


「……菜穂、本気なのか?」


「本気よ、今までありがとう」


竜は消沈しながら、小さな指輪を見つめる。

その竜に、菜穂は、あくまで冷淡に告げる。

情がまだ残っているから。


「解った……。そこまで菜穂が言うなら……」


竜は、顔を指輪に向けたままぽつりと言った。

ようやく顔を上げた竜は、レインコートを着る菜穂に訊いた。


「菜穂、そいつは……菜穂の事、大事にしてくれているかい?」


情けない顔をして、困り果てた仔犬のような竜に率直に、菜穂は告げる。

微笑と共に。


「どうだろう、あの人は私の事、好きじゃないから」


「!?」


竜が立ち上がるのが見えたが、そのまま足早にタクシーを拾って逃げるようにして烈の所へ戻った。

そう、烈が菜穂の事を好きなのは薬のせいだ。

実際には八つ裂きにすると宣言している通りだろう。


(私が想っていても所詮は幻想……。

幻想は冷まさなくちゃ……)


玄関を開けると、すでにそこには、烈が居た。

朝、会社に出勤していたのだが、帰って来たらしい。

スーツ姿のままだった。


「お前、どこに行っていたんだ?」


明らかに、烈の声には怒気が含まれていた。


「あんたには、関係ないわ」


「元婚約者とやらに会いに行ってたんだろう?」


「付けさせていたの!?」


「あぁ、様子が違っていたから。付けさせた」


「……!?」


「菜穂」


ぎゅっと、力の加減を考えずに抱きしめられる。


「れ、烈。

くるし……」


「俺の傍から離れるなよ……」


菜穂の苦情も聞き入れず、烈は耳元で囁く。


その言葉は、紛れも無く懇願で、命令に慣れた唇から零れた言葉とは思えなかった。

力いっぱい、抱きしめられたからとは違う苦しさが菜穂を襲う。

心臓が切なく痛む。


(私はやっぱり、烈が好きなんだ……。

だからこそ、こんなにも苦しい)


「ずっと……いや、せめて薬が切れるまで、俺の物で……」


「……」


そう、烈がこう思ってくれているのは薬が効いているからこそ。

自発的に菜穂に焦がれている訳ではない。

強制的に好きに成らされている。

今、この場でどんなに愛を囁いて、菜穂を求めたとしても。


(でも、だからこそ……この人を私から解放してあげなくちゃ……)


「菜穂、愛している」


「……烈」


菜穂は答えない代わりに、烈のされるがままになった。


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