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惚れ薬  作者: 谷藤灯
15/19

ウサギ

雨の中、紅の傘と深緑の傘が並んで歩く。


二人で烈の家から近いリストランテからの帰りだった。

菜穂は、本当の意味でのナチュラルメイクに白黒の格子柄のミニワンピースに、身体に沿ったデザインのベージュのロングコート。胸の下まである髪も下ろしている。

烈は、いつもの黒のシャツにジーンズ、紺のダウンジャケット。


もう、クリスマスとなるのに、雨の日が続く。

ライトアップしている街路樹がもったいない。

毎年、この並木道はこの町内会の有志の善意で、ライトアップをしていると聞いていた。

菜穂にとっては、懐かしい道でもあった。

少し家からは遠回りになるのだが、中学から高校まで通った道。

そこに、菜穂の憧れの店があった。


「あ……」


「どうした?」


その店の小さなショーウインドウに足を止める。

緑青色の壁のアンティークショップで、小さな陶器の人形や、アクセサリーや、オルゴール、ステンドグラスを使ったテーブルライト、万華鏡などを扱っている。ごてごてとはしておらず、配置を考えられている店内が好きだった。

ショーウインドウには、ピエロの人形と共に、黄色いモヘアのウサギのぬいぐるみが飾ってあった。


「これ、まだ売ってたんだ……」


「ぬいぐるみにしては高いな」


「当たり前よ、アンティークだもの」


「そうか、興味がないから俺には判らないな」


「でしょうね」


烈には、顔を向けず、ウサギばかり見つめる菜穂。


「で、これが、どうしたんだ?」


「昔、これが欲しかったのよ」


中学生の頃、このウサギのぬいぐるみに一目惚れしたのだ。


「お前の恋人は買ってくれなかったのか?」


「約束してたの、十九の誕生日に買ってくれるって……」


竜と約束していた。

だが、もう叶えられる願いではなくなってしまった。


「……」


カランカランと、音を立てる扉を開けて烈が中へ入ってしまった。


「れ、烈?」


慌てて菜穂も入るが、店長のおじいさんがそのぬいぐるみを取り上げている所だった。


「久しぶりだねぇ、お嬢さん」


「え?」


「いつも、こいつを見てたじゃろ?

ここ数年見かけてなくて、心配してたんじゃよ」


「あ、覚えられていたんですか?」


「そうじゃよ、中学生くらいからかなぁ。

よかったなぁ。プレゼントしてくれる優しい彼氏ができて」


「うっ……、は、はい」


彼氏と言われた事でにやりと笑う、烈。

その表情に怯む菜穂。


「だけどなぁ、こいつのリボンは日焼けしてて。出来たら、新しいリボンを掛けやってくれんか?」


「はい、もちろんです」


「すまないね、管理が出来てなくて……」


「いいえ、そんな。

……それに、この子がいつも外を向いていてくれたから、私はこの子を発見する事が出来たんですから」


懐かしく目を細める菜穂を、烈は眩しい物でもみるように見詰めた。


「ありがとうね、烈」


素直にお礼を言うと、烈は珍しく困った表情をしていた。


「いや、いい。そんなに喜ぶとは思ってなかった」


菜穂とは視線を合わさないようにしているのか、明後日の方向を向いてしまっている。


その方向に、菜穂も無理に合わせると目元が少し赤くなっている烈が居た。


「……見るな」


「ぷっ、そんなに照れなくても良いじゃない」


思わず菜穂は噴出した。

年上だが、男性のこういうところは可愛らしいと思う。


「お前に、ありがとうと言われたのは初めてだな……」


しみじみと感慨深く烈が呟く。


「そう……。

そう、だよね……」


菜穂は自分の行動を思い起こす。


(そういえば、私は、この人にありがとうって言ったの初めてだったんだわ。

むしろ、優しい言葉なんて一つも……。

それなのに、物を貰ったからって、手の平を返すなんて……)


「どうした、菜穂?」


「う、ううん、なんでもないわ」


ふと、自分の左手が視界に入った。

小指には、竜から貰った、小さな石の入った指輪が光っている。

その光に、自らの目的を思い出して弱気な自分を振り切る。


(こいつも言っていたじゃない。利用しても良いって。私が罪悪感を感じる義理なんて無いわ!)


自分に言い聞かせて、菜穂は烈の後を追った。



だが、菜穂は烈を利用できなかった。

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