ウサギ
雨の中、紅の傘と深緑の傘が並んで歩く。
二人で烈の家から近いリストランテからの帰りだった。
菜穂は、本当の意味でのナチュラルメイクに白黒の格子柄のミニワンピースに、身体に沿ったデザインのベージュのロングコート。胸の下まである髪も下ろしている。
烈は、いつもの黒のシャツにジーンズ、紺のダウンジャケット。
もう、クリスマスとなるのに、雨の日が続く。
ライトアップしている街路樹がもったいない。
毎年、この並木道はこの町内会の有志の善意で、ライトアップをしていると聞いていた。
菜穂にとっては、懐かしい道でもあった。
少し家からは遠回りになるのだが、中学から高校まで通った道。
そこに、菜穂の憧れの店があった。
「あ……」
「どうした?」
その店の小さなショーウインドウに足を止める。
緑青色の壁のアンティークショップで、小さな陶器の人形や、アクセサリーや、オルゴール、ステンドグラスを使ったテーブルライト、万華鏡などを扱っている。ごてごてとはしておらず、配置を考えられている店内が好きだった。
ショーウインドウには、ピエロの人形と共に、黄色いモヘアのウサギのぬいぐるみが飾ってあった。
「これ、まだ売ってたんだ……」
「ぬいぐるみにしては高いな」
「当たり前よ、アンティークだもの」
「そうか、興味がないから俺には判らないな」
「でしょうね」
烈には、顔を向けず、ウサギばかり見つめる菜穂。
「で、これが、どうしたんだ?」
「昔、これが欲しかったのよ」
中学生の頃、このウサギのぬいぐるみに一目惚れしたのだ。
「お前の恋人は買ってくれなかったのか?」
「約束してたの、十九の誕生日に買ってくれるって……」
竜と約束していた。
だが、もう叶えられる願いではなくなってしまった。
「……」
カランカランと、音を立てる扉を開けて烈が中へ入ってしまった。
「れ、烈?」
慌てて菜穂も入るが、店長のおじいさんがそのぬいぐるみを取り上げている所だった。
「久しぶりだねぇ、お嬢さん」
「え?」
「いつも、こいつを見てたじゃろ?
ここ数年見かけてなくて、心配してたんじゃよ」
「あ、覚えられていたんですか?」
「そうじゃよ、中学生くらいからかなぁ。
よかったなぁ。プレゼントしてくれる優しい彼氏ができて」
「うっ……、は、はい」
彼氏と言われた事でにやりと笑う、烈。
その表情に怯む菜穂。
「だけどなぁ、こいつのリボンは日焼けしてて。出来たら、新しいリボンを掛けやってくれんか?」
「はい、もちろんです」
「すまないね、管理が出来てなくて……」
「いいえ、そんな。
……それに、この子がいつも外を向いていてくれたから、私はこの子を発見する事が出来たんですから」
懐かしく目を細める菜穂を、烈は眩しい物でもみるように見詰めた。
「ありがとうね、烈」
素直にお礼を言うと、烈は珍しく困った表情をしていた。
「いや、いい。そんなに喜ぶとは思ってなかった」
菜穂とは視線を合わさないようにしているのか、明後日の方向を向いてしまっている。
その方向に、菜穂も無理に合わせると目元が少し赤くなっている烈が居た。
「……見るな」
「ぷっ、そんなに照れなくても良いじゃない」
思わず菜穂は噴出した。
年上だが、男性のこういうところは可愛らしいと思う。
「お前に、ありがとうと言われたのは初めてだな……」
しみじみと感慨深く烈が呟く。
「そう……。
そう、だよね……」
菜穂は自分の行動を思い起こす。
(そういえば、私は、この人にありがとうって言ったの初めてだったんだわ。
むしろ、優しい言葉なんて一つも……。
それなのに、物を貰ったからって、手の平を返すなんて……)
「どうした、菜穂?」
「う、ううん、なんでもないわ」
ふと、自分の左手が視界に入った。
小指には、竜から貰った、小さな石の入った指輪が光っている。
その光に、自らの目的を思い出して弱気な自分を振り切る。
(こいつも言っていたじゃない。利用しても良いって。私が罪悪感を感じる義理なんて無いわ!)
自分に言い聞かせて、菜穂は烈の後を追った。
だが、菜穂は烈を利用できなかった。