利用する側
「どこへ行く気だ?」
日が巡って夕刻を迎えた頃、さも不思議そうに元々休日で家の中で過ごしていた烈が、立ち上がった菜穂を見上げる。
「仕事だけど?」
訝しげに菜穂も烈を見やる。
「仕事なんか行かなくても、俺が面倒をみてやる」
菜穂の細い左腕を掴み、烈が引き止める。
きっ、と目を吊り上げて、菜穂は烈を見上げる。
「嫌よ、誰があんたなんかに養ってもらいますか」
「惚れ薬は、購入者と検体が一組になって初めて効果を発揮する。
まぁ、実験で検体を鏡張りの部屋に閉じ込めた事はあるがな。
利用できるうちは利用していた方がいい。個人差があるからいつ薬が切れるかも判らない」
「利用されても良いの、あんたは……?」
驚く菜穂に、烈はこう付け足した。
「お前が薬を使ったんだ。とことん利用すれば良い、それが頭の良い使い方だ。
薬が切れたら、今度はこっちが追い回して八つ裂きにしてやろう」
いつものように口の両端を吊り上げて烈は笑う。菜穂の首を指先で横に撫でる。菜穂はその手を払いのけた。
「ふん、その前に逃げてやるわ」
「逃げれるものならな」
にやりと笑う余裕のある烈に比べて、菜穂は余裕が無かった。
(私、とんでもないのに喧嘩売ったんじゃ……)
覚悟の上での行動だったはずだが、菜穂は今更思い知った。
文句を言ったがあっさりと、烈は食い下がり、菜穂は結局出勤した。
客からも働いている同僚からも、情報も金も集め易い為、
菜穂は、キャバクラで働いていた。
客も、同僚も情報を引き出しては駆け引きする。
玄人の彼女達がなかなか出さないのは、自らの深い情報だ。
それ以外ならば、酒で口が軽くなる事もあり、探る事も容易い。
菜穂も酒自体は飲めないが、作る事は出来る。
親がああなって菜穂は噂の的だった。
すぐに、遺産相続など、経営権などの問題が起き、菜穂は秘書に全て任せた。
自分は、何もいらないと。
菜穂は、会社は残り、役員が引き継いでいるという事だけは、知っていた。
家を売り、独りで引っ越しをした。
復讐意外に興味がなかった。